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懐古と遊戯

自殺した筈の圭吾は何故か過去の世界に飛んでいた。そこでであった死神の少女メフィと共に自分の人生を振り返っていくこととなり、神社へと向かった。

 

 ③【懐古】


 蝉の声が煩わしい。会話をしている時は気にはしないのだが、沈黙がこうも続くと気にかかって仕方がない。圭吾とメフィは神社の境内、賽銭箱の後ろにある階段で一休みをしていた。

 神社は正面から見ると鳥居があり、くぐり階段を登っていくともう一つ鳥居。そして、広く展開された境内の真ん中に石で舗装された道。冬になると焚火をする場所があり、左右に伸びる道には小さなやしろがある。進んでいくと狛犬の像が二つ並行して並んであり、賽銭箱と続く。

 正徳神社は大きい神社ではなく、地域に密着する小さな神社で、年に一回大きなお祭りが開催される。小さな神社、と言ってもその敷地は広く幾つもの屋台が展開されており飽きない。友人と喧嘩した帰りに寄った神社がここだ。

 身長の高い木々に覆われできた陰に入るだけで涼しい。メフィは圭吾が手水舎ちょうずやで濡らしたハンカチを受け取り顔に乗せた。垣間見える日光を恨むように空を仰いで、少しでも風が行くようにスカートの形状をした黒衣をはためかせる。圭吾が正面で中を覗けないように控えめに、だ。


「メフィ、俺は大胆に行動するお前が見たい」

「貴方本当に死んだんですかぁ……?段々疑わしくなってきましたよ。」

 穢れを見るような眼つきで圭吾を追い払い、再び空を仰いだ。面倒な後輩を引き取ってしまった物だとつくづく思う。

「それで、俺たちは今から何をするんだ?っていうか、人生を見届けるつってもかかわることもできなければ最後の意思は何も変わらないと思うんだが」

「それはどうですかね。まぁ、関わることはできませんが……ってもうそろそろ時間ですね。一旦神社の中で身を潜めましょう」


 立ち上がったメフィに手を取られて圭吾は神社の中に連れられた。スライド式の扉を少しだけ開けてそこから景色を眺める。身長的にメフィが下、圭吾が上になってしまう。


「あの、私先輩なので上が良いんですが……」

「変わらねぇよバカ……子供かっつの……。……ん?ガキの声?」


 楽しそうな声が徐々に近づいているのが分かる。圭吾は目を細めて誰が来ているのかを確認する。

 麦わら帽子の、タンクトップ一枚の快活な少年。ワンピースを着た黒髪長髪のおしとやかな少女。若干茶髪気味のTシャツの少女。そして――黒髪の自分。

 無邪気に笑い合う彼らは夏休み真っ最中。この神社は彼らの遊び場で、公園で遊ぶのが飽きた時のマンネリ防止策なのだ。手水舎の水を拝借して各々に掛け合って遊んでいる。この神社には神主が常駐して居ないので怒られないのだ。

 圭吾は過去に来たのだという強い実感に感銘を受けて目を見張っていた。その下のメフィはそれに気づき、自慢げに語る。


「どうですか、懐かしいでしょう。あれが昔の貴方と友人の方々です。確か、姓は忘れましたが貴教たかのり君と黒髪の子は昭子しょうこちゃん、茶髪の子はえーっと」

遥香はるかだ。覚えているぞ、懐かしいなぁタカに昭子、ハルだ。俺が親の関係で引っ越しするまで小学校から中学校、ずっと一緒だったんだ。幸いなことに組も同じでさ。高校入ってから便りも全然なくなってさ。あぁ、本当になつかしい……多分小5の頃だな、これ」

 一歩前に身を乗り出して興味津々に彼らを見つめる圭吾にメフィは満足感を覚えて頬が緩む。正直ドッキリには失敗したのは残念だが、こういった楽しみもあるのだ。前へ前へ出ようとする圭吾に押しつぶされそうになりながらも内心でガッツポーズをする。

「てっ、ちょ、あぁぅ……圭吾さん危ないって……押さないで……」

「もっと近くで彼らを感じたいんだよ、我慢してくれ……っておわっ!」

 スライド式のドアが開けてしまい、前傾姿勢になっていた二人はバランスを崩してなだれ込む。小さな階段を転げ落ちて、最終的に二人体を絡ませ合った体勢になってしまった。

 圭吾は痛みに顔を歪ませ抱きかかえていたメフィを叩き起こす。目を回してしまったようで中々起きない。

「ねぇ、おじさん達……そういうのは家でやりなよ……」

 見上げると、そこには自分自身が穢れた大人を見る様に自分たちを見下していた。他の三人はというと遠くから心配そうに様子をうかがっている。


 ……この四人の中で一番ませてたのは俺だったんだっけか……。


 手を差し伸べてきた自分自身の手を取って立ち上がる。メフィは頭を打ち付けた様で覚束ない足取りではあるものの、この想定外の事故に対応すべく圭吾の腕を支えにして立ち上がった。


「うぅ……貴方、何てことしてくれたんですか……。あぁぅう……まぁいいや……」

「良くないんですが。お姉さんも真昼間から何てことしてんのさ。身長的に判断すると髪染めるような年齢じゃぁないよね?もっとさ、社会の荒波に反してやるとかじゃなくて、波に順応していくように生きて行こうよ。そうすればきっと道は開けるよ?ほら、見てよ。この男の人なんて目ぇ腐ってるよ?こんな大人にはなりたくないね。だからほら、そういう不純な行為はやめてさ、全うに生きて行こう?ね?」

「うぅ……うぇええん……貴方どんな子供だったんですかぁ……」


 正論過ぎて頷いて聞く事しかできなかった圭吾は額に手を当てて首を振った。メフィは涙をハンカチで拭い、咳を一つついた。そして顔を手で覆い満面の笑みを作り出すと子供たちの目線に合わせて断った。


「あはは、貴方子供の割に難しい言葉使うんだね。お姉さ」

「お姉さんは大人の割に子供みたいで可愛いね」


 俯いて自分の影に逃げてしまったメフィを小さく慰めて、圭吾は過去の自分自身を諭すための作戦を練る。まずはそういった不純な行為はしていないという事。そして次に自分はおじさんではないという事。

 先程まで感じていた興奮は何処かに行って、逆に緊張が高まる。思考の為の沈黙は終わり、身の震えを抑えるために息をのんだ。


「俺はおじさんじゃねぇ。後お前が言うように酷い男ではないぜ」


 弁解より先に口がプライドを傷つけられたことに対しての反撃が出てしまった。我ながら非常に大人げない。


「そう、ならお姉さんと何してたのさ」


 言葉に詰まる。メフィは今まで自分の事を圭吾さんと呼んでいた。しかし、過去の自分が出てきたことによって呼び方を貴方に変えたのだ。つまり、過去の自分に未来の自分の存在を知らせてはいけないという事だろう。

 故に、過去のお前を見に来たなどとは言えないし、だからと言って神社の中で男女がこそこそと何をしていたのか、という質問への返しは難しい。


「何?答えられないの?じゃぁ今から警察にタカ走らせるけど、いいかな?」


 流石自分だ、と自らを称賛している場合ではない。この子供人が言われて困ることを遠慮なしにぶつけてくる。更に過去の圭吾は余裕の笑みを浮かべて、こちらを焦らせてくる。

 過去にまで来て警察に捕まってたまるか、と圭吾の頑固たる意思が考える力を普段の倍にさせる。


「俺たちは……ここの神主に代わってこの神社の管理に来た仕事のおにいさんだ」

「苦しいね。証拠はあるのかい?」

「んーそうだな。物的な証拠はないが、俺たちが階段から転げ落ちたのはお前らに挨拶をしようとしてたんだ」

 こんな理由では絶対に納得してくれないだろう。圭吾は顎を撫でながらさり気なく後ろにいたメフィの腰に手を当てて前に出す。

 ひぅ、と変な声を出して困惑しつつも、圭吾に得策があるのなら、と目を瞑ってメフィは耐えた。今日はやけに積極的だな、と思いつつ。

「それにメフィは俺の彼女だ。何をしようが彼女の許しがあれば大丈夫なんだよ。な?メフィ?」

「は……?あ、あぁ!そうですよ!私たち付き合ってるんですよー!それに敏荘の事ですしね!」

「へー、年相応の事って、例えば何?お姉さん、じゃなくてメフィさん」


 今もそうだが子供の頃からセクハラが得意だったのか、と妙な納得と共に反論が苦手な自分を対象にされてしまった事に恐怖を覚える。相手を論じて潰す方法を体得しているのだ。

 再び泣きそうなメフィの頭を撫で、圭吾は過去の自分の頭を優しいゲンコツで制した。圭吾が生きた時代では暴力で訴えられたのだろうが、この時代はまだそんな事では訴えられはしない。


「オルァ、ガキがませたこと訊いてんじゃねぇぞ。お姉さん困ってんだろうがよ……で、お前たちはここに何しに来たんだ?手水舎の水は神聖な物なんだから、あんな感じで遊んだら駄目だろうが」

 過去の圭吾は一瞬だけ納得いかないような表情を見せたが、よく話を逸らしたと称賛するようにいやらしい笑みを見せた。仲間達を手で誘い、素直に謝って見せた。

「ごめんなさい。今度からしません。……で、僕たちはこの神社に遊びに来たんだ」

「ほぉん、遊びって、何すんのさ」

「かくれんぼだよー」


 肩の辺りまで伸びる黒髪を従えた少女、昭子は無邪気に笑いながら駆け寄ってきた。一見おしとやかに見えるが、このグループの中で一番好奇心が旺盛で、クラスの中ではタカに引き続いて二番目の身体技能を持った少女だ。

 人当たりも良く、人懐っこい。聞き上手で話し上手なので自分が知る限りでは友達には困ったことがない位だ。

 圭吾はその無垢な笑みに表情がほころぶ。メフィもやっと平静になったようで、目を赤くはらして笑っていた。


「おっさん達もやろうぜー。ハルぅ、構わんよなぁ?」

「いいんじゃなぁい?大人がいた方が盛り上がるもの。ね」


 大人にも気を遣わない態度を取るのはタカ。先生の理不尽な言葉に良く反発し、当時はクラスのリーダー的な存在で運動もでき、憧れではあったが今自分が大人という立場になってみるとクソガキだ。

 傍らの茶髪の少女、ハルはこのグループのまとめ役で頭が切れる。運動やら体を動かすことは苦手だったが、成績は優秀で最後の便りで聞いた話によるとハルだけは有名な国立の学校に進学したらしい。

 よくよく考えてみれば、何か得意なことがあるグループの中に何もできない自分が存在するのは不思議な物だ。勉強も、運動も中の上程度で得意なことは特にない。趣味もなければ、むしろ卑屈で偏屈な性格の持ち主。そして何より人一倍子供のくせにという言葉が似合う男だった過去を思い出して圭吾は胸を抉られた。


「んぁ。じゃぁさ、俺たち大人がお前たちを探すからさ、お前ら隠れろよ。もし時間内にお前たちを見つけられなかったら俺たちの負け。もし俺たちが負けた時は100円までお菓子を買ってやろう」

「ふぅん、いいね。んで、その制限時間は?制限時間がないっていって逃げようとしても無駄だよ?」

「ほ、ほぉん。そんなことするわけないじゃないか。ふははは、メフィ、今何時だ」


 メフィは黒衣の裾を挙げて腕時計を確認する。丁度1時だ。


「んじゃぁ、隠れる時間に5分やろう。場所の指定はこの神社の境内のみだ。森に行くなよ?迷って俺たちの責任になるのはごめんだ。俺たちが探す時間は15分間。時間を誤魔化せないように――あーっと、誰か時計持ってないか?」

「俺持ってんぜー、俺はちゃんと不正がないようにみときゃぁいいんだな?」

「おぉ、そうだ。流石タカ君だな。じゃぁ開始だ。俺たちは神社の中で五分待ってっから」

 圭吾たちは子供たちが騒ぎながら四方八方に散り散りになるのを確認してから神社の中で待機する。ほっ、と出た溜息が二人を緊張から解放させた。お互いの顔を見合って微笑み合い、今までの心情を述べ合った。

「あの言い訳は無いですよー。けど、もしかしたら昔の圭吾さんは察してくれたのかもしれませんね」

「そうだったらやばい気もするが、まぁガキにしては出過ぎたと反省してくれたんだろうさ」

「ていうか、彼女とか……その、あまり大きな声で言わないでください……ね?」

「あん?別に本気で言ったわけでもなし、別にいいだろ?」

「あぅ……」

「っていうか、メフィ金持ってるよな?俺財布あったっけかなぁ……?」

「あると思いますよ?っていうか思い付きで喋ってたんですか……。あんな理論的な子からこんなおおざっぱな大人が出来るとは…人生何があるかわかりませんね」


 黒衣の下のズボンをまさぐってみると確かに財布があった。メフィが腕時計を確認するのを横から見て、丁度良い頃合いだと気合を込めて立ち上がる。


「さて、久しぶりに遊ぶか……っとぉ!」



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