表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

とある病院の朝

プロローグ



 暗い部屋の壁にオレンジの光が差し込む。レースカーテンが徐々に明るくなってくる。夜明けだ。新しい日が始まる。壁がオレンジに照らされると、部屋の中に白衣の若い男の姿が浮かんだ。彼の視線の先には、繋がれた管と複数のケーブル、モニターには規則正しい波形。個室の病室だとわかる。清潔な空気と、管理された空調の風がベッドで横たわる老人の頬をなでる。

 彼の視線は患者とモニターを行き来している。

 少し患者の呼吸が乱れる。若い男は優しく微笑んだ。

「おはよう」

 老人は薄く目を開き、男を見た。優しい空間。そして、悲しい空気。

「はぁ様」

 老人は男をあだ名で呼ぶ。2人は古くからの関係だ。弱弱しい声。

「僕は、もう長くないから」

「ふ、言ってみたい言葉だな」

 男は患者の手をそっと取り、優しく握った。

「いつもね、こうして看取っていく子に言うんだよ」

 老人の目をのぞき込む。その眼差しは甘くとろけるように優しい。

「うらやましいよって」

 もうすぐ、この世を去るであろう老人に、男は不謹慎なことを言う。

「本当は逆だろう? 不思議だね。私も不思議なんだよ」

 患者の目から一筋の涙が流れる。男はその雫を指先で拭う。

「寂しいのは毎回だよ。君がこの世から居なくなる。そんなの受け入れたくない」

 男は負担にならない程度に手を握り返した。

「どうか、明日の朝も君におはようを言わせてほしいな」

 患者は頷くと目を瞑る。規則正しい寝息。

 モニターに視線を送る。問題ない波形。患者と男の会話は毎朝この程度だ。ここ数日、死期がすぐそこの患者を夜明け前から見守っている。夜明けに目を開く彼を安心させるため、朝を告げて無事を確かめる役目をしていた。


 薬も効いて、患者は苦痛もないだろう。


 そう判断して、白衣の男は病室を出た。医局に寄ると、夜明けに出勤している医師が1人。あの患者の孫だ。彼は男を見て、辛そうな表情を浮かべる。

「おはようございます、宇嶋先生」

「おはようございます。あの」

 彼が何を言いたいのかは痛いほどわかる。尊敬する祖父がもうすぐ天国へ旅立つのだ。しかも、担当医は孫である彼だ。一番状況を把握している。

「君も会いに行くと良い。たくさん」

 思わず、男は涙ぐむ。

「今、今しかないんだよ? たくさん」

 男は言葉に詰まり、目から涙がぼろぼろ流れる。慌てて顔を両手で覆うと、医師が男の肩をさすった。落ち着くまで二人に言葉はなかった。

「ごめん、また明日来ても良い?」

 男はぎこちなく口角を上げた。それを見て、医師の肩から力がぬけた。医師の口元にも、わずかに笑みが浮かんだ。

「ええ、じいちゃんも喜びます」

 医師の笑顔は、どこか痛々しくもあり、優しさに満ちていた。

「君、奥さんが身重なのにこんな時間に何しているの?」

「もともと夜勤で。今からじいちゃんに会ったら帰ります」

「そう。まだまだあの子には頑張ってもらうから。奥さんと赤ちゃんを大事にね」

「はい、林原先生。来てくれてありがとうございます」

「ふ、若い時のあの子にそっくりだ」

 医者の頭をなでる。

「じゃ、またね。ひ孫に会ってもらわないと私が来た甲斐がない」

 医師は深々と頭を下げた。


 医局を後にして、病院の駐車場に行くと、白衣の男の担当者が手を振っていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ