『ターミナルタウン』(三崎亜記)を読んで
なかなか表現しづらいんだけど、少し不思議ジャンルっぽいけどそうとは言い切れない独特の世界を描き出す作家さん。ずっと苦手だったけど読み続けてきた作家さんでもあります。その理由がちょっとだけ分かった気がします。
設定がね、ショートショートっぽいんですよ。
リアリティ(現実にありそう)があるけどリアル(現実的)ではないお話はいっぱいありますよね。けど、そういうのは現実には存在しない物や事象が作中でも特別なものとして扱われていると思うんですよ。あやかしものとかもそうですよね。一部の人が接する。現実があって、そこに異端が紛れてこんでいることで物語が生じる。大きく捉えるとローファンタジーってことなのかな。
一方、ハイファンタジーやSFなどは架空の事象が当然のこととして成立していて、私たちのいる現実との接点はありません。
その点、ショートショートの不思議さというのはそれこそ不思議です。世界は現実として描かれているにもかかわらず、現実世界では絶対にあり得ないことが当たり前に存在しています。当たり前の存在なので、読者に対しては周知の事実という姿勢で語られます。三崎亜記の小説世界はそれに近い気がします。
うん、やっぱりうまく伝わった気がしません。そんな小説、普通にいくらでもあるって言われそうです。伊坂幸太郎や有川ひろもそんな感じの小説を書きますよね。でもねぇ、そうなんだけど〜、なんかね〜、ちがうんだよ〜。それらはもっとファンタジー寄りのつくりになっているっていうか。う〜ん……まあいいや。(投げた)
でもって、この本。大枠は町おこしの物語です。ただ、設定が、これでもかってくらいに「は?」ってなります。
舞台となる静原町は複数の鉄道路線の乗り換え駅として発展してきたターミナルタウンでした。しかし、廃線などの影響でほぼすべての鉄道が通過する駅になってしまいました。シャッター商店街があったりして典型的な寂れた街。その町おこしなのですが、現実的な設定はここまで。
トンネルとは別物の隧道というものがあって、隧道師という職人集団がいたり。町の住人みんなが、ないはずのタワーをあることにしていたり。かつて鉄道事故によって忽然と消えた列車が今も光だけ線路を通過していったり。影を失う人がいたり。他にもいろいろ。その設定、どれかひとつでよくない?と言いたくなるくらい盛りだくさん。それがうまく絡まり合っているんだけど、個人的には味濃いな〜って印象。完全に好みなんだけど、それぞれの設定で短編集として読みたかったなと思うほどのインパクトあるアイデア。そう、これ、長編なんですよ。それもそこそこ長い。文庫で537ページ。
鉄道とか線路、はたまた影というものが示唆的な描かれ方をしているのはとても好みです。
いつも設定に圧倒される三崎亜記ワールド。今回はまた特にアイデアの豪華詰め合わせでした。




