黒き魔王とロマンスの女神さま
前書き
2019年千葉県白浜。
究極の合理性を操る若き天才たちにとって、大学2回生の夏休みは、唯一、非合理的な感情の理屈を許された空間である。
彼らは、黒木万桜の独断と偏見によって選ばれた、千葉県白浜の高級温泉リゾートへと向かう。そこで直面したのは、「おもてなしの理屈」の象徴である海鮮ビュッフェが抱える、資源と衛生の「非合理な負債」であった。
万桜と福元莉那は、仮想水の概念から地方観光の未来を見据え、熟練者操作アンドロイドによる観光革命という壮大な構想を、リゾートの経営者に提示する。
しかし、彼らの「技術の理屈」とは無関係に、翌日、熱帯低気圧が襲来し、「自然の理屈」は彼らの夏のロマンスを奪い去る。
果たして、彼らは、技術の論理と青春の感情という、二つの理屈の間で、失われた最高の夏の思い出を取り戻せるのか。
これは、日本経済の未来を担う革命と、大学生の身近な混浴の是非が交錯する、ひと夏の物語である。
2019年7月中旬。千葉県白浜。
梅雨明け直後の強烈な日差しが、太平洋の水平線を焼き切らんばかりに煌めいていた。海風は湿気を払い、真夏の熱を運んでくる。
房総半島の最南端、太平洋に面した高台に建つ、西園寺麗菜の実家が経営する温泉ホテル「白浜オーシャンリゾート」は、ガラスと白壁を多用した、比較的新しい建築であった。そのデザインは、機能と採光を重視した、明るく開放的な「リゾート」の理屈を体現している。
そのロビーへと足を踏み入れた途端、黒木万桜は、その「空間の理屈」に即座に適応した。
「ゲームコーナーがある! サブリナ! エアホッケーしようぜ!」
ロビーの一角、大浴場へと続く通路の脇に、ネオンサインの光を放つスペースを発見するなり、万桜は幼馴染の莉那を指さした。
「ガッテンだ!」
莉那は、「移動の合理性」を追求する万桜の、突然の「遊びの非合理」への転換を即座に受容した。
「「「チェックインが先ですアホの子たち!」」」
常識という名の、絶対零度のツッコミが、その後ろから飛来する。
茅野舞桜、白井勇希、そして倉田琴葉の三人が、完璧なハーモニーをもって、ロビーを駆け抜けようとする二人を、身体と理屈で阻止した。
しかし、その「常識の理屈」が機能しない、別の「非合理の塊」が存在していた。
エレベーターホールの脇、海産物の試食が並ぶお土産コーナーから、四つの頭が立ち上がっていた。
「この干物の水分量が、最適保存条件を満たしている。買って帰るべき建築の理屈だ」
佐伯一は、一切の感情を排したストイックな口調で断言し、アジの干物を無遠慮に指さす。
「ふふ。藤枝くんの童顔属性と、この鮪の鮮度。海洋学の探求として、これは見逃せませんね。今夜のビュッフェの事前検証は、理屈です」
柏葉弥生は、普段の「綺麗なお姉さん」の穏やかな口調を保ちつつ、その言葉には「鮪と藤枝」という非合理な探求心を滲ませていた。
「ウチら的に、この『超マコトみのあるひじきふりかけ』は、ガチでマストじゃね? 誠愛の理屈は経済を回すっしょ!」
杉野香織は、日焼けした肌と明るい髪を揺らしながら、ギャル特有の軽妙な口調で、カゴいっぱいのふりかけを抱えていた。
藤枝誠は、そのカオスな状況の中心で、頬を赤く染めながら、もはや自身の「童顔属性」を任務と受け入れ始めた諦めの表情を浮かべていた。
セイタンシステムズ御一行の、極度の統制と極度の非合理が混在する一行を、ホテルの支配人である麗菜の両親が、ロビーの奥から静かに見守っていた。
「ようこそおいでくださいました。西園寺大介と申します」
濃紺のブレザーを品良く着こなした支配人の男性が、深々と頭を下げる。
「妻の西園寺沙織です。皆様、長旅、本当にお疲れ様でございました」
女性は、麗菜の凛とした美貌の源が、沙織にあることを示唆する、優雅な笑みを浮かべていた。
「娘の麗菜が、いつもお世話になっております」
その二人の立ち姿は、ホテル経営という「もてなしの理屈」のプロフェッショナルでありながら、どこか海自の士官のような、研ぎ澄まされた規律を感じさせた。
万桜は、ひとまずエアホッケーの衝動を抑え、支配人たちへの挨拶を済ませる。そして、麗菜が持ってきた、今夜の夕食のメニュー表に目を走らせた。
「【南房総直送!】海鮮バイキング・ディナービュッフェ」
その文字を見た瞬間、万桜の天才の頭脳は、即座にそれを「非合理の極み」として処理した。
(ビュッフェは、最大の無駄だ)
万桜は内心で断じる。
(客は食べきれる量しか食べない。それ以上の量を準備し、陳列し、廃棄する。これは「資源の理屈」に対する最大級の負債である)
万桜はその弊害の先を知っている。
(しかも、客が皿に取り、空気中に晒され、唾液が飛ぶ。これは「衛生の理屈」という、生体・セキュリティの観点からも、最も非合理な形式だ)
彼の理屈は、眼前の「もてなしの理屈」と激しく衝突する。
しかし、ホテルの支配人である麗菜の両親に、その「合理性の暴力」をぶつけるのは、流石に「社会性の理屈」に反すると判断した。
「う、美味そうっすね!」
万桜は、精一杯の「演技」で笑顔を作り、その違和感を押し殺した。
「ありがとうございます! 存分にお召し上がりください」
支配人は、満面の笑顔で応じた。
万桜は、「技術の理屈」を「もてなしの理屈」の前に屈服させた自分に、僅かな敗北感を覚えるのであった。
ロビーの隅で、支配人である西園寺大介と沙織への挨拶が一段落した時、ふと福元莉那が、沙織の顔をじっと見つめて口を開いた。
「てか、沙織オバさんって、叔母だったんだねー。ハムパパの妹だから、ヨソのオバさんだと思ってた」
その率直な発言に、ロビーの空気が一瞬、凍りついた。
福元莉那の家庭は複雑だった。彼女の父親である漫画家の武田真一郎(莉那は彼を「ハムパパ」と呼んでいた)と、莉那の母親である福元芳恵は、莉那が生まれてすぐに離婚しており、莉那は母親に引き取られ福元姓を名乗っていた。その離婚は、漫画家を目指していた真一郎の夢を芳恵が後押しし、肯定するために行われた「愛の理屈」の一形態だった。
漫画家として成功した真一郎が芳恵に復縁を求めても、芳恵はそれを拒否した。それは、莉那が父親の威を借りて天狗になるのを防ぐという、「教育の理屈」であった。
そんな複雑な家庭環境を持ちながらも、莉那と真一郎が年に二回、千葉県舞浜にあるアミューズメントパークで遊ぶ際には、必ず沙織と麗菜も同席していた。その度に、沙織は何度も、
「叔母さん。何度も叔母ですよアピールしましたよ莉那」
と、自分が莉那の叔母であることをアピールしていたという。ただ、真一郎が、莉那に自分が父親だと打ち明けなかったので、莉那の頭の中では、「舞浜で会う、優しくて綺麗なオバさん」という曖昧なカテゴライズに留まっていたのだ。
しかし、莉那と麗菜と沙織の三人は、顔立ちの骨格や、時折見せる口元の線の動きに、誰の目にも明らかな「血縁の面影」が通じていた。
その事実に対し、勇希と舞桜、そして万桜と拓矢は、莉那に全集中の「ジト目」を貼り付ける。
「「「「いや、気づけよ姪っ子」」」」
四人は、異口同音に、完璧なタイミングでツッコミを入れ、莉那の「非合理的な認識」を厳しく断罪した。
「え~? 自分が可愛いのは知ってるけどさぁ、なんか似てるなくらいは思ったよ。一応…」
莉那は、肩をすくめて、自身の非合理を悪びれることなく肯定する。
その時、支配人の大介が、静かに笑みを浮かべた。
「莉那は、昔から奔放で可愛らしい」
その場にいた誰もが、莉那という天才の、計算外の「人間の理屈」の前に、一瞬、呆然とするのであった。
莉那は、「姪」だと気づかなかった非合理性をあっさりと受け流すと、再び「合理性の塊」へと思考を切り替えた。
「まあ、それらは置いといて、沙織叔母さん、割引価格とか要らねえよ。これも法人税死蔵回避するための経費の理屈だからね」
莉那は、懐の深い漢前な態度でそう言い放つと、経理を担当する杉野香織に視線を向けた。
香織は、日焼けした肌に光を反射させながら、ロビーに似つかわしくないほど詳細な経費計画を、タブレット端末で表示させた。
「ウチらが今回手配したのは、リゾートの最高級スイートをフロアごと貸し切るプランっしょ。総額はマジでヤバい。夕食は、完全予約制の個室会席で、最高級の伊勢エビ、アワビ、そして鮪の最高級部位を、個体識別レベルで手配済みであります」
彼女は、ビュッフェ形式ではないことを強調した。
「もちろん、リゾートのプロの理屈を尊重し、調理は全てリゾートのシェフに依頼します。そしてデポジットの件」
香織は、タブレットを操作する指を止め、隣に控えていた佐伯に視線で合図を送った。
佐伯は、無言で、ストイックな表情のまま、懐から分厚い紙封筒を取り出し、支配人の大介へと差し出した。封筒は、中に詰まった現金の重みで、ずしりと垂れ下がっている。
香織は、それを確認するように指で叩いた。
「デポジットの金額、キャッシュで持ってきました。正確には、即金で払う方が、インパクトがあるっていう経理の理屈っしょ」
支配人の大介は、受け取った封筒の重さから、それが軽く三〇〇万円を下らない現金であることを瞬時に察知し、その場でプロとしての平静を保つのに苦労した。沙織もまた、目の前の光景に、驚愕を隠せなかった。
莉那は、その光景を楽しんでいるかのように、満足げに笑った。
「稼いでますから。おもにこいつのアホな思いつきが」
莉那は、そう言って、論理の黒き魔王こと、アホの子、黒木万桜を指した。
万桜は、「アホな思いつき」という表現に対し、ムッとすることなく、むしろ口角を上げる。
「いいじゃん。それで出来るんだから」
彼のスタイルは、結果の合理性が、手段の非合理性を全て肯定するという理屈を楽しむことだ。
(個室会席。衛生と資源の管理。ビュッフェという負債は、巨額のキャッシュという暴力的な合理性によって回避された。これは、勝利の理屈だ!)
万桜は、安堵の微笑みを浮かべた。
その万桜の、瞬間的な安堵の表情と、その直前に浮かんだ「ビュッフェへの違和感」を、長年の幼馴染である莉那は見逃さなかった。
莉那は、沙織へと向き直り、真剣な瞳を向ける。
「沙織叔母さん。今回のプランは最高級だけど、このリゾートの通常のビュッフェ、あれはヤバいんじゃないかな」
沙織は、目の前の現金封筒から、莉那の言葉へと意識を切り替えるのに、僅かに時間を要した。
「え…? どういうことですか、莉那」
「さっき、万桜の表情が、一瞬、ヤバい感じでフリーズしたのを見たんだよ」
莉那は、万桜の視点から見たビュッフェの非合理性を、簡潔に説明した。
「ビュッフェは、資源の無駄と、衛生上の負債の塊だよ。最高級のリゾートなのに、あの非合理性をメインにするのは、沙織叔母さんの経営の理屈に、将来的に傷をつけると思う」
彼女は、天才の思考を借りて、真剣に経営改善を持ち掛けたのだ。
「だからさ、リゾートも究極のおもてなしを目指すべきなんじゃないかな」
沙織は、目の前の現金と、莉那の言葉が示す未来の経営論との間で、支配人である夫の大介と顔を見合わせた。彼らが莉那たちの技術に驚愕するように、今度は沙織たちが、天才の思考が生み出す「経営の理屈」の革新に、驚愕する番だった。
★ ◆ ★ ◆ ★
莉那による、あまりに強烈な「経営改善」の提案を受け、西園寺大介と沙織夫妻は、万桜と莉那を丁重に従業員用の休憩室へと案内した。
休憩室は、ロビーの華やかさとは対照的に、機能的で無駄のない空間であった。
席に着くなり、万桜は、先ほどのロビーでの内的な葛藤を完全に制御し、落ち着いた口調で口を開いた。
「ビュッフェ形式の最大の魅力は、お貴族さまのパーティーみたいな圧巻するようなビジュアルです」
万桜は、アホの子だがTPOは弁える。それが彼の、状況への適応という理屈だ。
「大量の料理が一堂に会する視覚的な幸福感は、お客様の満足度を一時的に最大化します。これは、感情の理屈としては極めて強力です」
そこまでメリットを述べた後、彼は空気を一変させる。
「デメリットは、ご存知のように大量の廃棄と衛生面です。特に生鮮食品が多い海鮮ビュッフェの場合、温度管理の不徹底や、お客様による取り分け時の汚染など、食中毒が出れば経営にさえ響きます」
支配人の大介は、自らの経営の核心を突かれ、顔色を変えた。
「食中毒、それは……最も恐れているリスクでございます」
沙織もまた、神妙な面持ちで頷いた。
「正直、この海鮮ビュッフェの廃棄コストは、原価の理屈を大きく圧迫しております。ビジュアルを維持するための、非合理なコストだと理解しつつも、お客様の期待を裏切れないというもてなしの理屈が、それを強いておりました」
彼らは、万桜の指摘が、単なる理屈ではなく、現実の経営上の重荷であることを認めた。
その反応を見て、万桜はさらに深刻な、そして彼らしい技術の理屈へと話を進めた。
「さらに重要なのは、目に見えない損失です。大介さん、沙織さん、仮想水という概念をご存知でしょうか」
万桜は、相手に寄り添う丁寧な口調で説明を始めた。
「仮想水とは、食料や製品を生産するために消費された水の量、特に灌漑に使われた淡水を数値化した指標です。私たちが食べているものには、その生産過程で使われた、見えない水が含まれています」
万桜は一息つき続ける。
「海鮮バイキングという文脈で言えば、漁獲された魚介類自体には、生産地の淡水は含まれませんが、魚介類を育む土壌や生態系こそが、このリゾートの生命線ですよね」
万桜は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「水産資源を獲り続けるということは、その生態系を維持するために必要な水、そしてプランクトンなどの基礎を育む土壌(仮想土壌)が、獲物とともに外部に持ち出され、その土地に戻らないことを意味します」
彼は、指先で卓上を叩きながら、最も重要な核心を提示した。
「海産資源であっても、陸地の水と土が、生態系の恒常的な損失を続けている状況が続けば、その漁場が持つ生産の理屈は、必ず枯れます」
それは深刻な真実だった。
「ビュッフェの廃棄は、目に見える食料の無駄ですが、仮想水の損失は、目に見えない、この地域一帯の資源の恒常的な負債なのです。おもてなしの理屈を究めるなら、その負債の理屈を、根本から断ち切る必要がございます」
大介と沙織は、高級魚介類の仕入れ値や人件費といった目の前の経費ではなく、遥か遠くの生産地の水と土の枯渇という、文明の理屈にまで話が及んだことに、ホテルの経営者として新たな危機感を覚えるのであった。
大介と沙織から、廃棄コストや食中毒リスクといった経営上の重荷が語られた後、万桜は、論理の飛躍をもって、解決策へと進んだ。
「舞桜。サブリナの親戚なら信用出来る。技術構想で無駄を省く。かまわねえな?」
万桜は、テーブルの向こうに座る茅野舞桜に、獰猛な笑みを湛えて投げ掛ける。その目は、すでにこのリゾートの未来図を見据えていた。
舞桜は、CEOとして、コストとリスクを瞬時に試算する。
「ガイドラインは帰ってから詰める。おまえもたまには手伝いなさい万桜」
舞桜が、深く息を吐いて、その構想に許可を出した。この一言で、最高級リゾートのサービス形態は、根本から変革される運命を辿ることになる。
許可を得た万桜は、即座に次の具体的な戦術の理屈を提示した。
「では、さっそくですが、大介さん、沙織さん」
彼は、引退した熟練スタッフの経験を最大限に活かす方法を提案した。
「中居さんを引退された方たちに、戦線復帰して貰いましょう」
大介と沙織叔母は、何を言われたのかわからず、顔を見合わせた。
「引退された方に、何を……?」
沙織が尋ねると、万桜は、「マカロニ・テンダー」システムを搭載したアンドロイドの導入を提案した。
「高齢化で引退された、最高の接客スキルと経験を持つ方たちに、アンドロイドの遠隔操作を担当していただくのです」
引退した熟練スタッフの経験を、人型アンドロイドというインターフェースを通じて、時間と体力の制約なしにサービスへ投入する、人海戦術だった。
「アンドロイドの見た目は、最新技術で二十代前半の最も清潔感のある、完璧な中居さんに設定できます」
荒唐無稽な構想を信じられない表情で聞き入るふたりに、万桜は、学食で寿司を握るアンドロイドを映した動画を提示する。
「そのアンドロイドを、引退された方々の経験と精神で動かす。これこそが、資源を無駄にせず、最高のもてなしを実現する、究極の合理性だと考えます」
莉那は、休憩室の窓から外の景色を眺めながら、さらなる未来を予測する。
「まあ、西郷が寧々さんとくっついたから、いずれはウチの技術も漏れるだろうさ。だったら限定的に解放していく」
万桜は、莉那の言葉を肯定し、窓の外に広がる地方の景色へと目を向けた。
彼は直感していた。彼らの究極の移動技術と、このアンドロイドによる「究極のおもてなし」は、人々の移動の総量を爆発的に増加させる。
「旅行が増える」
それが、彼が導き出したシンプルな結論だった。
そして、その急増する観光需要に応えるために、地方の老舗リゾートや旅館が、この「熟練者操作アンドロイド」を必要とするだろう。
彼は、このリゾートを皮切りに、地方の観光資源を徐々に、そして確実に、彼らの技術で改造し、日本全体の観光産業を革新していく壮大な構想を、頭の中に思い描くのであった。
★ ◆ ★ ◆ ★
その日の夜は、最高の個室会席と温泉を堪能した。
万桜たちは、最高級の伊勢海老と鮪に舌鼓を打ち、食事の席では一切の技術の理屈を忘れて、ただの大学生として笑い合った。食後は、肌を滑らかにする西園寺家の温泉に浸かり、彼らの天才の頭脳と、極度の緊張を強いられた肉体を深く休ませた。
そして、翌日。
「2回生の夏! 一度きりの夏! ロマンスの夏!」
黒木万桜は、窓の外を指さし、全身で非合理的な嘆きを表現した。
彼の計画では、この日は真っ青な海で、友人たちと最高の青春の理屈を謳歌するはずだった。しかし、彼の目の前に広がっていたのは、台風崩れの熱帯低気圧がもたらした「自然の理屈」だった。
激しい雨がホテルのガラス窓を叩きつけ、海は鉛色に荒れ狂い、当然ながら海水浴どころではなくなっていた。
「うおー! なんて非合理だ! この夏は、技術よりロマンスが絶対の理屈だったはずなのに!」
福元莉那は、肩を落とす万桜を見て、吐息をひとつ漏らした。
(せっかくの旅行が、このまま万桜の合理性の暴走で終わるのは避けたい)
彼女は、即座に状況を好転させる感情の理屈を模索し、あるアイデアを思いついた。
莉那は、ロビーの奥で大介と話し込んでいた沙織の元へ駆け寄る。
「沙織叔母さん。こんなんやっちゃダメ?」
莉那が耳元で提案したのは、この悪天候で利用客が少ないことを逆手に取った、家族風呂での水着による混浴だった。これは、失望した万桜を宥め、失われた青春の機会を強引に取り戻すための、莉那の苦肉の策であった。
西園寺沙織は、一瞬、驚いた表情を見せたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべた。
「まあ、莉那は、いつも大胆ですね。でも、貸し切りですし、周りの目もございませんから。若者の夏の思い出のため、特別に許可しましょう」
もてなしの理屈のプロフェッショナルである沙織は、姪の純粋な思いを受け入れ、ルールの一時的な非合理性を容認した。
「サブリナ! か、神か? いや女神サブリナさまやー」
黒木万桜は、歓喜のあまり、莉那を女神サブリナと呼び、その場で両手を合わせて拝み始めた。
「「「「ありがたやー、サブリナさまー」」」」
拓矢、佐伯、藤枝、そして西郷たち男子大学生どもも、万桜に同調して大袈裟に莉那を拝む。彼らにとって、失われたロマンスの夏が、思わぬ形で復活したのだ。
その男子たちの非合理的な興奮を前に、女性陣は一様に呆れた反応を示した。
「ホント、男子ってアホだよねー」
香織が呆れ顔で言う。
「いいからさっさと着替えなさい。馬鹿騒ぎは温泉でやりなさい」
舞桜がため息をつく。
勇希は、静かに首を振り、琴葉は、無言でスマホを操作しながら、男子たちから距離を取った。
嵐の後の静寂の中、若者たちは、貸し切りの家族風呂へと向かう。
広々とした露天の家族風呂には、白木の格子戸を通して、荒れた海の音が微かに届いていた。水着姿の彼らは、湯気立つ温泉の中に身を沈めた。
湯船の縁に腰掛けた勇希は、濡れた髪をかきあげ、海を見つめる。その隣には、琴葉が距離を置いて座り、温泉の熱を肌に感じていた。
一方、男子どもは湯船の中央に集まり、水しぶきを上げる。
莉那は、肩まで浸かって温泉の温かさを楽しんでいる。彼女の背後で、万桜が大胆に湯船の縁に肘をつき、莉那へと無言の視線を送る。
「最高だ。これこそが、究極の安堵の理屈だ」
万桜の視線が、莉那の濡れた水着越しに見える肌を捉える。
莉那は、水着に流れ落ちる温泉の雫を指先で追いながら、彼を軽く一瞥した。
「拝むな拝むな、アホの子」
「え? 拝んでたか? ただ、ロマンスは、こうして非合理な偶然で補完されるという、極めて人間的な美しさに感動している」
彼の言葉は論理的だったが、内容は意味不明でアホの子が丸出しだった。
「みんなぁ、アホの子がオッパイ狙ってんぞぉー。隠せぇー」
莉那は女性陣に注意を喚起する。
舞桜は、香織と露天風呂の角の席で、静かに話し込んでいた。
「まさか、こんな形で混浴になるとはね」
「まあ、サブリナがいるからね。すべてが想定外よ」
湯気が彼らの間の曖昧な境界を遮り、水着という薄い膜が、彼らの関係性の曖昧さを保っていた。彼らがこの旅で求めた非合理的な楽しみは、予期せぬ自然の力によって一旦は奪われたが、友の機転と大人の理解という、人間の温かい理屈によって、より親密な形で取り戻されたのだった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




