第2話「灯台の記憶」
雪の舞う廊下を歩く拓海の心は、静かに揺れていた。白い光に包まれた病室の窓越しに、幼いころの記憶が鮮明に浮かぶ。
あの日、灯台の下で二人は笑っていた。冷たい風に髪を揺らされながら、秘密基地を作ったこと、雨宿りをしながらこっそり笑ったこと、ケンカをして泣いたこと――。すべてが、港の匂いと潮風、雪とは違う温かさとともに蘇る。
「拓海、こっち見て!」
幼い美咲の声が、心の奥で跳ねる。小さな手を差し伸べた瞬間、握った感触の温かさが、雪の冷たさに勝るほどに鮮やかに残っていた。
現在の美咲は、病室で微笑んでいる。しかしその笑顔の裏には、誰にも言えない孤独と恐怖がある。拓海はその隠れた痛みを感じ取り、胸が締め付けられる。自分があの頃もっとそばにいれば、彼女の孤独を少しでも和らげられたのではないか――後悔の念が静かに押し寄せた。
手紙が机の上に置かれている。祖父の筆跡と美咲の字が混ざったそれは、言葉以上の思いを伝えてくる。拓海はゆっくりとそれに手を伸ばし、紙の感触を指先で確かめる。手紙の温かさは、遠く離れたあの日の灯台の光のように、胸をじんわりと満たした。
窓の外では雪が舞い、灯台の光が揺れる。過去の約束と今の現実が、雪の白さに映し出され、胸の奥で交差する。拓海は小さく息を吸い、ゆっくりとその場に立ち止まった。
「もう…逃げられないんだな」
後悔も恐怖も、希望も愛情も、すべてが一度に心に押し寄せる。拓海は決意を胸に、静かに手紙を握り直した。あの灯台の下で交わした約束を、今度こそ果たすために――。
雪に包まれた港町で、二人の時間は静かに、しかし確実に動き始めていた。




