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黒き魔王と鳥刺し

前書き

 「ドン・キホーテ」の稼働により、安価な電力と極低温の熱源を手に入れたセイタンシステムズ。黒木(クロキ)万桜(マオ)たちの次の標的は、食のサプライチェーンと、そこに眠る「人間の経験値」のアップデートだった。

 舞台は甲斐の国大学の実験用屠畜場。そこでは、動物の習性を利用した「バードガススタニング」と、物理法則を調理に応用した「炭火香テンダー」という二つの論理が、究極の「鳥刺し」を産み出そうとしていた。

 しかし、今回のアップデートは技術だけに留まらない。土地の負債に縛られていた斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)とその母、清子(セイコ)万桜(マオ)はあえて「法人のエゴ」という冷徹な仮面を被り、資本の論理を盾に、彼らを長年の呪縛から解き放とうとする。

 「農業復帰」という名の救済。

 そして、感動的な和解の直後に待ち受けていたのは、莉那(リナ)舞桜(マオ)という二人の天才による、馬車を使った物騒極まりない集客作戦「シンデレラキャリバー」の爆誕だった。

 論理が絆を紡ぎ、情熱がビジネスを暴走させる。至高の鶏料理と最新鋭のアンドロイドが交差する、カフェ・ジャカジャカの狂宴が幕を開ける。


 2019年8月下旬。

 甲斐の国大学の敷地内に新設された、実験用屠畜場の静寂は、金属的な駆動音によって破られた。

 そこには、最新の衛生管理システムと、黒木(クロキ)万桜(マオ)たちが設計した「論理の暴力」が同居していた。

 獣医学部の教授、加賀谷(カガヤ)教授は、出荷直前の鶏肉の状態を鋭い視線で検分していた。

 都道府県の職員である獣医師として、生体検査から内臓摘出後の汚染チェックまで、法律に基づいた厳格な食鳥検査を終えたばかりだ。

「うむ。これなら問題ないだろう」

 加賀谷(カガヤ)教授は、感嘆の吐息と共に、しっとりと輝く鶏肉の表面を指でなぞった。

 通常の電気失神方式では避けられない「逆さ吊り」のストレスによる内出血や、パニックによる身割れが、1羽として見当たらない。

 死後硬直前の筋肉には、旨味の元となるATPが、まるで結晶のように閉じ込められている。

「鳥刺しか。番長(バンチョー)、鳥刺しって、なんか工夫できるもんか?」

 万桜(マオ)は、包丁人としての感覚を研ぎ澄ませている番長(バンチョー)に、不意に問いかけた。

 的屋の元締め三代目のリーゼントであり、神主(カンヌシ)見習い。

 そして「食品加工及び調理の魔王」の異名を持つ番長(バンチョー)は、手にしていた「炭火香テンダー」のノズルを、誇らしげに掲げた。

 それは、従来のガスバーナーとは一線を画す、物理法則の結晶であった。

 有線給電による強力な送風機が空気を吸い込み、燃焼室を経由してノズルへと送り込む。

 ノズル内部の「▼▲」形状による断熱圧縮が、瞬時に800℃以上の超高温を発生させていた。

「味を壊さねぇ工夫なら、もう終わってるぜ。黒幕(フィクサー)

 番長(バンチョー)は、燻製のような風味を付加するサクラのチップをセットし、熱風を噴射した。

 ガス燃料を一切使わないため、不快なガス臭が食材に付着する心配はない。

 さらに、出口で熱風が拡散する設計により、デリケートな鶏肉が吹き飛ばされることも、表面が叩かれてボロボロになることもない。

 番長(バンチョー)は、均一に炙られ、芳醇な香りを纏った肉の表面を愛おしげに見つめた。

「この『バードガススタニング』は、板の重みで鶏を安心させ、二酸化炭素で眠らせる。自分が食われることすら気づかせねぇ究極の慈悲だ」

 暴れずに絶命したことで、筋肉内の乳酸蓄積が防がれ、ドリップによる旨味の流出が完全に遮断されている。

「恐怖によるパニックは肉をパサつかせるノイズでしかねぇ。だが、この肉は違う」

 番長(バンチョー)は、丁寧に切り分けた鳥刺しの一片を、万桜(マオ)へと差し出した。

「エネルギーを1ミリも無駄にしてねぇ、論理的に純粋な味だ。存分に味わえよ。黒幕(フィクサー)

 「ドン・キホーテ」が産んだドライアイスによる極低温管理と、生き物の本能を逆手に取った「板」の鎮静。

 二つの理屈が重なり、この場所で「鮮度」という概念は、もはやエンターテインメントから「科学」へとアップデートされていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 甲斐の国大学のキャンパスに併設されたカフェ・ジャカジャカは、異様な熱気と、芳醇な香りに包まれていた。

 「ドン・キホーテ」の稼働によって生まれた安価な電力と熱源、そして「バードガススタニング」によって生産された究極の鶏肉。

 これらのお披露目として、近隣の信源郷町から集まった多くの高齢者たちが、テーブルを囲んでいた。

「いいか、じいさん。ばあさん。これは単なる揚げ物じゃねえ」

 黒木(クロキ)万桜(マオ)は、山盛りに積まれた「アボカドフライ」を指さし、不敵な笑みを浮かべた。

 彼らの前には、サクッとした黄金色の衣を纏い、内部にクリーミーな緑を秘めた至高の逸品が並んでいる。

「浮腫みはな、全身の機能を低下させる最悪のノイズなんだよ。こいつを食えば、アボカドのカリウムが細胞内の余計な塩分と水分を道連れにして、体外へ強制終了させる」

 そう言って万桜(マオ)はアボカドフライを口に放り込んだ。

「さらに、衣で閉じ込めた油がビタミンEをブーストさせ、血管の柔軟性をアップデートするんだ。巡りが良くなれば、視力だって内臓の出力だって、全盛期に戻るぜ」

 万桜の「論理の暴力」を体現したような説明に、高齢者たちは、戸惑いながらもフライを口に運んだ。

「……なんだこりゃ。中がトロトロじゃねえか」

 信源郷町の名士、善次郎は飄々とした口調で、感嘆の声を上げた。

 長年の野良仕事でパンパンに浮腫んでいた彼の足に、アボカドの脂質とカリウムが、巡りの最適化プログラムを起動させていく。

「おい黒幕(フィクサー)。能書きはそんくらいにしな」

 番長(バンチョー)が、さらなる「工夫」を手に割って入った。

 番長(バンチョー)は、自身の食品加工の技術を結集させた、特製「ササ・ガード」入りのソースをフライに回しがける。

「こいつは、多層構造農業の副産物で、特定の旨味を強化した特注ソースだ。炭火香テンダーで一瞬だけ炙ったフレーバーを閉じ込めてある」

 ガス臭を完全に排除し、桜チップの芳醇な香りだけを纏わせたそのソースは、アボカドの濃厚さと、究極の鶏肉の旨味を完璧に調和させていた。

「アボカドだけじゃねぇ。この鶏肉は俺の『バードガススタニング』で、恐怖も痛みも気づかせずに逝かせた。ATPが筋肉に閉じ込められたままの、論理的に純粋な味だ」

 番長(バンチョー)は、リーゼントを揺らしながら、満足げに腕を組んだ。

 高齢者たちの顔には、久しく忘れていた生気が戻り、店内の視界までもが、浮腫みの解消と共にクリアにアップデートされていく。

「美味しい……。なんだか、体が軽くなっていくみたい」

 凛とした佇まいを見せる斧乃木(オノノギ)清子(セイコ)が、輝く瞳で微笑んだ。

 最新の調理科学と、古き良き的屋の粋が融合した一皿は、高齢者たちのエンジンを、静かに、しかし確実に再起動させていた。

「てか、万桜(マオ)ちゃん、ジジババばっかみたいだけど万桜(マオ)ちゃんの中で、オバさんジジババ枠?」

 清子(セイコ)の声音はコキュートスのように凍てついている。

「19の僕の中で40代はジジババです」

 軽口を叩いた瞬間、万桜(マオ)の両コメカミを清子(セイコ)の拳骨が挟んでグリグリする。

「ウソですごめんなさい! 拓矢(タクヤ)の母ちゃんは、お若くてお綺麗です!」

 即座に訂正した万桜(マオ)は、涙目でコメカミをさすりながら言葉を継いだ。

「多層構造農業の統括責任者をお願いしてーんだよ。集まってもらったジジババは、アンドロイドのパイロットたちさ」

 万桜(マオ)はそう言うと、表向きは着ぐるみということになっている、異様なほど滑らかな動きを見せるアンドロイドを指差した。

 そのアンドロイドの内部には、万桜(マオ)が考案した「マカロニ・テンダー」システムが搭載されている。

 マカロニ型のパイプビーズを骨格とし、側面の穴を通る糸をウィンチで引くことで、テコの原理を応用して繊細に曲げる。

 さらに袋の中に流体を流し込む筋肉の働きにより、無数の筋繊維が協調するような人間に限りなく近い動作を実現していた。

「こいつは、力じゃねえんだ。長年、農作業や手仕事で培った『身体の論理』が必要なんだよ」

 万桜(マオ)は、カフェに集まった高齢者たちを、まるで宝の山を見るような目で眺めた。

「遠隔操縦なら、子育てや介護の合間でも働けるし、場所の制約もねえ。身体能力が衰えたジジババ……もとい、ベテランたちの経験値を、このアンドロイドというデバイスで社会に再接続するってワケさ」

 万桜(マオ)の語る「論理」は、切り捨てられようとしていた高齢者の知恵を、最新鋭の農業インフラの心臓部へとアップデートしようとしていた。

「ぶっちゃけ、ここに通勤してもらうつもりだぜ。ジジババんちじゃ、アンドロイドが秘匿出来ねえらしい。拓矢(タクヤ)が言うにはダメなんだってさ。別にいいじゃんか? 便利じゃんか? 在宅ワークだぜ?」

 万桜(マオ)は、わざとらしく肩をすくめ、高齢者たちの視線を一身に集める悪役を演じた。

 この場に集まった「ベテランのパイロット候補」たちは、万桜(マオ)の冷徹とも取れる合理性に、一瞬だけ言葉を失う。

「…万桜(マオ)。てめぇの脳みそは、ドライアイスで冷えすぎて機能不全を起こしてんのか?」

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、呆れ果てた声を絞り出した。

「自宅で遠隔操縦なんてさせたら、通信経路のノイズから、システムのバックドアをこじ開けられるリスクが跳ね上がる。物理的な秘匿だけじゃねぇ。セキュリティの論理が崩壊するって言ってんだよ」

 拓矢(タクヤ)の反論は、万桜(マオ)が「あえて」無視した安全保障の欠陥を、鋭く射抜いていた。

「そうよ、万桜(マオ)ちゃん。拓矢(タクヤ)の言う通りだわ」

 清子(セイコ)が、息子の言葉に深く頷き、万桜(マオ)を凛とした瞳で見据えた。

「このアンドロイドは、私たちの『命の技術』そのもの。それを自宅という無防備な場所に置くなんて、軍事的な論理に欠けているわ。ここで集中管理するからこそ、安全も誇りも守れる。そうでしょ?」

 清子(セイコ)の声には、先ほどまでの「コキュートス」のような冷たさは微塵もなかった。

 息子である拓矢(タクヤ)が、自らの負債の論理を超えて、このシステムの根幹を守ろうとする意志に、親としての誇りを感じていたのだ。

「「……ふん」」

 拓矢(タクヤ)清子(セイコ)は、同時に鼻を鳴らし、互いに視線を合わせた。

 農地の負債をどちらが背負うかという「情愛の軋轢」は、このアンドロイドという巨大な論理の防衛を前に、取るに足らない小さなデータへと変換されていた。

 二人の間にあったノイズは消え、今、確かな「防衛の理屈」が親子を一つに結びつけていた。

「へっ……。親子揃って、俺の論理を否定しやがって」

 万桜(マオ)は、コメカミの痛みをこらえながら、ニヤリと口角を上げた。

 あえて提示した「甘い理屈」を、二人が論理の暴力で粉砕し、その過程で絆を再定義する。

 これこそが、万桜(マオ)が仕掛けた、最も非合理的で、最も効率的な和解のアルゴリズムであった。

「わかったよ。安全保障の最高責任者は、斧乃木(オノノギ)親子に一任するぜ…」

 万桜(マオ)は再びコメカミをさすり、逃げるように「アボカドフライ」の皿を掴んだ。

 その背中を見つめる拓矢(タクヤ)清子(セイコ)の顔には、この「アホの子」な天才を支えていくという、新しい共通の論理が刻まれていた。

拓矢(タクヤ)。おまえんちの農地、セイタンシステムズが買い取った。て言うか、集まってもらったみんなの農地もだ。もちろんウチのもな」

 黒木(クロキ)万桜(マオ)は、カフェ・ジャカジャカの喧騒を切り裂くように、冷徹な事実を宣言した。

 それは、個人の情愛が入り込む余地のない、「法人の鎧」を纏った資本による一括統治であった。

 土地という物理的な境界線を排除し、セイタンシステムズという巨大な法人がすべての責任を背負う。

 これにより、農地は単なる不動産から、世界を変えるエネルギーと食料を循環させる「多層構造農業のプラットフォーム」へと昇華されるのだ。

 固定資産税、維持管理、そして過去の負債という名のノイズは、法人の圧倒的な資金力と法務の論理によって、すべてが処理済みのデータへと書き換えられた。

「な、万桜(マオ)? 俺が……俺が稼いで、絶対に取り戻すって決めてたんだぞ……!」

 拓矢(タクヤ)は、積み上げてきた覚悟を否定されたような衝撃に、声を震わせて反論した。

 しかし、万桜(マオ)はその青い感情の揺らぎを、一切の妥協なく論理で封じ込める。

「アホぅ。おまえは既にセイタンシステムズの幹部じゃん? 法人の所有物は、幹部であるおまえの意志と連動してんだよ。じゃあ、実質おまえが取り戻したんじゃん。なんの不満があるんだよ?」

 万桜(マオ)は、淡々と資本の理屈を突きつけた。

拓矢(タクヤ)の母ちゃんが、セイタンシステムズで多層構造農業の統括責任者を務めてくれれば、母ちゃんもセイタンシステムズの一員じゃん。じゃあ、法人が農地を買い取ったことは、斧乃木親子が土地を取り戻したのと同義じゃん?」

 万桜(マオ)は、逃げ場のない完璧な三段論法を構築し、動揺する清子(セイコ)拓矢(タクヤ)を真っ直ぐに見据えた。

 その瞳には、もはや「魔王」としての冷徹な色はない。

 万桜(マオ)は、ふたりの心に直接響く、最も非合理で、最も強い熱量を持った言葉を選び取った。

農業復帰(おかえり)拓矢(タクヤ)と、拓矢(タクヤ)の母ちゃん」

 万桜(マオ)は、普段の拓矢(ジェイ)という渾名ではなく、本名である拓矢(タクヤ)と呼んだ。

 それは、泥だらけになって共に遊び、いつかこの土地を自分たちの手で変えようと誓い合った、幼い日の約束を果たす儀式であった。

 拓矢(タクヤ)は、言葉を失って立ち尽くした。

 親子の情愛の軋轢も、背負わされた負債の重みも、万桜(マオ)が用意した「法人の論理」という名の巨大な優しさに包み込まれ、霧散していく。

「……たく、勝手なことしやがって……! 万桜(マオ)のくせに、アホの子のくせに、甘すぎるんだよ、テメエは!」

 拓矢(タクヤ)は、熱いものが込み上げるのを隠すように、乱暴に目を擦った。

 その隣で、清子(セイコ)もまた、安堵と誇りが混ざり合った涙を流しながら、力強く頷いた。

 二人の心には、もうどちらが負債を背負うかという迷いはない。

 セイタンシステムズという、世界をアップデートする「家族」の一員として、自分たちの土地を守り抜くという、新しい論理が芽生えていた。

「できたぜ。鶏尽くしだ」

 番長(バンチョー)が、威勢の良い声と共に大皿をテーブルに並べた。

 引退した高齢者たちの前に並んだのは、番長(バンチョー)オリジナルの鳥刺し料理だ。

 「炭火香テンダー」によってサクラチップの芳醇な香りを纏い、表面だけを一瞬で焼き締めた、まさに「調理の魔王」の傑作であった。

 一切のガス臭を排除した純粋な熱風が、鶏肉の甘みを最大限に引き出している。

 一切れ口に運んだ高齢者たちは、その圧倒的な鮮度と、科学的に裏打ちされた旨味の暴力に、言葉を失って震えていた。

 これほど美味しいものが並んでいるというのに、賑やかなはずの女子たちの姿がどこにもない。

万桜(マオ)莉那(リナ)たちは?」

 不思議に思った拓矢(タクヤ)が尋ねると、万桜(マオ)は、アボカドフライを口に放り込みながら短く答えた。

「試乗中」

 その短い言葉だけで、拓矢(タクヤ)はすべてを察した。

 キャンパスの特設コースでは今、セイタンシステムズが開発した「摩擦低減馬車」の走行試験が行われている。

 車軸のベアリング部分には、コンニャク由来のグルコマンナンジェルを充填した多層水嚢が組み込まれ、回転摩擦という名のノイズを極限まで相殺していた。

 御者を務めるのは、人工知能魔王(セイタン)だ。

 馬の歩様から路面の細かな振動までをリアルタイムで解析し、最適化された手綱捌きで、まるで滑るような静寂の走行を実現している。

 そこへ、遠くから馬のいななきと、突き抜けるような明るい声が近づいてきた。

「わあ! なにこれ、超美味しそうじゃん!」

 試乗を終えたばかりの福元(フクモト)莉那(リナ)が、弾けるような笑顔でカフェに突入してきた。

 莉那(リナ)は、テーブルに並んだ鳥刺しの美しさに目を輝かせ、まだ息を弾ませながら皿を指差す。

番長(バンチョー)、これ全部あたしたちが食べていいやつ? 馬車、マジで空飛んでるみたいに静かだったよ!」

 天真爛漫な莉那(リナ)の登場と共に、カフェ・ジャカジャカの空気は一気に華やぎ、論理と情愛が交差する至福の宴が幕を開けた。

 遅れて店に入ってきた茅野(チノ)舞桜(マオ)は、手元のタブレット端末に表示された走行データを、冷徹なビジネスの眼差しで掃引していた。

「サブリナ、はしゃぎすぎ。……でも、この静寂性は数値で見ても圧倒的ね。魔王(セイタン)による環境適応型の御者制御と、グルコマンナンの衝撃吸収。この二つの理屈が重なれば、既存の移動体験は完全に過去のものになるわ」

 舞桜(マオ)は、テーブルの端に腰を下ろし、冷静に分析を続けた。

「この技術を観光地の送迎や、超低速の移動型オフィスとしてパッケージ化すれば、富裕層向けの『静寂ビジネス』として即座にアップデートできる。……番長(バンチョー)、その鳥刺しの鮮度管理コストも、この馬車の物流インフラに組み込んで計算し直しておいて」

 舞桜(マオ)は、宴の熱気の中でも商機を見出すことを忘れない。

 彼女の脳内では、万桜(マオ)が産み出した「論理の結晶」を、いかにして現実の資本主義へと接続するかという、高度な利益最適化プログラムが高速で駆動していた。

「これ、ヤバい! 美味しいとかのレベル超えてるし! ねえ、この鮮度と『炭火香テンダー』のフレーバー、そのまま馬車で村中にデリバリーできないかな?」

 莉那(リナ)は、咀嚼もそこそこに、目を輝かせてトンデモない提案をぶち上げた。

「馬車でデリバリー? サブリナ、それはあまりに非効率な物流のノイズだぜ。水嚢ロープウェイでできるじゃねえか?」

 万桜(マオ)が、アボカドの脂を拭いながら呆れたように口を挟む。

 しかし、莉那(リナ)の「ビジネス・エスパー」としての直感は、既にその先の景色を捉えていた。

「確かに! でも華やかさに欠けない?」

 莉那(リナ)は、身振り手振りを交えて、楽しそうに「走る至高の鳥刺しバー」の構想を語り始めた。

「移動そのものをエンタメにしようよ! デリバリーじゃなくて、お出迎え! シンデレラキャリバー!」

 天真爛漫な情熱と、極限まで合理化された「静寂の馬車」という技術。

 莉那(リナ)の口から次々と飛び出す非合理なアイデアは、舞桜(マオ)の冷徹な計算をも上書きし、新たな「シンデレラキャリバー」という名の、最も贅沢な物流の論理へと変貌していった。

「シンデレラキャリバー? なんだよ、その戦いそうなシンデレラは?」

 万桜(マオ)が、呆れ果てた表情で莉那(リナ)に尋ねた。

 「ドン・キホーテ」の残響が鳴り響くキャンパスで、またしても非合理な熱源が暴走しようとしている。

「それ、いいわねサブリナ……客に品を届けず、客を馬車に詰め込んで店に拉致る」

 舞桜(マオ)は、タブレット端末を叩きながら物騒な私見を述べた。

 舞桜(マオ)の脳内では、馬車という優雅な移動手段が、高付加価値な「収容ユニット」へと瞬時に再定義されている。

「でしょでしょ? 食あたりしないような試食で胃袋を掴んで強制連行! 能動的な集客だよぉ」

 莉那(リナ)が、天真爛漫な笑顔で企画をさらに過激に昇華させた。

 「炭火香テンダー」で炙りたての鳥刺しを一口与え、その幸福感という名の麻酔が効いている間に、静寂の馬車で目的地へと移送する。

 まさに「論理の暴力」による、物理的なマーケティングの極致であった。

「おい拓矢(タクヤ)……注意しろよ……」

 引き気味の万桜(マオ)が、隣に立つ拓矢(タクヤ)に小声で促した。

 この暴走する女子たちの熱量を制御できるのは、愛する莉那(リナ)を支える拓矢(タクヤ)しかいない。

「無理ッス! 手遅れッス!」

 拓矢(タクヤ)は、莉那(リナ)の奔放な背中を見つめ、深い諦念を滲ませた。

 拓矢(タクヤ)にとって、莉那(リナ)の突拍子もないアイデアは、もはや回避不能な自然災害のようなものだ。

 カフェ・ジャカジャカのテラス席では、高齢者たちが番長(バンチョー)の鳥刺しに舌鼓を打ち、その傍らで「シンデレラキャリバー」という名の、最も贅沢で物騒なビジネスモデルが構築されていく。

 万桜(マオ)は、最後のアボカドフライを口に放り込み、この非合理なノイズこそが、世界を最も速くアップデートするエネルギーであることを、苦々しくも確信していた。




『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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