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黒き魔王の潮流バリア

前書き

 2019年6月中旬。神奈川県横須賀。

 梅雨の合間の晴れ間が、海面を鈍く煌めかせていた。巨大な工業港湾特有の重厚な空気と、防衛大学校の凛とした制服組の緊張感が街全体を覆う。この「極度の効率と統制」という理屈の只中で、天才、黒木(クロキ)万桜(マオ)は、唐突に「非合理の極み」たる一言を口にした。

 彼が考案した「海上リニア・アーキテクチャ構想」は、時速1152キロという究極の「移動の合理性」を追求するものであった。しかし万桜(マオ)は、それをあっさりと乗り越える「移動距離ゼロのどこでもドア(アンドロイド複製)」という、究極の『移動の無力化の論理』を閃いてしまう。茅野(チノ)舞桜(マオ)の悲鳴に近い「公的な責任の理屈」と、万桜(マオ)の「移動の最適化の理屈」が激しく衝突する。

 ふたりの背後から、一切の感情を排した、研ぎ澄まされた靴音が近づく。現れたのは、海上自衛隊を志願する士官候補生の才媛、西園寺(サイオンジ)麗菜(レナ)。彼女は、「海自の精神論」という、万桜(マオ)の技術の理屈とは異なる「統制された美学の理屈」を突きつける。

 そしてこの日、万桜(マオ)の技術は「音速リニア」から、「海流制御」による「国家の安全保障の絶対防御」へとその論理を拡大させていく。だが、その神聖な議論の場は、「童顔属性」と「鮪の回遊」という極度の非合理を体現した藤枝(ふじえだ)(マコト)を巡る三つ巴の引っ張り合いという、シュールな光景によって破られることになる。

 理屈と、理屈が生み出す非合理。そして、それらを「ノイズ」として切り捨てる天才たちの「合理性の暴力」。究極の「理屈の連鎖」が始まる。

 2019年6月中旬。神奈川県横須賀。

 梅雨の合間の晴れ間が、海面を鈍く煌めかせていた。巨大な工業港湾特有の重厚な空気が、海から吹きつける湿った風に乗って街全体を覆う。防衛大学校の敷地内は、制服組の凛とした緊張感とは裏腹に、初夏の紫陽花が、海霧で湿った濃い緑の葉に滴を垂らし、強い生命力を放っていた。この軍事都市特有の、「極度の効率と統制」を求める理屈の只中で、黒木(クロキ)万桜(マオ)は、唐突に非合理の極みを口にした。

「どこでもドアを作ろう」

 その言葉は、まるで、極度の緊張に対する、「論理的な反動」のようであった。

「やめなさい黒木! あたしたちが、ここに来た理由を忘れたの? 音速の海上輸送手段のためよ」

 茅野(チノ)舞桜(マオ)が、悲鳴に近い、絶対零度の怒りを込めた声で待ったを掛ける。

 ふたりは今、万桜(マオ)が考案した『海上リニア・アーキテクチャ構想』の、防衛上及び技術上の実現可能性を討議するため、この横須賀まで足を運んでいた。

「いや、さすがに、どこでもドアは作らねえわ。方式が思い浮かばん。つか遠いよ横須賀。そして本郷」

 万桜(マオ)は愚痴る。彼の天才的な頭脳は、「移動の無駄」を、容認できない「最大の負債」として認識しているのだ。

「あ、作れるじゃん。どこでもドア」

 その瞬間、万桜(マオ)の脳内を、「移動の理屈を無効化する」、異端の閃光が貫いた。彼は、「移動せずに移動する方法」という、究極の『移動の無力化の論理』を提案した。

「横須賀と本郷に、俺のアンドロイド置いておけば、わざわざ移動する必要なくない?」

 それは、単なるリモート会議の先を行く『遠隔操作による、物理的な存在の複製』であった。

「あたしが話したかったのは、時速1152キロの海上輸送システムの話よ! アンドロイドの運用とか、そんな話、一言も聞いてないわ!」

 舞桜(マオ)の悲鳴が、防大の重厚な石畳に虚しく響く。

「だって、移動距離ゼロの移動手段の方が、時速1152キロより速いでしょ?」

 万桜(マオ)は、自分の「移動の最適化」という理屈の前に、舞桜(マオ)の「公的な責任」を、あっさりと無力化してしまったのであった。

「そのアンドロイド、あたしにも作ってくれるんでしょうね! 黒木!」

 舞桜(マオ)の怒りの声は、すぐに「技術の奪取」を求める「知性の要求」へと変わる。

「だから、おまえは『知性の暴力』が好きすぎるんだよ」

 万桜(マオ)は呆れながら、『移動距離ゼロのどこでもドア』の設計図を、頭の中で描いていた。


 黒木(クロキ)万桜(マオ)茅野(チノ)舞桜(マオ)の間に、「音速のリニア」と「移動距離ゼロのアンドロイド」という、究極の合理性を巡る理屈の衝突が渦巻く、その瞬間であった。

 ふたりの背後から、一切の感情を排した、しかし、極度の練度が込められた靴音が近づく。

 防衛大学校の制服――海自の幹部候補生が着用する、濃紺に白いラインが映える夏季制服を、完璧な姿勢で着こなした一人の女性が、ふたりの前で立ち止まった。

 彼女は、西園寺(サイオンジ)麗菜(レナ)。防衛大学校の2回生であり、海上自衛隊を志願する「士官候補生の才媛」である。その凛とした佇まいは、横須賀の海に浮かぶ護衛艦の船体のように、厳格で美しかった。

 海自の士官候補生特有の、研ぎ澄まされた「効率の権化」たる空気を纏う麗菜(レナ)の瞳は、ふたりの天才の奇妙なやり取りを、一切の動揺なく受け止めていた。

 彼女は、微動だにしない、軍人として最も正しい「挙手の敬礼」を、万桜(マオ)舞桜(マオ)のふたりに向けた。その動作は、一分の隙もなく、「統制された理屈の美しさ」を体現している。

「お迎えにあがりました。黒木(クロキ)くん、茅野(チノ)さん」

 その声は、海原の荒波にも揺るがない、艦橋からの指令のように明瞭であった。

「海上自衛隊の西園寺(サイオンジ)麗菜(レナ)二等海曹候補学生であります。ご案内いたしますので、ご乗艦(じょうかん)ください」

 麗菜(レナ)の挨拶は、彼らの研究対象である「海上輸送」の理屈に則り、会合の場である大学の建物までも「艦艇」と見立てる、海自らしい「論理の統一性」に満ちていた。

「乗艦? ここ、大学じゃね?」

 万桜(マオ)は、「移動距離ゼロのアンドロイド」の設計図から、即座に「艦艇への乗艦」という、物理的な現実に引き戻される。

「音速輸送を討議されるおふたりにとっては、この防衛大学校も、未来の海を守る『知識の艦艇』であると、我々は考えます。それが、海上自衛隊の理屈であります」

 麗菜(レナ)は、敬礼を解き、静かに、「海自の精神論」という、万桜(マオ)の「技術の理屈」とは異なる、「統制された美学の理屈」を突きつける。


西園寺(サイオンジ)さんは、拓矢(ジェイ)、いや斧乃木(オノノギ)藤枝(フジエダ)くんとは、接点ないのか?」

 興味本位で万桜(マオ)が尋ねると、西園寺(サイオンジ)麗菜レナは、歩きながらギュッと拳を握りしめる。

黒木(クロキ)くん。斧乃木(オノノギ)くんは、あなたと幼馴染だから、甲斐の国大学共同キャンパスに送り込まれました。もちろん、その『良識と優秀さ』は認めます」

 麗菜(レナ)は、言葉を続ける。

「ですが、藤枝(フジエダ)の能力を、あたしは認めていないであります。僅差、ほんの僅差で、あたしが上であります」

 グヌヌ…と、声を押し殺すような息遣いが聞こえた。

「え、防大組って、アホの子たちじゃねえの?」

 彼らの生態を知る万桜(マオ)は、小声で舞桜(マオ)に尋ねた。

斧乃木(オノノギ)くんは良識があって優秀。佐伯(サエキ)さんも建築の知識は抜きん出てるわ」

 舞桜(マオ)は三人の正確な評価を語る。

藤枝(フジエダ)くんは防諜カウンター・インテリジェンスの専門家よ。性癖はアレだけど」

 アレとは、例のエロクッコロだ。

「それに、琴葉(コトハ)さんは、三人を取り纏めているわ。たまに幼児退行するけど」

 そこで、舞桜(マオ)は、琴葉(コトハ)の幼児退行の原因である万桜(マオ)にジト目を貼り付ける。

「ふうん。じゃあ、西園寺(サイオンジ)さんもくればいいじゃねえか?」

 あっけらかんと万桜(マオ)が提案した瞬間、舞桜(マオ)はパンプスの踵で万桜(マオ)の足の甲を容赦なく踏み抜いた。

「……」

 万桜(マオ)は声なき悲鳴をあげ、片足で飛び跳ねる。

 舞桜(マオ)は、その激しい感情を悟られまいと、冷静な顔を作りながら、僅かな警戒の視線を麗菜(レナ)に向けた。

黒木(クロキ)くん。あなたの『合理的すぎる提案』は、時に『不合理な感情』というカウンターを招くという、大変良いサンプルであります」

 麗菜(レナ)は、目の前で繰り広げられた「恋愛感情という名の戦闘」を、極めて冷静な「事象の理屈」として結論づけた。


「ところで藤枝(フジエダ)は?」

 麗奈(レナ)が、周囲を見回して尋ねる。

 藤枝(フジエダ)と、海洋専門家の柏葉(かしわば)弥生(やよい)の姿はどこにもない。

「鮪の美味い店に突撃して行った」

 万桜(マオ)が暴露し、

「そうね。あたしたちを置き去りにしてねぇ」

 舞桜(マオ)が補足する。鮪を食べ損ねたことを根に持っているようであった。

 その時、西園寺(サイオンジ)麗菜レナの表情が一変した。彼女の瞳には、明確な「焦り」と「怒り」の色が浮かんでいた。

「失礼! この先の講堂にて、海自の有識者が集まっているであります!」

 麗菜(レナ)は、「海自要員としての任務」を思い出したように叫んだ。

藤枝(フジエダ)がその場にいないなど、あってはならない理屈であります!」

 彼女は、挨拶もそこそこに、二人を置き去りにして横須賀の町へと繰り出した。目的は、脱走兵フジエダハントである。

「なあ、防大組ってアホの子しかいねえのか?」

 万桜(マオ)の素朴な疑問に、

「い、否めない」

 舞桜(マオ)は、否定も訂正も拒絶もせず、ただ重い溜息とともに、その事実を認める言葉を吐き出した。


★ ◆ ★ ◆ ★


「来たか万桜(マオ)

 先行して横須賀入りしていた白井(シライ)勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)舞桜(マオ)を出迎えた。彼女の瞳には、「技術」に対する「危機意識」が鋭く宿っていた。

「つか、なんで前日入りしてんだよ勇希?」

 万桜(マオ)は、そう返す。

「危険だと判断したからさ。万桜(マオ)の海上リニア・アーキテクチャ構想は、『人類の移動の理屈』を根底から覆す」

 勇希(ユウキ)は、拓矢(たくや)以上に、その技術がもたらす危険性を説明するために、海自の有識者たちに説明するため前日入りをしていた。

「想像してみていただきたい」

 勇希(ユウキ)は、静かに語り始める。

「タンカーいっぱいに困窮した人間が、音速の速度で海を渡り、不正規の手段で国土に潜り込んで来ることを。それは現在進行形で起きている、欧米での脅威である。人道問題以前に、純粋な脅威だ」

万桜(マオ)の技術は、『国家の脅威』となる。国境という『安全保障』を、物理的に無力化する」

 彼女は、「国家の安全保障」という最も古い「理屈の壁」が、万桜(マオ)の技術によって崩壊することを指摘した。

「つまり、音速のタンカーを開発すれば、国境の壁が意味をなさなくなる、と」

 舞桜(マオ)は、その技術の暴力性に、息を飲む。

「その通りよ。『移動の合理性』を極限まで高めた結果、『管理の非合理性』が生まれる。万桜(マオ)。おまえはこの技術で、『国家』という概念そのものを揺るがしているんだ」

「ん? おまえら、抑止不可能って思ってねえか?」

 万桜(マオ)の顔には、恐怖ではなく、新しい「理屈の壁」を見つけたことによる、純粋な高揚が浮かんでいた。

「じゃあ、海流で押し戻せばいいじゃねえか?」

 その言葉は、あまりにもシンプルな理屈であった。

万桜(マオ)、待ちなさい! それは、『海流を操作する』という意味なの?」

 舞桜(マオ)は、目を見張った。

「だって円錐で音速まで加速できんだろ?」

 万桜(マオ)は、指を弾いた。

「じゃあ、国境に潮流を加速させる構造物を設置すればいいじゃねえか?」

 彼の発想は至ってシンプルだ。減速させる潮流を人為的に、物理法則で生み出せば良い。

「つまり、人工的に局所的な潮の流れを作り出す、と?」

 勇希(ユウキ)は、その理屈を瞬時に理解し、身震いした。

「これ制海権の絶対防御なるんじゃねえか? 軍艦が意味を為さねえ」

 あっけらかんと万桜(マオ)は述べる。

「……それは、『海を国境の門』に変えるということよ」

 勇希(ユウキ)は、その技術の持つ「抑止力」は認めるものの、それがもたらす「政治の理屈」の重さに、息を詰まらせた。

「海流の制御は、漁業や周辺国の経済に、甚大な影響を与える。気象制御以上に、これは『国際政治の理屈』における究極のタブーよ」

 オスカル口調が引っ込み、乙女な口調で勇希(ユウキ)は怯えたように訴えた。

「それを調整するのが、政治家じゃねえか」

 万桜(マオ)は、冷淡な天才の目をしていた。


「待って待って待って。オジサンたち、置き去りにしないで若人たち」

 その場の有識者たち、つまり大人を代表して、佐々(サッサ)蔵之介(クラノスケ)陸将が、待ったを掛ける。

「交ざってくればいいじゃねえか。てか、なんか知らない人がいるね。陸将さん。そっちの方々が海の専門家ですか?」

 万桜(マオ)は、もはや蔵之介を「近所のオジサン」枠と認識しており、遠慮がない。

「ああ、紹介する」

 蔵之介は、まず、海自の幹部制服を纏った、最も年長の男性を紹介した。

「こちらが藤枝(フジエダ)(イサミ)だ。海上自衛隊の海将だ」

藤枝(フジエダ)(イサミ)です黒木(クロキ)くん」

 海自の最高位である(イサミ)は、万桜(マオ)を直視し、簡潔に自己紹介した。

 次に蔵之介が紹介したのは、同じく海自の制服を纏いながらも、幾分若い男性であった。

「そして、こちらが佐伯(サエキ)歳三(トシゾウ)だ。海上自衛隊の一等海佐だな」

佐伯(サエキ)歳三(トシゾウ)です。黒木(クロキ)くん、息子が甲斐の国大学共同キャンパスでお世話になっております」

 歳三(トシゾウ)は、深々と頭を下げた。

 蔵之介は、二人の紹介を終えた後、笑みを浮かべて補足した。

「名前からわかると思うが、佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)の縁者だ。甥と倅だったかな」

 「陸将」と「海将」、日本の防衛体制の理屈を、文字通り頂点で支える人間たちが、一堂に会していたのだ。


「うん? 佐伯(サエキ)くんの下の名前って総司か? ひょっとして?」

 万桜(マオ)が、佐伯(サエキ)歳三(としぞう)海佐に尋ねる。

「残念、(ハジメ)です黒木(クロキ)くん」

 佐伯海佐は、笑って答えた。新選組系の名前であることだけは、当たっている。

「三番隊組長の方だったかー。へー」

 万桜(マオ)が感心したように呟くと、海自のトップである藤枝(フジエダ)(イサミ)海将と、佐伯(サエキ)海佐の二人の顔が、士官としての厳格な理屈を捨てた。

「「わかりますか! 黒木(クロキ)くん!」」

 二人の海の大人たちは、「三番隊組長・斎藤(サイトウ)《ハジメ》」という歴史上の理屈を理解した万桜(マオ)に食い気味に喜びを表明した。

万桜(マオ)の知識は、技術から歴史まで、知識の幅が広すぎるのよ……」

 舞桜(マオ)は、「知識のトップ層」が、「歴史上の剣客」という非合理な理屈で、万桜(マオ)とあっという間に打ち解けた様子を見て、呆れるしかなかった。

「その話は、後にしましょう。万桜(マオ)

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、その場で最も冷静な「議論の理屈」を体現し、「歴史オタクの共鳴」を断ち切った。

「まあ、議論に戻りましょう。藤枝(フジエダ)海将、佐伯(サエキ)海佐。万桜(マオ)の技術は、もはや『国境の理屈』を根底から揺るがしています」

「ああ、承知している。その『理屈の暴力』を、我々海自は、どう防衛の理屈に組み込むか、それが本日の最重要議題だ」

 藤枝(フジエダ)海将は、再び海自の最高位の顔に戻った。

「面白れえ。究極の『理屈の暴力』だ」

 万桜(マオ)は、「海流制御」という新たな「技術の理屈」によって、「国家」という巨大な「政治の理屈」に挑戦する構図に、全身の血が沸騰するのを感じていた。


 その神聖とも言える議論の場は、唐突に、「非合理の極み」たる物理的な衝突によって破られた。

 西園寺(サイオンジ)麗菜(レナ)と、海洋専門家の柏葉(かしわば)弥生(やよい)に、文字通り両脇を固められた藤枝(ふじえだ)(マコト)が、まるで獲物のように引きずられてきたのである。

 その背後には、倉田(クラタ)琴葉(コトハ)佐伯(サエキ)(ハジメ)が、仏頂面で立っていた。二人は、「任務放棄」と「非効率」を体現した藤枝(ふじえだ)(マコト)を、心底不機嫌そうに睨みつけている。

「「抜け駆けするからだよ」」

 鮪を食べ損ねた万桜(マオ)舞桜(マオ)が、一卵性双生児のような完璧な同調を見せ、「恨み節」を藤枝(ふじえだ)(マコト)に貼り付けた。

「な、なんか様子がおかしくないか?」

 白井(シライ)勇希(ユウキ)が、このカオスな状況に、ようやく異変に気づく。

 麗菜(レナ)は「任務の理屈」のために、弥生(やよい)は「科学的探求の理屈」のために藤枝(ふじえだ)(マコト)を取り合っていた。それは、まるで大岡裁きのごとき三つ巴の引っ張り合いであった。

「この童顔(ショタ)属性は、自分が先に見つけたんであります!」

 麗菜(レナ)は叫ぶ。完全に個人の欲望に根ざした主張を。

藤枝(フジエダ)童顔(ショタ)従属(ドM)属性を引き出すのは、オレだ! オレだべ!」

 弥生(やよい)は、科学者としての矜持は微塵もない。

「ウソだと言ってよバーニィ!」

 藤枝(ふじえだ)(マコト)は、二つの理屈の暴力に挟まれ、情けない呻き声を上げた。

 その光景を、陸将と海将、そして海佐の三人の「国家の理屈の頂点」が、呆然と見つめていた。

「…えっと、バーニィじゃないんで…藤っちたちはノイズとして放置します…」

 万桜(マオ)は、その状況を「技術の理屈」の視点から、極めて冷静に分析し、結論づけた。切り捨て、とも言う。

「い、否めない…」

 舞桜(マオ)は、最早溜息ではなく、理屈の放棄の表情を浮かべた。


★ ◆ ★ ◆ ★


「じゃあ、潮流でバリアを張れば、軍事転用の脅威や不法移民の大量流入の脅威は防げる」

 万桜(マオ)は、「移動の合理性」がもたらす「安全保障の非合理性」に対し、「流体の理屈」による究極のカウンターを提案した。

「ああ。音速の船だろうが、タンカーだろうが、時速五〇〇キロの人工潮流で押し戻せば、制海権は絶対に破られねえ」

 彼は、自らの技術が『国境の壁』を無効化するならば、その国境に『不可視の水の壁』を構築すればいい、という、「技術による理屈の相殺」を平然と口にした。

 その時、藤枝(ふじえだ)(マコト)を巡る「大岡裁き」が、感情の臨界点を突破した。

藤枝(ふじえだ)は海自の機密保全という理屈を体現しているんであります! それを鮪の回遊の理屈で引き回すなど、非合理の極みであります!」

 西園寺(サイオンジ)麗菜(レナ)は、士官候補生としての「任務の理屈」を盾に、藤枝(ふじえだ)の右腕を、護衛艦の錨のようにガッチリと掴んだ。

「おめえ、鮪の分析を馬鹿にしてんのか! 大間の鮪が、なんであんなに美味いのか、海流と潮流と水温の理屈がわがれば、海洋学の理屈が革新するんだべ! 藤枝(ふじえだ)くんはオレの海洋研究に不可欠だべ!」

 柏葉(かしわば)弥生(やよい)は、岩手弁でまくし立てながら、科学的探求という「個人の理屈」を「国家の理屈」に真っ向からぶつけた。その左腕を掴む力は、荒ぶる黒潮のように強力であった。

「そ、それなら絶対的な制海権の防御にもなり得る」

 藤枝(ふじえだ)(いさみ)海将は、「海流制御」という「防衛の理屈」の究極的な可能性に身震いしつつも、自分の甥っ子である藤枝(ふじえだ)(マコト)が、童顔属性と鮪を巡って二人の才媛に取り合われている醜態に、顔面を海水の青に変えていた。

「ちょ、ちょお、倉田(クラタ)先輩ッ! 佐伯(さえき)先輩ッ!」

 藤枝(ふじえだ)(マコト)は、甲斐の国大学共同キャンパス組の先輩たちに救難信号を送った。

黒木(クロキ)くん。それなら潮流を加速させる効率的な構造は、海峡などのボトルネックに、巨大なリニアモーターカーのリニア推進システムを垂直に埋設し、それを潮の干満に合わせて駆動させるのが、最も合理的です」

 倉田(クラタ)琴葉(コトハ)は、「合理性」という理屈に置き換え、メカニズムの設計論を語り始めた。

「その通りだ。倉田(クラタ)の言うとおり、垂直埋設は、津波対策の防波堤技術の理屈を応用すれば、建築的には実現可能です」

 佐伯(さえき)(ハジメ)は、後輩の救難信号をスルーし、「建築の理屈」からその構造を補足強化する。

「……鮪とショタで騒いでいるカオスを、完全に技術でスルーしている合理性の暴力…藤っち、おまえの犠牲は忘れないぜ…」

 万桜(マオ)は、「ノイズ」をノイズとして切り捨て、「建設の理屈」へと会話を推し進める防大組の狂気的な合理性に、満足気な笑みを浮かべ、お空に浮かぶ藤枝の幻影に涙を流した。

「理屈が理屈を呼ぶ理屈の連鎖ね……」

 舞桜(マオ)は、この「国家のトップ」と「天才たち」が織りなすシュールな光景に、最早、言葉を失っていた。そして、実際にこの場にいる藤枝に合掌した。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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