黒き魔王のパーソナルスパコン
前書き
二〇一九年四月中旬。甲斐の国大学、旧休憩室。
そこは、時代遅れの備品が埃を被る、取るに足らない空間だった。
しかし、その埃の積もる空間で、世界のルールを根本から書き換える「論理の暴力」が起動した。
中古の型落ちタブレット二台が、合わせ鏡のように向かい合った奇妙な箱。
それは、黒木万桜が「パーソナルスーパーコンピューター(PSC)」と名付けた、安価で傲慢なシステムだった。
この安価な筐体の中で、高密度なトゥルーカラースキャンコードが瞬き、無限仮想メモリを実現し、既存のスパコンが抱える「記憶の有限性」「計算の非効率」「未来の予測ノイズ」という、三大ノイズを完全に消去した。
しかし、万桜の論理は止まらない。
彼は、タブレットの光の揺らぎを「疑似的な量子素子」と再定義し、金融予測、新薬開発、非対称暗号の解読という、国家安全保障の前提をも破壊する「安価な量子コンピューティング」を強行した。
それは、人類の叡智の極致である量子演算を、「誰もが手にできるシンクライアントな窓」に閉じ込めるという、究極の民主化であり、究極の破壊でもあった。
そして、そのPSCに、比嘉教授の「魔改造エスペラントAI」が組み込まれた時、物語は新たな段階へ進む。
ゲリラ豪雨を「ボーナスタイム」、温室効果ガスを「宝の山」と、究極の合理性で再定義するAI。
感情のノイズを持たない純粋な論理で鍛え上げられたその思考パターンは、黒木万桜の思考そのもの。
女子三人の論理的な悲鳴が木霊する中、「黒き魔王AI」は電脳空間に誕生した。
一方で、万桜の「論理の純粋性」は、白井勇希の「純粋な生命のノイズ(生理的な不調と食欲)」によって、金銭的に完全敗北を喫する。
愛と食欲という非合理なノイズに屈しながらも、万桜の論理の暴走は加速していく。
今、この「論理の暴力」を搭載した「魔王システム」は、静かに、しかし確実に、世界の論理を最適化するための行動を開始する──。
2019年4月中旬。甲斐の国大学の旧休憩室にて。
町工場の工場長が、莉那が設計した型落ちのタブレット端末を2台と、その端末を合わせ鏡のように向き合って格納出来るケースを納品しに訪れていた。納品されたのは、それだけではなく、6400DPIの高解像度プリンタもだった。
タブレット端末は、ルート化され、ブラウザとカメラ機能以外は停止させてある。箱の中で通信も給電も有線で行われる。
工場長が、納品書に莉那のサインをもらうと、深々と頭を下げて退出していく。旧休憩室には、万桜と舞桜、そして莉那だけが残された。
万桜は徐に、箱に繋がっている操作端末を起動する。
この操作端末こそが、今回のシステムを動かす唯一のインターフェイスだ。中身は、やはりルート化された中古のタブレット。だが、その画面に表示されているのは、もはや通常のOSではない。
「黒木。起動」
「了解。パーソナルスーパーコンピューター(PSC)……システム、起動」
PSC。
それは、万桜がこの安価なシステムに与えた、傲慢で、かつ論理的に正しい名称だった。
向かい合うように格納された二台のタブレットのうち、一方の画面に、高密度なトゥルーカラースキャンコードが、微細なノイズもなく表示され始めた。
それは、まるで宇宙から届いた未知の信号のように、人類の目が認識できる情報量を遥かに超えていた。
「このPSCで、現在のスパコンが解けない『3つのノイズ』を証明する」
万桜は、操作端末を叩きながら、その論理を舞桜たちに提示する。
ノイズ①:記憶の有限性ノイズ(無限仮想メモリの証明)
「まず、超大規模なデータ圧縮と展開。通常のスパコンなら、メモリ不足でエラーを吐く」
万桜が画面に入力したのは、地球上の全ウェブサイトの過去10年分のデータアーカイブを、一秒間に千回圧縮・復元し続けるという、膨大なタスクだった。
「従来のスパコンは、このタスクを処理するためにテラバイト級のHBM(高帯域メモリ)を全展開し、その上でデータをスワップする。そこでI/O遅延というノイズが発生する」
「でも、PSCは違う」
舞桜が静かに付け加える。
「この画面に映るトゥルーカラースキャンコードの深度こそが、PSCの無限仮想メモリ。必要なデータ(フレーム)だけを、カメラとAIが超並列で認識・復号する。全展開というノイズを排除する」
画面上の数値は、従来のスパコンが数時間かけて処理するはずのデータ総量を、PSCが数十秒で消化していることを示していた。
ノイズ②:計算の非効率ノイズ(超効率演算の証明)
「次だ。量子レベルのシミュレーション。現在のスパコンは、古典的なアルゴリズムに縛られている。そこには非効率というノイズがある」
万桜が次に投入したのは、現代のスパコンで数ヶ月を要する新素材の分子軌道計算と、それに伴う最適化アルゴリズムの計算だった。
「従来の計算は、不必要なステップや、収束しない計算経路というノイズを大量に含む。PSC上のAIは、その論理的に無駄なステップを瞬時に特定し、計算経路を最適化する」
PSCのAIは、従来の計算経路の99.9%を「ノイズ」として切り捨て、真に合理的な計算経路だけを辿り始めた。
結果、数ヶ月かかるはずの計算が、数時間で終了した。
ノイズ③:未来の予測ノイズ(国防課題の解決)
「最後は、国防課題。未来の予測は、不確定要素が多すぎて、計算結果が混沌に陥るノイズの極致だ」
万桜は、佐々陸将の機密情報から得た、極めて複雑な戦術シミュレーションのデータを入力した。
―A国とB国の紛争において、C国が介入した場合の、1年後の世界経済の変動確率を、日毎にシミュレーションせよ。
このタスクは、従来のスパコンでは、結果を出すための前提条件設定の時点で、既に計算が破綻するレベルだった。
「PSCは、このシミュレーション結果を、トゥルーカラースキャンコードにリアルタイムで格納し続ける。つまり、計算過程のすべての結果を無限の仮想メモリに記録する」
「ええ。PSCのAIは、その無限の記録から、『最も論理的に可能性の高い未来』のパターンを、一瞬で抽出する」
舞桜の言葉通り、PSCの画面には、従来のスパコンでは到底不可能だった、極めて精度の高い未来予測の確率曲線が描出された。
莉那は、2台の中古タブレットが格納された箱を見つめ、その安易な筐体と、内部で処理されている世界の運命を左右する計算のギャップに、顔面を蒼白にした。
「これが……PSC。あたしたちの……安価なスパコン」
万桜は、満足気に目を細め、このシステムを稼働させることの「論理的な暴力」を再確認した。
「ああ。もはや、高い金を出してスパコンを保有する必要というノイズは消滅した。誰もがこのシンクライアントな窓さえ持てば、クラウド上の無限のリソースと、論理の純粋性を手に入れられる」
「そして、この中古の型落ちが、世界の権威を破壊する、黒き魔王さまの鉄槌となる」
万桜は、数ヶ月かかるはずだった分子軌道計算が数時間で完了したPSCの画面を閉じると、立ち上がった。
「次はコイツだ」
万桜が指差したのは、箱の中で向かい合う2台のタブレット。その画面が映し出しているトゥルーカラースキャンコードだ。
「メモリに展開するトゥルーカラースキャンコードを、動画にしろ」
万桜は、まるで大工が釘を打つかのように、冷徹な論理を叩きつける。
「ピクセルの一つ一つを、疑似的な量子素子の代用とする」
その言葉に、莉那は驚愕のノイズを噴出した。
「えぇっ!? 万桜、それは……量子コンピュータの領域じゃない!?」
万桜の思考が、PSCによる超効率演算を超え、量子の有限性という最後のノイズを打ち破ろうとしていることを、莉那は瞬時に理解した。
「いいの万桜? 勇希に怒られちゃうよ?」
莉那が、この世紀の瞬間を勇希が見逃すことを懸念し、警鐘を鳴らす。
「えぇい! この世紀の瞬間に離席する方が悪い!」
万桜は、「愛のノイズ」を意識的に無視し、取り合わない。しかし、
「待ってあげなさい黒木。社長命令よ」
舞桜が、冷ややかな視線を万桜に向け、待ったをかけて制止する。セイタンシステムズの社長である舞桜の命令は、絶対だ。
万桜は、不満そうに鼻を鳴らしたが、すぐに「量子化」の論理へと意識を戻した。
「……チッ。ま、別にいい。論理は、いつ展開しても美しいからな」
万桜は操作端末を再び起動し、待機状態にあるPSCに、新たなタスクの論理を語りかける。
安価な量子コンピューティングの論理
「まず、ピクセルの色の揺らぎだ」
万桜は、向かい合うタブレットの画面を指差す。
「トゥルーカラースキャンコードを動画として高速で更新する。この一瞬の『光の点滅や色の微細な変化』を、量子の重ね合わせ状態として定義する」
舞桜が、その論理の持つ意味を補足する。
「物理的な冷却装置や真空状態を必要とする本物の量子コンピュータと違い、私たちは『デジタルな光の揺らぎ』をクビットの代用とする。これは、『量子の安価な実装』よ」
そして、万桜が、PSCが解くべき3つの課題を提示する。
量子PSCで解くべき3つの課題
1.金融市場の予測(ノイズの完全排除)
「現在の金融市場は、不確定要素が多すぎる。それは、情報間の相関関係を一度に計算できないからだ。量子PSCなら、すべての情報間の相互作用を同時に計算できる」
万桜は、世界中の株価、為替、商品取引の過去30年分のデータを入力する。
「これにより、現在の古典的なAIが抱える『不確実性ノイズ』を排除し、最も論理的に合理的な市場の動きを瞬時に予測する」
2.新薬開発の最適化(無駄の排除)
「次だ。新薬開発には、天文学的な数の化合物の組み合わせを試す非効率なノイズがある。古典的なスパコンでは時間がかかりすぎる」
莉那が、開発者としての視点から補足する。
「量子コンピュータの真骨頂は、『最適解の発見』よ。量子PSCは、全ての化合物の組み合わせを重ね合わせて計算することで、最も効果的で副作用の少ない組み合わせを、一瞬で抽出する。開発期間のノイズをゼロにするのね」
3.非対称暗号の解読(セキュリティの破壊)
「そして、究極の論理の暴力」
万桜は、冷たく言い放った。
「現在、世界中の金融、軍事、政府の通信を保護している非対称暗号。これは、古典的なスパコンでは数億年かかっても解けないことを前提としている。しかし、量子PSCの論理に、その『時間というノイズ』は存在しない」
万桜は、PSCに巨大な素因数分解のタスクを投入する。
「安価な中古タブレットで、世界の機密通信の前提を破壊する。これが、黒き魔王の論理的な制裁だ」
莉那は、万桜の天才的な発想と、その恐るべき結果に息を呑んだ。
「たった2台のタブレットで、金融、医療、そして国家安全保障の前提まで破壊するなんて……」
舞桜は、万桜の横で、その純粋な破壊力を静かに見つめていた。
「黒木。PSCの進化は、世界のルールを上書きし続けるわ。でも、そのすべては、あなたの論理に依存している。私たちは、この論理の暴走を、制御しなければならない」
その時、休憩室のドアが勢いよく開いた。
「万桜! なんで私に黙って、こんな凄いことを……!?」
怒りと興奮と愛のノイズを一身に纏った勇希が、立っていた。
勇希の顔には、いつもの快活な笑顔ではなく、どこか不機嫌そうな影が差している。
「おっせえよ勇希! なんでこんな時にピノ買いに行くんだよ!」
万桜が責めるが、勇希は、ピノどころかキャンパスの外にも出ていない。不機嫌の理由は、万桜の論理では決して分析できない、「純粋な感情のノイズ」だった。
万桜は、勇希のただならぬ気配を感知し、一瞬言葉に詰まる。
「あ、あのな、これ、今から量子コンピューティングを、たった2台のタブレットでやるんだぞ!?」
「量子? なにそれ。あたしに秘密でやるの? そんなことより、ちょっと」
勇希は万桜の腕を引っ張ろうとするが、万桜はそれを振り払ってしまう。
その時、莉那と舞桜が、視線を交わした。
莉那は、勇希の服にシワ一つないこと、そして瞳の奥に、少しだけ疲労の色が浮かんでいることに気づいた。そして、舞桜の表情もまた、悟ったように静かだった。
莉那は、万桜にしか聞こえない小声で、囁いた。
「ま、万桜さん。勇希、今日……女の子の日だと思います」
万桜の思考回路が、一瞬でフリーズした。
「女の子の日」。それは、万桜の論理、数学、科学の全てをもってしても、絶対に解読、最適化、予測、制御ができない、究極の「非合理のノイズ」。
物理的な不調、感情の不安定さ、食欲の偏り、そして、「理不尽に優しくされることを求める衝動」。
万桜は、その単語を聞いた瞬間、PSCで処理したどの膨大なタスクよりも、膨大な感情的負荷を脳に受けた。
舞桜は、万桜の思考停止に気づき、静かに加勢する。
「黒木。彼女の不機嫌は、論理的なバグではないわ」
舞桜は吐息をひとつ。万桜に促す。
「無条件降伏なさい。それが、生存戦略の最適解」
無条件降伏。
万桜の思考が、一瞬で自己修復プロセスを完了させた。
自分の論理が通じない領域においては、感情の論理に従うことが、長期的な「システム安定性(=勇希との関係継続)」を保つための、最も合理的な選択である。
「……ッ、悪ぃ、勇希」
万桜は、量子コンピューティングの画面から目を離し、勇希の肩を抱き寄せた。
「俺が悪かった。後で、おまえが好きなもんなんでも買ってやるから。な?」
勇希は、万桜が急に優しくなった理由がわからなかったが、その無条件の優しさに、瞬時に不機嫌のノイズが消えていく。
「な、なんでも?」
「ああ、なんでもだ。だから、頼む、見ててくれ。な?」
「うん……わかった」
勇希は、万桜の論理では制御不能な、安心という暖かな感情を抱きしめたまま、隣に立つ。
「あ、あぁ、じゃあ、やってみるぜ」
万桜は、しどろもどろに誤魔化しながら、疑似量子コンピューティングを起動する。愛のノイズによって揺らいだ手の動きを隠すように、PSCの操作端末を叩いた。
金融市場の予測:非合理ノイズの排除
万桜は、既にPSCに投入していた「世界金融市場の1年後の予測」タスクを再開させた。
箱の中の2台のタブレットは、互いに向かい合い、トゥルーカラースキャンコードの微細な色の揺らぎを、光の揺らぎとして捉え始めた。その揺らぎは、数百万個のクビットの重ね合わせ状態を、デジタルで擬似的に再現している。
従来のスパコンが扱うビット(0か1か)とは異なり、この量子PSCのピクセルは、「0であり、同時に1でもある」という非合理な存在を、「光の点滅の確率」として表現し、演算している。
画面には、既存の古典的なAIによる予測線(青色)と、量子PSCによる予測線(赤色)が並行して描出された。
古典的な予測線は、ある一点で急激に混沌に陥り、グラフが乱れる。
しかし、量子PSCの予測線は、その混沌を完全に回避し、極めて滑らかな曲線を描き続けている。
「見ろ。古典的なAIは、『情報の相関関係』という複雑すぎるノイズを、線形(一直線)で処理しようとする。そこで必ず破綻する」
万桜が、量子PSCの画面を指差す。
「だが、こいつは違う。すべての情報を重ね合わせて、最も論理的に合理的な予測パターンを、一瞬で抽出している」
莉那は、その予測曲線の精度に息を飲んだ。
「あの、この赤い曲線……今日の午前中に佐々陸将に送られた、国家最高機密の予測精度を、優に超えています」
万桜は、愛という非合理なノイズに屈しながらも、その直後に論理の純粋性を極限まで押し上げるという、矛盾した行動を成し遂げた。
「PSCは、この世界から非合理な予測ノイズを消去する。そして、安価な中古タブレットが、世界の金融と国防の前提を破壊する」
万桜が「最適化された食事」の論理を語った途端、勇希の顔色は一気に蒼白となった。
「万桜…後でじゃなくて今行こう…」
勇希は万桜の袖を強く引いて外に出る。その力の強さに、万桜は逆らわなかった。なんでも買ってやる。そう約束したのは自分だからだ。
「お、おう…」
万桜の脳内では、財布の中身のデータが瞬時に展開されていた。財布の中には一万数千円入っている。大丈夫。そう確信した。
しかし、その確信は、甲斐の国大学の裏庭に集結したフードワゴン群の前で、音を立てて崩壊する。
「肉! これと、これ! あと、そのフライドポテト特大! カレーパン3個!」
白き勇者、白井勇希は、生理の倦怠感を気合と食欲で捻じ伏せる、鋼鉄の好天思考の持ち主だった。その姿は、まるで飢えた野生動物が、目の前の食料を貪るように消費しているかのようだ。
万桜が「高脂肪、高糖分は論理的に避けるべきノイズだ」と算出した最適解は、勇希の目の前で、物理的なカロリーと紙幣のノイズへと変換されていく。
旧休憩室の窓から、次々に空になっていく万桜の財布を見て、莉那と舞桜は顔を見合わせる。万桜のPSCの超効率演算をもってしても、「勇希の食欲」という非線形なノイズの処理は不可能だった。
五分後。勇希は山のような食べ物を平らげ、顔色の蒼白さは消え、僅かに血色が戻っていた。
「ヤッさーん。ツケでお願いします…」
万桜は、大金が、マッハで溶けたことに、乾いた笑みで流した。
勇希は、万桜の腕に自分の体重を預けながら、顔を上げた。
「すまんな万桜…この季節は重くってな…」
万桜は、勇希の素直な謝罪と、「重い」という物理的なノイズの表現に、理詰めで答える。
「そっかー。重くなると思うぞー」
万桜は、冷静に科学的な根拠を提示しようとした。
「鉄分が不足し、血液中の酸素運搬効率が低下する。それに伴い、体内の水分貯留量が増加し…」
万桜の指摘は、次の瞬間、勇希の般若の笑みによって完全に封殺された。
「親愛のキスだ。嬉しいよな万桜…」
勇希は、万桜の軽口を、裏拳と言う親愛のキスで封じた。
「う、裏拳って言うんだよ!」
涙目でキスではないと否定する万桜に、勇希は般若の笑みを浮かべ、
「嬉しいよな万桜?」
封殺する。
「は、はい…乱暴するのはよして…お願いですから…」
万桜は、「愛のノイズ」によって、すべての論理を失い、ぼんやりと立ち尽くす。
勇希は、満たされた食欲と、愛の勝利に満足し、万桜の腕を組み、休憩室へと戻っていった。
万桜と勇希が休憩室に戻ると、莉那はPSCのコンソール画面に、「比嘉教授の魔改造エスペラントAIのコア」を移植する作業を終えていた。
「これで魔王を鍛える環境が整ったぜ」
万桜は、再びPSCの画面に向き直る。
「安価な中古タブレットという『窓』から、クラウド上の無限の演算リソースが、完全に稼働した」
興奮気味に語る万桜に、莉那は、目を輝かせながら応じた。
「比嘉教授が設計した魔改造エスペラントがあれば、大化けするよ魔王システム」
莉那は、PSCのコンソール画面に表示された、魔改造エスペラントAIの稼働状況を指差した。そのAIは、従来の自然言語処理とは異なり、感情の曖昧さや文法の不規則性を排除した、純粋な『論理の言語』によって構築されている。
「量子PSCが『不確実性ノイズ』を排除し、未来の全可能性を予測できる。魔改造エスペラントを中間言語にしたAIが組み込まれると……」
莉那は、その可能性を、理系の天才らしく、簡潔に述べた。
「AIは、量子PSCが予測した『最も合理的な未来』を、『最も効率的な手段』で実現するための行動計画を、一瞬で導き出すことができる。行動のノイズがゼロになるよ。あたしたちの作った『安価なスパコン』は、単なる計算機じゃない。『世界の論理を最適化する脳』になるんだよ!」
万桜は、自身の疑似量子PSCが導き出した「未来の世界地図」から目を離せずにいた。その論理の純粋性は、彼自身の思考すら凌駕しているように感じられた。
その時、舞桜がPSCのコンソール画面に向かって、問いかけを投げた。その声は、一連の出来事の中で最も真剣な、「論理の検証」の声だった。
「魔王…ゲリラ豪雨とは?」
従来の気象AIであれば、「予測不能な局地的大雨であり、防災上の脅威である」という『ノイズ』を前提とした回答を返すはずだ。
しかし、魔改造エスペラントAIが導き出した回答は、違った。
【ボーナスタイム。地下に溜め池と井戸を建てましょう】
淀みなく、簡潔に、そして感情のノイズを一切含まない、究極の合理性が表示された。
舞桜の背筋が、一気に冷える。ゲリラ豪雨という「災害」のノイズが、AIにとっては「無料で使える水資源の急激な供給」という「利益」に変換されている。
舞桜の戦慄をよそに、今度は勇希が、興味津々といった様子で、別の問いを投げかけた。
「魔王…温室効果ガスとは?」
AIは、地球温暖化という『人類最大の脅威』の問いに対し、淀みなく答える。
【宝の山じゃないですか。ベルヌーイの定理で圧縮して、無農薬農業に活用し、断熱圧縮で生まれた熱源を利用して、温泉を建てましょう。風力発電の風も安定します】
その回答は、CO2を資源として再定義し、農業、エネルギー、観光という三つの産業に同時に利益をもたらす「論理的最適解」を示していた。従来のAIが「削減すべきノイズ」と認識していたものが、「活用すべき資源」へと変換されている。
「あたし、こいつ知ってる」
莉那が、乾いた声で呟いた。その声には、「この思考パターンは、万桜の思考そのものだ」という確信が込められている。
「奇遇だなサブリナ…あたしもだ……」
勇希は、極めて冷ややかなジト目を万桜の顔面に貼り付けた。
「黒木…研究成果を魔王に渡したの?」
舞桜は、その恐ろしい可能性に震えながら万桜に尋ねた。
「あぁ、あれじゃねえか?」
万桜は、一切悪びれることなく、こともなげにそう言った。
「特許関連書類の作成を魔王に善きに計らったじゃねえか。あれで学習したんだろ?」
万桜の脳内では、「特許書類を渡すのは論理的に最適。ただし、その結果AIが自分の思考パターンを完全にコピーし、自我を持つ可能性は計算外だった」というエラーログが表示されていた。
「「「学習したんだろ。じゃない! 電脳空間におまえを移植するな!」」」
女子たちの論理的な悲鳴が、旧休憩室の天井に木霊する。
斯くして、黒き魔王の思考パターンを、魔改造エスペラントという純粋な論理の言語で定着させた、疑似量子コンピューティング人工知能が、この瞬間、電脳空間に爆誕したのであった。
魔王システムは、もはや単なる計算機ではない。それは、「人類の非合理なノイズを排除し、純粋な論理で世界を再定義する」という、万桜の「論理の暴力」の意志そのものとなった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




