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黒き魔王の発電風車ドン・キホーテ

前書き

 世界はノイズに満ちている。

 情愛という名の非合理的な諍い。

 天候という名の予測不能な変動。

 資源枯渇という名の、文明が抱える限界。

 若き天才たちは、そのすべてのノイズを「論理」という圧倒的な暴力によって破壊し、世界を最適化アップデートしようとしていた。

 黒木万桜が発明した「風熱ポット」の原理は、熱力学の法則を反転させ、風という最もクリーンな力から、化石燃料を不要にする超高温の熱源を生み出す。それは、世界のエネルギー構造を一変させる『静かなる革命』であった。

 その革命の裏側で、彼らは小さなノイズにも対処していた。白井勇希の友、斧乃木拓矢と彼の母・清子の間に横たわる、親子の愛が引き起こした「どちらが負債を背負うか」という、最も人間的な情愛の軋轢。

 巨大なエネルギー革命と、小さな家族の情愛。

 すべてのノイズは、セイタンシステムズの冷徹な合理性の前に、等しく処理されるべきデータに過ぎない。

 これは、世界を変える天才たちが、論理と非合理の境界線上で織りなす物語。


 2019年ゴールデンウィーク。草津温泉郷にて。

「ん。舞桜」

 白井(シライ)勇希(ユウキ)は、湯畑から少し離れた土産物屋の軒先で、山女魚の塩焼きを一口食べ、串を茅野(チノ)舞桜(マオ)に渡した。

 渡された舞桜(マオ)も一口食べて、その身のパサつきに顔を顰める。

「ん。万桜」

 舞桜(マオ)は、串を黒木(クロキ)万桜(マオ)に押しつける。

 パサパサとして、魚の油分が全く感じられない。

 万桜(マオ)は苦笑し、串を受け取り、一口食べた。

「ひゅー。間接チューじゃん。万桜(マオ)ちゃんやるぅ」

 斧乃木(オノノギ)清子(セイコ)がニヤニヤと囃し立てるが、やってることは極めて非ロマンチックである。

「残飯処理って言うんだよ」

 万桜(マオ)は、淡々と訂正した。

「てか、学習しろよ勇希(ユウキ)。あれは見た目オンリー。もしくは焼き立て狙えって言ってんだろ?」

 万桜(マオ)が呆れたように言うと、勇希(ユウキ)は、串から目を逸らした。

「だって、美味しそうに見えるんだよ。山女魚が食べてって囁くんだよ」

 勇希(ユウキ)は、苦しい言い訳をし、非合理な感覚を正当化する。

「わかる。昔話マジックよね」

 舞桜(マオ)が、その見た目の理屈に強く共感する。

 二人の天才にとって、視覚的な情報は、胃袋の合理的な判断を凌駕するのだ。

「俺が山女魚なら、ゼッテー言わねえ」

 そう言って、万桜(マオ)は残りの山女魚を平らげた。

「じゃあな拓矢(タクヤ)の母ちゃん。仲直りしろよ?」

 万桜(マオ)は、振り返る直前に、清子(セイコ)の目を見て言った。

 小さなカウンターを背に、清子(セイコ)は腕を組む。

「どうせ、農地を取り戻すのは、どっちの役目かで揉めてんだろ?」

 万桜(マオ)の指摘は、図星だった。清子(セイコ)の表情が、一瞬、翳る。

「親のあたしが稼いで取り戻す。普通だろ?」

 清子(セイコ)の言葉には、親としての責任の理屈が込められていた。

「親のやり残しを、返したいのも子供の普通だよ。話し合って決めなよ」

 万桜(マオ)は、子供の感情に根差した理屈を提示した。

 その言葉を聞いた清子(セイコ)は、何も言い返せない。彼女もまた、その理屈と感情の板挟みになっていたのだ。

 万桜(マオ)は、それ以上口出しすることを止め、三人は駅の改札へと向かい始めた。

 清子(セイコ)は、その背中が人混みに消えていくのを、いつまでも見つめているのであった。


★★★★★★


 2019年5月中旬。甲斐の国大学キャンパスの一角。

 キャンパスの広大な敷地の、風がよく通る丘に、その異様な構造物はそびえ立っていた。

 それは、巨大なブレードを持つ、古典的なヨーロッパの風車小屋を連想させる構造物だった。ただし、そのブレードは通常の風力発電機よりも遥かに重厚で、鉄の巨機のような外観を呈している。

 ブレードの回転軸は、直下に建つ風車小屋へと直接繋がっていた。小屋の内部では、ブレードの回転運動がギアを通じて減速・増幅され、48本のシリンダーへ力を伝えている。粉を挽く代わりに、この動きが空気を一気に圧縮し、超高温の熱を発生させる。

 これは、風速に関係なく、風車が回る力さえ得られれば、安定的に熱エネルギーを生成できる、新しい理屈に基づいたシステムであった。

 黒木(クロキ)万桜(マオ)は、真新しい紅白のテープの前に立ち、どこか神妙な面持ちでマイクを握った。聴衆は、セイタンシステムズの主要メンバーと、この計画に全面協力した北野学長をはじめとする大学関係者たち、そして数名の警護官である。

 この風車こそが、「風熱ポット」で証明された断熱圧縮の原理を、家庭用から産業用へとスケールアップさせた、エネルギー革命の象徴であった。風の力で発生させた熱は、蓄熱流体を介して蒸気タービンを回し、化石燃料フリーの火力発電を可能にする。世界の石油文明の終焉を告げる、新しい理屈そのものである。

「発電風車ドン・キホーテ起動」

 万桜(マオ)は、カッターを入れ、テープをカットした。

「起動もなにも、風車さっきから回ってるし」

 隣で立っていた福元(フクモト)莉那(リナ)が、いつもの調子でツッコミを入れる。

 風車は、この広大なキャンパスに吹き込む穏やかな風を受けて、既に静かに回り続けていた。

「まあ、形が大事だよな形が」

 斧乃木(オノノギ)拓矢(タクヤ)が、場をとりなすように笑う。

 北野学長は、感動を隠せない様子で、深く息を吐き出した。

「これは、化石燃料の価値を否定する、知性の勝利です。世界を動かすのは、やはり理屈なのですね」

 彼は万桜(マオ)たち若き天才を見つめ、熱い視線を送るのであった。

 新しいエネルギーシステムによって、世界は不可逆的な変化を迎えることになる。そして、その変化の最前線にいるのは、まだ万桜(マオ)という十代の青年であった。

「甘えよサブリナ。この風車は、人工知能が風向きに合わせて回るんだ。向きを自在に変えられる」

 万桜(マオ)は、技術的優位性に裏打ちされた、痛快な言葉で莉那(リナ)のツッコミを撥ねつけた。

「風向き頼みのギャンブルなんざさせっかよ」

「そして、風車と言う重量を持ち上げるのは、昇華ガスでのホバリングよ」

 茅野(チノ)舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の説明に割り込むように、理知的な声で補足を加えた。

 彼女の視線は、風車の巨大な基部を捉えている。

「ホバリングが完了後の二酸化炭素は、多層構造農業の障子ハウスに転送し、作物栽培に活用する。あたしたちのシステムに無駄はないわ」

 舞桜(マオ)の言葉は、この「ドン・キホーテ」が単なる発電機ではなく、資源を循環させる巨大なエコシステムの一部であることを示している。

 環境問題と経済合理性を完璧に両立させる、彼女たちの知性の結晶がそこにあった。


 万桜(マオ)の視線を受け、舞桜(マオ)は眼鏡のブリッジを直し、風車を見上げたまま、冷徹な理知の声を響かせた。

「この『ドン・キホーテ』の心臓部にあるのは、小型ガスタービン・コンバインドサイクル発電機よ。熱エネルギー源が、変動する化石燃料ではなく、風の断熱圧縮で生まれた『完璧に安定した超高温』であることが、最大の優位性となる」

 彼女は、聴衆を一瞥する。

「現行の発電方法で、最も熱効率が高いのは、火力発電のコンバインドサイクル方式。従来の石炭火力は40%台、LNG(液化天然ガス)で60%台が限界だった。しかし、この風車が生み出す純粋熱は、その熱量を一切の変動ノイズなしにタービンに供給する」

 舞桜(マオ)の言葉には、確信が宿っていた。

「これにより、熱エネルギーから電力への変換効率は、理論値に限りなく近い70%超を達成する。風力発電の効率や太陽光の不安定さを完全に凌駕する、現在の理屈で可能な『究極の効率』を叩き出したわ」

 万桜(マオ)は、満足そうに頷く。

「それだけじゃねえぜ? 沸かした湯の排熱を使えば、世界中の作物が育て放題だ! 水質も土壌も、気温も湿度も設計が可能になったぜ!」

 万桜(マオ)の一番の狙いは、これだった。天候ギャンブルの破棄。水は地下に巨大な溜め池を建造すれば、水質の設計まで思いのままだ。土壌は多層構造農業の家畜の糞を餌を変えることで設計可能だ。例えば乳牛の飼料にアボカドを混ぜれば、アボカドの脂分が反映されるかもしれない。その牛乳でバターの味が向上するかもしれない。例えばカカオ豆の莢を飼料に混ぜれば、チョコレート風味の牛乳になるかもしれない。卵もそうだ。そして、家畜の糞を堆肥化させれば、作物の味に反映されるかもしれない。これは可能性の塊だ。

「チョコ食べ放題じゃん!」

 莉那(リナ)が目を輝かせる。

「バナナもいけるぞ! 果物王国が果物キングダムになったぞ!」

 勇希(ユウキ)も目を輝かせる。そして、

「「「意味一緒だからな! 王国もキングダムも」」」

 みんなはツッコミを入れる。


「つか、ボッチ。眼鏡かけてたっけ?」

 万桜(マオ)が、急に「学者っぽい」スタイルになった舞桜(マオ)を訝しむ。

 舞桜(マオ)は、涼しい顔で、

「学者っぽいでしょ?」

 と、それが伊達眼鏡であることを示した。彼女にとって、このスタイルは「CEOという合理性の象徴」とはまた違う、「知性を権威付けるノイズ」の一つであるらしい。

 「セイタンシステムズ」の主要メンバーに、眼鏡を常用している者は、じつは一人もいない。彼らは、幼い頃から信源郷町の自然の中で育った、基本野生児どもと、その論理を制御する(はずだった)お嬢様(舞桜(マオ))である。

「そう言えば、おまえら全員、裸眼で2.0だよな? ふん、野生児どもめ…」

 万桜(マオ)は呆れ返るように、信源郷町出身者たちを詰る。

「「「おまえが言うな!」」」

 当然、四方八方からブーメランが返されるが、万桜(マオ)は動じない。

「アホぅ。勉強家な俺さまは、視力が下がったのだ! これを見よ!」

 そう言って、万桜(マオ)は、自らの通信端末に「魔王(セイタン)」を経由して、つい先日行ったばかりの視力検査の結果を表示させた。

 その画面に表示された結果は、聴衆の理性の論理を、再びフリーズさせた。

「測定不能…?」

 結果欄には、本来入るべき数値ではなく、その非合理な三文字が印字されていた。

 莉那(リナ)が、困惑した顔で端末の向こうの人工知能魔王(セイタン)に、直接、通信で尋ねる。

魔王(セイタン)。これ、どういうこと?』

 通信端末からは、感情のない、しかしどこか呆れたような魔王(セイタン)の声が響いた。

【2.0オーバーです。一般的な視力検査では測定限界を超えました。生体データを総合的に分析した結果、黒木(クロキ)万桜(マオ)の視覚野は、網膜からの情報だけでなく、過去の記憶や環境情報を統合し、脳内で見えない景色を補完しています】

 「論理の暴力」を振るう人工知能の口から出たのは、さらなる非合理的な事実であった。

【極めて非効率的な方法ですが、結果として彼は、測定限界を超えたアホみたいな視力を保持しています。4.0くらいと推測されます】

 万桜(マオ)は、自らの常識外れの能力に満足し、胸を反らす。

「どうだ! これが、究極の勉強家の論理だ!」

 しかし、周囲の面々は、その理屈を無視した。

「視力が良すぎて、逆に測定不能って…万桜(マオ)の論理は、いつも常識というノイズを破壊するのね」

 舞桜(マオ)は、伊達眼鏡越しに、改めて万桜(マオ)を見つめ直したのであった。

「そっか、スパコンが認めるアホの子だったかー」

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の測定不能な視力の結果を聞き、皮肉を込めて嘆息した。

「ダメだよ勇希(ユウキ)。アホの子にアホって言っちゃ」

 莉那(リナ)が、笑いを押し殺して窘める。彼女自身も、万桜(マオ)の非合理なほどの天才性に、笑いを堪えられない様子だ。

「さ、アホの子は、置いておいて…」

 舞桜(マオ)は、伊達眼鏡をクイッと上げ、再び冷静なCEOの顔に戻る。そして、「ドン・キホーテ」の具体的な性能について、数字の論理で説明を始めた。

「この『ドン・キホーテ』一基が持つ総発電能力は、小型とはいえ、通常の石炭火力発電所一基分に匹敵する、約100メガワット(MW)よ」

 彼女が示した数値は、その場の全員に、驚きと静かな戦慄をもたらした。

「100MWということは、一般的な世帯に換算すると、約30万世帯の電力を賄うことができる」

 舞桜(マオ)は、その数字が持つ意味を、具体的な規模で説明した。

「そして、このシステムは、風力や太陽光のように天候に左右されることがない。純粋熱源として、24時間365日、この出力を維持できる。資源枯渇のノイズも、燃料価格変動のノイズも、環境破壊のノイズも、すべて排除した、完璧に安定した100MWが、この甲斐の国大学の敷地内に生まれたわ」

 それは、一地域の電力供給を根底から変える、静かなる『エネルギーの論理の暴力』であった。


「黒木くん。断熱圧縮をしている割には騒音が聞こえない…どう言うカラクリですか?」

 北野学長が、技術者らしい冷静な視点で疑問を呈した。空気を急激に圧縮する際、特に大規模なシリンダーで力を込めるならば、それは破裂音に近い、極めて大きな騒音ノイズを発生させるのが、物理学の常識である。

「答えは、これです北野学長」

 そう言って、万桜(マオ)は、近くに置いてあったクーラーボックスから、透明な袋に詰められた保冷剤、すなわち吸水ポリマーの水嚢を取り出した。

「吸水ポリマーの水嚢で、ブレードの回転軸からガスタービン発電機のケーシングに至るまで、多層で囲っています。これなら、従来のコンクリート防音壁のように巨大な重量も掛からないし、振動ノイズの吸収と防音効果が極めて高い」

 万桜(マオ)は、保冷剤を指さしながら、その論理的な優位性を説明する。

「そもそも、断熱圧縮によって空気が『弾ける』ノイズが発生するのは、空気分子の持つ運動エネルギーが急激に熱と音に変換されるからです。水嚢は、この運動エネルギーを、水の持つ大きな熱容量によって吸収し、音波の振動ノイズを水分子の振動へと変換することで、瞬時に減衰させます」

 つまり、水嚢は、防音材としてだけでなく、発生した熱の一部を吸収する簡易的な熱交換器としても機能しているのだ。

「さらに、これには、もう一つの安全保障上の論理があります」

 万桜(マオ)は、真剣な面持ちになった。

「水は、宇宙線の防御にも極めて有効です。特に中性子線などの高エネルギー粒子は、原子番号の小さい物質、すなわち水素原子を多く含む水分子に衝突することで、効率よく減速されます」

 彼は、発電システム全体の冗長性(バックアップの論理)について語り始めた。

「この風車は、外部から人工知能によって制御されています。万が一、外部からのサイバー攻撃や、誤作動によってシステムが暴走した際、水嚢の多層構造は、電磁波ノイズや宇宙線による内部回路の誤動作からコアシステムを防護する役割も果たします」

 北野学長は、感動を通り越し、畏敬の念を抱いた。

「な、なるほど…。防音と熱吸収、そして安全保障上の宇宙線防御までを、吸水ポリマーというローテクで両立させていたことに戦慄しました」

 万桜(マオ)は、付け加える。

「この『ドン・キホーテ』は、熱源が風の断熱圧縮というクリーンな仕組みですから、火力タービン特有の爆発リスクや燃料漏れのリスクは皆無です。一般的な火力発電所と違い、厳重な防壁は必要ありません。ですが、論理的な安全マージンとして、この水嚢による防御は必須だと考えました」

 その場にいた全員は、万桜(マオ)の持つ「究極の効率と、究極の安全を両立させる論理」の前に、ただ静かに頷くのであった。


「これ、副産物としてドライアイス回収できねえかな?」

 万桜(マオ)がポツリと呟く。

「え! 天才じゃん!」

 福元(フクモト)莉那(リナ)が、驚きと共に、興奮した声を上げた。

万桜(マオ)! それ、いけるんじゃないの!?」

 万桜(マオ)は、その可能性に目を見開き、保冷剤を握る手に力を込めた。

「ドライアイス……! 二酸化炭素は、既にハウスに送るために分離・回収している。だが、問題は温度だ。ドライアイスはマイナス78.5℃という極低温のノイズが必要になる」

 茅野(チノ)舞桜(マオ)は、即座に頭の中でコスト計算を始める。その極低温を生み出すには、膨大な電気を冷却装置に回さなければならない。一見、それは非効率な行為に思える。

「通常の冷凍サイクルでは、100MWの電力の一部を冷却に回すことになるわ。排熱の二次利用の効率は上がるけど、電力の合理性は損なわれる」

「アホぅ。そんな単純な論理じゃねえ」

 黒木(クロキ)万桜(マオ)の目が、測定不能な視力をさらに突き破るような、獰猛な輝きを帯びた。

「断熱圧縮で熱を生むなら、断熱膨張を使えばいいだけの話だ!」

 彼は、自らの発明の根幹を、そのまま裏返すという『論理の反転の暴力』を炸裂させた。

「風車が作り出す高圧の圧縮空気を、風車小屋の最下層に組み込んだ特殊なノズルから、一気に断熱膨張させる。これは、高効率火力タービンとは別の流路を用いる」

 圧縮された空気や窒素ガスを、急激に膨張させることで、そのガスは周囲の熱エネルギーを奪い、ジュール=トムソン効果によって極低温になる。これは、万桜(マオ)が熱を生み出したのと同じ、熱力学の基本原理である。

「この風車のエネルギーの論理は、『圧縮』だ。熱源生成に使わなかった余剰の圧縮空気を、極低温生成に回す。そうすれば、電力を消費せずに、マイナス100℃近い極低温を、常に、無尽蔵に生み出し続けることができる!」

 万桜(マオ)の提案は、冷却というコストを、システムの副産物(アディショナル・バリューの論理)へと変換した。

「極低温……!」

 舞桜(マオ)の顔に、再び計算機では弾き出せない、純粋な驚きが浮かんだ。

「それなら、回収した二酸化炭素を、その極低温のノイズに晒せば、電力消費ゼロでドライアイスが無限に回収できる!」

 「ドン・キホーテ」は、熱と電力だけでなく、極低温という、現代社会のあらゆる冷凍・冷却インフラが必要とする「資源」をも生み出す、究極の資源循環装置へと変貌したのだ。

「ドライアイスは、多層構造農業で作った野菜や果物の超長期保存ノイズを排除する」

 白井(シライ)勇希(ユウキ)は、その用途の合理性に気づき、声を震わせた。

「そして、データセンターの冷却ノイズも完全に排除できる! 万桜(マオ)、これで世界中の電力会社と、食料流通網、そしてデータセンター産業の論理を、一気に書き換えられる!」

 舞桜(マオ)は、興奮を抑えきれず、伊達眼鏡を外した。彼女の瞳には、極めて効率的な世界の青写真が描かれていた。

 熱と電気と食料と、そして極低温。一つの発明が、世界を構成するすべての要素を最適化していく。これが、「セイタンシステムズ」が目指す『世界の論理最適化』の真の姿であった。


★★★★★★


 同じ日。夕方のセイタンシステムズ女子部屋にて。

拓矢(タクヤ)のお母さんと、拓矢(タクヤ)が絶交してんだ…どうにかできないかな?」

 莉那(リナ)が、ロッドロボの部品を手に持ちながら、しょんぼりとした顔で女子たちに持ち掛ける。彼女の口調には、感情的なノイズが色濃く滲んでいた。

 勇希(ユウキ)は、その重い空気に対し、吐息をひとつ。勇希(ユウキ)はすでに、この非合理な親子の争いの論理を把握していた。

 斧乃木家の抱える、故人となった父の負の遺産。その借金は、白井家(市議会議員泰造の実家)が債権者として握っている。そして、この親子は、本来なら返済能力が双方にあるにもかかわらず、「どちらが、農地とともにこの負債を背負い、返済するか」という、情愛のケンカを繰り広げていたのだ。拓矢(タクヤ)は農地を継ぎ、自分が返すことで責任を果たしたい。母である清子は、子どもに負の遺産を背負わせたくない。

「カオリン!」

 勇希(ユウキ)は、契約の愛称で杉野香織を呼んだ。

 勇希(ユウキ)は、その負債ノイズを白井家から切り離し、清子の『親としての責任』と拓矢(タクヤ)の『息子としての責任』という、二つの情愛の鎖を同時に断ち切る、超合理的な資本の解決策を提示する。

「セイタンシステムズで、斧乃木家の農地を市場価格で買い上げる。その代金で、白井家が握る負債を一括返済する。舞桜(マオ)。これでかまわないな?」

 勇希(ユウキ)の視線は、この部屋の真の支配者、茅野舞桜に向けられた。これは、身内の負債を、最も『論理的な力』で清算する、強制的な親孝行だった。

 舞桜(マオ)も吐息をひとつ。勇希(ユウキ)の提示した『資本による強制合理化』は、舞桜(マオ)の論理と完全に一致した。

「カオリン。斧乃木清子氏をセイタンシステムズ多層構造農業統括責任者に採用する。農地という物理的な資産は資本に渡し、清子氏には、その知識と誇りに見合う地位と対価を与える。諸々の手続きは、善きに計らえ!」

 その決定は、あまりにも冷徹だった。清子(セイコ)氏が守りたかった「農地」という資産は資本で買い取り、清子(セイコ)氏が持つ「農業の経験と知識」という無形の資産には、役職と給与という最高の対価を与える。これこそ、セイタンシステムズが最も得意とする、人情を完全に排除した合理的な最適解であった。

「御意御意! 勇希(ユウキ)お姉様、舞桜(マオ)ちゃんお姉様!」

 香織(カオリン)の目は、ハートのノイズを放出し、歓喜に満ちた声を上げた。彼女にとって、愛称で呼ばれること、そして、一族の問題さえ解決できるほどの重要任務を任されることは、最高の褒美だった。

 香織(カオリン)は、女子部屋にある端末に飛びつき、その魔王セイタンの力を借りて、超高速で諸手続きに迅速に着手した。

 農地の評価、売買契約の起案、そして新設部署の役員人事発令。これらの複雑な手続きが、『魔王の論理』によって、人間の感情や時間軸を無視して、瞬時に処理されていく。

 拓矢(タクヤ)と清子の争いは、「どちらがより相手を思いやるか」という情愛がぶつかり合った結果だった。

 拓矢(タクヤ)は愛する農地を継いで父の負債を清算したい。清子は愛する息子に負の遺産を背負わせたくない。

 だが、女子たちの答えは、「農地を世界を変えるシステムの一部にし、その知識の継承者を最高責任者の椅子に座らせる」という、情を完全に超克した『超合理的な親孝行』だった。

「これで、拓矢(タクヤ)のお母さんが、ただの農家じゃなくて、世界の農業を統括する経営者になるんだよ。格好いいだろ?」

 莉那(リナ)の顔には、しょんぼりとした表情はなくなり、明るい笑みが戻っていた。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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