文化庁文化資源保全部門
虎ノ門から霞が関のエリアに、颯爽と歩くスーツの女性。ボブの髪は光沢を放ち年若い瑞々しさと持ち物が真新しいことから新社会人だと窺い知れる。
彼女は端末画面を確認して、官庁街のあるエリアに入っていく。守衛は場違いな女性に目配せをする。名前と所属を告げると彼女の顔を見た。彼は本人確認後、軽く頷き敷地内へと招き入れた。
送られてきたメッセージ通りにいくつかの建物を超えて、高層ビルへと入る。そして、エレベーターのボタンで【B2】を押す。
文化庁、別館第三分署。地下二階の一室。普段なら政治の舞台であるこの界隈でひっそりとしたフロアに女性は降り立った。
指定された部屋のドアを叩くと、良く知った声。少し彼女の肩から力が抜けた。
「失礼します」
声をかけて、ドアを開く。
「やぁ、いらっしゃい。初めまして」
「どうも」
「場所、わかったみたいだね」
初老の男性二人と、若い男。女性は3人ににこやかに迎え入れられた。
「はい! 初めまして。私は時任織彩と言います。よろしくお願いします」
勢いよく頭を下げる。緊張でお辞儀が深くなり過ぎている。彼女はあわてて、姿勢を正す。
初老の男性が満足そうに頷く。
「時任さんが言っていた通りのお嬢さんだね、林原先生」
若い男が、もう一人の男に顔を向ける。
「はい、圧迫面接に耐えてやっとお会いできました」
男性の口角は上がっているが、目は笑っていなかった。
「あはは、そりゃ大事な娘を遣わすのだから、仕方のないことでしょう」
彼は織彩の父である。
「す、すみません」
娘は思わず謝る。若い男は首を横に振った。
「当然のことだと思います。私も親御さんには安心してほしいので。業務内容が特殊過ぎますから、嫌ならすぐに辞めてもらって良いですからね」
時任父が困ったように肩をすくめた。
今回、時任がここに配属された経緯は特殊だった。実のところ時任自身もまだ任務内容を聞かされていない。しかし、父が了承したこと。その期待に応えたいと思った。
初老の男性が穏やかに自己紹介をする。
「私は、文化庁文化資源保全部門参与、渡丈一郎です。君の上司になります。これからよろしくお願いします。辞表も私の所に持ってきてくださいね」
先程から、業務内容を聞く前なのだが辞めることを前提にしている節がある。時任はごくりと喉を鳴らした。
「君の所属は内閣官房長付特務秘書課です。それはご存じだと思います。主な任務はこちらにいる、林原先生を補佐することです。時任さんから伺っていますが、貴方は家事と育児を難なく回せると聞きました」
「はい」
時任は林原を見る。一言で表すと美しい男だ。見目麗しく、時任と同世代。大学の中にもこんな見た目の良い男は居なかった。林原は困惑した顔で彼女の前で手を合わせた。
「私は生活力がゼロなんだ。今まで世話をしてくれた人が先月定年退職してしまって。掃除、洗濯、食事、資料集めや、各所の送迎、仕事の補佐、護衛なんかをお願いしたいんだ。こんな見た目の男が君みたいな、可愛い女の子に頼むことではないかもしれないけど、私の存在がかなり特殊でね。身元がキチンとしていて口が堅くて、体力ある子を探していたんだ。そこで、財務官僚の時任さんに今年度官僚希望のご令嬢がいらっしゃると、渡参与が聞きつけて今に至るわけです」
拝みながらそう林原は懇願した。時任は目を丸くして、父と渡と林原を見比べる。彼女は咳払いの後、疑問をぶつけた。
「は、林原先生のおっしゃる特殊な存在っていうのは」
渡が手を挙げる。
「お嬢さんの疑問はもっともだ。いいかい、これは国家重要機密ということを踏まえた上で聞いてほしいのだけど」
林原は自分を指さす
「私、不老不死なんだ。最初の記憶は平安時代」
はにかむように、そう言う男は非常に美しかった。時任がその言葉を頭で理解する前に、口から零れる。
「……だから、国宝級の顔で在られるのですか」
時任は林原を拝むように手を合わせた。
「尊い」
心なしか、林原の尊顔に後光が射しているように感じた。顔の良い男の家事をするくらい、造作のないことだと受け入れる。
「いや、素晴らしい!」
渡は時任を気に入った。話の分かる女性だと、大いに喜んだ。
「お、織彩、本当にこの任務を受けるのか?」
父が戸惑っている。
「え、だって。不老不死ってことは年上ですから、問題ないです」
ものすごいお爺さんだ。その世話。官僚としての初仕事としては、少し違う路線だが、国家の機密を聞いてしまった以上、これは重要任務なのだろう。
「住み込みなんだぞ?」
「そうなんですか?」
「嫌なら、隣の部屋で生活してもらっていいよ」
「いえ、同じ部屋で大丈夫です」
「ええ、隣の部屋にしてください、鍵がかかるように」
父親のカットインが激しい。その辺りは父の気が済む方法で落ち着いた。
「思ったより、驚かないのですね」
「驚いていますよ?」
彼女がリアクションするには、参与が居ない場所が適格だと思っていただけだ。
「あ、あと安心してください」
林原は少しだけ言い淀む。
「私、ゲイなのであなたのことは恋愛対象としての好きはないです」
時任は胸を押さえる。好きでもないけど、振られたという経験は男女問わず、刺さるものだ。
彼女は深く頷いた。
「御意」
ほっとする男性3人と、傷を負った新人官僚。彼らは言いたいこと言って満足だろうが、時任はこの怒涛の人事を、誰もいないところで、もう一度、整理して嚙み砕く必要があった。




