勝負と結果
過去の自分にあった圭吾達は神社でかくれんぼを始める。
④【勝負】
神社の境内は開けており木々が生えている。逆に言えばそこしか隠れる場所がなく、常に動き続けなければならない。それが自分たちの常識であった。かくれんぼというよりは、隠密鬼ごっこだ。
圭吾とメフィは、境内の丁度真ん中の辺り、焚火を行う所で作戦を練っていた。周囲に気を配りつつ、メフィは圭吾の作戦を聞いている。田舎の子供は相当体力があるようだ。話によると10キロメートル先の学校に登校していたそうだ。圭吾自身も体力はあったらしいが、引っ越したと同時に一気に衰えたらしい。
その圭吾は黒衣の袖をまくってやる気満々だ。メフィはスカートと一体型の黒衣の袖を、フードの紐の部分を引き抜いて和服の袖の様に括った。
「おぉ、凄いな。うちの婆ちゃんもできてたけど、母さんはできてなかったなぁ」
「えへへ、そうでしょう。これ結構自慢なんですよねぇ。死神の中でできるのは恐らく自分だけですよー」
メフィの腕を取って時間を確認する圭吾が目にしたのは、腕から延びる黒い線。長袖で気が付かなかったが、魔法陣のようで禍々しい。死神の紋章なのだろうか。しかし自分の腕にはついていない。そっと、線を下からなぞって行く。
「ちょ、ひゃぁ」
頬を赤らめてこそばゆい感覚がメフィの背後を襲う。強く腕を取られている為払う事が出来ずに、圭吾の成されるままになる。目を強く瞑って、圭吾の興味が引くのを待っていた。
すると、何処からか小石が投げつけられて圭吾の頭に直撃する。圭吾は頭を押さえて、にんまりと石が投げられたであろう場所の、逆へと歩いて行った。
間違っているのでは、と口元に手を当ててあざ笑うのを堪えているメフィを置いて、人より少し太い幹の後ろを勢いよく覗き込む。
「んにゃぁ!」
そこには、腰を抜かして尻餅をついたハルが驚いた表情でこちらを見ていた。圭吾が差し伸べる手を取って立ち上がって、圭吾の顔を訝しげに窺っている。
「なんでわかったのよ?普通だったらあっちに行くもんでしょう?」
「ここは木がいっぱいあるよな。常に動いて隠れるお前たちは鬼を焦らせるために嫌がらせをするんだ。今俺の頭に石を直撃させたようにな。
んで、嫌がらせすると自分の位置が特定されてしまうからお前はこう考えるんだ。木に当てて反射、否この場合跳弾を狙ったと言っておこうか?普通の大人なら引っかかってあっちに行くだろうな。それでお前はまた位置を変えて何度も嫌がらせをするんだ」
「……頭が切れるんだね、お兄さん」
観念したハルは手を挙げて降参する。そして敗者が集う場所、圭吾たちが座っていた階段へと連行された。
圭吾の説明をただぼんやりと聞くしかできなかったメフィは、嘲笑っていたことに対する羞恥と、それを潰す程の成果を出すために躍起になって探し始めた。先輩であるというプライドが彼女を動かしたのだろう。メフィにとってのこの勝負は圭吾との勝負に移行しかけていた。
しかし、闇雲に動いてしまっては相手にも動くチャンスを与えてしまうという事。その事を知ってか、圭吾はその場に座り込んで、音を聞いていた。残りは運動が得意な二人と狡猾な自分。わずかな物音でさえ逃さないように、耳に全ての意識を集中する。
蝉の声が止む。邪魔な音は集中している圭吾の耳に入ることはない。見つけなければならないという焦燥感を今は堪えて。集中という行動に意識を傾ける。
圭吾の座る一帯が、静寂と緊張に包まれて時が止まる。圭吾はそっと地面に手を振れて音を感じた。誰かが、動こうとしている。
……これは準備だな。次動くとすれば――
その時、圭吾の中の時間が動き出すとともに木々が一斉に騒ぎ始めた。大きな風が吹いたのだ。それと同時に圭吾は立ち上がって、迷うことなく周囲の地面を見、何かに気付いたのかそちらの方向へと走り出した。
「見ィイイイイイイつけたァアアアアアアア!!」
まるで仇敵を見つけたかのように大声で叫んだ先には木から木へと移ろうとしていた昭子がいた。目を大きく開けて、驚いた表情でこちらを見ている。ハルの様に腰を抜かしはしなかったが、見つかったのが相当驚きだったようだ。
「なんで?なんで私が風が吹いた時に動くって解ったの?」
「んー、忍者のきらいな物は月と太陽だ。それで好きな物は風。お前はほとんど忍者になりかけていたんだが、惜しかったな。子供っぽいところで、嫌いな物からは眼を逸らす様だ」
「……?だから、どういうこと?」
「風を利用するところまでは良かったけど、影までは考えてなかったみたいだな」
あ、と昭子は足元を見る。周りは木々で影が疎らになっていることに対し、自分のいる場所は陰で覆いつくされてしまっていた。つまり圭吾は自分を動かせるように仕向けて、影が埋まっている場所を探したのだ。
「よっしゃ、これで後二人だな。くく、お前らは頭がいいがまだまだだなぁ……。メフィ、後残り何分だ?」
「残りちょうど半分ですー!7分半切りましたよー!」
「んじゃぁ次は……!おいメフィ。一緒に行動すんぞー!」
呼び寄せられたメフィは荒い呼吸のまま圭吾の元へと小走りで行く。暗中模索の状態で必死になっていたから当たり前だ。圭吾は経験者なので分かっているが、未経験者であり普通の死神である彼女にとっては目を潰されているのに等しい。
圭吾はメフィに少しの休憩を与えてから、再び探し始める事にした。
「時間ないんですよ?走らないんですか?」
疑問に思うのはもっともだ。先程から圭吾がしているは、一定間隔で歩いては一定間隔で足を止めて周囲を探す。それを繰り返しているだけなのだ。飽きてしまったのだろうかとメフィは思い、腰に手をついて圭吾を呆れた顔で見ていた。
「飽きたのならやめましょう?あと五分ですよぉ?」
「飽きてなんかないさ」
残り四分。後二人を探すのは難しいのでは、とメフィ自身が諦めかけていた。便りの圭吾も飽きてはいないと口だけで言ってはいるがとてもそうとは思えない。メフィは頭の中で自分の財布の事を思いながら歩いていると、圭吾が再び立ち止った。
境内の木々の間隔が狭くなってきた頃。神社と森の境目辺りで折り返し、暫く立ってからの頃合いである。
人の足音の様な物が、自分たちの一歩が終わると同時に響いた。落ちた木の枝を踏む音も含まれており、はっきりと聞こえた。
メフィはそちらの方を振り向いて駆け寄っていく。
……もしかして、圭吾さんは一定間隔で歩いていたように見せかけて、ちょっとずつずらしてたのかな?
そうすると、自分は良い所取りになってしまう気がするが、正直今のところ圭吾に正攻法で勝てる気がしない。卑怯な気もするが、これは勝負なのだ、と自分の中で決めた勝手な勝負の勝敗を気にしつつ、音のなった木の周辺を探し始めた。
だがそこには誰もいない。周囲を見渡しても誰もいない。どうしたものか、と圭吾を見てみると
「してやられたか。メフィ、よく考えろ。ここまで考える奴らが今頃そんなミスを犯すと思うか?――足元を見ろ」
はぇ、と頓狂な声を上げて足元を見てみると木の根元の土が強く踏み荒らされている。何者かがここで強く力を入れて踏んだ跡のようだ。
「もしかして木を登ったんですか!?」
空を仰ぐ。光の反射で見えないが確かにそこには誰かがいた……ようにも見えたが。
「ぬぁぁあ!」
その誰の手から放たれたのは大量の蝉の抜け殻。手の込んだことに一つ一つ小さな石が詰め込んであり落下速度が早い。痛さと気色悪さに負けて俯いてしまったメフィは、再び上を見てみるもののそこには誰もいなかった。
残り二分。
木の上にいる相手など見つけられるはずがない。メフィは木登りに挑戦しては見るものの、全く歯が立たない。圭吾に聞いてみたところ先程のは本当に作戦だったようで、メフィを立てる為にやったのだという。
「こんなことができるのはタカだな。運動神経も良くて木登りなんざお茶の子さいさいだろうなぁ……っと。おい、クソガキ。そうだな、この木を中心として1、2……そう、2本目の木の後ろにいるマセガキだ。出てこい」
返答はない。これはかくれんぼだ。身を潜める遊びであって、例え気付かれていようが見つからなかったという功績を残せば勝利は得られる。圭吾は昔から勝負には負けることは多く、試合には勝つことをモットーとして生きていた。
相手取っているのは昔の自分。恐らく、意地でも出てこないであろう。圭吾はメフィに横から突くように指示し、自分もそれとは真逆の方向から昔の自分を捕まえに行った。