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傷心と再開

青春したい……青春したくない?ってことで第一作

死神少女と馬鹿が人間観察です

 ①【傷心】



 思えばつまらない人生だった。その一つの文章を思うには十分すぎる時間を与えられた伊月圭吾いづき けいごは落下中、自分の人生について考えていた。目の前にある死だとか、それに伴うであろう痛みを予想して恐怖するよりかは、過去を思い出した方が楽だと思ったからだ。だがしかし、一文で纏められてしまった。


 夕暮れに映える街中、マンションが立ち並ぶ地域での事だ。圭吾はマンションの一角であるそこから、投身自殺を行っている真っ最中だった。落下地点は死に損ねないようにとコンクリートの地面。計画は突発的な物ではあるが、過程はどうであれ死ぬには変わりはないのだ。

 死ぬ手前では一歩も渋りはしなかった。遺書も書き残さなかった。大体、その遺書を読むような人間などいないのは分かっている。

 だが、死ぬことに抵抗は無かったとしても、人間の本能的な生への欲求が疼きだして脳内をかき乱そうとするのだ。故に過去を思い出す。さかさまの体勢から、その目に映るあまりにも美しい夕映えなど無視して。


 ……そうか、これが走馬灯という奴なのか。


 調べる事はなかったので詳しいことは分からないが、小耳にはさんだ程度の知識をはぐらかすとすれば、人は死ぬ前に脳に何らかの物質を出して時を遅く感じさせるらしい。死ぬことについて考えさせてくれているという、自らが無意識に発動する自分への同情。

 圭吾は初めて感じる落下の感触をしっかりと味わいながら、そのつまらない人生の内容を思い出そうとした。丁度、何となしに見えている夕日を見た事がある。

 つまらないといっても、内容を深く考察してみれば面白いことがあったのかもしれない。少しの希望に胸を膨らませながら記憶の深いところを探る。確か、あの時は夏の蒸し暑い、緑の匂いが鼻孔を襲った田舎での事だった。


 ……田舎でできた友人たちと遊んでたんだけど、喧嘩しちゃって帰ったんだよな。


 帰り道、土手で夕日の方角へと泣きながら歩いていると、急な土砂降りの雨に襲われて翌日風邪を引いたのをしっかりと覚えている。土手を越えた所にある神社で雨宿りをしたという事も、境内で服を脱いで絞っていたことも思い出せた。

 あの時は、今の様な胸をえぐるような辛さは無かった。今よりもっと希望に満ちていて、将来の夢を躊躇いもなく言えていたのに。その事を思うと、余計に胸が痛くなってきた。

 だが、その痛さももうすぐ消える。忌まわしい現実も、何もかもから解き放たれる。そっと目をつぶる。 


 ――圭吾の視界から、何もかもが消えた。



 ②【再開】



「ねぇ、大丈夫ですか?起きてください」


 むせ返るような草木の匂いが、寝息と共に入り込んできた。水の流れる音が心地よい。体に感じる暑さはあるが、何故か圭吾の身は涼しさを感じ取っていた。

 圭吾は寝起き特有の鈍痛に、黒いフードを被った頭を押さえる。不確かで揺らめく視界を正常に戻すのには時間がかかった。暫く鈍痛と吐き気を耐えつつ、今自分が置かれている状況を確認するためにうつ伏せの体を起こして首を振った。

 最初に分かったのは木陰だという事。そして次にわかったのはここが道の舗装もなされていない田舎である事。周囲にあるのは木々と雑草、田があり横には水路がある。彼方には山々が連なっているのが微かに目視できた。

 最後に分かったのは、今まで自分が寝ているのは誰かの膝枕の上であるという事。黒の柔らかい生地は枕のようで心地が良かった。だが今考えるべきはそこではなく、誰の膝枕であるかどうかだ。


「本当に大丈夫かなぁ……。ほら、起きてください。熱中症で倒れた死神とか聞いたことありませんよ。ほら、初仕事なんですから、ね?」

 

促されて立ち上がり、顔を見る。声は女性の物だったので性別は分かっていた。金色の髪を短く揃えたショート。黒いフードを被っていて、更に木陰にいるものなので見難い。目を凝らしてみると、黒い大きな眼に白い肌。丁度良い小顔は女性らしい体型に似合っている。美しいというよりかは可愛いという言葉が似合う女の子。自分と同じ黒衣を着ており、十字架のネックレスを着けている。

 先程膝枕されていたことを思い出して少しの恥じらいを覚えた事より、掴み切れていない状況の説明を求めようとフードの女の子に訊く。


「あの、死神って、いったいどういう事なんですか?初仕事?何が何だか理解しきれないんですが……というか、貴方は誰なんですか」


 女性は困惑した表情で少し背伸びをしてこちらの頭を撫でる。恐らく本当に熱中症でおかしくなってしまった物だと思われているのだろう。圭吾はその手を払い、語調を荒くして再度質問した。

貴方は誰なんだ、まずそれを教えてくれないか」


 死んだ筈の自分。生きている自分。死神。初仕事。女の子。脳内に駆け巡る言葉の羅列が圭吾を苛立たせる。何時の間にか鋭い目付きになっていた圭吾に気圧された女の子は、眼を逸らし、声を小さくして答える。


「あぅ……えっと、私はメフィです……圭吾さんの初めての仕事、つまり死神としての働きを見届ける役、です……」


 メフィと答えた女の子はフードを脱ぎ、懐から取り出したハンカチで圭吾の額の汗を拭って自らに額を合わせた。熱を確認しているのだろう。身長が足りずに足が震えている。

 中途半端な情報のせいで余計に混乱する。目の前のメフィを制して、木に寄り添って座り込む。再び吐き気と鈍痛が襲ってきたのだ。圭吾が呻き声を上げると、メフィは心配そうに顔を覗いてくる。先程から近い。


「メフィ……良ければハンカチをそこの水路の水で濡らして持ってきてくれないか?」

「せ、先輩に向かってため口で呼び捨てで命令とは……まぁ、分かりました。ちょっとまってください」


 思考するのに煩わしい存在の排除に成功する。圭吾は深く溜息を吐き脱力をして、自分におかれた状況を再整理することにした。頭痛はするが、今は答えが出るという事が何よりの特効薬の様な気がするのだ。


「俺はまだ死んでいない、のか?否、死んでいて――という事はつまりここは死後の世界か?」


 呟いて自問自答する。生きていた頃は頻繁にこれをしていたものだから周りから魔人というあだ名をつけられていた時期があった。しかしまだ生前などと自分が死んだと決めつけるべきではないだろう。

 メフィが言うには自分は死神で、今日はその初仕事の日。彼女の言い方では自分がずっと今自分がこうやって考えている世界にいたような感じだ。だが、その様な記憶は一切ない。あるのは自分が飛び込む前の人生の記憶の断片のみ。

 段々と、納得はいかないが頭の中が落ち着いてきた。丁度、メフィが濡れたハンカチを持ってきた。圭吾は立ち上がり、メフィからハンカチを受け取って汗を拭う。


「ありがとう、メフィ。ちょっとふらふらして混乱してたみたいだ、もう大丈夫」

「いや、良いんですよ。この暑さだと仕方ないですよねー。それと、ため口に呼び捨ては良いですけど上司が来たらちゃんと直しといてくださいね?」


 混乱していた、というのは嘘だ。とち狂ったように質問をしていても仕方がない。取り敢えず、順応しておいて徐々に自分が今からする仕事の内容などを聞き出して情報の材料としよう。圭吾は冷静を装って、歩きはじめたメフィに付いていった。

 緩慢な歩調に合わせるのは難しかったが、暫くしていると慣れてきた。周囲はやはり田に囲まれ、景色の変化はあまりない。メフィが目的としているのは恐らく、近くなってきたあの赤い鳥居の見える神社だろう。


「なぁ、メフィ。俺たちは今日何するんだったかな?」

「朝言ったじゃないですかー。もう、しっかりしてくださいね?怒られるのは私なんですから、まったく。……貴方に、一人の人間の寿命を定めてもらおうと思いまして」

「それ、小説でよくある自分の過去を見せられていて最終的に自分は生きるか死ぬか決めさせられる奴じゃねぇよな?」


 メフィが押し黙ったせいで、気になっていなかった蝉の声が耳にしみる。しけった暑さと田の匂いが深い夏であることを知らせてくれた。時間は日の高さから見るに昼だ。懐古に浸るとともに、返答を寄越さないメフィの顔を見る。


「……うぅ、えっ、えっ……」

 涙目で俯いていた。若干えづいたように泣いている。まずいことを言ってしまったのだろうか。慌ててフォローに入るも、両手で必死に涙をぬぐっているメフィと圭吾は、傍から見れば大人が子供を泣かしている図だ。

「まさか、そうなのか?」

「うぅ、そうですよー……。最後にドヤ顔で質問するのが夢だったのにぃ……。」


 という事はつまりここは、過去の世界。そして自分が知っている田舎。話が全て繋がった。頭痛が晴れて、答えが解けた幸福感が身を包む。圭吾は初めて笑って見せた。メフィの頭に手を乗せて強く髪をかき乱す。

 自分はもう死んでいるのだ。だが、これが世に聞く、神がくれたチャンスとでもいうのだろうか。そうだとすれば、自分は随分と神の御心みこころ無碍むげにしている。不敬にも程がある。自分は今死神で神だが、今のところはメフィが言う上司に感謝をしよう。

 今の圭吾の心中には希望が満ち溢れていた。人生をもう一度やり直すことができるのだ。直接手を加える事は出来なくても、何らかの方法で軌道補正が出来るはず。ぼさぼさになった金髪を涙目で抑えるメフィの手を無理矢理取って、圭吾は感謝の意を示した。


「つまりこれは神が俺に与えたチャンスなんだな!?人生変えること出来るんだな!?ありがとうメフィ!うぉおお……生きる希望が湧いて来たぜぇ!」

「否、貴方死んでますし……。そんなこと許されませんよ?ていうか変えれないですよ、貴方では」


 失意に飲み込まれた圭吾は胸の希望を全て持っていかれて、残ったのは虚無感。希望に満ち満ちていた筈の目の光は消えていた。


「あ、あの?大丈夫ですか?なんかごめんなさい?」

 多分、メフィにとっての今の自分は、朝は正常であったが昼に熱中症で気がくるってしまった部下だろう。圭吾はメフィの頭に再び手を乗せて、今度は小刻みに叩き出した。一定間隔で叩かれ続けるメフィは涙を滲ませながら歩いている。

「う、う、う、う、痛い、痛いですよぉ、圭吾さん。身長が貴方より低くなっちゃうよぉ」

「元より低いだろうが、馬鹿たれ」

「なんかさっきと態度360度変わりましたよね?」

「俺の性格が元から悪いって暗に言いたいようだな……ていうか、オチが分かってしまったんだがどうするんだよ」

「ま、まぁ?予定の範囲内ですし、おすし」


 自慢げに無い胸を張って見せるメフィを見て叩く間隔を狭める。

 そんなことをしている内に、目的地である神社の手前に着いた。小さな山に、人工的に切り拓かれて石段で舗装された階段。左右は入ると迷いそうなほどの鬱蒼な木々が広がっている。確かこの神社の名前は正徳神社だった筈だ。圭吾の記憶であればこの神社で友人たちとかくれんぼをした記憶がある。


「じゃぁ、取り敢えず行きましょう」


 見惚れていた圭吾を見かねて、メフィは圭吾の手を取り階段を登って行った


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