夏の螺旋
高校も夏休みに入り、僕は1年目の夏休みを迎えていた。
夏休みだからって言っても僕には嬉しいことなんて一つもなかった。
中学最後の頃、両親が事故で亡くなり、親戚中をたらい回しにされ、今年の夏休みは今の親戚の家の居心地の悪さに家を出てるんだから。
この鈍行列車の向かっている先は中学校の頃に亡くなったおじいちゃんの家。
おじいちゃんが亡くなってもきっとあの家はまだ残っているだろうと思ったからだ。
それにこの夏、僕は休みの間に一つだけ調べたいことがあった
そう、それはまだ僕が小学校1年生位だったろうか。
僕は都内の小学校に通っていたのだが、夏休みになると両親が共働きということもあり田舎のおじいちゃんの家に預けられていた。
そのおじいちゃんは、変わり者で人との関わりを嫌い、生い茂った山奥の中腹に自分で家を建て、食べるものは自給自足で、近隣の人とも出会うことはほとんどなかった。
そんなおじいちゃんでも孫の僕のことはとても可愛がってくれ、夏休み中預かることに不平を言わなかった。
そんなことで夏休みの僕はおじいちゃんと2人だけだった。はず、らしいのだ。
実のところ、あの夏僕は、おじいちゃんと、僕と、もう一人、知らないお兄ちゃんがあの家にはいたんだ。
一緒に森へ虫を採りに出かけたり、近くの川辺へ釣りに出かけたりもした。それに田舎特有の恐い夜にトイレだって付き合ってくれたし、おじいちゃんだって話をしていた。
けれど、両親が迎えに来たときにはそのお兄ちゃんは居なくなっていて、両親に話してもそんな若い人はこの辺りには居ないと言っていた。当のおじいちゃんも話していたくせに知らないの一点張りで、訳の分からないまま都内の実家に帰った記憶がある。
あのお兄ちゃんが誰だったのか、それだけがずっと頭に引っ掛かっていて、この夏休みを利用して家出ついでに調べてみようと思ったのだ。
都内から電車で2時間ほど走ると、懐かしい田園風景が見え、おじいちゃんの住んでいた山も見えてきた。
小学生のときはもっと遠くに感じた距離も、自分一人で行くと意外と近くで、少し寂しく思う。あの時は両親と車で、旅行気分で行った記憶がある。一人で行くと、こうも心踊らないものなんだ。
駅に着くと無人の駅で、田舎に来たことを実感する。
駅にいたおばちゃんに道を尋ね、おじいちゃんの住んでいた山の近くまで行くバスを教えてもらえた。昼過ぎで近くにコンビニもないとそのおばちゃんは僕におにぎりをくれた。
1時間ほどバスを待ち、バスに乗ってまた1時間ほど走って、その山に着いた。
そして歩くこと30分やっとおじいちゃんの家が見えてきた
おじいちゃんが亡くなって何年も経つだけあって家は半壊のような状態になっていた。
窓は割れ、家の壁のベニヤ板は雨で腐り、大きく伸びた雑草が玄関を覆い隠していた。
それでも僕には懐かしさが生まれていた。汚くボロボロのおじいちゃんの家がとても恋しく思えた。両親が生きていた時の家。楽しかった記憶しかないこの思い出の場所が、僕にはとても、とても大切な宝箱のように見えた。
少し込み上げてきた涙をすすり、玄関のノブを回してみると、鍵が掛かっていなかった。
ドアを開け、靴のまま廊下に上がる。埃とクモの巣が酷いが、どこを見ても過去の記憶を呼び覚ましてくれる。
僕が毎日はしゃいでいた記憶がよみがえる。同時におじいちゃんの笑顔を思い出し、涙と笑顔が滲み出てくる。
少し気持ちを落ち着けようと、僕は目を閉じ鼻から大きく息を吸い込んだ、ゆっくり息を吐こうとしたとき
「おにいちゃん・・・・」
声が聞こえた。子供の声。僕は目を大きく開け声がした玄関を振り返った。
そこに小さな男の子が立っていた。
この辺りに人が住んでいるなんて聞いたこともない!
「君は・・・・どこから来たのかな?」
「僕はここに住んでいるんだよ。おじいちゃんと2人でね。あっ!でも僕は夏休みだけね、夏休み終わったらお家に帰るの。」
おじいちゃん!?そう言おうとした時、僕が初めてあのお兄ちゃんと出会った時のことを思い出した。僕はあのお兄ちゃんと初めて会ったとき、今とまったく同じ会話をしたんだ。
「おにいちゃん!お外で遊ぼうよ!」少年は僕の手を引き玄関の外へ引っ張った。
僕と少年が表に出るとそこには雑草など生えていない整理された庭が広がっていた。
家を振り返って見ると、どこも壊れていない手作り感たっぷりの、あの夏の記憶のままの家が建っていた。
その目の前に起こっていることに僕は呆然としていた。
「おじいちゃん!」そう言うと少年は僕の手を離し走って行った。
おじいちゃん・・・僕は・・ゆっくりその少年の行く方向へ顔を向けた。
そこには、やっぱり、あの時のままのおじいちゃんが少年の時の僕を抱っこしていた。
おじいちゃんは顔がしわくちゃに笑顔で少年の僕と話をしていた。
そう全てが楽しかったあの夏。僕はいつの間にか叫んでいた
「おじいちゃん!!」
そう言うと涙が溢れてきて、それでも何度もおじいちゃん!と叫んでいた。
叫んだ後に気が付いた、おじいちゃんは僕のことを知らない。目の前にいる孫が大きくなったのが僕ですなんて言っても到底信じてもらえない。
おじいちゃんは僕のそばに寄ってきた。
涙で何も言えない僕をおじいちゃんは少し見て
「おおきゅうなったな~!」そう言って僕の頭を撫でてくれた
「飯にするから、はよ上がりな!」そう言って僕を家へ上げてくれた。
おじいちゃんは僕に何も聞かずに、黙々と夕飯を作ってくれた。
少年の僕は、いつまでも泣き止まない僕を心配して膝の上から離れようとしなかった。
おじいちゃんが山で採れた山菜のご飯と、採れたての野菜を炒めた料理を出してくれた。
裸電球薄暗い部屋でテレビもなく、小さな丸テーブルを囲んでの夕飯。
少年の僕は今日あった山での探検話を僕とおじいちゃんに一生懸命話していた。
おじいちゃんはうんうんと孫の話に耳を傾け、ほほ~それはすごいな~と感心したりした。
僕は久しぶりに迎えた家族の団欒に、暖かい気持ちになった。こんなゆったりとした時間を僕はずいぶん忘れていた。いつの間にか僕は涙も止んでいて、笑顔になっていた。
おじいちゃんはそんな僕を見ると顔をくしゃくしゃに笑って、もっと食べなさい。と言ってくれた。
知らないお兄ちゃんが来て、はしゃいだせいか、小さな僕はおじいちゃんの膝で寝てしまった。おじいちゃんが孫を布団に運んで、僕はおじいちゃんと2人きりになった。
おじいちゃんが縁側に行こうとスイカを切ってくれた。
蚊取り線香を点け、ウチワを持ったおじいちゃんと2人、まん丸に成りきれてないお月様を眺めながら鈴虫の音色を静かに聴いていた。蚊に刺されおじいちゃんが腕をパチンと叩く音が響き、僕は一口スイカをかじった。
少し鈴虫の音色が静まり、僕は聞いてみた。
「おじいちゃんは僕のこと何も聞かないの?」
おじいちゃんは顔をクシャっと笑顔にして、うんうんと頷き
「おじいちゃんは何も聞かんよ。」それだけ言うとまたお月様を眺めだした。
僕もそれ以上何も言わなかった。
この静かでゆったりした、穏やかな時間をこれ以上しゃべって台無しにしたくなかったのだ。
少ししておじいちゃんが口を開いた。
「お兄ちゃんなぁ、夏休みの間、孫の面倒見てもらえんかの?この通りワシは足が年寄りじゃから、孫と満足に森へ冒険に行けんのじゃよ。」
僕はゆっくり「はい・・・」と頷いた。
それから僕と少年の僕は2人で毎日冒険出かけた。
カブトムシのいる木や魚が釣れる川のスポットなど、僕は詳しく知っていた。
それは僕が子供の時に出会ったおにいちゃんの僕に教えてもらったからだ。
毎日が充実した日々だった。
虫かご一杯に採ったカブトムシをおじいちゃんに誇らしげに自慢したり
木登りがお兄ちゃんより高く登れたことや
キノコをたくさん採ったら全部毒キノコだったこと
魚を採ろうとして、苔で滑って溺れた事。
そのまま濡れて帰って、2人で怒られたこと。
おじいちゃんと3人で焚き火を囲んで、歌を歌ったこと。
瞬く間に夏が過ぎていった。
夏休みも終わりに近づいていたが、その日も僕は少年の僕と森の探検に行くことにした。
行く前におじいちゃんが僕にお金をくれた。
「なに?これ?おじいちゃん?」
「いやな、もしものことがあったら使えなと思ってな。」
「うん?わかった。」特に僕は気にしないでお金を受け取った。
「それじゃ~いってきます!」
そう言うと僕は走り出し、少年の僕は後を追ってきた。
山道を早足で降りていると、気になることがある。
あれ?僕は立ち止まり、後ろを振り返った。
誰も付いてこない。
いや、そもそも誰が付いてくるのかわからない。
僕は一人でおじいちゃんの山に来ているのに、付いてくるということ事態がおかしい。
走った呼吸を整えて、少し頭を掻いた。
僕は、またゆっくり山を登り、おじいちゃんの家に向かった。
そこに着くと当然廃墟のままの家だったが、僕は少し違和感を感じた。
なんの違和感かは分からないが、きっと子供の頃の思い出と今の荒れ放題の家に違和感を覚えたのだろう。
時計を見た。まだここに着いて10分も経っていない。
家出でここに来たのに、僕はもう帰りたくなっていた。
なぜだろう。あの時のお兄ちゃんが誰なのかさえ、もうどうでも良く感じた。
おじいちゃんとの思い出探しも、10分足らずで満足だ。
あっ!帰る電車賃は?
ポケットに手を入れると、旧5千円札が2枚入っていた。
それを見るとなぜか僕は笑顔になった。
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
現実と過去とがごっちゃになっちゃってどう話を終わらせれば良いのか
分からなくなってしまって、最後の結末に持っていくのが難しかったです。