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黒き魔王の軍鶏鍋

前書き

 二〇一九年七月上旬。

 甲斐の国大学、多層構造農業試験場二階。そこは、「生命のノイズ」が「究極の合理性」を鍛え上げるための、異質な戦場であった。

 床一面に広がるのは、ミニチュアの郊外都市。白いラインで引かれた道路、信号機、電柱が立ち並ぶその空間を、複数台の超精密制御型RCカー(ラジコン)が駆け抜ける。

 しかし、この訓練場を支配するのは、コードとロジックだけではない。

 餌を与えられ運動量が極度に高まった若鶏たち。彼女らは、予測不能な急停止や集団行動によって、万桜(マオ)のAIシステムに、「本能的な非合理性」という名の、最も強力なノイズを叩き込む。RCカーの上部カメラ(現在)と、フィールドのポールカメラ(未来)から送られる八Kの超高精細データは、この混沌を、「魔王」と名付けられたクラウドAIへと絶え間なく転送していた。

 この日、万桜(マオ)たちは、AI訓練と「高付加価値食肉生産」という二つの合理性を両立させた「軍鶏鍋(軍鶏じゃないけど)」を食しながら、さらなる「人間的なノイズ」に直面する。

 「番長」が神事として捌いた鶏の滋養。

 万桜(マオ)が試みる「熱と冷たさのフュージョン」。

 そして、非合理の権化(キモデブ)と見なされていた同級生、西郷輝人に起こった、「純愛という名の、予測不能な身体の変質」。

 これは、「全てをロジックで支配できる」と信じる若き天才たちが、理屈では測れない「感情」と「生命」の前に、初めて困惑する、真夏の日の記録である。

 2019年7月上旬。甲斐の国大学、多層構造農業試験場二階。

 そこは、通常の自動運転開発ではあり得ない、混沌と秩序が入り混じる戦場然とした空間だった。床一面に敷き詰められた濃い緑のカーペットは、まるで郊外の公園を思わせるミニチュアの町並み。白いラインで引かれた道路、高さ一メートルほどの信号機と電柱が、実世界のノイズを待っていた。

 このミニチュア都市を縦横無尽に走り回るのは、複数台の超精密制御型RCカー(ラジコン)だ。そのうちの数台、特にバンパーにクッション材が貼られた実験機は、明らかに制御に戸惑いを見せていた。

 路面を不規則に横切っているのは、餌を与えられ運動量が極度に高まった、雛から少し成長した若鶏たちである。彼女らは、単なる障害物ではなく、万桜(マオ)のシステムにおける「生命のノイズ」そのものだった。

 AIが操縦するRCカーが、時速五キロメートルの「究極の合理性」で交差点を直進しようとすると、鶏たちは、「群れの論理」と「本能的な非合理性」に従い、予測不能なタイミングで急停止したり、集団で固まったりして、寸でのところで衝突回避アルゴリズムを起動させていた。

 RCカーの上部に搭載された汎用カメラと、フィールドの各所に林立するポールの先端(全高三メートル)に設置されたグローバル・カメラ(未来情報)が、この混沌とした情景を、8Kを超える超高精細なデータとして絶え間なくクラウドAI(魔王(セイタン))へと転送している。

 「現在の限定された視点(RCカーのカメラ)」と、「数秒先の未来情報ポールカメラ」を統合したAIは、一羽一羽の鶏の動きだけでなく、群れの質量と、それらが次に取るであろう「非合理なベクトル」を秒速で予測し、RCカーのステアリングとブレーキを人間には不可能な繊細さで制御していた。

「へっへー。今日の昼飯は軍鶏鍋(軍鶏じゃないけど)だぜ」

 万桜(マオ)は、多層構造農業試験場二階の制御盤に埋め込まれたディスプレイスクリーンで、自動運転車両モデル試験場の様子を、一瞬たりとも見逃すまいと獰猛に笑った。

 万桜(マオ)が視線を注ぐ先には、RCカーとの追いかけっこによって、運動量が最適化され、肉質が軍鶏に近い高付加価値ブランドへと進化しつつある若鶏たちの姿があった。これは、「AI訓練」という技術的な合理性と、「高付加価値な食肉生産」という経済的な合理性を両立させる、万桜(マオ)ならではの「一石二鳥の合理性」の具現化である。

「鍋って、今7月よ黒木」

 舞桜(マオ)が呆れたように突っ込みを入れると、

「美味しいぞ。夏場の軍鶏鍋(軍鶏じゃないけど)」

 勇希(ユウキ)は軍鶏鍋を肯定した。

舞桜(マオ)万桜(マオ)番長(バンチョー)が作る物にハズレがあった?」

 莉那(リナ)が尋ねると、暫しも逡巡し、

「ありません。未熟者(ミジュクモン)でしたー! さーせんッ!」

 舞桜(マオ)は即座に否を認めて謝罪した。

 舞桜(マオ)の反応を見て、莉那(リナ)は満足そうに口角を上げた。万桜(マオ)番長(バンチョー)の創造物は、常に「効率の極致」を追求しており、舞桜(マオ)の資本運用戦略に組み込まれることで、莫大な利益と「文明シフト」の成果をもたらし続けている。

 万桜(マオ)勇希(ユウキ)を指し、説明を促した。

勇希(ユウキ)、説明してやれ。車載カメラと、ポールカメラの不協和音(ノイズ)の価値を」

「へいへい」

 勇希(ユウキ)は、試験場(フィールド)のモニターを指差しながら、莉那(リナ)舞桜(マオ)に向き直った。

「あのミニチュアの街を走っているRCカーは、二種類ある。ひとつは『人間が運転していると仮定したラジコン』だ」

 勇希(ユウキ)は画面の中央を走る一台を指した。

「そいつが搭載しているのは、車載カメラのみ。つまり、視野が狭いし、交差点の先、建物の陰にある未来がまったく見えていない。これは、人間の視野と判断の限界を模擬したモデルだ。人工知能は少ない情報で運転をする」

 勇希(ユウキ)の言葉が終わるか終わらないかのうちに、そのRCカーは、路肩から集団突撃を仕掛けてきた若鶏の群れに突っ込んだ。

「あ、事故った。杉野、カオリン・アンドロイドで事故車両戻してー」

 万桜(マオ)は、一瞬のデータロストすら許さないという執念で、一回生の杉野香織(カオリ)に事故処理を依頼する。

「ラジャ」

 軽く答えた香織(カオリ)は、カオリン・アンドロイドを操作する仕草をカメラに映す。その動作は、試験場のマカロニ・テンダー・アンドロイドによって、完全に再現された。

 「カオリン・アンドロイド」と呼ばれたその作業機体は、軍鶏に近い肉質の鶏たちをギリギリで踏みつけないように、秒速の精密制御で機敏に動き、仰向けになったRCカーを道に戻した。

 この事故処理の瞬間が、試験場(フィールド)の混沌を極大化させた。

 アンドロイドがRCカーに気を取られている一瞬の隙を突き、先程の衝突で「不快なノイズ(衝撃と光)」を体験した若鶏の群れが、「パニックと連鎖のノイズ」を撒き散らし始めたのだ。

 

 数十羽の若鶏たちは、けたたましい鳴き声を上げながら、「危険なノイズ源(RCカー)」から逃れようと、一斉にミニチュア都市(フィールド)の道路を、無秩序な津波のように横断し始める。

 

 この「生命のパニック」が、次の瞬間、AI操縦のRCカーに襲いかかった。

「で、もうひとつが、究極の合理性、魔王(セイタン)が運転するラジコンだ」

 勇希(ユウキ)が説明を再開する。

「そいつは、車載カメラという『現在の情報』と、ポールカメラという『数秒先の未来情報』の両方から情報を受け取っている。だから、人間なら絶対に避けられない、この『鶏の津波』を、一羽も轢かずに、且つ最短距離で通過するという、究極の合理性を叩き込まれているわけだ」

 

 その言葉の通り、AI操縦のRCカーは、狂乱した鶏の群れの間を、まるで水の中を滑る魚のように、極限まで加速と減速を最適化しながら、見事に潜り抜けていく。その精密さは、「カオスの中に存在する究極の法則」を具現化しているかのようだった。


 多層構造農業試験場二階の隅には、かつて休憩室だった場所を改造した、番長(バンチョー)専用の「調理・解体ラボ」があった。室温は低く保たれ、ステンレス製の作業台と、業務用換気扇の唸りだけが響いている。

 

 番長(バンチョー)は、白い調理帽こそ被っているものの、リーゼントの髪型と、濃紺のデニムジーンズに、赤と黒の派手なアロハシャツという、アンバランスな装いで作業台の前に立っていた。

 彼の眼光は鋭く、その手捌きは、日々の喧嘩で鍛えられた力技というよりは、むしろ「神事」を執り行っているかのような、厳粛な流麗さを帯びていた。

 

 その日の獲物、万桜(マオ)のバイオ・ノイズ・シミュレーションを経て、肉質が極限まで引き締まった雄鶏が、番長(バンチョー)の前に横たえられている。

(かしこ)(かしこ)み、感謝を(まう)し上げる……」

 番長(バンチョー)は低く、しかし明確に響く声で呟いた。その声には、単なる料理人としての技術だけでなく、神主見習いとして培われた、「命を頂くことへの究極の畏敬と感謝」が込められている。

 包丁が正確な位置に入り、解体は瞬時に完了した。その動作には、不必要なノイズが一切存在しない。

番長(バンチョー)、モツも入れてくれよー」

 万桜(マオ)が、背後から無邪気に注文を飛ばす。

「そっちは、モツリタンにするから駄目だ」

 番長(バンチョー)は即座に万桜(マオ)の注文を突っぱねる。モツリタンは、番長(バンチョー)がこの試験場で編み出した、「究極の部位の再構築」を体現する一品だった。

 

 解体されたばかりの鶏のレバー、ハツ、砂肝といった全てのモツを、鉄板の上で秘伝のタレと共に一気に炒め上げる。そこに、茹で上げられた特注の太麺を投入し、さらに濃厚なモツの旨みを麺に絡ませ、最後に極太のネギを大量に投入する。

 

 モツの複雑で濃厚な旨み(高次なノイズ)と、焼きそばソースの単調な旨み(システムの基盤)が、番長(バンチョー)再構築技術(フュージョン)によって化学反応を起こし、「究極の不協和音」として成立していた。

 

 番長(バンチョー)にとって、モツは鍋に入れることで他の食材の旨みに埋没させてしまう「非効率なリソース」ではない。モツリタンという、モツの個性を最大化させる「合理的な媒体」として、その価値を最大限に引き出すべき、「純粋なノイズの塊」だったのである。


★ ◆ ★ ◆ ★


 番長(バンチョー)は、白い調理帽を脱ぎ、リーゼントの髪を軽く整えると、ステンレスの作業台に並んだ容器を丁寧に手に取った。

 一つには、生姜と出汁の香りが立つ「スープ・モツリタン」のスープ。もう一つには、茹でモツと麺が控えめに入った別容器。これらを保温性の高い鞄に詰め込む手つきは、獲物を解体する時と同じく、一切の無駄がなかった。

「カミさんと飯食ってくるわ」

 鞄を抱えた番長(バンチョー)は、その言葉だけで彼の「合理性の最優先事項」が家族にあることを示し、一時帰宅の途についた。彼は、産後の妻に最高の栄養を最高のタイミングで提供するという、究極の新米パパさんでもあったのだ。

 室内の冷房は、外気の7月上旬の熱を完全に遮断し、極北のデータセンターを思わせる冷気で満たされていた。

 テーブルの中央には、勇希(ユウキ)が運んできたばかりの出来立ての軍鶏鍋(軍鶏じゃないけど)が鎮座している。先程までフィールドを走り回っていた若鶏の肉は、適度な歯ごたえと深い旨みを持っており、昆布と鶏ガラで丁寧に取られた澄んだスープは、「究極の滋養の基盤」として、部屋の冷気の中で湯気を上げていた。

 

 その熱源の隣には、大量に茹で上げられた冷や麦が、氷水の中でキラキラと光を反射させている。白い麺の山は、清涼感という「真夏の合理性」を象徴していた。

 熱い鍋と、冷たい冷や麦。

 この「極端な温度の不協和音」こそ、過酷なデータ収集と計算を終えた万桜(マオ)たちにとって、最も効率よく体力を回復させるための「エネルギーの最適解」だった。熱い鍋で体内のシステムを温め、冷たい麺で一気に冷却するという、生命のフィードバック制御を行っているのだ。

「うっめえな、この鍋。やっぱ7月なんだよな、鍋は」

 汗一つかかず、万桜(マオ)は満足そうに鶏肉を口に運び、熱いスープを飲み干す。

「黒木だけよ、こんな冷房ガンガンの中で鍋食べるのは」

 舞桜(マオ)は、呆れながらも、冷や麦を箸で掬い上げる。舞桜(マオ)が求めるのは、「効率的な栄養」と「穏やかな清涼感」だった。

 

 その横で、勇希(ユウキ)莉那(リナ)は、鍋と冷や麦を交互に口に入れるという、究極の「温度フュージョン」を実践していた。熱で開いた味覚を冷や麦でリセットし、再び鍋の旨みをリフレッシュさせる。

「ねえ、サブリナ。この鶏、本当に軍鶏じゃないの?」

 舞桜(マオ)が尋ねる。

「理論上は、軍鶏より合理的な肉質だよ」

 莉那(リナ)は冷や麦を啜りながら、即座に答えた。

「『極限のストレス環境で、生存競争のために最適化された筋肉』だから」

 冷房の効いた空間で、熱い鍋の湯気と、冷や麦の氷がぶつかり合う。この二つの極端な状態が、「究極の合理性」を追求する万桜(マオ)たちの日常を、そのまま体現していた。


 一方で、鶏をシメる様子をうっかり目撃してしまった香織(カオリ)は、その「本能的な非合理性」をリセットするためか、学食へとジャンクフードを求めて抜けていた。

 万桜(マオ)たちは、その不在を特に気に留めない。万桜(マオ)の論理において、「リソースを確保した後の個体の行動は自由」であり、食事を共にしないという行為は、「システムに影響を与えない程度の微細なノイズ」に過ぎなかった。食べないとなれば、栄養効率に問題が生じるため話は別だが。

「そう言えば、カオリンのお父さんって、佐々(サッサ)陸将らしいよ」

 冷や麦の山から、万桜(マオ)の鍋に手を伸ばしていた莉那(リナ)が、先日知った情報を共有する。

 

「苗字ちがうじゃねえか?」

 万桜(マオ)は、熱々の軍鶏鍋スープを、冷や麦の束に浸した状態で勢いよく啜り上げた。これは、「温度の不協和音」を口内で一気に融合させるという、彼独自の「究極のフュージョン」の試みである。口内が一瞬、灼熱と極寒の戦場と化し、その直後、鶏の滋養と冷や麦の清涼感だけが、頭蓋に響き渡る。

 

「フッ……この不協和音(ノイズ)の先にこそ、真理がある」

 その顔は、極めて満足そうだった。

 万桜(マオ)の所業を目の当たりにした舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、思わず顔を見合わせ、そして頷いた。

「ちょ、黒木、おまえだけ美味しいのはずるいでしょ」

 舞桜(マオ)は熱い鍋からスープをレンゲで掬い、冷や麦にざっくりと回しかける。「冷やし軍鶏麺」とも言えるそれは、冷や麦のコシを際立たせつつ、熱い滋養を体に送り込む、「半歩だけ合理的なノイズ」だった。

「この温度差、ヤバいな。確かにクセになる」

 勇希(ユウキ)もまた、鍋の肉を一口食べ、すぐに冷や麦で追撃するという「体内の温度調整システム」を実践した。

「偽装離婚なんだってさ。ほら人質とかにされると困るんだってー」

 冷や麦と熱々のスープの往復を続ける万桜(マオ)たちをよそに、莉那(リナ)は、杉野香織(カオリ)の更なる情報連携を行う。

 その瞬間、四人はピタリと動きを止め、顔を見合わせた。

「「「「ないわー」」」」

 異口同音。

 軍神、上杉謙信の再来、杉野香織(カオリ)が誘拐される姿など、誰も想像することができなかった。

 

 先日、東京ラボを襲撃した外部ノイズ(テロリスト)の集団を、香織(カオリ)は缶コーヒーの正確な投擲によって、無傷で解決せしめた乙女である。彼女は、「究極の合理的な暴力」を体現する、万桜(マオ)のシステムにおいて最も信頼できる「ノイズ遮断ユニット」なのだ。

 そんな香織(カオリ)を人質にするなどというシナリオは、彼女の天然の直感を知る者からすれば、「極度の非合理性」を伴う、無意味な戦術に過ぎない。


★ ◆ ★ ◆ ★


 食べ終えた軍鶏鍋の土鍋と、冷や麦の入っていたボウルを、万桜(マオ)勇希(ユウキ)と二人で手際よく片付けていく。手際が良いのは、それが最も「合理的なプロセス」だからに他ならない。

「そう言えば、最近、西郷(サイゴウ)が痩せたらしいぜ? なあ勇希(ユウキ)

 万桜(マオ)は、ステンレスのシンクで鍋を洗いながら、勇希(ユウキ)に投げ掛ける。

「「ダウト!」」

 舞桜(マオ)莉那(リナ)は、皿を拭きながら、異口同音に否定の声を上げた。

 東京本郷大学二回生の西郷(サイゴウ)輝人(テルヒト)と言えば、オタク青年の象徴的な容姿を顕現させた、「動く非効率の塊」とも言うべきキモデブ(ノイズの権化)だ。彼の体は、脂肪という名の「過剰なリソース」を抱え込んでおり、痩せるという事象そのものが、彼らの世界観(ロジック)に反していた。

 勇希(ユウキ)は、深々と吐息をひとつ、シンクにもたれかかった。

「それが、本当なんだサブリナ、舞桜(マオ)…」

 勇希(ユウキ)は残念そうに、それが真実であると告げてやる。

 

 学徒として、マカロニ・テンダー・アンドロイドのコスト削減の研究に覚醒した西郷(サイゴウ)は、まさに寝食を惜しんで研究に没頭し、結果、贅肉という名の「非合理な余剰」が削げ落ちた。彼の身体は、「究極の探求心」という名の合理的ノイズに侵され、「研究に最適化された身体」へと変質したのだ。

 東京本郷大学に籍を置く白井勇希(ユウキ)は、更なる衝撃案件を口にした。

「しかも、(ヤナギ)さんの娘さんが、甲斐甲斐しく世話を焼いている」

 (ヤナギ)さんの娘の寧々(ネネ)は二四歳。今年で二十歳になる万桜(マオ)たちよりも四つも年上であり、尚且つ典型的なアジアンビューティーである。

「「「ダウト! もしくはハニトラ!」」」

 三人の見解は、極めてピュアだった。西郷(サイゴウ)の持つ「非合理の容姿」と、寧々(ネネ)の持つ「合理的な美しさ」が結びつくという事実は、彼らのロジックでは「あり得ないノイズの発生」を意味したからだ。

 勇希(ユウキ)は深々と吐息をつき、ポニーテールを振り乱しながら、彼らに向けて強い否定の否定を行った。

「琴葉さんが見れば、『じゅ、純愛の形を見ました勇希(ユウキ)さん』と涙しながら言うレベルだ」

 

 この言葉は、万桜(マオ)たちにとって、軍鶏鍋と冷や麦の「温度の不協和音」よりも、遥かに「理解不能な感情のノイズ」だった。

 「合理性」という名のシステムを追求する彼らにとって、「純愛」とは、最も予測不能で、最も非効率で、そして最も強力な「外部ノイズ」である。

 四人の顔には、「佐々(サッサ)陸将の娘が誘拐されないこと」に対する納得の表情とは真逆の、「世界にはまだ、計算不可能なノイズが存在する」という、一種の困惑(ノイズ)が浮かんでいた。


 四人が「純愛という名の理解不能なノイズ」に惑わされている、その場へ、寧々(ネネ)の同級生であるギャル杉野香織(カオリ)が戻ってきた。

 彼女は、両手に抱えきれないほどの折り詰めに詰められた大量のジャンクフード—―フライドポテト、ピザ、タコス、チキンナゲットなどが山盛りになっている—―を抱えており、その「過剰なカロリーと油分のノイズ」は、万桜(マオ)たちの「合理的な栄養摂取」とは対極にあった。

「おまえ、腹八分目って知らねえのか?」

 万桜(マオ)は、呆れたように咎めた。香織(カオリ)の抱えるジャンクフードは、「不必要な贅肉」というノイズを再度身体に呼び込む、最も非効率な行動である。

 香織(カオリ)は、ジャンクフードの山をテーブルの隅に置き、深呼吸をする。どうやら、鶏の解体を見た精神的な非合理性を、「ジャンクフードという別の非合理性」で打ち消そうとしたらしい。

「杉野、西郷(サイゴウ)寧々(ネネ)さんと付き合ってるってマジですか?」

 万桜(マオ)は、「究極の純愛ノイズ」という、彼のシステムに対する最大の脅威について、すぐに本題を尋ねた。

 舞桜(マオ)莉那(リナ)勇希(ユウキ)の三人は、香織(カオリ)の回答を前に、息を飲んだ。彼女の答えが、これまでの「ダウト! もしくはハニトラ!」という、自分たちのロジックを崩壊させるかどうかの瀬戸際だからだ。

「マジだよー。小綺麗にして痩せればナシ寄りのアリで超ウケたー」

 香織(カオリ)は、その事実を、まるでネイルの色が変わった程度の出来事のように、あっさり肯定した。

 

 「小綺麗にして痩せれば」という香織(カオリ)の言葉は、西郷(サイゴウ)が「非合理的な贅肉というノイズ」を排除し、「アリ(合理性)に近づいた」という事実を示す。そして寧々(ネネ)は、その「アリ」に、「超ウケた」という純粋な感情のノイズで応じたのだ。

 四人の顔には、「計算外のノイズ」が複雑に混じり合った表情が浮かぶ。

「最近ムッツリくんって呼ぶと寧々(ネネ)ちゃん怒るんだよねー、いいじゃんニックネームじゃんねー」

 さらに香織(カオリ)は、寧々(ネネ)の「本気度」をあっけらかんと暴露した。

 

 西郷(サイゴウ)に対する「ムッツリくん」という蔑称を寧々(ネネ)は許容しなかった。そして、それを「怒る」という行為は、その関係性を公的なノイズから守りたいという、寧々(ネネ)の「守るべき対象への合理的防御」を示唆していた。

 

 万桜(マオ)たちにとって、西郷(サイゴウ)寧々(ネネ)の関係は、「人間の非合理な感情(純愛)が、いかにして理屈の通らない個体(西郷(サイゴウ))を合理的な個体(痩身)へと変質させ、最終的に幸福という名のノイズを生み出すか」を示す、最も重要な社会実験データとなったのである。




『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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