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男湯と女湯㊚

社務所には流石に風呂までは無かった。話をするために恭介と共に銭湯へと行く。



【男湯】 


 駄菓子屋を超えて奥に進んでいくと、段々都会染みた景色になっていく。その途中にある銭湯は昔からある人気の場所で、一家に風呂があるのにもかかわらず平日にも結構な人の数だ。昔はよくタカ達と一緒に大人抜きでここに来たものだ。

 有朱の店に寄り銭湯に着いた後恭介と共に男湯の更衣室に入るとタカとタカの父親がいた。無精髭に堂々とした雰囲気を持つ彼は山を越えた所にある海で漁業を営んでいる。タカが言うに頼りがいのある優しい、誇りを持てる父親だそうだ。


「タカは風呂に入ったようだな。じゃぁ丁度入れ替わりだなぁ。また明日暇だったら神社きなー」

「あいあいよー、湯冷めして風邪ひくなよぉー」


 ため口を使うなとタカを拳骨で制する父親の笑顔は確かに気丈夫だった。彼らが帰るのを見送って圭吾達は服を脱ぎ、タオルを腰に巻いて中へと入った。広い空間に所狭しと並べられた鏡の台。タイルが敷き詰められた地面という、ごく普通の銭湯だ。勿論、富士山の絵が描かれている。

 体を洗ってからゆったりと湯船に体をつける。メフィの作った味噌汁とはまた違った心地よさが全身に広がり、肩に溜まったこりが一気に湯船へと流れ出ていく。思わず蕩けてしまった表情を見られたのか恭介は笑っていた。

 今頃有朱とメフィは向こう側で全裸なのだろうな、と考えているとあの壁が何故あるのかと憎く思える。恐らくあの壁を越えれば楽園が広がっているのだろう。

 邪な思いが募って表情が険しくなる圭吾は恭介に何かを聞くという事を思い出して話を切り出した。


「いやー、今日は大変だったな。有朱も大変だなぁ。あんな嫌がらせにあってさ。そろそろ警察に連絡入れとかないとなぁ」

「ここら辺の駐在さんも大変ですよ。なんだってこのだだっ広いド田舎で何の刺激もないまま生きるんですからね。若い女の子もいないですし」


 そう言われてみれば壁の向こう側は天国と言うよりか本当の意味で地獄かもしれない。


「僕が通ってる大学には一杯いるんですが、何ていうか皆軽いんだよなぁ」

「ほーん、だから有朱なのか」


 唐突な突込みを受けた恭介の顔が一気に赤く染まる。風呂の温度のせいなのか質問のせいなのかは明確だ。少しの間何かを言おうとして口をもごもごとさせていたが、観念したのか溜息を吐いた。


「はぁ、徳島さんの観察力は本当にすごいですよねぇ。アタックは何遍もしてるんですが、全然気づいてくれなくて」

「気になり始めたのは何時なんだ?」

「高校生の頃なんですけど、僕が不良グループに無理やり組み込まれていた時の話しです。

 ……学校帰りの途中にあいつらの不意打ちにあって、背後から鉄パイプで殴られたんです。僕はその時大丈夫だったんですけど、ちょっとぐらついちゃって倒れちゃったんですよ。それであいつらを一気に倒しちゃおうと思ってあいつらが一斉にかかって来るのを待ってたんです。

 そしたら、助けも求めてないのに有朱さんが不良に殴りかかって、苦戦はしてましたけど全員倒しちゃったんです。傷だらけで。

 なんだか申し訳ない気分になっちゃって、その場にずっと倒れこんで有朱さんを見てたらなんだか、心に来たんです……ってか勝手に昔話なんてしちゃってごめんなさい、えへへ」

「いや、聞いていて楽しいぜ。有朱がねぇ……くく、あいつは父親仕込みの武術があるから不良程度に負ける女じゃないしな」


 米国の軍人。初めて彼女の口からそれを聞いたのは確か、4年生の頃だった。丁度この時期だった筈だ。夏の初め、彼女は唐突に雲を見ながらに呟いた。あの雲の先にはガイジンのお父さんが戦っている、と。

 一生使わないだろうに誰かを守るための手段だと言って教えてくれたんだ、と溜息交じりに。その溜息は呆れているのか寂しいからかは過去の自分では判断できなかった。少なくともその時彼女は目を伏して笑っていた記憶がある。

 お父さんか、と小さく言ったのを掻き消すかのごとく恭介は純粋に思った質問を圭吾へと投げつけた。


「というか、徳島さんは有朱さんとは昔からの付き合いだったんですか……?」

「あ、あぁ、いや違う。あれだ、あいつの和室あるだろ。箪笥の上に伏せてあったんだよ、写真が。それの下には金メダルっぽいのもあったしな」

「あぁ、そうなんですか。確かにあれだったら推測はできますね。うーん、やっぱり徳島さんすごいなぁ……。

 ……徳島さんは、僕と彼女は不釣合いだと思いますか?弱い僕と強い彼女。僕は自信が持てないんです」


 順応をすることに特化している圭吾にとっての敵は慣れであることを再認識する。慣れてくると迂闊に軽率な発言を取ってしまいがちだ。写真があるのは恭介の発言が肯定している。

 体を伸ばしてリラックスをする恭介は段々と自分が饒舌になっていることを認めながらも、今一番自分が悩んでいることを打ち明けた。


「いいんじゃないか?別にそんなこと気にする意味はないと思うんだがね。誰と付き合おうが、現に俺はメフィと幸せだしな。俺があんな美人と付き合えると思うかぁ?」

「ふふ、いや、笑ってませんよ。いやぁ、そうですね。確かに最初はお兄さんと妹かなって思ってたんだけど」


 小さく頷いて肯定して見せた。生前自分は一人っ子で妹を持ったことなどないが、感覚的にそうなのだろう。家事ができるがどこか抜けている。自分を慕ってくれるがある程度の距離感を向こうから保ってくれるので接しやすい。本当に付き合ってはいない、という事を思うと胸の辺りに強い虚無感が残った。


「けど、確かにそうですよね。不釣り合いとかそんなの関係ない。メフィさんと徳島さんを見ていたらなんだか勇気が湧いてきました、なんて」

「はっはっは、失礼だな。まぁいいんだけどさ」


 話が途切れてしまうと道中考えた物もどうでもいいように思えてきて話す気がなくなった。知り合って間もない男子同士なのだから仕方ないのだろうか。そのようなことを思っていると、恭介から話を持ち出してきた。


「本当に、有朱さん大丈夫でしょうか」

「大丈夫ではないだろうが、万が一のことがあってもお前が守ってやればきっと大丈夫だろう。明日、タカや圭吾達とデパートの建設予定地にでも行こうと思うんだ。もしかすると、今日の手掛かりが見つかるやもしれん」

「本当ですか!?それって、一体どういうことですか!?」


 圭吾の言葉に恭介の目が光った。この問題が解決すれば有朱を安心させることができると思ったのだろう。水面に強く拳を打ち付け、飛沫を飛び散らせて圭吾の言葉を待った。


「あぁ、まぁ確率はかなり低いんだがな。まずガソリンなんて、このド田舎で使うと思うか?ここはド田舎で観光する場所なんてものは一切ない。田んぼも今は手を付ける事は少ないだろう。そうだな、ここの地域の住民は自家用車をもってない奴が多い。何故かわかるか」


 何の関係もない話だ。しかし恭介は何かに繋がるのであれば、と考える。単純に考えて、お年寄りが多いからだろうか。否、それならば寧ろ移動に便利な車を使うはずだ。だがしかし、この銭湯にも駐車場なる物は無い。

 有朱の住む地域は密集した住宅街となっている。そこにはどちらかと言うと新しい人が住んでいる。田舎暮らしに憧れて、だ。その移住の際に伴った自家用車なら見た事があるが使われているのは少ない。

 全体的に町が車を欲していない。ガソリンスタンドは農業用の車を見かける事の方が多い。この地域で農業を行うものは老人のみ。若者は例のデパートなどの建設に携わっている。老人が肉体労働をすることは考えられない。


「……取り敢えず、上がりません?のぼせてしまって、涼みながら考えましょう」


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