第三話 禁句
夢冥「にいはやく降りてきなよー」
昭夫には夢冥という2つ下の妹がいる。彼女は地元七王子市の公立高校に通う17さいの女子であり、
昭夫とは打って変わり天真爛漫な性格である。もといそれは、彼女の性格が天真爛漫なのか、あるいは17さいという年頃の少年少女特有の情動的に多感な気質が彼女を天真爛漫にさせているだけなのか、それは定かではないにせよ、さりとて同じ年齢の女子の間において、他の女子の天真爛漫さよりかは幾らか彼女のほうがそうであるだろうといえる程には、夢冥は天真爛漫であった。
昭夫「なんだ、もう家にいたのか。」
夢冥「なんだはないでしょお、半年ぶりの再開なのに、はじめていうことがそれですかあ」
昭夫「部活で遅くなるかと思ってたんだが」
夢冥「中間テストが近いから、部活はお休みしてんのさ。正直物理がわけわかんなすぎて死ぬんだけど。
にい教えて」
昭夫「お前がやってるのは物理基礎とかいう、物理の皮をかぶっただけの文系科目だろ。俺は最初から理系コースだったからそんなの勉強したことないから教えられない」
夢冥「うわー理系マウントですかあ 大学行くと自分のことインテリだと思いぢゃうタイプのよくある痛い一年生って感じて目もあてられないわあ」
昭夫「悪かったな痛い一年生で。だが業界で輝く人間ってのはどいつもこいつも痛いやつなんだぞ。
アップルの創設者だってそうとうなナルシストで従業員をひどくこき使っていたというし、ニュートンだって自分の利益を優先させるところがあるってきいたことがあるぞ。そもそも林檎が木から落ちるまでずっと目を凝らして観察するなんてよほどの暇人かき印じゃなきゃ説明がつかないはずさ。そういうやつがお前の教室に一人いてみろ。絶対なんか噂になるさ」
夢冥「まあゼミにも入ってない基礎講義しか受けてないわりに、余程賢くなったのね。仙台のアイザック・ニュートンさん」
富江「あんたらがそうやって犬も食わない脳無し小便小僧の痴話喧嘩みたいな馬鹿話ばっかりしてるうちにご飯はどんどん冷めていくことに気づいてほしいんだけど?」
昭夫「そもそも小便小僧に脳はないだろ」
夢冥「ご飯の時に下ネタやめてよにい」
富江「今日のご飯はとんかつにしたのよ、アンタどうせ自炊じゃ揚げ物なんてつくれないでしょうから」
昭夫「ありがとう母さん。母さんのとんかつ大好物なんだ…
おっ!美味いよ。母さんの味って感じだ」
夢冥が昭夫を横目にニタニタと嗤う。
昭夫は気味悪げに尋ねる。「なんだよ?」
富江「じつは、これ夢冥も手伝って作ったのよ」
昭夫「はあ!?」
夢冥「ちょうど調理実習で作ったばかりだったからさ、復讐がてら腕前をみせたかったのよ」
にいまんまとだまされたね」
昭夫「なんだよ!そもそも揚げ物なんて粉と油使えばだれでも似たような味にあるだろ」
かつての食卓の賑わいが、昭夫にとって懐かしく、そしてどこか心地よく感じていた。
そして同時に、その居心地の良さと裏腹に脳裏によぎるあの”異変”がかき消すことの出来ない飛蚊症のように焼き付いて離さなかった。
帰省したものなら感じる、実家への郷愁と懐かしさから感慨を得る居心地の良さと、同時に感じる、無効での慣れからくる実家の違和感に似た居心地の悪さ。
昭夫にとっては、居心地の悪さとはやはりあの林檎のことにほかならなかった。
夢冥「ねえにい、さっきからなにか、そわそわしてない?」
富江「どうしたの、東北の濃い味付けになれて、薄味だと思うようになっちゃったのかしら」
…
昭夫はただ、この違和感の始末の仕方に逡巡していたのだった。




