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夢見た世界で  作者: 暁夕
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第3話 日常となった日々

 

 パラリパラリと、手で支えるには重い、こぶし1つ分ほどの厚さの本を、三角に折りたたんだ足の上に乗せ、朝の心地いい日差しの中、読み進める。ふいに、本の上に影が差した。


「今日も早いな、エル。」

「ローラント様こそ。」


 頭の上から掛けられた声に、微笑んで返す。見上げれば、ちょうどローラントの背に太陽が隠れており、逆光でその表情は見えない。だが、エルと同じく笑っているのはその雰囲気で察する事が出来た。

 週に2日ある休日、その午前中を2人はどちらから言い出すこともなく、つい先日出会ったこの場所で共に過ごすようになった。


「今度読んでいるのは、…図鑑、か?」


 隣に腰を下ろし、ローラントはエルの手元の本を覗き込んでくる。それに、軽く頷いた。


「はい、植物図鑑です。再来月の試験の参考にしようと思って。」


 言って、エルは彼にも見やすいように本を大きく広げる。


「まだ、2ヵ月もあるぞ。」

「試験は月の上旬にあるので、正確にはあと1ヵ月と少しですよ。」


 エルの言葉に、そう言われてみれば、とローラントは指を折り日を数えていく。今は月の終わり、そして試験は月の初めだ。何と、あと40日ほどしかない。


「思ったより日が無いな。」

「はい、だから準備も、もうそろそろ始めないと。」


 私達は芸術点を狙うつもりなので、と言い、エルは再び持っていた本に視線を落とした。

 試験は闘技場で行われ、2人1組で挑む。課題は自由。要素を操る魔法、要素を創る魔法を1回ずつ使えば、あとは何をしてもいい。エルが言っていた芸術点というのは、魔法で何かを作った場合の、その美しさに対する点数の加点のことだ。

 試験で見られるのは、個々が持つ、魔法の源となる魔力の量とそれを扱う技術、加えて魔法をどのように使うかの発想力だ。この学校は、保持する魔力の量が膨大である者の為に建てられたと言っても過言ではない。故にローラントのように、元々体内にある魔力が甚大である者にとっては、この試験は実に容易いものだ。何と言っても、その魔力量だけで高得点が狙えるのだから。しかし、エルやカルメといった、魔力量が飛び抜けて多いというわけでもない生徒にとっては、この試験は自身の発想力、技術力、ともに最高のものを披露しなければならないという、非常に難関なものなのだ。余談だが、入学の際も魔力の量によって入学試験が課されたり課されなかったりする。

 というわけで、エルたちが試験の準備を始めるのに、遅すぎるなんて事はあっても早すぎるという事はない。


「私達、と言うことは、ペアはもう決めてあるのか。」

「はい、同じ教室の、水使いの友人と組む予定です。」

「そうか。」


 出遅れてしまったな、とローラントは胸中で呟いた。苦笑が漏れてしまわないように、顔を引き締める。そんな彼に、エルは本から顔をあげ、ローラント様は?と聞いた。


「まだまだ、募集中だ。」


 ローラントは、肩を竦めて言う。本当はエルと組んで、彼女の魔法を間近でもっと見てみたかったのだが、どうやらそれは無理そうだ。気づかれないように溜め息をつき、隣の少女が今度の試験で一体どんな魔法を見せてくれるのか期待する。

 闘技場にて週に数回行われる魔法の実践訓練の際、火と植物が一緒になることはまずない。理由は簡単、火が植物を燃やしてしまい訓練にならないからだ。その為、あの日以来、ローラントはエルの魔法を一度も見れないでいた。


(エルは、俺の魔法を何度も見ているのにな。)


 すっと、片手を前に出す。その手は段々と光を帯び、ぷかりと、纏った光が絞られるように珠となって掌から浮かび上がる。次の瞬間、ギュッとローラントは珠を握りつぶした。拳の隙間から炎が零れる。

 ふと、隣から視線を感じた。見なくても分かる。エルのものだ。エルが、ローラントが魔法の訓練を始めたことに気づき、本を読むのを止め、こちらに視線を移したのだ。


(何度も見ているのに、全く飽きないんだな。)

 

 零れ出た炎を火の玉に変え、目の高さまで浮かび上がらせながら思う。エルの魔法への興味は尽きる事がない。むしろ、増して行っているようにさえ見える。

 別に、魔法に対する飽くことの無い探究心も、他者の魔法への熱い眼差しも、可笑しいものだとは思わない。何しろ、当のローラント自身が、他者の、エルの魔法に魅了されているのだから。しかし、その尊敬も憧れも、向かう先はエルだ。より正確に言うならば、エルの魔法のイメージだ。本来、魔法を扱う上で1番重視されるのは魔力量や技量ではなく、魔法を行使する際のイメージである。魔法は、使い手のイメージしたビジョンに沿って、物を創りあげる。そして、創造する物のビジョンが明確であればあるほど、魔法は効率よく使えるのだ。ローラントは、エルのイメージが産み出す世界に惚れ込んだ。

 だが、と火の玉の色を青や黄色、白に変化させながら考える。どうにも、エルの憧れが向かう先は、使い手の思い描くビジョンなどではなく、魔法そのもののような気がする。確証は無い、が、何回か彼女とこうして会って話した結果、ローラントの出した結論は、エルは魔法に対して憧れを抱いているというものだ。有り得ないはずなのに、この隣にいる少女なら有り得そうだ。


(本当に、不思議な女の子だ。)


 ぽつりと心の中で呟いて苦笑する。しかし、その醸し出す雰囲気は穏やかそのもの。




 こうして今日も、ささやかな2人の時間を過ごすのだ。




ほのぼの、になっていたらいいな!

…なってるの?

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