邂逅
阿岐森凛〈あきもり りん〉は小学生である。
快活な父と穏やかな母の間に生まれた一人娘。
両親の大きな愛に包まれて育った凛は優しくも強い心の娘になった。
そして、この桜舞う四月、凛は小学六年生へ進級する。
小学校の教室。
その中の生徒達は春の陽気に浮かれるように騒がしかった。ざわめきの中には凛もいる。
「今年も同じクラスになれてよかったな!」
少し短めに整えられた髪の毛と底抜けな笑顔が特徴的な少女が凛に声をかける。
年中半ズボンでお馴染み、凛の友達ボーイッシュ担当の吉川夏綺〈きっかわ なつき〉だ。グッと握り拳の親指だけを立てている。
「うん、そうだね。」
凛も笑いながら親指を立て返す。
凛と夏綺の関係は長い。が、同じクラスになれたのは去年が初めてだった。あの時はお互い声をあげて喜ぶ程だった。
「お二人ともとても嬉しそうですわね。」
廊下からくすくすと笑いながら凛と夏綺に一人の少女が近寄ってくる。
ハーフアップでまとめた長い髪を揺らす上品な言葉遣いの少女の名は小早川薫子〈こばやかわ かおるこ〉。彼女もまた、去年から凛と共にいた一人だ。去年こちらに引っ越して来てこの小学校に転校してきた。
ほんのちょっとしたことから仲良くなった三人は小学五年生の一年間を共に矢のように駆け抜けた。
「薫子も一緒になれてよかったな!」
夏綺が両拳を天に突き上げながら言った。
薫子はその無駄な元気さに、またクスクスと笑ってから相づちを打つ。
この始業式の日、小学校生活最後のクラス替え。
三人は三者三様に喜び合った。
始業式その他諸々も終わり、三人は家路についた。三人が一斉に別の方向へ別れる十字路に着くまで、クラスの面々についてや、この後の一年の行事について話したりしていた。
そうしているうちに十字路へと三人が到着する。「それじゃあまた明日、学校で。」と凛がいうと、「また明日」と夏綺が言い、「学校で」と薫子が言う。
誰が言い出した訳でもないが、これが去年からの伝統だった。そして、お互いに手を振り合い、それぞれの家路についた。
それから家までの間凛はなんとなく空を見上げながら歩いていた。
きれいな水色。そこに少しの白色がもやっとした線を引いている。画用紙の上の様だ、と考えていると、不意に画用紙の中で何かが光った。
時間はまだまだ昼間だ。一番星にしてはせっかちじゃないだろうか、と凛が考えていると、次第に光は大きくなってきた。
凛は驚いた。始め、光は強くなっているのだと思っていたが、違う。あれは近づいているのだと感じた。それも、こちらに真っ直ぐと。
隕石だろうか。あまりに突然だ。距離感はわからない。けれど、どんどんと近付いている。恐怖が沸き上がるが、声が出ない。出せない。
そのうちに光が視界一杯に広がる。どうすればいいか凛はわからなかった。
その時、父の言葉が頭をよぎった。
「頭を守りなさい。頭がなくなってしまえば流石にどうしようもない。あの時は運良く弾が逸れて...」
頭を守った所でこの状況どうなるのか。しかし、何もしないよりはマシだと思い直し、凛は手で頭を覆い光に背を向け、団子虫のように丸くうずくまった。
わたしの人生はこれで終わりか、まだ何も成し遂げていないのに。凛は心中で嘆く。
お父さん。お母さん。夏綺。薫子。親しい人が凛の脳裏に浮かんでくる。
これが走馬灯というヤツか、といよいよ凛の目からは涙が溢れてきた。
そうして現世への未練を涙にしながら待ち構えていたが、いっこうに隕石は降っては来なかった。
まさか、自分が気付く間もなく終わってしまったのか。凛は不安になったが、確かめる気にはなれなかった。
どれ位の時間が経ったのか、どうしようもなく、じっとしているとトントンと背中を、というよりランドセルを叩かれた。
恐る恐る顔を上げてみると、優しそうな老人が心配そうな顔で凛を覗きこんでいた。老人の後ろには先程と変わらぬ景色があった。
「...どうした、お嬢ちゃん。」
何でもないです。凛はそう答えたが、小学生が泣きべそをかいてうずくまっていた。これが何でもないわけがない。
しかし、説明も出来ない。あれは夢か幻か。
混乱したままで頭が回らず、凛は気にかけてくれた老人を尻目に逃げるように家へ帰った。
自分の部屋へ入ると、凛はランドセルを机の上へ乱暴においてベッドへ倒れこんだ。
ひんやりとしていたシーツが体温で少しずつ暖かくなってくる。
耳を済ませば自分の息づかいが聞こえてくる。
わたしはまだ生きている。そのはずだ。
仰向けに体勢を変えて、凛は一つため息をついた。
あれは一体なんだったのだろうか。
天井をじっと見つめる。勿論答えなど書いてもないし、誰かが答えてくれるわけでもない。と、思っていた。
「君、少しいいかな。」
突然、どこかから声が聞こえた。
凛以外いるはずのない部屋で。低く、落ち着いた男性の声がした。
凛は勢い良くベッドから上体を起き上がらせ、部屋を見渡した。
しかし、声の主らしき人も物も見当たらない。
そうか、もしかすると幻聴か。と、凛は考えた。そう考えれば先程の光も幻覚だと説明がつく。
「幻覚に幻聴...もしかして頭が...」
思わず口にでてしまう。悪い病気なのだろうか。凛は言い様のない気持ちになった。
「こちらだ。...わかるかな。」
また聞こえた。今度はどちらから聞こえたかわかった。机だ。凛はベッドから降りて、恐る恐る声の聞こえた方へ向かう。
「あぁ、そう、そうだ。私はここだ。」
確信が持てた。それと同時に、この状況がわからなくなった。
声は、先程まで凛が背負っていたランドセルから聞こえていた。