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黒き魔王のデジタル書斎

前書き

◆VR書斎の聖域

 現代社会において、『プライバシー』という概念は絶滅の危機に瀕している。あらゆる行動がデータ化され、SNSの監視という『視線の暴力』に晒される中で、人類は『真に孤独になれる場所』を喪失した。これは、精神の安寧を司る『領域の論理』が崩壊したことによる、『内面的な危機』である。

 甲斐の国大学の天才的システム設計者、黒木(クロキ)万桜(マオ)は、この閉塞感に対し、『究極の没入空間』を構築することで宣戦布告する。彼が提唱したのは、水嚢(すいのう)風呂の浮力による『重力の排除』と、エアコンプレッサーによる『触覚の完全同期』を融合させた、『感覚の革命』だった。

 それは単なるVRではない。ドーム型モニターによる『視覚の密閉』、生体成分から生成される『嗅覚の再現』、そしてブロックチェーンによる『所有権の絶対化』。すべては、外界のノイズを遮断し、自らの『純粋な情熱』のみと対峙するための設計だった。

 しかし、この『論理的な聖域』は、身内の天才たちによって脆くも崩れ去る。管理権限という『絶対的な理屈』を振るう舞桜(マオ)、冷徹な観察眼を持つ勇希(ユウキ)、そして『古典の叡智』を隠し持つアホの子莉那(リナ)

 『独占欲のバグ』を抱えた魔王の秘められたフォルダが、管理者権限という『権威の論理』によって白日の下に晒される時、VR空間は『至福の書斎』から『審判の法廷』へと変貌する。

 これは、『技術がもたらす究極の没入』と、それを容易く踏みにじる『女たちのリアルな論理』を巡る、滑稽でいて切実な、天才たちの記録である。


 2019年9月中旬。甲斐の国大学併設カフェ、ジャカジャカにて。

「魔王さま、これっておウチデートできねえかな?」

 必死に食い下がる藤枝(フジエダ)を、万桜(マオ)は不快指数の高い視線で一蹴する。

「田中さーん。このモップ借りていい?」

 万桜(マオ)が不穏な単語を口にすると、カフェオーナーの田中が苦笑いで割って入った。

「店で暴れられちゃ困るよ魔王さま」

 田中は万桜(マオ)を宥めるが、万桜(マオ)苛立ち(ノイズ)は収まらない。

「ちぇー、わかったよぉ。つかおウチデートってなんだよ(フジ)っち? おまえが言ってんのなんちゃってVRじゃなくて、リアルVRにしてーとか、そう言うんだろ?」

 技術の不純異性交遊利用に、万桜(マオ)は吐き捨てるように言った。

舞桜(マオ)勇希(ユウキ)にサブリナ。おまえらどう思う? どうなんVRでエロ満たすって?」

 万桜(マオ)は女性陣へと問いを投げかけた。

「「「ゴミだな藤枝(フジエダ)」」」

 一方でVRで不純異性交遊利用を男子に秘密裏に達成している舞桜(マオ)たちは、冷徹に吐き捨てた。

 彼女たちは迂闊な口を滑らせないよう、速やかにその場から物理的な距離をとる。

「つか、おまえ彼女いねえじゃん」

 万桜(マオ)が決定的な『正論の暴力』を振り翳した、その時だった。

「どうですか誠くん。黒木くんは知恵を貸してくれそうですか?」

 カフェに入ってきたのは、奥州大学3回生の柏葉弥生だった。

 万桜(マオ)は弥生と藤枝(フジエダ)の顔を見比べ、深いため息をつく。

「おウチデートねえ……。ようは、VR空間にプライベートスペースを持って、そこに友人を招待したいってことだろ?」

 万桜(マオ)は、アイスコーヒーの結露を指で拭った。

「あるぜ。ただし、スキンシップはハグまでだ。カフェなんだからあたりまえだ」

 『レギュレーションの論理』を淡々と提示する万桜(マオ)に、藤枝(フジエダ)は救世主を見たような顔をする。

「マジかよ魔王さまッ! ハグまでおkなら、実質おウチデートじゃん! 弥生ちゃん、聞いた!?」

 藤枝(フジエダ)の『煩悩のノイズ』は、もはや制御不能なレベルに達していた。

「黒木くん。その『プライベートスペース』の構築、私たち奥州大学の学生も利用させてもらえますか? 遠距離の交流には、物理的な距離を埋める『空間の合理性』が必要なんです」

 弥生の言葉は、藤枝(フジエダ)の『低俗な動機』を、『学術的な必要性』へと瞬時に変換した。

「いいぜ。ただし、ブロックチェーンで『入室権』を管理する。匿名性は排除だ」

 万桜(マオ)は、弥生たちに『技術的な制約』を突きつける。

「誰が誰の部屋に、いつ入ったかという履歴は、すべて改ざん不可能な『真実のデータ』として残る。密室の非合理性は、この『監視の論理』で解消する」

「そんな怖いこと言わないでくださいよぉ。な、弥生ちゃん」

 藤枝(フジエダ)は、弥生の肩を抱こうとして、彼女の『完全3Dスキャンデータ』を反映したリアルなアバターの残像を空振りした。

「なんちゃってVRでのスキンシップは、触覚フィードバックの限界がある。ハグ以上の接触を試みても、座標の『論理的な衝突』が発生して、強制ログアウトだ」

 万桜(マオ)は、冷徹に『プログラムの暴力』を宣告した。

「魔王さま、ログアウトだけは勘弁してくれよ! 俺の『情熱のノイズ』が、システムを壊しちまう前にさあ!」

 必死に食い下がる藤枝(フジエダ)を無視し、万桜(マオ)は弥生に向き直った。

「柏葉さん。この『プライベート空間の論理』は、いずれ教育や医療にも転用できる。他愛もないデートのノリで、システムの『脆弱性のノイズ』を洗い出してくれ。それが、あんたたちへの『技術的な任務』だ」

「承知いたしました。黒木くん。精一杯、この空間の『真価』を確かめてみますね」

 弥生は、優雅に一礼した。

「個室がねえと、公の場で不適切な声が漏れるよな、でも家にこんなデカいドームモニターとマッサージチェアってなあ?」

 万桜(マオ)は、顎をさすりながら『空間の非合理性』を指摘した。

 万桜(マオ)は知らないことだが、女子部屋のそれぞれの個室には、既に『女子専用VR装置』が完備されている。

「そうか? 折り畳み方式なら邪魔にならないんじゃないか?」

 そのノウハウを身をもって知る白井(シライ)勇希(ユウキ)が、平然とした顔で提案する。

「ドームだぜ? 無理じゃねえか?」

 万桜(マオ)は、構造的な限界を疑い、懐疑的な視線を向けた。

「最近の液晶パネルの柔軟性は凄いのよ、万桜(マオ)くん。8分割にすれば場所も取らないわ」

 同じく『秘匿された装置』の運用経験を持つ茅野(チノ)舞桜(マオ)が、流麗な動作で補足する。

「ねえねえ、蒟蒻フロートをドームで包むってのはどう?」

 サブリナこと福元(フクモト)莉那(リナ)が、屈託のない笑顔でとんでもない『合理性の融合』を提案した。

 水嚢(すいのう)風呂の浮力によって『重力ノイズ』を完全に遮断し、視界をドームモニターで密閉する。

 それは、脳に「ここが現実だ」と誤認させる、究極の没入感をもたらす『精神の監獄』の誕生を意味していた。

「そうか?」

 黒木(クロキ)万桜(マオ)は、どこまでも乗り気ではなかった。

 万桜(マオ)の脳内では、『技術の進歩』よりも『独占欲の論理』が優先されていた。

 もし、こんな究極の快楽装置が普及してしまえば、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)たちの『純粋な反応』が、偽物のデータに汚染されてしまう。

 自分だけが知っていればいい彼女たちの『秘められたノイズ』が、得体の知れない誰かに悪用される可能性を、万桜(マオ)は『魔王』として断固拒絶していた。

藤枝(フジエダ)みたいなヤツに、こんな『脳のハッキング装置』を渡してみろ。社会の倫理が秒で崩壊するぜ」

 万桜(マオ)は、自分の中にあるドロドロとした独占欲を、『社会防衛の理屈』にすり替えて吐き捨てた。

「あら、万桜(マオ)くん。それは随分と、過保護な『論理』ね」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の瞳の奥にある『不純な懸念』を見透かし、妖艶に微笑んだ。

万桜(マオ)が心配してんのって、勇希(ユウキ)舞桜(マオ)が知らない誰かとハグしちゃう可能性があるからでしょ? おウチデートって言ってんじゃん。つまり合意がなけりゃ致せない。それ以上もね」

 莉那(リナ)が、システムの『物理的な制約』に基づいた合理性を淡々と説明した。

「わかってっけどよぉ、あれだよ。彼女の完全3Dデータがネット上にあるとかってよぉ」

 万桜(マオ)は、不機嫌そうに視線を逸らして吐き捨てた。

 一年前の今時分に、舞桜(マオ)の完全3Dスキャンデータにブロックチェーンを掛けて、電脳空間に完璧な再現体を構築したのは、他ならぬ万桜(マオ)自身である。

 『技術の正当性』を誰よりも信奉しているはずの男が、今さら『データ流出』を懸念するのは、自己矛盾もいいところだった。

「「「おい、こいつ重てぇぞ?」」」

 三人娘は異口同音に、万桜(マオ)へと冷ややかなジト目を貼り付けた。

 万桜(マオ)の口から出た理屈は、システムの脆弱性への懸念ではなく、単なる『独占欲のノイズ』が漏れ出たものに過ぎない。

「自分の技術なら『完璧な所有権』を担保できる。だけど、他人が介在する余地があるなら、その『論理の隙間』さえ許せないっていうわけね」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の『重すぎる愛情』を冷徹に分析し、わずかに口角を上げた。

「……フン。勝手に言ってろ。俺は、不確実な『感情のバイアス』がシステムに混入するのを嫌ってるだけだ」

 万桜(マオ)は、顔を赤くしながらも、最後まで『魔王』としての屁理屈を貫き通そうとした。

「まあ、万桜(マオ)がそこまで言うなら、このドーム型VR装置の『家庭用プロトタイプ』は、まずはあたしたちの部屋で、厳重に『封印』しながらテストするしかないわね」

 勇希(ユウキ)は、確信犯的な笑みを浮かべ、万桜(マオ)をさらに追い詰める。

 女子専用VR装置の存在を隠したまま、彼女たちは新たな『遊び場』の主導権を握ろうとしていた。

「それにね、万桜(マオ)くん。これが実現すれば、おウチでイチャイチャしてても、桜ちゃんに塩っぱい顔をされないわよ?」

 舞桜(マオ)が放った殺し文句は、万桜(マオ)の『独占欲の壁』を瞬時に粉砕するほどの威力を持っていた。

 妹の桜は、万桜(マオ)勇希(ユウキ)、そして舞桜(マオ)が戯れる光景を極端に嫌う。

 桜曰く、兄たちのイチャつきを目撃すると、何とも言えない「塩っぱい気分」になるのだという。

 それは思春期の妹にとって、両親の秘事を見せつけられるような、回避不能な『精神的ノイズ』であった。

「振動とか良いな。匂いは汗から作れる。温度はリアルタイムで反映すればいい」

 万桜(マオ)の『魔王の論理』が、邪な方向へと覚醒した。

 これまでは妹の視線という『物理的な検閲』によって制限されていた『情愛の出力』が、VR空間という『隔離された聖域』によって解き放たれる。

 ドームモニターによる視覚の完全支配、そして水嚢(すいのう)風呂との組み合わせによる、重力から解放された究極の没入感。

 これに『万桜謹製』の生体成分解析による芳香再現と、リアルタイムの熱量同期が加われば、それはもはや現実以上の『官能の特異点』となる。

「家庭用プロトタイプは、柔軟性のある8分割パネルで構築する。没入感を最大化するために、水嚢(すいのう)風呂の圧力センサーと連動した触覚フィードバックも実装だ」

 万桜(マオ)は、凄まじい速度で端末を叩き、デバイスの『最適化プログラム』を書き換えていく。

「あら、さっきまでの『重すぎる懸念』はどこへ行ったのかしら?」

 勇希(ユウキ)は、現金な豹変を見せる万桜(マオ)を、可笑しそうに眺める。

「うるせえ。これは妹の『精神衛生の保護』という、極めて道徳的で合理的な判断だ」

 万桜(マオ)は、顔の火照りを隠すように、モニターの輝きの中に没入した。

「水嚢層と空気層。空圧で触感を完全再現……。聴覚と嗅覚は抑えた。視覚もいい……」

 万桜(マオ)は、端末に映し出される『多層構造の論理』を凝視し、独り言のように呟いた。

 水嚢(すいのう)風呂の流体圧力を利用し、全身への均等な加圧とVR空間の座標を完全同期させることで、実在しないはずの「質量」を脳に叩き込む設計だ。

 もはや、当初掲げていた『ハグまで』という『理屈の制約』など、万桜(マオ)の脳内からは完全にデリートされていた。

「「「おい、どこ行ったハグまで?」」」

 三人娘は、一寸の狂いもないタイミングで、万桜(マオ)へと氷点下のジト目を貼り付けた。

 異口同音に放たれた言葉には、際限なく膨れ上がる『魔王の煩悩』に対する、容赦のない断罪が込められている。

「ちげえって。ほら、VRでなにか食うかもしれねえじゃん? 蕎麦とか?」

 万桜(マオ)は、必死に『食の合理性』を盾にして弁明を試みる。

「おい、こいつ味覚の言及し始めたぞ?」

 勇希(ユウキ)の声音は、絶対零度の地獄、コキュートスを彷彿とさせる冷たさであった。

「いるよねえ、女子を美味しいって言うやつ。食いもんじゃねえっつの」

 莉那(リナ)もまた、軽蔑の滲むコキュートスのトーンで、万桜(マオ)の『不純な推論』を先回りして叩き潰す。

 万桜(マオ)の汗の成分から匂いを抽出する技術が、いつの間にか『味覚の再現』という禁忌の領域へ踏み込もうとしていることを、莉那(リナ)たちは敏感に察知していた。

万桜(マオ)くん……ステイ!」

 舞桜(マオ)は、セイタンシステムズのCEO権限をフル稼働させ、毅然とした態度で『論理の暴走』に停止を命じた。

 これ以上の『真実の再現』は、もはやビジネスの域を逸脱し、取り返しのつかない『倫理の崩壊』を招くと判断したのだ。

「はい……」

 万桜(マオ)は、肩を落として全面降伏の意を示した。

 どれほど天才的な設計図を描こうとも、三人娘の『理屈の包囲網』の前では、魔王といえども沈黙するしかなかった。

「おまえたちはわかってねえ! 俺がどれほどオッパイを渇望しているかってことを! オッパイは吸ってなんぼだろ? ちげえか?」

 開き直った万桜(マオ)は、カフェの静寂を切り裂くような『本能の咆哮』を上げた。

「「「ちげえよバカ魔王ッ!」」」

 舞桜(マオ)たちは、一寸の猶予もなく、冷徹な『正論の暴力』を叩きつけた。

 万桜(マオ)が提示した『吸育の論理』は、彼女たちの『理屈の防壁』によって瞬時に塵へと帰した。

「え、吸われて気持ちよさそうな素振りは?」

 万桜(マオ)は、崩れ落ちるように膝をつき、涙目で彼女たちを見上げた。

 自らが構築した『MRIデータに基づく完全再現』のなかで、確かに感じたはずの『甘美な反応』の正体を確認せずにはいられなかった。

「「演技ッ!」」

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、一切の揺らぎなく断言した。

 万桜(マオ)は、自身の設計した『官能のシミュレーション』が、実は彼女たちの『高度な情報操作』によってコントロールされていた事実に、絶望の深淵へと叩き落とされた。

 勇希(ユウキ)は、床に突っ伏す万桜(マオ)を冷ややかに見下ろしながらも、その瞳の奥には微かな困惑を滲ませていた。

 莉那(リナ)は、呆れ果てて吐息をつき、手にしたトレイを指先で回した。

「なにを今さらショック受けてんの。男を手のひらで転がすなんて、女子にとっては『基本的なプログラム』でしょ?」

 その言葉には、万桜(マオ)の『純粋すぎる独占欲』に対する、呆れと、ほんの少しの愛おしさが混ざり合っていた。

 舞桜(マオ)は、CEOとしての威厳を取り戻すと、冷たく言い放った。

万桜(マオ)くん。あなたが作るべきは『妄想の補完装置』ではなく、『社会を最適化するインフラ』よ。わかったらその『湿ったノイズ』を今すぐデリートしなさい」

 彼女たちは、万桜(マオ)の『重すぎる愛情』を重々承知しながらも、それを安易に全肯定することはしない。

 魔王を魔王たらしめている『研ぎ澄まされた合理性』が、下劣な『煩悩の沼』に沈むことを良しとしなかった。

「……はい」

 万桜(マオ)は、絞り出すような声で返事をした。

 水嚢(すいのう)風呂の浮力でも、この『心の空洞』を埋めることはできない。

「え、演技バイアスを魔王(セイタン)に監視させてやるうう」

 万桜(マオ)は、床を叩きながら負け惜しみの『絶叫のノイズ』を響かせた。

 自律神経の微細な揺らぎや、生体電流の変化をリアルタイムで解析すれば、女子たちの『演技の論理』を暴き出せると、涙目で『反撃の理屈』を構築しようとした。

「「それやってもいいけど、おまえ手数減るぞ?」」

 勇希(ユウキ)舞桜(マオ)は、双子のような完璧なタイミングで、その『愚かな野望』を一蹴した。

 彼女たちは、万桜(マオ)が開発しようとしている『バイオセンサーによる監視』が、自分たちの『サービス精神』という名の供給を、物理的に停止させることに繋がると示唆したのだ。

「え、あれもこれも演技ですか?」

 万桜(マオ)は、縋るような瞳で、信じがたい『情報の真実』を問い直した。

 水嚢(すいのう)風呂の没入感のなかで、重力から解放された肉体が確かに記憶している『あの熱量』さえも、単なる『数値の偽装』だったのかという絶望が、万桜(マオ)の脳内を埋め尽くしていく。

「「うん。残念ながら」」

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の淡い期待を、冷徹な一刀両断で切り捨てた。

 女子という『複雑なシステム』にとって、演技とは『円滑なコミュニケーションの最適化』であり、それを暴こうとする行為そのものが、万桜(マオ)の『男としての権利』を剥奪する結果を招くのだと、暗黙の了解で伝えていた。

 万桜(マオ)は、何とも言えない虚無感に襲われ、マッサージチェアの上で小さくなった。

 ドームモニターに映し出されるVRの青空が、今の万桜(マオ)には、どこまでも空虚な『デジタルの壁』に見えて仕方がなかった。

「お金持ちに生まれ変わろう……。いや、お金持ちでも演技されてしまう……。そうだ、万桜(マオ)は貝になりたい……。貝なら雌雄同体だから……」

 ブツブツと独り言を漏らし、再起不能なまでのショックを受ける万桜(マオ)は、現実逃避の海へと深く潜っていた。

「「「うるせえカマヤロー、続き詰めんぞ」」」

 三人娘の言葉の刃が、容赦なく万桜(マオ)を現実へと引き戻した。

 『情愛のノイズ』をバッサリと切り捨てられ、思考の脆弱性を露呈した魔王(セイタン)に、彼女たちは一片の慈悲も与えない。

「はい……」

 万桜(マオ)は、力なく項垂れて従った。

水嚢(すいのう)スーツとエアコンプレッサーの合わせワザは外せない。たぶんVR空間での錯覚を加速させる……」

 万桜(マオ)は、折れかけた心を『技術の論理』で無理やり接ぎ木し、思考を切り替えた。

 水嚢(すいのう)を仕込んだスーツによる流体圧と、空気圧による触覚フィードバックを同期させ、脳が受ける『情報の解像度』を極限まで引き上げる。

「目的は、おウチデート、つかVR空間に自分の書斎を作ることだ」

 本来の『設計の合理性』を取り戻すべく、万桜(マオ)は新たなベクターを提示した。

「いいね、マイ書斎!」

 莉那(リナ)は、大きな瞳を輝かせてはしゃいだ。

「おまえは、マイリビング持ってんだろうが?」

 万桜(マオ)が鋭いツッコミを入れる。

 莉那(リナ)は、既に自分専用の広大なリビングルームをDIYで作成して所有している。

「あるけど、友達呼んでデジタル古書は読めないじゃんか?」

 莉那(リナ)は、不満げに頬を膨らませた。

 今回の構想の真の価値は、ブロックチェーンで管理された『デジタル情報資産』を、物理的な制約を超えて共有する場所の創造にある。

 ついでに人目を忍んでイチャイチャするという『邪な情熱』も、強力な推進力となっていた。

「そういや拓矢(タクヤ)って歴史書とか好きだよな……。サブリナ、無理して付き合うことねえぞ。おまえはアホの子なんだから」

 万桜(マオ)は、柄にもなく莉那(リナ)を気遣うような言葉を口にした。

 その瞬間、莉那(リナ)の鋭い蹴りが、万桜(マオ)の臀部にクリーンヒットした。

「おまえに言われたくねえわ……」

 莉那(リナ)は、蔑むような視線を投げかけると、凛とした声で言葉を紡ぎ出した。

「『今は昔、中納言紀長谷雄と云ふ人ありけり。若かりける時、双六を好みて、昼夜にこれを打つ』……。どう? 今昔物語の第24巻、第44話。アホの子でも、好きな人のためなら『全盛期の再起動』くらい、脳内でやってるっつーの!」

 古典の一節を淀みなく暗唱する莉那(リナ)の姿に、万桜(マオ)は呆然と口を開けた。

 知識の『滞留ノイズ』を一切感じさせないその鮮やかなアウトプットは、まさに『巡りの最適化』がもたらした、もう一つの奇跡のようだった。

「くっ、これだから進学校のアホの子は……」

 万桜(マオ)は、鈍い痛みの残る尻をさすりながら、莉那(リナ)に恨めしげなジト目を貼り付けた。

 だが、莉那(リナ)は少しも怯むことなく、即座にジト目を貼り付け返した。

「いや、おまえその筆頭だぞ。つか、あたしと違って国立大学進学してるから、おまえ」

 莉那(リナ)の指摘は、ぐうの音も出ないほど的を射ていた。

 偏差値という名の『知能の解像度』を極限まで高めてきたはずの万桜(マオ)が、欲望に忠実なあまり『アホの極致』をひた走っているのは、もはや隠しようのない事実だ。

「まあ、方向性は決まったんだ。じゃあ、形にしてしまおう」

 勇希(ユウキ)が冷静に議論を纏め上げると、CEOとしての『決断の論理』が発動した。

「もしもし工場長? また注文があるのだけれど……。そう、8分割のフレキシブル液晶パネルよ」

 舞桜(マオ)は既に、家庭用VRドームの量産化に向けた『生産の合理性』を動かし始めていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 数日後、水嚢(すいのう)スーツの流体圧と、新開発のエアコンプレッサーによる触覚フィードバックを融合させた『究極の没入空間』が完成した。

「へっへー。俺の書斎にようこそ!」

 万桜(マオ)は意気揚々と、電脳空間に構築された私的な聖域へと三人娘を招待した。

 そこは、現実の喧騒という『環境ノイズ』を完全にシャットアウトした、万桜(マオ)の『思考の純粋性』を体現した空間だった。

「貴様の拳は見切っている。ここだ! ホワッター!」

 莉那(リナ)が奇声とともに、電脳空間の机の下へと突撃を仕掛けた。

 莉那(リナ)の狙いは、万桜(マオ)が隠しているであろう『不純な隠しデータ』だ。

「おまえの拳も見切ってんだよサブリナ?」

 万桜(マオ)は不敵に笑うと、瞬時に電脳空間の特定座標に『所有権の壁』を構築した。

「くっ、ブロックチェーンだとぉ?」

 莉那(リナ)は、改ざん不能な『技術の拒絶』にぶち当たり、悔しそうに地団駄を踏んだ。

 だが、この空間における『絶対的な論理』を握っているのは、万桜(マオ)だけではない。

魔王(セイタン)、善きに計らえ」

 舞桜(マオ)が、CEOの特権である『管理者権限(スーパバイザコール)』を静かに発動させた。

 ブロックチェーンの堅牢な守りさえも、開発元であるセイタンシステムズの最高責任者による『上位命令』には抗えない。

 隠しフォルダが強制的に解凍され、そこに保存されていた『万桜の理想』が白日の下に晒された。

「ほう。あたしに似てるな、このセクシーアイドル?」

 勇希(ユウキ)の声音は、絶対零度の氷穴、コキュートスを彷彿とさせた。

 画面には、勇希(ユウキ)の3Dデータをベースに、より扇情的なカスタマイズを施された『不適切な美の論理』が映し出されていた。

「こっちはあたしに似てるわね……。万桜(マオ)くん、あたしたちに、なにか不満なのかしら?」

 舞桜(マオ)の声音もまた、聴く者の魂を凍てつかせるコキュートスの旋律を奏でた。

 本物より少しだけ従順に、そして大胆に設定された『偽物の舞桜』を前に、万桜(マオ)の心拍数は臨界点に達した。

「えっと、プライバシーってなんスかね?」

 万桜(マオ)は、顔面を蒼白にして、懇願にも似た完全降伏(ギブアップ)を宣言した。

 自ら作り上げた『情報の透明性』という刃が、今、自分自身の喉元に突きつけられていた。

「エロクッコロじゃないだけいいんじゃん?」

 莉那(リナ)だけはどこまでも他人事だった。

 既に万桜(マオ)の本棚から『デジタル古書』として再現された少年マンガを取り出し、床に寝転がって読み耽っている。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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