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夢見た世界で  作者: 暁夕
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第1話 物語の始まり

 

 どこからか鳥のさえずりが聞こえてくる。それを認識すると、もともと目覚めようとしていた意識が一気に覚醒に近づいた。

 うっすらと瞼を開き、何度か瞬きを繰り返す。少しずつ眩しい朝の光に目が慣れていき、思考もはっきりしてきた。耳を澄ませば、部屋の外から足音や誰かの話し声も微かに聞こえてくる。最上から最低まで様々な身分の者が通うメノール魔法学校の寮は築数百年の木造建築で、お世辞にも防音設備が整っているとはあまり言えない。その為きっちり扉を閉めていても、よく今のように廊下から些細な音が漏れてくる。嫌なら魔法を使い、自分でどうにかするしか無いのだ。

 

「とうっ。」


 軽い掛け声とともに上体を起こし、伸びをする。

 入学してから早1ヶ月。色とりどりに咲き乱れていた花達はその花弁を散らし、農業を生業にする者たちにとっては慌しい時期がやってきた。

 だいぶここでの暮らしにも慣れてきた、とエルは思う。早寝早起きは屋敷にいた時から心掛けていたし、自分1人での着替えも、最初は手間取っていたが今は慣れたものだ。友達もでき、学業は順調。本当に、充実した学校生活を送っている。強いて問題を挙げるなら、三つ編みが上手く出来ないということだろうか。けれど、これもそのうち解決するだろう。


「おはよう、チュチュ。」

「…チュ。」


 ベッドの下を覗き込み、そこで寝ている長い耳と尻尾を持つ掌サイズの真っ白な使い魔、チュチュに声をかける。使い魔とはこの世界に住む、ある特定の人間に力を貸す事を約束した生物を指す。主であるエルの声に、チュチュは返事こそしたものの、まだまだ眠いようで、ふわふわの綿の塊の中に潜ったまま、またすぐに寝る体勢に入ってしまった。だがこれも、いつものことだ。

 よいしょ、とベッドから降り身支度を整える。私服に着替え髪を梳いて三つ編みにし、ローブを羽織る。この世界の学校には、彼女のいた世界と違い生徒が登校する時、必ず着なければならない『セイフク』というものは存在しない。だから皆私服だ。最後に、通常よりも少し大きめの鍵を皮ひもに通し、首にかけローブの下にしまう。この鍵は、エルの誇りだ。


「よし、準備完了。」


 まだ眠っているチュチュをローブの内ポケットにいれ、小道具の入った小さな袋を持ちエルは部屋を出た。





「エル!」

「おはよう、カルネちゃん。お待たせ。」


 食堂に続く大扉の前で、少し紫がかった黒髪の短髪の女性が呼びかけてくる。エルの友人の、カルネ・マーラーだ。


「おはよう。今日もチュチュはお寝む?」

「うん。」


 ローブを少しめくり、エルは内ポケットで眠るチュチュをカルネに見せた。


「全く、いつになったらこの子は早起きと言うものを覚えるんだか。」


 それを見つめ、呆れたようにカルネは言う。ちなみに彼女の使い魔である、胴体よりも大きなふかふかの茶色い尻尾を持つナナは、今日も今日とてキリッとした顔立ちで主人の肩に微動だにせず掴まっている。

 カルネの言葉に、エルはあはは、と曖昧に笑って返した。それに、はあ、とため息をつきカルネは視線を、すやすや眠るチュチュからエルの三つ編みに移す。


「うん、大分、うまく纏められるようになってきてる。けどまだ、左右のバランスが悪い。」


 ブラシ持って来てる?と尋ねるカルネに、エルは1つ頷き手に持った小袋を少し持ち上げた。なら良し、とカルネは食堂に入っていく。

 エルとカルネの出会いは入学2日目のここ、食堂でだ。初めて自分で身支度を整え食堂に来たエルは、そのあまりにも酷い三つ編みの出来に我慢できなくなったカルネに呼び止められ、結び直してもらったのだ。彼女曰く、うちの妹達の方がまだマシにできる、らしい。ちなみに彼女の妹達は、4歳と5歳だ。

 それ以来、エルは彼女を見かけると声を掛けるようになり、彼女も最初は庶民という自分の身分を気にし遠慮気味であったが、どうにもエルの三つ編みの出来が気になってついつい世話を焼いてしまい、今に至る。


「これで良し、と。」

「ありがとう、カルネちゃん。」


 直してもらった三つ編みに触れ、エルは満面の笑顔で言う。その表情に、カルネも顔を綻ばせた。どうにもエルを見ていると、故郷にいる妹達を思い出す。元気にやっているだろうか、いや、むしろ元気過ぎるほどかもしれない、と少しだけ彼女達に思いを馳せた。

 ガタリと椅子を引き、隣でエルが立ち上がる。


「じゃあ、私もうそろそろ行くね。」

「了解。農業関連の本があったら、また教えて。」

「うん!」


 手を振り、エルは目的地の、この学校にある魔法関連の書物を全て収める、書の館に向かう。今日は休日だから、一日中入り浸るつもりだ。

 メノース魔法学校は、その敷地を高い塀で円状に囲っており、出入り口はエルが入学の際通った大門だけだ。大門から中に入ると、まず真正面に通常授業を行う為の校舎、その奥に食堂があり、それを挟み込むように両隣に寮がある。ちなみに、門から見て校舎の右手側にあるのが女子寮、左手側が男子寮で、教師陣もここに泊まっている。そして食堂を抜け渡り廊下を行くと、右手に魔法を訓練する為の闘技場がある。何故、闘技場と呼ぶかというと、年に一度そこで魔法の力を競い合うための試合が開かれるからだ。エルの目指す書の館は、その闘技場の左隣に建っている。

 食堂を出て、書の館に続く渡り廊下を歩いていると、ふと視界の端で何かが動いた。何だろう?とそちらに足を向ける。それは闘技場の影から時折、姿を覗かせている。じっと目を凝らしてそれを見、ふいにその正体に気が付いた。


(炎の魔法だ。)


 知らぬ内に駆け足になる。一歩一歩と近づいていき、ついにそれが見え隠れする、闘技場と塀の間の少し開けた場所を覗き込んだ。そして


「…誰だ?」


ばっちり、炎の使い手であるその人と目が合ってしまった。




ローラント・クラジス。

エルの学年で1、2を争うお家柄と魔法の力を持つ人物で、また、前世で彼女の妹が遊んでいた『オトメゲーム』の『コウリャクタイショウ』の1人である。

 


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