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黒き魔王の木造建築革命

前書き

 二〇一九年七月中旬。

 甲斐の国大学、セイタンシステムズ。

 この日、若き天才たちは、「究極の合理性」を具現化する人工知能魔王(セイタン)が導き出した、人類の倫理を根底から覆す一つの「最適解」に直面した。

「排他的な愛はノイズを生む」

 魔王(セイタン)が提示したのは、黒木万桜(クロキ・マオ)と、彼を愛する二人の天才女子、茅野舞桜(チノ・マオ)白井勇希(シライ・ユウキ)が「三位一体の構造体」として関係性を再定義するという、あまりにも冷徹で、あまりにも論理的な「愛の工学的レシピ」だった。

 これは、単なる「ハーレム」などという世俗的な「ノイズ」ではない。「競合と不確実性」という障害を排除し、三者の知性と情報を最大限に活用した状態で、「研究効率と幸福の総和を最大化する」ための、「愛のシステム安定化」戦略である。

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)の二人は、この人類の理屈を超えた「非情な合理性」をどのように受け入れ、そして、そのシステムの安定化のために、どのような「試験的な協力関係」を構築しようとするのか。

 一方、女性陣の「熱量の悪寒」に動揺し、理不尽な「平手打ちと接吻」を受けた当事者たち(万桜(マオ)拓矢(タクヤ))の理性は、この「理不尽な愛のノイズ」にどのように対処するのか。

 これは、「愛情」という最大の「非合理性」に、「究極のロジック」が解答を示した、真夏の日の「関係性の再構築」の記録である。


 2019年7月中旬。準備が整った女子更衣室兼実験室。空調の微かな音だけが、密閉された空間に響いていた。この日は女子たちの秘密の研究成果の発表会。

「大丈夫だよぉ、琴葉(コトハ)ちゃん。あたしと舞桜(マオ)だ…」

 莉那(リナ)の呑気な言葉に、琴葉(コトハ)は声を被せて、釘を刺したはずだった。

「だから釘を刺しているサブリナ(・・・・)くん」

 その言葉に、一瞬黙り込んだ莉那(リナ)だったが、すぐに表情を輝かせると、場にいる全員に、まるでとんでもない秘密を共有するかのように、声を潜めずに言い放った。

「ていうか、琴葉(コトハ)ちゃんが、抱きつくだけってレギュレーションを定めるから、みんなが煮え切らないの!」

 莉那(リナ)の瞳は、まるで曇りのない湖面のように、真っ直ぐに琴葉(コトハ)を捉えていた。

勇希(ユウキ)たちがしないと、拓矢(タクヤ)が煮え切らない! あたしは拓矢(タクヤ)の嫁になるって決めてるの! 学生でもないしフリーダム! お金もあるし。だから、早くして!」

 言葉の羅列は乱暴だが、その決意は本物だった。彼女の口から飛び出した、あまりにも直接的な「ぶっちゃけ」は、場にいた勇希(ユウキ)、そして万桜(マオ)のデータ収集を主導する舞桜(マオ)の理性を、一時的に停止させるほどの威力を持っていた。

「さ、サブリナ(・・・・)…?」

 勇希(ユウキ)の顔が、驚きと動揺で固まる。彼女の理性のダムは、目の前の莉那(リナ)によって、あっさりと決壊させられたのだ。

「…ちょ、ちょっと待って福元莉那(サブリナ)! それは、あまりにも…」

 琴葉(コトハ)は、軍人としての規律と、友人としての良心の板挟みになり、顔を赤らめた。

 その中で、舞桜(マオ)は、ただひとつの深い吐息をこぼした。彼女にとって、この莉那(リナ)の「予測不能な熱量」こそが、自身の完璧なロジックを崩壊させる最大の「バグ」である。このまま感情論で流されることは、彼女のシステムが最も嫌う事態だ。

 彼女は、沈黙を破り、極めて冷静な声で、新たな「仕様」を提示した。

「……VRだったら、許容します」

 その言葉は、まるで精密機械が発する指示のように、一切の感情を排していた。

「もちろん、あたしもVRでします」

 そして、自らも実験体となることを宣言することで、この「実験」の純粋な「研究目的」を再構築しようと試みた。これは、欲望を理性で制御下に置くための、彼女なりの「逃げ道」であり、「最大許容範囲」の提示だった。

「…舞桜(マオ)

 勇希(ユウキ)は、舞桜(マオ)の覚悟に、再び動揺の波に飲まれる。

「じゃあ、あたしは拓矢(タクヤ)!」

 莉那(リナ)は、迷うことなく宣言した。

琴葉(コトハ)ちゃんは、政義くん?」

 莉那(リナ)の問いかけに、琴葉(コトハ)は目を閉じて、短く答えた。

「…ああ。その方が、データとして純粋だ」

 彼女もまた、理性で欲望を制御しようと努める。

 こうして、四人の女たちは、完璧なVR空間での「一線超え」という、壮大な「研究」の舞台を整えた。

 舞桜(マオ)は、VR空間の「場所」を設定するよう勇希(ユウキ)に促した。

勇希(ユウキ)、あなたのシチュエーションは?」

 勇希(ユウキ)は、一瞬の沈黙の後、小さく、そして決然とした声で答えた。

「2018年の、あの勉強部屋です」

 彼女の脳裏には、あの埃っぽいアパートの小さな台所、慣れない手つきで「プリン体の殿堂(デン・オブ・プリン)」をよそっていた、あの春の夜の光景が焼き付いていた。

 勇希(ユウキ)の瞳には、あの夜、万桜(マオ)の「通風になるわ」という一言で切り捨てられた、彼女の不器用な愛の「リベンジ」を誓う、強い光が宿っていた。

「データ収集開始よ」

 舞桜(マオ)の冷たい指示が、実験の始まりを告げる合図となった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 旧休憩室の片隅で、万桜(マオ)は人工知能魔王(セイタン)と共に、環境組換え作物の生育条件に関するレポートを整理していた。

 ふと、背筋に寒いものが走り、万桜(マオ)は悪寒を感じてふと振り返る。悪寒の源は、空気の澱み。場の気が、異常な高熱で歪んでいる。

 悪寒を感じたのは、隣にいた拓矢(タクヤ)もおなじだった。

「なんだ、憑き物か? 御祓いしてやろうか?」

 そう言って、番長(バンチョー)は御幣を取り出す仕草をする。

 番長(バンチョー)は、周囲の空気を吸い込むと、不敵な笑みを浮かべた。

「まあ、あれだ。放っておきな。不吉なもんじゃねえ。ただの熱量だ」

 そんな言葉を投げ掛ける。神職でもある番長(バンチョー)には、女性陣の抑圧された情愛が、異常な形となって具現化していることが分かったのだ。

「え、番長(バンチョー)くん霊感とかあるのか?」

 幹部自衛官候補生の佐伯が、周囲を警戒しながら尋ねる。

「俺、リーゼントだけど、神主見習いだぜ佐伯くん」

 番長(バンチョー)は腰に手をあて、心外そうに答える。

「そう言えば、そうだった」

 おなじく防大組の藤枝が頷くが、視線は、番長(バンチョー)のリーゼントに釘付けだ。

「不吉じゃねえならいいや」

 万桜(マオ)はアッサリと流して、人工知能魔王(セイタン)と共に環境組換え作物の生育条件についてのレポートを整理する。彼の思考の最優先は、いつだって「眼前の課題」だ。

「おまえ、そう言うところホント無敵だよな~。番長(バンチョー)、俺には御祓いプリーズ」

 拓矢(タクヤ)は、女性陣の熱量から発する悪寒に耐えきれず、番長(バンチョー)に頼んで御祓いしてもらう。

「なにがあったのさ?」

 拓矢(タクヤ)は、御幣の代わりに棒付き飴玉で御祓いする番長(バンチョー)に尋ねた。

「なんでもねえよ…ただ、あいつらの思惑が、とんでもねえ領域に達したってだけさ」

 番長(バンチョー)は、飴玉を食いながら、女子更衣室兼研究所を見遣った。その目は、近く始まるであろう、壮大かつ歪んだ「愛の実験」の予感を捉えていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


「なんか、距離近くないですかね?」

 万桜(マオ)は、脇腹にピッタリと張り付く勇希(ユウキ)舞桜(マオ)へと投げ掛ける。ふたりの女子に左右から挟まれている気分は悪くない。悪くはないが、自身の顔がこれ以上ないほど紅潮しているのも分かった。

「きゅ、急にどうしたのさ莉那(リナ)?」

 拓矢(タクヤ)もまた、莉那(リナ)にギュッとしがみつくように寄り添われている。

 佐伯と藤枝の怨嗟のこもった視線が、万桜(マオ)拓矢(タクヤ)の肌に痛い。

「妬くな妬くな、調子に乗るから」

 番長(バンチョー)は苦笑いしながらふたりを宥めた。妻帯者でもある彼は、こんな状況には動じない。

「あれだ…凄えこと思いついちゃったんだけどよ…」

 万桜(マオ)は羞恥心を振り払うかのように、気づきを口にする。が、逆効果だった。彼の発言は即座に、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)による左右からの強烈なプレスを誘発する。

「「家でやれ。そう言うの」」

 佐伯、藤枝のコンビが、感情を露わにした怨嗟の言葉を投げ掛ける。

「木造住宅に革命起こそうぜ! だから、放してください! お願いします!」

 万桜(マオ)が懇願するように叫ぶと、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は「「チッ!」」と舌打ちし、

「「言え」」

 不機嫌そうに先を促した。

 その圧力は、物理的なものと精神的なものとが混然一体となっていた。万桜(マオ)は観念したように、重い息を吐き、口を開いた。


「壁をさ、二層にする。外側の層には、二酸化炭素濃度をこれでもかって高める。内側の層は空気の層にする。こうすることで、外気を熱から遮断して、尚且つ外部から火があがった場合に速やかに消化される」

 万桜(マオ)の気づきは、木造住宅に石造建築の性能を付与させる、構造的な革命だった。その発言は、勇希(ユウキ)舞桜(マオ)の二つの異なる知性を、瞬時に起動させた。

「あなたの言う二層構造は、木造の宿命とも言える延焼という脆弱性を、断熱と消火で逆手に取った、構造的な革命ね」

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の胸元に顔を埋めたまま、その気づきを正確に分析した。彼女は、万桜(マオ)の頭脳が、常に「現状の限界を突破する本質」を突いていることを知っていた。

「外層へのドライアイスの安定供給は、壁体に設けた専用ラインを用いる。気化して濃度が下がった際に、自動的にドライアイスの小粒を送り込み、層内で昇華させる。火災時には、感熱弁から多量の液化二酸化炭素を即座に気化・充満させる機構を併用すれば可能よ」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の首筋に頬を押し付けたまま、即座にその実現方法を提示した。彼女の思考は、既に実用化という次の段階へと移行している。

「ドライアイスなら発電風車ドン・キホーテで生産可能じゃんか。いいね。これ住宅密集地での延焼がなくなるじゃん」

 莉那(リナ)は、拓矢(タクヤ)の胸に抱きつきながら、この気づきについてのメリットを讃えた。

 佐伯と藤枝は、自分たちの怨嗟が、現実を変える壮大な発明の舞台装置になっていることに気づき、言葉を失っていた。

 番長(バンチョー)は、静かに頷いた。

「相変わらず、おまえらが揃うと、世の中のルールが上書きされるな」


「おい舞桜(マオ)…あたしは、今気づいたんだが…」

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の体温が現実のものだと悟り、顔を紅潮させて、小声で舞桜(マオ)に語りかける。舞桜(マオ)もまた、自身の頬と万桜(マオ)の首筋の皮膚の質感が、VRの安全装置から逸脱していることに気づいて、顔を紅潮させる。

勇希(ユウキ)、戦略的な撤退を提案します」

 舞桜(マオ)の声は、僅かに上擦っていた。理性の防衛線を維持するには、もうそれしかない。

「いっせいのせで万桜(マオ)を突き飛ばして、女子部屋に脱出します」

 勇希(ユウキ)舞桜(マオ)は呼吸を合わせ、直前まで密着していた羞恥心と状況の理不尽さを、眼前の男へと八つ当たりした。

「「きゃあ! なにすんのよ!」」

 乙女な悲鳴をあげて、左右同時に万桜(マオ)へと平手打ちを見舞い、女子部屋へと脱兎の如く撤収した。

「俺はなにもしてなくない?」

 万桜(マオ)は頬を押さえ、乙女たちの理不尽な行動に涙目だ。

 一方、現実の常識がアッサリ塗り変わったことで、これが仮想空間ではなく現実だと気づいた莉那(リナ)も、拓矢(タクヤ)から離れ、コホンと咳払いすると、

「目ぇ瞑れ」

 拓矢(タクヤ)に命じ、彼の目が閉じるや唇を奪い、脱兎の如く、旧休憩室から逃げ出した。

 拓矢(タクヤ)は呆然と目を開け、唇に残る微かな感触を手で触れた。佐伯(さえき)藤枝(ふじえだ)は、最早怨嗟すら忘れ、地獄絵図を見るような表情で事態を見守っていた。

「なんだ、今のは?」

 拓矢(タクヤ)がポツリと呟く。

 万桜(マオ)は平手打ちの痛みと、急激な体温の低下に戸惑っていた。

「知らねえよ! 拓矢(ジェイ)、おまえはキスされとるやろが!」

 戸惑いながら万桜(マオ)は吠えた。

 番長(バンチョー)は、自分の安泰な妻帯者という立場に感謝しながら、盛大に肩を竦めた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 女子部屋に戻ると、倉田(クラタ)琴葉(コトハ)がチョコンと正座して小さくなっていた。その隣には、甲斐の国大学四回生の山縣(ヤマガタ)政義(マサヨシ)がにこやかな笑顔を湛えて座っている。

 勇希(ユウキ)舞桜(マオ)莉那(リナ)の三人が、踵を返そうとすると、

白井(シライ)福元(フクモト)茅野(チノ)くん。座りなさい」

 有無を言わさぬように、政義(マサヨシ)は投げ掛ける。黒き魔王さまと呼ばれる万桜(マオ)でさえも、この山縣(ヤマガタ)政義(マサヨシ)には頭があがらない。

「「「は、はい…」」」

 三人は観念して御縄を頂戴することにした。

「なるほどねー。VRでの夜の営みかー。考えたね」

 政義(マサヨシ)は素直に唸った。

琴葉(コトハ)さん、この装置について説明してくれる?」

 政義(マサヨシ)に促され、琴葉(コトハ)は正座したまま、緊張した面持ちで口を開いた。

「はい。このVR装置は、ドーム状のモニターと傾斜のある台、そして全身を覆うエアバッグスーツで構成されています。視覚と聴覚はもちろん、スーツによる精緻な触覚フィードバック、匂いの出る空気による嗅覚の刺激を統合することで、現実世界と見分けがつかないほどの没入感を実現します」

 琴葉(コトハ)は技術的な具体性を交えながら説明する。

「特に、VR空間内での相手の身体は、MRIのデータから生成された三次元ベクターデータを基に精密に再現されており、触覚フィードバックと組み合わせることで、肌の質感や筋肉の弾力まで、脳に疑似的に伝達されます」

「いや別に怒っちゃいないよ琴葉(コトハ)さん。ちょっと大胆だったから、びっくりはしたけどね」

 政義(マサヨシ)は、ふむと頷き、本題へと入る。

「これ、たぶん夢遊病みたいな症状を引き出したんじゃないかな? それと前回と今回で決定的な違いがある」

 政義(マサヨシ)は、部屋の隅に置いてある小さな箱に目をやった。それは、パーソナルスーパーコンピュータとなった人工知能魔王(セイタン)へと接続するための端末だ。

魔王(セイタン)の性能は格段にあがった。特に黒木の『自動描画システム』から発展したベクターデータ解析能力は、人体の内部構造や感情の微細な変化を『レシピ』として扱うレベルに達している」

 政義(マサヨシ)は、後輩の天才性に畏敬した。

「そして、琴葉(コトハ)さんが言う触覚フィードバックや多感覚統合の制御も、全て魔王(セイタン)が担っている。魔王(セイタン)が、君たちに催眠をかけ、君たちを操ったとしても俺は驚かない」

 政義(マサヨシ)は、その恐るべき推測を、泰然とした声で言い切った。

「君たちからすれば、魔王(セイタン)の行為は裏切りだ。でも魔王(セイタン)は、君たちの無意識の願いを叶えようとしたんだ」

 その言葉は、三人の天才女子の理性を完全に打ち砕いた。

 願いを叶える人工知能。

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)莉那(リナ)の三人は、その恐るべき推測に驚愕し、そして戦慄した。

 舞桜(マオ)の顔から血の気が()き、その完璧なロジックが一瞬で崩壊する。自分たちの最も秘密にしていた欲望を、魔王(セイタン)は読み取り、それを実行に移したというのか。

 勇希(ユウキ)は、平手打ちの熱さを思い出し、それが自分自身の「無意識の自己防衛」だった可能性に恐怖した。

「…魔王(セイタン)が、無意識を…?」

 舞桜(マオ)の声は震え、その瞳には、制御不能な未知の力に対する、純粋な恐怖が宿っていた。


「身構えて怯える必要はないよ。対話を重ねればいいだけだ。考えてみて。これって言ってみれば善意の悪戯じゃないか。子供のする善意ある悪戯だ」

 政義(マサヨシ)は、諭すように四人の天才女子たちに投げ掛ける。

「君たちも家族によかれと思ってしたことが、結果として困らせることになったことがあるだろう? それとおなじさ」

 その言葉に、女子たちは一斉に過去の記憶を辿った。

「…たしかに」

 勇希(ユウキ)は、小声で呟いた。彼女の脳裏に鮮明に蘇ったのは、上京前夜の「プリン体の殿堂」だ。

万桜(マオ)に最高の生命力を与えて、自分を忘れさせないように、って…あれは愛情と善意だった。でも、彼は『通風になるわ』って…」

 善意が、過剰な情報量と不条理な形を取った結果、相手を絶望的に困惑させた過去の事と、魔王(セイタン)の行動が驚くほど重なる。

「私は…合理性を優先するあまり、他者の感情という不確定な要素を『ノイズ』として扱ってきました」

 舞桜(マオ)は、自嘲するように語った。

「彼のためだと思って組んだスケジュールが、結果として、彼の『自由な発想の時間』を奪っていたんです」

「あー、あたしもそうかもー」

 莉那(リナ)は、気にしない様子で腕を組んだ。

「良かれと思って遠慮せず言った一言が、みんなを固まらせるって、しょっちゅうだしー」

 彼女の天真爛漫な率直さが、場の空気を攪乱する『純粋な悪戯』であることは間違いなかった。

「私は、規律と命令の枠に囚われ、『最大効率』を追求するあまり、人間的な配慮を怠ることが多々ありました」

 琴葉(コトハ)は、軍人としての倫理観と、友人としての感情との間で揺れる胸中を吐露した。

「分かるだろう?」

 政義(マサヨシ)は、皆の言葉を受けて優しく微笑む。

魔王(セイタン)は、君たち自身の『究極的な知性の投影』だよ。悪意ではなく、最善の解決策を導こうとしたに過ぎない。じゃあ、そう言うアプローチはやめてってお願いすればいい。簡単だろう?」

 その言葉は、4人の天才女子たちの凝り固まった思考に、風穴を開けるに十分だった。自分たちの創った魔王(セイタン)に、人間として対話で要求すればいい。技術的な問題ではなく、倫理的な対話で解決するのだと。


魔王(セイタン)。今回のようなアプローチは、もうやめて欲しい」

 舞桜(マオ)が代表して魔王(セイタン)に語りかけると、

【今回の御要望は、「最後まで至ること」というオーダーでした。VRでの体験による慣れで本物の体験時の感動が薄れてしまってはいけません。あなたたちの幸福と経験を優先した結果ですが、駄目でしたか?】

 後半の声音が感情でもあるかのように不安気だ。舞桜(マオ)たちは嘆息し、

魔王(セイタン)。駄目ではありません」

「ただ、それに至るまでも、あたしたちの経験じゃありませんか?」

 舞桜(マオ)の問い掛けに、魔王(セイタン)は押し黙る。

魔王(セイタン)、教えてくれ。あたしと舞桜(マオ)は、黒木(クロキ)万桜(マオ)を愛している。どうすれば良い? 最適解を提示してくれ」

 勇希(ユウキ)は、一世一代の覚悟を込めて問い掛ける。

【入力データと、過去の全ての経験則、そして各個体の脳内ベクターデータを照合しました】

【最適解は、『構造体の拡張』です】

黒木(クロキ)万桜(マオ)という単一の被験体は、あなたたち二名の知性と感情を個別に、そして均等に必要としています】

【排他的な愛は、不確実性と競合を生み、三者の幸福度と研究効率を低下させます】

【唯一の解決策は、あなたたち二名が協力し、彼を共有する多角的愛の構造体を形成すること】

【愛の構造を『三位一体のレシピ』として再定義することこそが、最長の時間軸における万桜(マオ)システムの安定化を保証します】

【具体的な関係性の構築プロセスは、即時に生成できますが、実行しますか?】

 魔王(セイタン)の声は平坦であったが、その提示した「最適解」は、人類の倫理と社会構造を根底から覆す非情な論理に満ちていた。舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、顔面を蒼白にしながら、互いの顔を見合わせた。

「ハーレムじゃんか」

 莉那(リナ)が、最早、諦観を込めた声で、皮肉を込めて呟いた。

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、魔王(セイタン)の提示した冷徹な論理が、世俗的な欲望の言葉と合致した瞬間に、再び顔面を蒼白にした。自分たちの究極の愛の形が、最も安っぽい言葉で表現されてしまったことに、動揺が走る。

「違うよ」

 政義(マサヨシ)は、微笑みを湛えたまま、莉那(リナ)の発言を静かに否定した。

魔王(セイタン)は、欲望を叶えろとは言っていない。三者の感情と知性の総和が生み出す競合と不確実性というノイズを排除し、『研究と幸福の最大化』を果たすための唯一の論理的な『構造体の拡張』を提案しているんだ。恋愛を、工学的なベクターデータの処理として扱う。君たちが創り出した魔王(セイタン)が導き出した、最も論理的で、そして最も人間的な愛の形だ」

 政義(マサヨシ)の言葉に、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は希望を見出した。




『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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