刮目して見よ
それからまた一週間近く経ってから、父が帰って来て一言。
「ま、正道……。なんだその、……その、ハーレムは!!」
朝食を終えた後、時間に余裕があったので、ソファで寛いでいると、僕の背後から沙紗がまとわりついて来て、自然と左右に弥生と祈願、そして場所が無いからと、一切照れる事無く股の間に梓が座った。
伶ちゃんはそういう部分、照れ屋……、というか常識的なので、
「不潔だっ! そういうのは、ちゃんとした関係に、な、なってから……」
などと涙目で主張したが、誰一人聞き入れず、すねて先に出ていった。
因みに、外へ行ったわけではなく、リビングのドアから顔を半分だけ出し、寂しそうにじっとこちらを見ている。
兎も角、そんな日常の渦中で、僕より一ヶ月送れて、帰って来る父の存在をすっかり忘れてしまっていた。
――さて、ここで冒頭に戻る。
父の台詞になんと答えるべきか……、少し考えた挙句、
「あ、そうそう。言い忘れてた。梓が一緒に住み始めたけど、問題ないよね?」
検討ハズレな上に、油をドバドバ注いじゃった感じの、我ながら最悪な返答だった。
「父さん……。子育てに、向いてないのかもしれないな……」
一度目の帰国で長男が女になってて、二度目の帰国で次男がハーレム作ってたら、そうも思うわな。
何だか、申し訳ない気持ちで一杯だった。
匠堂義人は僕の父であり、職業は刑事っぽい何か。
因みに、剣術を教えてくれたのが、この父である。
休みの日は一緒に遊んだり、どこかへでかけたり、剣術や勉強を教えてくれたり、他にも食事を作るなどの家事もしていた。中々ユーモアな所もある尊敬すべき父親だ。
さて、そんな子供想いの父が、先ほどの発言なんかで、簡単に話を終わらせるはずもなく。具体的に説明しろ、と迫られた。
仕方なく、女子一同に学園へ行ってもらい、僕はサボる事になった。単位が心配だ。
因みに、姉さんは大事な試験があるとかで、サボる訳に行かず、学園へ行った。
と、いうわけで父と二人、テーブルに向い合っている現状。
「なぁ……。父さんはな、お前が、恋愛をしてくれるのはすごく嬉しいんだ。歓迎すべき事だと思う。でも、さすがにあの人数は……」
「いや、誰とも付き合ってないから」
「え? お前はそんないい加減な気持ちで、……あんな羨ましい状況を?」
羨ましい言うな。匠堂家は誰一人、性格が似てないと思うんだけど、気のせいだろうか。
「いや、あれはあれで、すごい苦労があるんだよ?」
「き、聞こう」
「僕は全員に対して、明確なお付き合いはノーを突きつけてるんだ。なのに、その上で彼女達はどんどん責めて来る。それがどれだけ大変か……」
「まじか……。お前どんだけモテるんだよ、本当に父さんの息子か?」
「一番しちゃいけない質問を自分でするの、やめよう。父さん」
類稀なる、不謹慎発言だった。混乱しすぎだ、父さん。
「いや、うん。安易に羨ましいとか言って、すまん」
「いいんだよ、傍から見れば、女子を沢山はべらせてる最低な男でしかない、って自分でも分かってるんだ……」
「お前は良くやってるよ。何も知らない世間の奴らがなんと言おうと、父さんだけは味方だからな……」
「父さんっ」
固く、握手を交した。……のはいいが。
「痛い、……痛い! 痛いよ父さんっ!? 何でそんな力いれてんだよっ!!」
「苦労とか、辛い気持ちは分かるが、やっぱり羨ましい物は羨ましいんだよっ!!」
醜い争いに発展した。
「……そういえば、お前に聞きたい事があったんだよ」
お互い、痛む手をさすりながら、再び顔を合わせる。
「帰ってから、けっこうはしゃいだんだってな? 焼堂の親父から聞いたぞ」
いつのまに……。連絡とか取り合ってたのか。
「何処まで聞いたかしらないけど、そうだね。割と、かなり」
「そっか……、なら詳しく聞かせてくれよ。どうせ時間はあるんだろ?」
時間が有るか無いかで言えば、僕学校に行かなきゃならないんだが……。まぁ、もしかしたら、父さんなりに、親らしい事をしようとしてくれてるのかもしれない。
だとしたら、むげにはできないよな。
「いいよ、その代わりすごく長くなる。一週間前に落ち着いたばっかりだから」
「父さんも今日は休みで、時間あるから大丈夫だ。じっくり聞かせてもらおう」
「……って感じだよ」
あれから、けっこうな時間をかけて、自分でも振り返りつつ、帰ってきてからの事を説明し終えた。
「なるほど。……それがハーレムを作る方法か。まず基礎を作るのが、大事なんだな? ふむ、光源氏に近いな。勉強になる」
「おい、真面目に今までの血と汗と涙と、自業自得の日々を話した感想がそれか父よ」
ハーレム狙おうとしてんじゃねぇよ。
「冗談だ。しかし、これからどうするんだ? このまま、ってわけにも行かないだろ?」
全く持って正論なのだが、答えが出ていれば、父親が帰ってくる日までこんな状態を長引かせたりしなかったわけで。
「父さんはどう思う?」
困ったときの親頼み。
「母さんが生きてたら、まず間違いなくお前と、女の子を折檻だったろうな……」
僕もそう思う。
「ただ、俺は男だしなぁ……。この際、やれるところまで、やってみたらどうだ」
「へ?」
「正直、五人も女の子いたら、そのうちに何人かは飽きて離れていくだろ」
それは、確かに現実的な考えだ。
「お前も女の子も若いんだし、まだまだ時間がある。だからまぁ、長い目で見るのもいいんじゃないか? それで問題が起こったら、その時にまた考えよう。俺も相談に乗るさ」
「なる、ほど……」
なんというか、まさになるほどだった。正直、それは正解ではなく、問題の後回しな気がしてならないが、しかしそれで何か悪い事が起きるわけでもなし。
酷い話かもしれないが、やがて誰かが離脱していけば、その分答えも出しやすくなる。
「そうか。父さんが良いっていいなら、そうしようかな……」
僕の悩みの、あっけない幕切れである。やはり、年の功というべきか。聞いてよかった。
「ありがとう。父さんのおかげで解決したよ」
「うん、それは何より」
うむうむ、と満足そうに父さんは目を瞑り、腕を組んで頷いた。
「で」
そして、片目を開け、僕を見ていった。
「あの中じゃ、誰が一番好きなんだ? やっぱり梓ちゃんか?」
「それは……」
さて、それもまた難しい問題だ。というか、それがちゃんと定まっていれば、こうして悩む事も無かったかもしれない。正直に告白して、その他の子達に諦めてもらえばよいのだから。
しかし、どう答えたものか……。
と、僕が悩み始めた瞬間。
「ちょっと待ちなさい、まー君」
ドアを開いて、――姉さんが現れた。
「ね、姉さん!? ど、どうして? 学校に行ったんじゃ? テストは?」
「テストなんて、嘘に決まってるじゃない。まー君は他人の問題ならちゃんと疑えるのに、自分の事となると、途端に素直になっちゃうわよね。気をつけないと駄目よ?」
まるで僕が悪いかの様に言っているが、知っていてそこを突く辺り、この姉は卑怯なんじゃないだろうか。
「因みに、皆いるわよ?」
姉さんの言葉に、まるでアイドルか何かの如く、ずらずらと入って来る女子五人組。
一応皆は申し訳なさそうな表情をしている、が。
「なんでだっ!? どこにいた!?」
「奥の和室よ?」
確かに部屋から出て行く所を、僕は見ていなかったが、……しかし六人も奥の部屋へ行くのに気づかないとは……。
「沙紗ちゃん直伝の忍び足は、効果覿面だったようね」
「どうでも良い所ですごいなっ!? 沙紗も教えてんじゃねぇよ!!」
「先輩のお姉さんが頼ってくれるのに、断れる訳ないじゃないですかっ! 因みに盗聴器も沙紗が用意しましたっ!」
「はったおすぞ! っておい待て。盗聴器ってなんだ」
「あっ」
「あらあら、沙紗ちゃんはうっかりさんねぇ」
「うっかりで済ませて良い問題じゃない! そんなもん付けられてたのか!?」
沙紗は僕をストーキングしているが、まさかそこまではしないだろうと思っていたのに。
これが自分の事に関しては素直という事か、……もっと早く指摘してほしかった。
「てことは全部、聞いてたのか……」
「あ、あたしは良くねぇって言ったからなっ!」
「焼堂先輩。それは、ずるいんじゃないかしら? 因みに、私は嬉々として賛成したわ」
「素直に言えば良い、ってもんでもねぇよ。もういいけどさ。全く……、タイミングが良すぎると思った」
「まー君が誰を一番愛しているか、それを隠れて聴くのは面白……、卑怯だと思ったの」
おい、本音の八割出てたぞ。
「だから、皆が居る前で、言ってもらいましょう。今なら家族勢ぞろいだから、公認になるわよ?」
「待って、どうして姉さんはとんでもない圧力をかけてくるの? 嫌がらせ?」
実は僕の事嫌いなの?
「だって、もしかしたらこれから一生のお付き合いになるかもしれないのよ? そんな相手に、私は立候補できないんだもの。嫌がらせの一つもしたくなるわ」
「嫌がらせで合ってるのかよ!」
立候補云々については何も言わない。怖いから。いろんな意味で。
そんな風に喧々囂々、姉さんと言い合っている、そんな中、緊張した様子で固まっていた祈願が、不意に手を上げた。
「ハイッ!」
「どうぞ、祈願さん?」
勝手に促す姉さん。
「わ、私の家はご存知の通り大金持ちで、けれど男子がいませんから。……誰かが婿に来れば、本人は少し大変かもしれませんが? ご家族は大変、楽な生活ができますわ」
「おい待て、何を変なアピール始めてんだ」
しかも家族から落とそうとしてやがる。将を射んとすればって事か?
「ちょ、ちょっと待て!」
手を上げる伶ちゃん。
「どうぞ、祈願さん」
促す姉さん。
「あ、あたしの家もまぁ、どこぞの金髪さん程じゃねぇけど地主で、男子もいねぇからさ。その、……け、結婚すりゃ、本人の家族は楽できるわな。そんなに大きくねぇ家だから、……む、婿さんの負担も、少ないだろうし……」
「対抗しなくていいから、伶ちゃん」
おい、何だこの流れ。
「じゃあ……、僕は良家じゃないけど、正道と結婚したら、僕が働くつもりだよ。正道は家に居てさえくれれば、それでいいんだ。家事も何もかも僕がするから。勿論、同居家族も歓迎だ。介護とか、僕は大好きだしね」
手を上げて、促しを待たずに弥生が言った。
「ってヒモじゃねぇかっ! 僕がやだよそんなの!」
「あ、沙紗はですね、ただ先輩の傍に居られればそれでいいので、二号さんでいいです。妾って響きも何だかいいですしねっ」
「全然よく無い! 外聞が最悪だよ!」
もう手を上げる事すらしないし……。ていうか沙紗に関しちゃ、僕にしか目が無い辺り、一番危険かもしれないな……。
「うぅん……。本妻が私なら、二号さんとか居ても、……いい、かな?」
「だからよくねぇっつの。何だその祈願の妄想みたいな夢色未来」
歪んだ器の広さとかアピールされても困る!
「さて、全員のアピールタイムが終わったわね」
「公認の時間みたいに言うの辞めて下さい。お姉さま」
婚活じゃあるまいし。
「全く我侭だなぁ、お前は……。じゃあどうすんだよ」
僕か……? 僕が悪いのか? つかなんで口悪くなってんの、この父親。
ただ……、このやり取りを、オーディションの結果を待つかの如く、緊張した様子で見守っている人達の為にも、僕の気持ちをきちんと、表明しておく必要はありそうだ。
「えぇと、ほら、皆よく考えてよ。利用するみたいでやだけど、梓の事だってあるんだし、今誰か一人を決めるなんて、無理だよ」
その言葉に、梓を除いた全員が何かを考えるように宙を見て、そして
「んじゃぁ、今は梓先輩が一番ということでいいですから、沙紗二番でいいですか?」
後輩が訳の分からない事をのたまった。
「え、そういう方向に行くの!? 駄目だろ!」
「私が一番なら、それでいいよ?」
「梓が認めるの!?」
「ちょっと、困りますわね……」
「だろ!? そうだろ! 流石祈願だ!」
「いえ、私はそれでも構わないんですの。家の物が気にするかもしれないと思って」
「いいんじゃねぇか? うちも似たようなもんだけどよ、どうせ今すぐ結婚するとかじゃねぇんだし」
……え、なんで常識人系の伶ちゃんまで納得?
「そんな顔でこっちみるのやめろよ正道。言いてぇ事はわかるぞ。でもな、多分あたし達全員の気持ちとして、何でもいいからお前の傍に居るための大義名分とか、位置づけみたいな物がほしいんだよ」
その言葉に、何も言っていなかった弥生までもが頷いた。
「な? 父さん言ったろ? だから今は、みんなの好きな様にさせてやったらどうだ」
ぽんっ、と僕の肩に手を乗せ、妙に渋い声で父さんが説得するように、言った。
そして、女子一同は僕を見る。
いいでしょ? と上目遣いで。
頭の中に、倫理とか常識とかそう言った物が浮かび、
「……はぁ。しょうがないなぁ」
けれど僕はそれらを頭の中から捨てる事に、した。
「あ、ありがとうございます、先輩!」
沙紗が顔を輝かせて、無邪気に微笑んだ。
「どうせ付き合うとかいったって、今と何にも変わりはないんだろうしね。それで皆が安心とかできるなら、それでいいよ」
妙に投げやりになったのは、この後待つであろう風評被害に対する諦めのせいだ。女五人もはべらして、全員が彼女です、なんて言う男は、周りから何と思われても仕方ない。
「うんうん、諦めも肝心だよね! これからもよろしく、正道!」
弥生は僕の手を勝手に取ると強引な握手をしながら言い、終えた後、
「――じゃあ、順番を決めないとね」
ざわりと、空気がゆらめいた。
「僕、二番がいいな」
「……当然、あたくしが二番をいただきますわ」
「いやいや、……そこはおめぇ、付き合いの長いあたしが二番だろうよ」
「先輩方、よく思い出してください? ……沙紗が最初に、二番って言ったんですよ?」
あぁ、危惧していた事が始まってしまった。
「どうしたものか……」
悩みながら、ふと窓の外を見る。
そういえば、帰ってきてから母さんの墓参りに、一度も行ってない。
どうせなら、皆で行くのも良いかもしれない。今みたいに揉めるだろうけれど、母さんの理想を忘れずに居させてくれた恩人達を、紹介しておきたい。
もしかしたら、将来、僕と添い遂げる人も……。いや、それは考えずに置こう。僕がその気になった頃には、とっくに愛想尽かされてるかもしれないし。
……こうして、帰国初日から始まった僕の女子平凡化計画は頓挫して、けれど失敗と間違いを重ねながらも、正しい答えを導いて導かれて、沢山の問題を抱えたまま、今のところは、語るべきを語り、……収束を迎えた。
一陣の強い風が窓を揺らし、秋色に染まり始めた葉が数枚、風に流され青空に消える。
もう一月も経てば、本格的な秋になって、それが過ぎれば長めの休みだ。
わいわいと騒がしくて、飽きの無い日が続くといいな……。
……気付けば、僕もまた皆から影響を受け、僅か一ヶ月で、平穏を望む自分から、忙殺の日々を望む自分へと変えられていたのだった。
「正ちゃん、そろそろ何か提案したほうがいいんじゃない?」
思考を現実に戻せば、騒ぎは物理的接触へと向かいかけている寸前だった。……やばい。
「そうだね……」
音もなく間合いをつめる女子の嵐へと、僕は足を踏み入れた。
「お帰りなさいダーリン。食事はイタリアンでよかったかしら?」
仕事を終えて帰ってくると、迩奈華が玄関で迎えてくれた。
「はわわっ! おかえりなさいませー!」
そして出遅れた、と慌てて走ってきて、急停止と同時に深くお辞儀をする金髪ドリルテールの少女。
名前は矢奈。俺と迩奈華の子供だ。
「ただいま矢奈ー! ほら、おいで!」
「わーい! パパー!」
しゃがんで手を広げ、矢奈を抱きしめると、ふんわり甘いミルクの香りがした。
数ヶ月もするともう小学生になるのだが、どうにもこの子は赤ちゃんの頃からミルクの香りがずっとする。
「パパ、今日ね、矢奈がご飯作るの手伝ったのよ?」
「そうかー! それは絶対に美味しいな! パパ急いで手をあらってくるからな!」
「ふふ。じゃあ矢奈。先に行って準備、しましょう」
「はーい!」
パパ喜んでたねー! っと嬉しそうに話す矢奈を見送って、洗面所へと向かう。
――あの日から、十年がたった。
光陰矢の如しとはよく言ったもので、あの日、みんなと付き合っていく事を決めてからあっという間の十年だった。
さまざまな巡り合わせや偶然、やむにやまれぬ事情があって、今俺はこうして祈願家で暮らしている。
本当は自分の稼ぎで家を買うなり借りるなりして暮らしたかったが、迩奈華の生活レベルや、矢奈の事を考えて今の結論になっている、いずれもっと稼ぎ、迩奈華も満足するような家を買いたい、とは思うがそれはもう随分と遠い話になりそうだ。
「洗面所一つで、このレベルだもんなぁ」
実家の俺の部屋と同じぐらいにでかく、名のある陶芸家が作ったとかいう手洗い場を見て思う。
また、調度も何一つ安いものはないというのに、ころころと変わる。
「このやたらリアルな人形も、いくらするんだろうな……」
高級な毛皮のように光沢を放つツヤツヤの銀髪は、手触りもよく指がするすると通る。
調子に乗ってほっぺたにも触れてみると、どうやっているのか、シリコンではありえない温かみがあり、弾力も押せばツンッと跳ね返す張り具合。
「……しかし、胸だけが残念だな」
Aが二つ付きそうな感じだった。
「胸の事はほっといてください!」
ぽつりと不満を漏らすと、どこからか聞こえてきたその叫びは、どうやら目の前の人形からのようだった。
「わおっ。人形が喋った」
「し、白々しい! 最初から沙紗だって気づいてたでしょう!?」
「まぁな」
科学の発展著しい今日この頃だが、さすがに体温まで感じれる人口皮膚は作れないでいるのだった。
「ついでにキスとかしてくれるかなってドキドキしてましたのに! ひどいです! 乙女の純情を汚されました!」
「その純情とやらは随分と前に俺が奪ってしまったように思うが」
「そうでした。えへ」
こつん、と自分の頭をぐーで叩いて、沙紗。
随分と可愛い子ぶった表現方法だが、十年前と胸も見かけも全く変わっていない沙紗がすると違和感がない。
「どうした。飯でもたかりにきたのか」
「沙紗そんな意地の汚い子じゃありません!」
「汚い子じゃないかもしれんが、その年になっても自分を名前で呼ぶのは痛い子だな」
「ひどいです!?」
ガーン、とばかりに両肩をおろして俯く沙紗。髪がぶわっと顔の前にかかってちょっと怖い。
「なんにしろ、せっかくだし飯食べてくだろ」
「あ、じゃあプラス四人前お願いします」
「……みんなきてんの?」
「ちょっとダーリン! ダァァリィィィン!」
質問と同時に、屋敷にとどろく迩奈華の声。
なんだなんだと慌てて駆けつけてみると、
「おかえり正ちゃん」
「よー、正道」
「やぁ、おかえり正道」
匠堂シスターズ(高校時代誰かが勝手に名づけた)が食堂に勢ぞろいで座っていた。
「……ただいま」
「これはどういう事ですの!」
そんな詰め寄られても、困る他ないのだが、かといって何にも言わないと余計に息を切らせてくるだろう。
「ハニーが随分と困ってるんで正直に答えてもらいたいんだが、何しにきたの、みんな」
「正ちゃんに会いに来た」
「同じく」
「同じだよ」
「沙紗もですっ」
いつの間にか沙紗も席へ着いていた。
「うーん……。じゃあ、いいか」
「よくありませんわよくありませんわよくありませんわぁぁ!」
大反対だった。
「なんで。ご飯足りないから?」
「ご飯、いっぱいあるよ?」
とてとてと果物の入った籠を、矢奈が運んできた。
「そういう問題じゃ、ありませんわ……」
矢奈の頭をなでて、少し落ち着いたのか、語尾を消えそうにさせながら迩奈華がいった。
「あなた方……、約束だったでしょう?」
「沙紗、よくわかんない」
「馬鹿みたいなとぼけ方はやめなさい。この子が、矢奈が小学校に入るまではダーリンは私と暮らすってお話でしたでしょう?」
「だな。だから、わざわざ来てっだろ?」
「その上で! 金曜日は、家族水入らずで過ごす! あなた方は邪魔しない! その約束でしたでしょ!?」
「そう。そうなんだ。だけどさ、なんか今日たまたま皆仕事が早上がりだったり、友達との用事がドタキャンされたとかで、ヒマになっちゃってね」
「そうなんですよ。だから、せっかくだしご飯にしようと思ったんです。でも、どうせ外で食べるより、ここで食べたほうが美味しいよね、って話になりました」
「人の家をレストラン代わりにしないでくださいます!?」
「まぁまぁ、いいじゃないママ。ご飯あるし。今日ね、あたしが手伝ったのよ?」
矢奈としては、みんながいたほうがちやほやしてくれて楽しいし、特に今日は自分が手伝った料理を食べてほしいのもあるんだろう、迩奈華の敵だった。
「矢奈ぁ……。貴方がそうやってみんなを甘やかすから……」
「そういっても、今更追い返すわけにもいかないだろ?」
どうせここで問答してもみんなは諦めないのだから、とさらに俺がフォローを入れる。 これがいつものパターンだった。
そう、結局あれから十年も経ったというのに、誰一人欠けてはいないのだった。
「矢奈はやっぱいい子だなぁ。正道に似たのかな?」
「だね。いいなぁ、僕も子供ほしいなぁ……」
弥生が組んだ両手であごを支え、上目遣いに俺を見て、ちろりと舌を出す。
完全に誘っている仕草だった。
「ダーリンをそんな目で見ないでくださいまし!」
「矢奈が小学校に入ったら、なんだから、あと数ヶ月の辛抱だろう」
「ぶー」
「次は、私だよね? 正ちゃん」
「いや、そればっかりは運だからなぁ……」
「次は二人までおっけーにすんだろ? じゃあ二分の一だわな」
「伶ちゃん、この手の話題にすっかり強くなったよね。昔はすっごい照れてこんな話したら僕が喋れなくなるまで殴ってきたのに」
「あたしから羞恥心奪ったのはお前だろうが。あんなにされたら……」
と、矢奈の視線に気づいて伶ちゃんは口ごもった。
「うぅ、いっそ小学校じゃなくて家庭教師にしましょうかしら」
「おいおい……」
迩奈華なら本気でやりかねないのが恐ろしい。
「沙紗、今からもう子宝祈願の神社に通ってますから! 準備は十分ですよ!」
「実家の近所じゃねぇか」
傍を通る旅に 頑張れよ! とか応援されると思ったら。
「僕もそこ、通おうかな……」
「やめろ。真似して皆通い出したら、なんか僕に問題があるみたいに思われるだろうが。せめて本当に子供が出来なかったらしてくれ」
「そもそもっまずは矢奈が入学してから考えてくださいます!?」
大人たちが喧々囂々と言い合っていると、ふいに矢奈が、俺の袖を引っ張った。
「ねぇ、何のお話? どういう事?」
……なんて説明すればいいんだろう。親になるとわかるこの複雑さ。
「矢奈ちゃんが、お姉さんになるんですよ!」
「え、そなの?」
思わず疑問の声を出したのは、しかし俺だけだった。
「当たり前じゃないですか。私たち家族の子なんですよ? ね?」
「んだな」
「だね」
沙紗の言葉に、玲ちゃんと弥生が頷いた。
「家族……。あれ? 僕らって家族なの?」
「違いますの?」
「いや、聞かれても困るんだが……」
「あ、そっか」
ぽん、と梓が手を叩いた。
「女子会してた時に決めたから、正ちゃんいなかったんだよ」
梓の言葉に、あぁーっとみんなが得心言ったように頷いていた。
「まとめっとだな、梓ももう一番とかこだわらないって言ってさ、そんなら順番をつけるのやめて、皆家族。お母さんとお父さん。それでいいじゃんって話になったんだよ」
「なにそれ。いつの話?」
「矢奈ちゃんが生まれた時だったかな?」
ぽむぽむと、矢奈の頭をなでながら平然と言う弥生。
「五年以上前じゃないか! なんだ、もっと早く言ってくれよその話!」
「みんな、もう誰かが言ったと思ってたんですよ。沙紗もそう思ってましたもん」
「もん、て……」
ぼちぼちアラサーの癖にかわいこぶりやがって。可愛いけど。
「なんですのダーリン。もしかして未だに酒池肉林について悩んでましたの?」
「遠まわしに言おうとしてかしらんが、その表現はやめろ。いや、うーん。だってな、その辺ぼかしたままだったから……」
「ならよかったね。私たちは家族。それでおっけー」
軽く言うな、梓。こいつが一番そういうの考えてそうだったのに。
「なんだ、解決してたのかよ……」
親が離婚するとかいうから、必死に子供としてどっちに着くか悩んでたら、とっくに解決してた、みたいな。そんな一人必死になっちゃった系のまぬけ感がした。
「なーんだ……」
うーん、なんだろうなぁ。これでいいのかなぁ。
「……梓さんの言うとおり。私たちは家族で、それでみんな納得してますの。ですから、もういいんですのよ」
ぎゅっと、背後から僕の腰を抱いて、迩奈華が言った。
「そっか。そうだな。よし」
腰前にある迩奈華の手をぐっと掴んで、みんなへと視線を向ける。
「じゃあ、今夜は久しぶりにみんなで頑張るか!」
「おぉ! 剛毅ですね先輩!」
「なんでそうなりますの!?」
「いや、だって悩むことなくなったらさ、する事ったら子作りだろ」
「なんですのその理論!? ふっきれすぎですわ!」
「矢奈がこんなに可愛いんだぞ? みんなとの子供作ったら可愛さ四倍じゃないか! 大丈夫大丈夫。そんな二人三人一気にできちゃったりしないだろうしさ!」
「ふふふ、沙紗の子宝祈願がかなうときが来ましたね!」
「沙紗ちゃん、これを見て」
「なんですかそのお守りの数!」
「あたしもだ」
「伶羅先輩までお守りを……! 僕だけ何もしてない!」
なんかこんだけみんなが喜んでくれてると、あれから十年悩み続けてたのが馬鹿みたいだった。
「もう……。仕方ありませんわね」
そんなこんなで、僕らには、また新たな家族が増える事が決まった。
「張り切ってるところ悪いですけど、矢奈が小学校に入るまで増やさない、という約束は守ってもらいますわよ」
「沙紗、妊娠しない方でも大丈夫です!」
「子供の前だからな。沙紗」
そんな話をしながら、僕らは椅子に座り、夕食が運ばれてくるのを待つ。
梓、玲ちゃん、弥生、沙紗、迩奈華、それに矢奈。この家族が後どれだけ増えるのか、それはまだわからない。
けれど少なくとも、減ることはなさそうだった。