『花を呑む』(あさのあつこ)を読んで
弥勒シリーズ七作目。
あさのあつこさんの小説は文庫になっているのはほとんど読んでいると思いますが、このシリーズが一番好きです。
同心の小暮信次郎、小間物屋の遠野屋清之介、岡っ引の伊佐次。この三人のバランスがすごくいいです。けして好意での関係ではないのに、誰よりも深く理解し繋がっている。
またね、文章がいいです。『バッテリー』の頃から評判だった描写の美しさと繊細さはこの時代小説にとても合っていると思います。現代ものでもそうですが、時代ものは一段と言葉のチョイスが素敵です。古い時代の言葉は美しいですね。そしてその言葉というか単語がいきる文体ですし。
性別での文体の違いとするのは賛否あるかと思いますが、それでもやはりそういうのってあると思うんです。この方は、女性らしい文章を書かれるなといつも感じます。優しいだけではなく、しんと冷えた感じもまた女性らしい筆致だなと。美しくい言葉で繊細な表現で書かれたものは、時として優雅さと引き換えに流れが緩慢になったり、格式ばったとまではいかなくても少々読むのに神経を使ったりします。けれども、あさのあつこさんの文章はそのようなことがないので大好きです。読者としてはもちろんなんですが、書き手としても非常に憧れます。
私、この方の本を読むたびにこんなこと言っているかもしれませんね……。
さて、今回のお話ですが、事件の起こりは怪談のような現象です。老舗油問屋で主人が変死します。それを発見したのが内儀と女中と手代。三人は怪異現象も共に目撃しています。しかしこれはそのようなシリーズではないので、現実に起こりうる事件なわけですが、この現象がどうしたら現実のものとなるのかがまったく見当がつかないのです。
終盤では種明かしの少し前から薄っすらとわかってくるのですが、その真相に迫る間合いも好みです。クライマックスで探偵役がドーンと派手に種明かし、というのはどうも苦手でして。段々と霧の向こうの影が輪郭を表してくる感じが好きです。そういうところも文体と合っていると思うんですよね。
殺人事件を解く話ではありますが、とにかく人間の描かれようがホント人間臭くていいです。
今回はまた死体の口から牡丹の花弁が零れているという絵面も妖しく美しくいです。
実は2月に発売されていたのに知らなくて、本屋さんで偶然見かけたお陰で買えました。こういうことがあるから、やっぱり本屋さんはこまめに訪れたいです。見つけてよかったです。




