黒き魔王の氷の掃除機
前書き
2019年晩秋、東京。
南鳥島沖の希少土類採掘計画は、天才・黒木万桜の提示した『氷の要塞』という超論理によって、国家の枠組みを越えた巨大な利権へと変貌を遂げた。
だが、万桜の真の狙いは、深海の暗闇を照らすことだけではない。
国外勢力の監視網、血筋の呪縛、そして「イジメ」という名の不条理なノイズ。
それら全てを物理現象と経済的合理性で叩き潰し、万桜は東京の「血管」を洗い流し始める。
かつて地味で孤独だった少女、杉野香織が「カオリン」へと覚醒した日。
そして、己の身を挺して新しい命を護ろうとする工作員、柳寧々の慟哭。
高校時代の「魔法の無線」から始まった物語は、今や一級河川を浄化し、東京を「海底鉱山」へと塗り替えていく。
「毒を抜き、資源として再定義する。これが最も合理的な対価だろ」
不機嫌な天才が吐き捨てる言葉の裏には、物理法則より重い「友情」と、計算式には現れない「母性」への全肯定が隠されていた。
2020年を目前に、透明な「水の都」へと生まれ変わった首都で、知能と情熱の物語はさらなる加速を見せる。
2019年10月中旬。
押上スカイツリー。
横須賀から、ここまで乗換なしで電車一本で来ることができる。
「ね。黒木先輩なら、なんとかしてくれるって言ったでしょ?」
帰りの上り電車の中で、杉野香織と柳寧々は、そんなことを話していた。
「ええ、本当に御伽噺のヒーローみたいな人ですね。黒木さんは…」
柳寧々は自分で自分を抱くように、今さっき与えられた幸せを抱きしめる。
「高校生の時に、あたし浮いてたんだよね。パパとママが離婚して、ママの旧姓に慣れなくってさ…杉野って呼ばれても返事できなくってさ」
杉野香織はそう言って、当時を振り返る。
◆ ★ ◆ ★ ◆
2016年4月。山梨県立信源郷町高校、体育館横にて。
「返事くらいしてもいいんじゃない?」
杉野香織は、部活動の部員たちに詰られていた。
今みたいなギャルメイクはしておらず、地味な髪形をしている。
「ごめん、なさい」
消え入りそうな声で応える杉野香織に、
「はあ? 聞こえないんですけど?」
詰め寄る女子たちは、容赦がない。そこへ、
「なぁ~にぃ? イジメ?」
声が投げられて、転瞬、女子たちは背筋を伸ばした。
2年生の莉那と、拓矢だ。
「「「ち、違いますッ! 福元先輩! 斧乃木先輩!」」」
ユニゾンで釈明する女子たちに、莉那は吐息し、
「光星、状況説明」
1年生の女子バスケ部の取りまとめ役である岡田光星に説明を求めた。
「あ、あの、福元先輩。杉野さんが、名前を呼んでも無視するんです」
岡田光星は、莉那の鋭い眼差しにたじろぎながら答える。
「……か、家裁の、通知が……」
杉野香織は震える手で通学鞄を握りしめ、消え入りそうな声で呟いた。
「パパとママが離婚して、ママの名字になって……耳が、まだこの名前に慣れてないの……」
俯いたまま、地味な眼鏡を曇らせる杉野香織を、拓矢は困ったように見つめた。
「なんだ、そんな理由か。おまえら、事情も知らねえで騒ぐなよ。非合理的だろ」
拓矢は溜息をつき、威圧感を与えるのではなく、呆れたように女子たちを諭した。
「名字なんて、ただのラベルじゃんか? 耳が拒否してんなら、脳に直接届く名前に変えちゃえばよくね?」
莉那は、杉野香織の顔を覗き込み、天真爛漫に笑う。
「カオリン。今日からおまえは、カオリンだ。この名前なら、脳みそが喜んで返事するっしょ?」
莉那の軽やかな論理が、杉野香織の強張った心を一瞬で解きほぐした。
「カオリン……。あたし、カオリン……」
杉野香織はその音を反芻し、初めて小さな笑みを零した。
「そう。福元先輩、それ超いいです! カオリン、超ウケる~!」
それまで詰っていた女子たちも、莉那のポジティブな魔法に巻き込まれ、瞬時に態度を変えた。
地上のノイズが、莉那の天真爛漫な合理性によって、新しい友情の響きへと書き換えられた瞬間であった。
★ ◆ ★ ◆ ★
2016年5月。
信源郷町高校。体育館にて。
そこに集められていたのは、万桜が纏める男子バスケ部と、女子バスケ部。
莉那が纏める剣道部と、拓矢と勇希が纏める柔道部であった。
柔道着を着た番長は、古めかしいダンボールを抱えて立っている。
「いいかテメエら。これは拓矢と勇希の尊い犠牲のおかげで、緊急通報が可能になった、世界に繋がらねえ『サブリナの秘密の魔法の無線』だ。WiFi繋がる所なら、通信料は掛からねえ!」
万桜は、並み居る生徒たちを見下ろすように、傲岸不遜な声を張り上げた。
「おまえらがくだらねえ真似かましたら、ソッコーで担任、カウンセラーにも連絡が行く。おいヤローども、盗撮とかしたら、ソッコーで通報だかんな?」
万桜は、後輩たちや、同学年の男子生徒たちを鋭い眼光で牽制する。
「写真撮影は1枚十円課金される。使いたい機能によって月の利用料金は変わる。じっくり吟味して機能を選びやがれ」
高校生の時でも、万桜は万桜のままであった。
どこまでも冷徹で、理屈っぽくて。
「これでコミュニケーションとって、仲良くやりやがれアホタレども!」
そして、誰よりも不器用で優しい。
信源郷町高校は、校則で携帯端末の使用を禁止していた。
先月までは。
香織の件を知った万桜が、その知能で校則という名の壁を破壊したのだ。
中古スマホをルート化して、機能をブラウザ利用のみに制限。
サーバ上の人工知能を駆使して、限定クローズドネットワークを構築した。
これならば、SNSの弊害を人工知能が検知できて、各部門に速やかに連携が取れる。
尚且つ、金銭的に余裕のない家庭の子でも、月数百円の負担で利用可能だ。
緊急通報センターと交渉して、専用のウェブアプリも常時立ち上げてもらっている。
その泥臭い折衝を行ったのは、拓矢と勇希だ。
論理の化身である莉那と万桜は、面倒な交渉からマッハで逃げた。
中古スマホをかき集めてきたのは、的屋の元締め三代目の番長である。
専用の不格好なケースに入れられ、乾電池で稼働するようになっている。
「破損や消失したら弁償な~、たっけえぞ10万だ」
万桜はふてぶてしく吹っ掛ける。
ただし、その「10万」という数字は、所有者に責任を持たせるための共同幻想だ。
かつての黒電話と同じく、それは繋がるための「重み」そのものであった。
「あ~あ、万桜。そんな怖い顔しなくてもいいのに~」
莉那が呆れたように笑って、万桜の肩を叩く。
「いいだろ。これで、返事が遅いなんて理由でイジメる余地はなくなった。通信のログは全て人工知能が監視して、感情のノイズは即座にフィルタリングされる」
万桜はジト目を貼り付けたまま、吐き捨てるように言った。
「黒木先輩……。これ、あたしのため、なんですか?」
体育館の隅で、端末を両手で受け取った香織が、信じられないものを見るような瞳で問いかける。
まだギャル化する前の、地味な香織だ。
「勘違いすんな、杉野。俺はただ、非合理的なコミュニケーション不全が、俺の視界に入るのが不快なだけだ…」
万桜は目を合わせることを避け、ぶっきらぼうに背を向けた。
「「「「福元先輩、ありがとうございます! 黒木先輩も、ありがとうございます!」」」」
後輩たちが歓喜の声を上げる中、万桜は耳を塞ぐような仕草をして、そそくさと体育館を後にする。
その背中を見守りながら、拓矢と勇希は、互いに顔を見合わせて苦笑いをした。
万桜の論理は、いつも冷徹なふりをして、誰かの涙を止めるための温かい熱を持っていることを、仲間たちは知っていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
2019年10月中旬。
甲斐の国大学旧休憩室にて。
「あのですね。女の嘘に騙されるのが男でございまして、ですね……」
万桜と拓矢のふたりは、冷たい床に正座させられている。
女子たちに無断で、寧々をセイタンシステムズの懐に入れたからだ。
その光景を、舞桜と勇希は、絶対零度の冷徹な眼差しで見下ろしている。
「サブリナ……おまえはどう見る、寧々さんを……」
勇希は、この場で最も直感の鋭い莉那に尋ねる。
莉那は、不敵な笑みを浮かべて、
「拓矢の好みじゃないね」
そう言って、天真爛漫にボケた。
「そっちじゃねえわッ!」
舞桜の鋭いツッコミが、旧休憩室の空気を震わせる。
「藤枝……防諜はおまえの領域だ。どう思う?」
琴葉が藤枝に話を振る。
藤枝は、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべて応えた。
「えぇ~、そこで俺っスか? NTRなら佐伯先輩じゃないのぉ?」
藤枝は軽薄にボケて見せる。
話を振られた佐伯は、
「大丈夫じゃねえの? カオリンが懐いているんだし……」
淡々と爆弾発言を投下した。
「「「マジでか? 付き合ってんのおまえら?」」」
杉野香織をカオリンと呼ぶ佐伯に、一同は身を乗り出して食いついた。
「ちょっとぉ、カオリンの護衛を任せたの魔王さまでしょ? 行動ともにすれば、距離くらい縮むわ」
佐伯は心外そうに眉を寄せ、距離が縮んだことをぶっちゃけた。
その言葉を聞いた万桜は、ジト目を佐伯に向け、
「俺の論理的な護衛命令が、非合理な色恋沙汰のノイズに変換されるとは……」
呆れたように吐き捨てた。
「ウケる~! 佐伯くん、意外とガツガツ系なんだ~?」
杉野香織本人が、楽しそうに笑いながら部屋に入ってくる。
その隣には、控えめに、しかし確かな意志を持って立つ柳寧々の姿があった。
「……それで、黒木さん。わたしたち、どうすればいいんですか?」
寧々が、慈母のような微笑を浮かべて問いかける。
「決まってるだろ。西郷夫妻は今日から、セイタンシステムズの物理的なノイズ除去担当だ」
万桜は正座したまま、傲岸不遜に言い放った。
「「「「物理的なノイズ除去?」」」」
女子たちが声を揃えて問い返す。
「ああ。情報のブロックチェーン化、深海の氷の要塞、そして東京湾のデトックス。これら全てのミッションにおける、国外勢力という名のノイズを、その身を持って封じ込めてもらう」
万桜の論理は、寧々という存在すらも、世界の修正のための最適解へと組み込んでいた。
「……善きに計らえ」
万桜はそう言って、ようやく正座を崩した。
その不器用な優しさに、寧々は再び、アスファルトを濡らした時と同じ、温かい涙を瞳に溜めるのであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
2019年10月下旬。
東京湾にて異変が起きている。
かつて茶褐色に濁り、都会の排泄物の溜まり場と揶揄された海域が、南鳥島沖で実証された「氷の要塞」の応用技術によって、劇的な変貌を遂げていた。
「えっと、やり過ぎじゃないっスかね?」
万桜は、底に沈む空き缶の銘柄まで判別できるほどに澄み切った東京湾を目にして、ポツリと言った。
船上から見下ろす海面は、南国のリゾート地を彷彿とさせるエメラルドグリーンに輝いている。
これは、万桜が現象として配置した「環境デトックス・システム」の副産物であった。
「西郷くんに言ってよ。寧々ちゃんに子供がいるって言われて張り切っちゃったんだもん」
香織は、その原動力について、自身のせいでないことを主張する。
寧々と入籍し、守るべき命を授かった西郷は、万桜の論理を「気合」という非合理なエネルギーで増幅させていた。
東京湾の各所に配置された、自律稼働型の「ジェルUFO」群。
これらは海底に到達すると、万桜の設計通りに「外殻の固化」を開始し、ヘドロを深層から吸い上げる。
吸い上げられた重金属や有害物質は、地上に設置された「戦略的植物プラント」へと運ばれる。
そこで莉那が選定した超蓄積植物たちが、毒素を細胞内に閉じ込め、資源へと精製していく。
「なにがウケるって、この海をバックにした自撮り、加工なしで盛れすぎることだよね~!」
香織は最新の携帯端末を構え、キラキラした瞳で水面を記録していく。
彼女の背後では、西郷が指揮を執る清掃船団が、万桜の配置した「ドライアイス・エアレーション」によって、海中に大量の酸素を送り込んでいた。
窒息寸前だった東京湾の生態系が、物理の力で強制的に蘇生させられていく。
「……あいつ、親父になるからって、出力の計算を間違えてやがる」
万桜はジト目を貼り付けたまま、西郷の無鉄砲な熱量に溜息を吐いた。
しかし、その視線の先には、浄化された砂浜で穏やかに笑う寧々の姿があった。
物理法則を超越した母性という理屈を、万桜たちは全力で、そして最も合理的な形で肯定していた。
「見てよ黒木先輩! 魚たちが『あざっす!』って顔して泳いでるよ~!」
香織の天真爛漫な叫びが、秋の爽やかな海風に乗って響き渡る。
2020年のオリンピックを前に、東京湾は「世界で最も清潔な巨大都市の海」へと、その定義を書き換えられたのであった。
西郷の熱量は、今や東京湾を一つの巨大な「都市鉱山」へと変貌させていた。
「これ、善意でやってると思われたら心外なんスけど」
万桜は、手元のタブレットに表示される「資源回収率」の数値を指で弾いた。
セイタンシステムズが国と交わした契約は、極めて冷徹な「等価交換」だ。
海を清掃する対価として、海底から回収される重金属の所有権を、全て自社に帰属させるという条項である。
東京湾の底には、高度経済成長期から蓄積されてきた、莫大な量の金、銀、そして希少な産業用金属が眠っている。
これらは「汚泥」という名のノイズに紛れていたため、これまでの技術では回収コストが見合わなかった。
だが、万桜が現象として配置した「氷の要塞」による真空吸引は、そのコストをゼロに等しくした。
「重金属は、俺たちが全部もらう。毒を抜き、資源として再定義し、外貨に変える。これが最も合理的な『対価』だろ」
万桜は、ジト目のまま、冷徹なビジネスの論理を語る。
東京湾は今、世界で最も採算性の高い「海底鉱山」としての機能を覚醒させていた。
「ウケる~! ゴミを掃除してあげて、お宝だけガッポリ頂くとか、魔王先輩マジで悪役令嬢よりエグいんだけど~!」
香織は、次々と入金される予定の利益に、目をドルマークに変えて爆笑した。
彼女にとって、この澄み切った海は、最高に美しい「キャッシュフローの象徴」であった。
「……つか、西郷。出力上げすぎて、回収した金に魚の鱗が混じってんぞ。純度が下がるだろ。やり直せ」
万桜は無線に向かって、愛の力で暴走する西郷へ冷たく命じた。
2020年を前に、東京湾は「美しき海」という仮面の下で、セイタンシステムズの莫大な富を産み出す、完璧な「循環型資源プラント」へと作り替えられたのであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
「『東京湾に沈めるぞ~』って、昔のドラマとかでよく言ってたもんね」
香織は、透き通った水面の底に視線を落とし、冗談めかして首をすくめた。
「それが、マジの物理現象として可視化されちゃうとか、超ウケるんだけど~!」
都会の闇が、万桜の構築した「透明な世界」によって、一切の逃げ場を失っている。
かつては澱んだ水とヘドロが、あらゆる非合理な痕跡を隠蔽する「蓋」の役割を果たしていた。
だが、ノイズが取り除かれた今、海底には数十年分の「身元不明の仏さま」が、物言わぬ証拠として累々と横たわっていた。
「……チッ。計算外のノイズが多すぎるんだよ」
万桜は、タブレットに次々と表示される「異常物体」の検知アラートを眺め、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
ジェルUFOのセンサーは、ヘドロに埋もれた重金属だけでなく、コンクリート詰めにされたドラム缶や、白骨化した不自然な堆積物までも正確に捕捉してしまう。
「でも、これでやっと、その方たちもお家に帰れますね。万桜さんは、死者の無念さえも浄化してしまったんですね」
寧々は、祈るように両手を胸の前で合わせた。
警察や検察が大慌てで動かざるを得ないほどに、東京湾の「嘘」が白日の下にさらされている。
「勘違いすんな。俺はただ、資源回収の邪魔な不純物をリストアップしてるだけだ」
万桜は背を向け、ぶっきらぼうに言い放った。
「警視庁には、回収した骨の数だけ事務手数料を請求してやる」
水底に眠っていた昭和の闇が、令和の光に照らされて消えていく。
それは、最先端の知能がもたらした、最も残酷で、最も慈悲深い「大掃除」であった。
香織のレンズ越しに映る東京湾は、もはや悪行を隠すための場所ではなく、すべてが白日の下にさらされる「鏡」へと変わっていた。
「番長ー。御祓いしといてー」
万桜が、神主見習いの番長に気怠そうに言葉を投げた。
「あ、自分、信源郷町一帯の神職なんで。管轄外っスね」
番長がもっともらしく辞退を申し出ると、万桜はジト目をさらに深くした。
「舞桜。赤い頭取のハルハゲ閃光って、浄化の力ねえの?」
万桜は無茶振りをかます。
「あるかも」
舞桜は、軽やかにノリボケを返した。
そのまま携帯端末を取り出し、迷うことなく発信ボタンをタップする。
「ハルハゲおじさま? ちょっとお願いしたいことがあるのだけれど」
親子以上に年の離れた従兄弟であり、赤いメガバンクの頭取を務める土御門晴景へと連絡をとった。
『おお、我がアルテイシア舞桜。今、ハルハゲおじさまって聞こえたんやけど?』
スピーカー越しに届く、困惑とツッコミの混じった声に、舞桜は表情一つ変えない。
「え、なにセクハラ?」
舞桜は当然のようにボケ倒した。
『どこがやねん! まあええ、カメラオンにせえ』
舞桜の端末の画面に、高級そうな執務室に座る晴景の姿が映し出される。
『ハぁルハゲぇ閃光! 閃光! 閃光! 閃光! 閃光! 閃光! 閃光! 閃光!』
晴景は、昭和の終わりに登場した7人組の男性アイドルグループの「神さまにヘルプする」歌の替歌を全力で熱唱し始めた。
画面越しでも伝わるキレッキレのダンスが、透き通った東京湾の海上で披露される。
「あ、効くんだこれ……」
万桜は呆然と呟いた。
晴景の奇怪な踊りに合わせて、海中から不思議な輝きが溢れ出す。
長年、泥の底で凍りついていた無縁仏たちの念が、嘘のように軽やかに溶け、空へと昇っていくのを万桜たちは肌で感じた。
物理法則を凌駕する土御門の血筋による浄化現象。
画面越しに踊り狂う赤い頭取へと、セイタンシステムズのコアメンバーたちは一斉に手を合わせた。
「ありがたやあ~」
誰からともなく拝み倒す光景に、晴景はポーズを決めたまま静止する。
『なんでやねん?』
日本経済を動かす男の鋭いツッコミが、完璧に浄化された美しい水面に空虚に響き渡った。
「ウケる~! 頭取のダンス、除霊パワー強すぎなんだけど! これ動画にして流したら、東京湾の地価爆上がり確定っしょ!」
香織がすかさず録画ボタンを押し、邪悪なまでのビジネスチャンスに瞳を輝かせる。
「……まあ、ノイズが消えたならなんでもいい。西郷、作業再開だ。今度は骨じゃなく、本物の金だけを正確にマーキングしろ」
万桜は端末を閉じ、再び冷徹な資源回収の指揮へと戻っていった。
★ ◆ ★ ◆ ★
2019年11月初旬。
隅田川、神田川、日本橋川。
かつて都市の動脈でありながら、ヘドロという名の澱みに沈んでいた一級河川のすべてが、今や鏡のような水面へと変貌を遂げていた。
「なにこれ、マジでイタリアのベネチア超えちゃってない?」
香織は、日本橋の欄干から身を乗り出し、透き通った川底を優雅に泳ぐ魚の群れを指さした。
そこには、万桜が配置した「氷の掃除機」の群団が、数十年分の負債である汚泥を根こそぎ吸い上げた後の、美しき物理の結末が広がっている。
河川の底に堆積していた有害な重金属は、セイタンシステムズの「資源プラント」へと回収された。
毒という名のノイズを抜き去った結果、川面からは悪臭が消え、代わりに澄んだ水の匂いが江戸の情緒を呼び覚ましている。
この「水の都」の復活は、情緒的なボランティアではなく、重金属を資源として強奪するセイタンシステムズの冷徹な利益追求がもたらした、あまりにも合理的な副産物であった。
「やり過ぎだって言ったじゃないっスか。船底の傷まで丸見えで、風情もなにもねえよ」
万桜は、日本橋川を静かに進む自動運航の小型艇の上で、不機嫌そうに空を仰いだ。
だが、その眼下には、水深数メートルの川底に沈む、かつての江戸城の石垣の一部がくっきりと浮かび上がっている。
「いいじゃないですか。子供たちが川に入って遊べるんですよ。東京が、命の通う場所になったんですから」
西郷の腕に支えられた寧々が、穏やかな表情で水面を見つめる。
彼女の抱く新しい命にとって、この透明な水は、万桜たちが用意した最高に論理的な「ゆりかご」であった。
「ウケる~! スカイツリーが川に反射して、逆さ富士ならぬ『逆さツリー』が二倍楽しめるじゃん! 映えすぎて死ぬ~!」
香織が携帯端末のシャッターを切るたびに、浄化された東京の景色が世界へと拡散されていく。
2020年を目前に控え、東京は世界一の「水の都」として再定義された。
それは、天才の不機嫌な知能が、一国の首都の血管を根底から洗い流した結果であった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




