邂逅と不穏①
神社での激しいかくれんぼに負けてしまった圭吾達は懐かしの駄菓子屋へと足を運ぶ
⑤【邂逅】
神社を正面から見たとして、右側の道に行くと土手があり、左側に行くと少しずつではあるが開発されていっている地域がある。そこはコンクリートで道は舗装され、交通整備も行き届いており、数年後にはデパートも建設される予定だ。
圭吾たちが住んでいる地域はそこではなく、最初倒れていた道を奥に行ったところ。その道中、八百屋などが立ち並ぶ商店街がある。そこから少し離れた場所の駄菓子屋は、圭吾たちが遊び終えた後の溜まり場として親しまれている。
結局、勝負に負けてしまった二人は駄菓子をおごる羽目となり、その駄菓子屋に来ていた。
「おう、お前ら早く出ていけ。他の客の邪魔だ」
そう言ったのは、赤い縁の眼鏡の女。碧眼の下にある大きなクマが眼鏡で隠しきれずに出ており、髪がぼさぼさなのも相まってだらしないと印象付けられる彼女はここの店主をやっている。
名前は藤崎有朱と言い、日本人と米軍人のハーフ。最初は、タンクトップだけという服装から強調される妖艶な体つきだけを目的に菓子を買いに来るほどだったのだが、性格に難があり現在は理解のある者がここに来る。
「うっせーよ、大体客なんて俺ら位だろが。寧ろ売れてないこの店に貢献してくださっているタカ様を崇めたらどうなんだよ?」
「あぁん?お前人の金で菓子食ってるくせによくそんな口がきけたなぁ?オルァ!」
店と直接接続された畳の上でほたえるタカと有朱を見て懐古に浸る圭吾は勝手に家に上がり込んで涼んでいた。有朱は心が狭いわけではなく、実は寛容な性格でもあるのだが何故かとげのある言葉ばかりが口に出る。固定客はそういった趣味を持っているか、圭吾たちの様に誰でも仲間に引き入れようとする人間ばかりだ。
「扇風機で声真似してる金髪のお嬢ちゃんとクソガキと……あとそこの性格の悪そうなおっさん。お前ら図々しいんだよ、さっさと出て行け馬鹿ども。ここは私の家なんだよ」
「いいだろうが店長さんよ、暇だろ。一緒にババ抜きでもしようじゃないか。アンタ抜きで」
「ありふれたネタで人を罵倒してくれるじゃないか性悪ジジイ。私は大富豪しかやりたくないな」
「けど有朱さん、貧乏じゃん」
有朱の胸が純粋無垢な昭子の言葉によって穿たれる。強い衝撃と共に後ろに引き下がる有朱は正論過ぎる言葉に言い返せずに、平然を装おうと昭子を鼻であしらった。
「は、はん。まぁトランプなんて、お前らとしても仕方がねぇしな。子供じゃぁあるめぇしよ。っていうか、お前らは誰の親御さん何だい?私の予想だと、タカ辺りか?」
「いや、俺たちは正徳神社の管理に来た暇人だ。俺の名前は……えーっとぉ」
「私は彼女のメフィと申します。この性格の悪い男は徳島正善っていうんです」
「ほぉん、徳島ってまた可笑しな名前だな。まぁ私がいえた事ではないけどさ。それで、メフィさん達は正徳神社の管理ねぇ……。奉納祭はなんかやんの?」
「えー、私たちは何もしませんよ。やるとしたら掃除くらいですかねぇ」
口先からさも当たり前の様に嘘が出てくるメフィにある意味で感心する。しかし嘘を吐き続けたところで残るのは矛盾だけだ。そこを考えているのか、と心配になった圭吾は目でメフィに訴える。
相変わらず首振りの扇風機で遊ぶメフィはこちらの目を見た物の関心がなさそうにまた遊び始めた。暫く扇風機の首の音と、メフィが出す声だけが駄菓子屋に響いていた。話題ならたくさんあるのだろうが、皆夏の暑さにやられて話す気力さえ失っている。
「……アイス食べるか……」
有朱はタカの頭を離して冷蔵庫の前に立った。腰を下ろしてアイスの入った冷凍室を覗いてみると、あるのはサイダー味のアイスが6本。ここにいる人間は7人、自分が食べようとすると羨ましがって全員がアイスを要求し始めるだろう。
有朱の予想だと正善は大人げなくアイスを乞うてくるだろう。メフィは常識的だと最初の頃は思っていたが、扇風機などで遊んでいるのが常識的と言えるだろうか。どちらかと言うと一つ抜けている、ようは子供っぽい。
ここは我慢した方が平和に終わるだろうと、有朱は冷凍庫をしめた。
「なんだよ!食べないのかよー」
タカが畳に足を放り投げながら言う。ここはお前の家かと苛立ちを覚えたが、争いが起きないためにと考慮した行動だ、自分に間違いはないと自分に言い聞かせた。
風鈴が鳴った。納涼の道具としては良くある存在ではあるが、これで涼しさを感じたことは一度もない。昔の人間であれば風流だ、などと言うのであろうが有朱にとっては余計に暑さを感じさせる物だった。
また少したって、今度は圭吾が立ち上がり財布の中を確認した後、千円札を取り出して有朱に差し出した。額にはハンカチで拭いきれない汗が流れ出ており、恐らく我慢が出来なくなったのだろう。
「なんだよ、貢いでくれるのか、ありがとな」
「違う、人数分のアイスを買いたいんだよ。表のアイスボックスに入ってるアイス、アレ確か全部120円以内だったよな?これでお釣りが出るくらいだ。おら、メフィ、ガキ共。あそこのアイス一人一個ずつな。今日は暑すぎるから俺のおごりだ、感謝しろ」
「ほぉん、おっさん結構いいところもあんだな。ほらよ……っと」
横着をして座った状態で近くの小銭入れに手を伸ばして釣り銭を圭吾に手渡して有朱も表に出て行った。圭吾も後から続き、皆が大方決めた頃にアイスを探し始めた。
アイスボックスの中には懐かしい、見覚えのある物ばかりがある。昔自分が好きだったのはメロンの形状をした容器の中にメロン味のアイスが入っていた物。しかし生憎そこにはなかったので、圭吾が手にしたのは卵形のバニラアイスだ。
圭吾が靴に手をかけた時、小柄なスーツ姿の男性が店内に顔だけを見せていた。気弱そうな雰囲気でおどおどしながら店内に入っていくと、有朱を見るなり深くお辞儀をする。
「あの、えっと、有朱さん!こ、こんにちは!暑いですね!」
「……っ。面倒くせぇなぁ……。あぁ、あぁそうだな。暑いな。んで?用事は?」
男の方も見ずに返事をする有朱は唐突に機嫌が悪くなった。嫌われているのだろうか、と圭吾が見ていると子供たちは男の方へと纏わりつき始めた。見覚えがない、というよりは記憶から抜け落ちているのだろうか。
「最近積極的になったわよね、きょーちゃん」
「い、いや……それはここで言っちゃダメだって!あ、いや、えへへ」
きょーちゃん、とハルに呼ばれた男は有朱が向けた鋭い視線に気圧されて苦笑いをした。圭吾の中に生まれた違和感は名前だけでは拭われず、暫く子供たちときょーちゃんなる男の話に耳を傾けていた。
「あの男の人と女の人は?有朱さんのお友達ですか?」
「ちげぇよ……ガキ共のお守り役で神社の管理に来た胡散臭いおっさんと可愛らしい女の子だよ。私には全く関係ない人間たちのくせに……勝手に乗り込んできやがって子供か」
忌憚なく毒舌を発揮する有朱に言い返す言葉も見つからない二人はただ話を聞く事しかできなかった。メフィは少し涙目になって圭吾の方へと寄り添って頻りに小声で帰りたいですと呟いている。よほど心に来たのだろう。
「その……お邪魔でしたら帰りましょうか?」
「……別にいいよ、メフィさんに言われたら何となくだが……その、まぁ何だ。気にするな」
「お邪魔しとくぜぇ!いいよなぁ!メフィの彼氏だからいいよなぁ!!」
「なんだろうか、お前は何となくだがこのガキ共と一緒に帰ってほしい。……はぁ、恭介。毎回用事もないのに顔出してたらクソガキ共に菓子せびられんぞ?毎回何をするわけでもないのに来やがって……学校は終わったのか?」
「夏休み期間で講習だけなんです。大学生なんですから、前みたいに言われなくても解ってますよ」
「前っていうのは、何かあったのか?恭介君」
「きょーちゃんはヤバい目の不良だったんだよねー!」
無垢な表情で過去の圭吾以外が声をそろえて言った。苦虫を噛み潰したように恭介の顔色が悪くなる。顔面蒼白とはこのことを言うのだろう。彼は大きく頬を膨らませて勢いよく何かを履きそうになるのを必死にこらえた。
「うぉおあああ!店の中で吐くな!馬鹿!おい、おっさん!ガキ共の面倒見といてくれ!おい、恭介。絶対出すな?絶対だぞ?フリじゃないからな?ほら、ゆっくり歩いてトイレ行くぞ」
恭介は有朱の介抱を受けてトイレへと向かった。余程触れてはいけない過去だったようだ、と圭吾は自責の念を置きつつ、興味にそそのかされてそのガキ共に訊く。
「あらあら、何だか悪いことしたなぁ……。おい、圭吾。あいつ不良だったってぇ、どういうことなんだよ?とてもじゃないがそうは思えなんだが」
低い腰に気弱そうな雰囲気からはアレが元不良だとは到底思えない。飽きたのかようやく扇風機から顔を離したメフィは、乾燥しきった喉を潤すために机に置いてあった麦茶を勝手に飲んで、会話に参加してきた。
「なんだか昔の話になると顔色悪くして――もしかしてゲロ吐きました?」
「そうなんだよね、あの子。昔の自分の姿がトラウマでね。この地域にあった不良グループではトップクラスだったんだ。というのも、面白い形でね」
「面白い形ってのぁ、いったいどういう事なんだ?あの弱腰なら、もしかしてこの地域の不良グループが弱すぎてトップになっただとかじゃないよな?」
「そうじゃないよ。寧ろこの地域は治安が悪い方だと思うんだけどね。あの子、元から武術の才能はあったんだけどそれを使うのが下手糞でさ、練習や試合では発揮できないんだけどいざ喧嘩になるとやたら強くてね。良くあるマンガのこいつは試合での戦い方は知っていても喧嘩での戦いが云々言っている奴がいるけどそうじゃない」
「そりゃそうだわな。んで、あいつは態々喧嘩するような事をしたのか?」
「アレがそんなことするわけないじゃないか。面白い事にね、歩いていると何故か不良に目を付けられるんだ。例えばお前の態度が気に入らないだとか言われてね、。いきなり殴りかかられたりしてた」
「俺たちはそれを見ててさ、あんな奴が超絶ごっつい怖そうな兄ちゃんに勝てるわけねーと思ってたらすんごいだぜ!あいつ!」
「何ていうか、一捻り、って感じだったよね」
「私もあれには驚いたわ。あんなお兄さんが顔面血塗れになって泣きじゃくりながら土下座するんだもの」
言われてみれば、路地裏には不良がたまっているなどと言ううわさを聞いたことがある気がする。圭吾はあたかも自分たちの武勇伝の様に語る子供たちを見て抜け落ちた記憶を補充した。
「それは何となくだけだが見てみたかったなぁ。大学生だろ?いつまで不良やってたんだ?」
「彼が言うには元々やってないそうなんだが……多分と言うか推測では高校二年生までそうだったね。最近でも昔のおつきの者が戻ってくださいなんて土下座してるけど」
「なんだ、中々面白い奴じゃないか?もしかして吐くっていうのは――」
「ストレスだろうね。周りに強面が一杯いたら僕だって耐えられないよ」
続く……