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黒き魔王のノイマン・ブレイク・アーキテクチャ

前書き

 2019年4月上旬、甲斐の国大学という「知性の辺境」。そこで黒木(クロキ)万桜(マオ)舞桜(マオ)が生み出したものは、「技術的ルサンチマンの極致」であった。

 FAXという昭和の遺物、すなわち「レガシーのノイズ」は、「魔改造スキャンコード」という超高密度画像データでドーピングされ、世界で最も低速であった有線通信を、「デジタル通信の未来」を置き去りにする超高速規格へと変貌する。

 しかし、万桜(マオ)の論理は、既存インフラの「非合理的なノイズ」を暴き出すだけに留まらない。やがて、その苛立ちは、コンピュータそのものの根源的な制約、すなわち「ノイマン型アーキテクチャの有限性」へと、その「知性の暴力」を向ける。

 万桜(マオ)舞桜(マオ)が辿り着いた結論は、「紙は永年保管」、「画像は無限仮想メモリ」、「AIは超効率演算」という、究極に合理的な三層の分散処理構造であった。

 この構造は、高価な物理資源の有限性、メモリ容量の逼迫、そしてデータI/Oの遅延、という「コンピューティングの3大ノイズ」を、根底から無力化する発想である。

 ここに、「黒き魔王」の「論理の暴力」によって、数十年続いた「ノイマン型」という時代の枠組みは、今、完全にブレイク(破壊)される。

 これは、黒木(クロキ)万桜(マオ)が、通信の再構築に続き、「記憶と演算の領域」にまで手を広げ、「文明シフト」を不可逆のものとする物語である。

 2019年4月上旬。甲斐の国大学、旧休憩室。

 その場所は、万桜(マオ)たちにとって、世界を変える技術を生み出す「知性の要塞」であると同時に、ガラクタの山であった。隅に追いやられた倉庫から引っ張り出されたファクシミリ(以下、FAX)が、今やその空間の中央で異彩を放っている。

 FAXとは、電話回線を通じ、紙の文書を遠隔地に電送する、昭和から平成にかけて主流であった、「紙と有線を結びつけるレガシーな技術」である。送られてきた情報は、熱やインクで紙に焼き付けられ、その通信時には「ピー、ガー、ウィーン」という独特の電子音を発する。

 万桜(マオ)たちは、この「レガシーな有線インフラ」に、「魔改造スキャンコード」という超高密度の画像データ伝送技術を組み合わせ、世界で最も低速でアナログであったFAXを、「超高速デジタル有線通信機」へと変貌させたのだ。

 甲高い電子音、「ピポポポ~、ガー、ピーッ」という、古めかしいノイズが、旧休憩室全体に響き渡る。

 受信が完了したその直後、高解像度の画像データ(魔改造スキャンコード)は、瞬時に人工知能アシスタント魔王(セイタン)へと送られていく。

「黒木先輩。聞こえてる? 見えてる? 見えてない? じゃあ…」

 ディスプレイに杉野(スギノ)香織(カオリ)の姿が映り、声が飛び込んでくる。

 彼女は、東京にあるセイタンシステムズのラボから、動画と音声を送っていた。これは、今や誰もが使うテレビ電話と変わらないが、その裏側にある通信規格が常軌を逸している。

 音声は、既存のデジタル回線で送られているが、香織(カオリ)の動画データは、「魔改造FAX」によって超高密度の画像データとして先に送られ、ディスプレイでは「1拍遅れ」でその動画が再生されているのだ。

 わずか一瞬の遅延。しかし、それがかえって奇妙な「未来的な違和感」を生み出している。香織(カオリ)の声と動きが、ほんの少しだけズレているのだ。

「ほら、胸チラ!」

 画面の中で、香織(カオリ)は屈託のない笑顔を浮かべ、無邪気な悪戯で、胸元をチラリと見せる。

 そのわずかな「悪意なき衝動」は、一瞬の静寂を破った。

勇希(ユウキ)、善きに計らえ」

 万桜(マオ)は、画面を凝視する男子たちを横目に、吐息をひとつ。

 その声には、彼女の行動への「不合理な熱量」と、その場にいる男子たちの「抗いがたい煩悩」を処理するための「理路整然とした制裁の要求」が込められていた。

 万桜(マオ)は、東京にいる幼馴染の勇希(ユウキ)へと、その「制裁の権限」を丸投げする。

 その間、万桜(マオ)の指示に従わず、モニターに映る香織(カオリ)の胸チラ動画を、ちゃっかり凝視する男子たちに、舞桜(マオ)莉那(リナ)は苦笑した。

 その様子は、まるで、「論理」が「衝動」という名のノイズを前に、一時的に機能停止しているかのようであった。


「これ、通信規格が退行して、超前進しちゃったな」

 その光景に、万桜(マオ)が、感嘆と自嘲が混じった声音で、ポツリと呟いた。

 彼が達成したのは、過去の「ローテクな有線通信」を、現代の「超高密度画像認識技術」でドーピングし、「デジタル通信の未来」を置き去りにするという、技術的ルサンチマンの極致であった。

『再構築したってことだろ? 言ってみれば、現状の通信インフラはヴェブレンだったってことさ…』

 杉野(スギノ)香織(カオリ)を、まるで人形のように片腕のアイアンクローで釣り上げながら、東京の勇希(ユウキ)は、その技術的意義を経済学の言葉で解体した。

 ヴェブレン効果とは、財の価格が高いほど需要が高まるという、「非合理的な消費行動」を示す概念である。勇希(ユウキ)は、「現状の通信インフラ」が、その「非合理性」に囚われていたことを指摘したのだ。

 すなわち、「高価な光ファイバーや無線帯域に依存する」という、「コストのノイズ」を内包しながら、「速いから、新しいから」という理由だけでその非合理性が許容されてきた。

 万桜(マオ)のFAX通信は、その「見せかけの高級インフラ」の存在意義を一瞬で粉砕する。

「失われた30年ってよく聞くけど、思考停止の30年じゃねえか…工夫のねえマシン頼りのプログラム、マシン頼りの通信…」

 万桜(マオ)の声に、若き天才特有の、煮えたぎるような苛立ちが滲む。

 彼らが「技術の退行」で達成したのは、先人たちが「高性能なマシン」に頼りきり、「知恵による工夫」を怠った結果、生じた「停滞という名のノイズ」の露呈であった。

 その時、東京のディスプレイでは、アイアンクローから解放されたはずの香織(カオリ)が、未だ苦悶に顔を歪ませていた。動画が一拍遅れで再生されているがゆえの、奇妙な「時間差の悲劇」である。

勇希(ユウキ)、杉野泣きそう…」

 万桜(マオ)は、香織(カオリ)の顔面蒼白ぶりを見て、苦笑し、制裁の解除を要請した。

 勇希(ユウキ)の苦笑が、万桜(マオ)に届く。

『もう解除してるよ』

 勇希(ユウキ)は、そう言って、一拍遅れの動画であることを、改めて万桜(マオ)たちに通知した。

 香織(カオリ)の「苦悶の表情」は、すでに「過去の映像」であった。この「時間差のノイズ」こそが、彼らが「世界最速」として再構築した、「魔改造FAX通信」の、皮肉な「実証結果」であった。


「「魔王さま! さっきの娘って誰? 先月から気になってたけれども!」」

 その時、東京からの映像に釘付けになっていた幹部自衛官候補生である2回生の藤枝と3回生の佐伯が、声を張り上げた。

 彼らの声は、先ほどの香織(カオリ)の「悪戯」と、万桜(マオ)の「制裁」という一連の劇的展開に、感情的な熱量を噴出させている。

「そう言えば、まだ顔合わせしてねえな…杉野、自己紹介しな…」

 万桜(マオ)は、「知性の暴力」を共有する仲間として、東京の杉野(スギノ)香織(カオリ)に促した。

『東京本郷大学1回生の杉野香織(カオリ)です。魔王対策委員会セイタンシステムズの経理担当です。ギャルです。風呂好きです。未経験者はノーサンキューです』

 香織(カオリ)は、その肩書きとは裏腹に、極めて棒読みな自己紹介を披露した。

 彼女は、モニター越しに佐伯と藤枝のふたりを「好みのタイプではない」と認識したのか、その声色には、いささかの感情的な熱も込められていなかった。

「「よろしく、お願いします」」

 彼女の容赦ない自己紹介に対し、佐伯と藤枝のふたりは、涙に湿った声で応じるのが精一杯であった。

 この空間に流れるのは、あまりにも埋めがたい「認識のノイズ」であった。

「防衛大学校3回生の倉田琴葉です。これが佐伯で、こっちが藤枝です。よろしくお願いします杉野さん」

 琴葉(コトハ)が、佐伯と藤枝たちの「感情的なノイズ」を打ち消すように、防衛大学校生らしい冷静な取り纏めをもって、東京の香織(カオリ)に挨拶をかわした。

「つか、そっちけっこう人がいるな? 共同キャンパス参加校が増えたのか?」

 万桜(マオ)が、モニターの背景に、見慣れない顔ぶれが多数いることに気付き、東京の勇希(ユウキ)に尋ねた。

『セイタンシステムズの社員です。てか、このファクシミリ?と言い、寿司人形と言い』

 香織(カオリ)は、万桜(マオ)に対する恨み節を言い募る。

 彼女が、寿司を握るアンドロイドを「寿司人形」と呼んだのは、その核心技術である「マカロニ・テンダーアンドロイド構想」が、未だ「秘匿事項」であったからだ。

『いろいろ手掛けないと大変なのよ黒木先輩! 東京ラボでは、『超低コスト医療用マイクロボット』の研究や、食料危機に備えた『ゲノム編集による超多収米の開発』、さらには『低遅延VR遠隔医療システム』の構築なんかを、同時並行で進めているんですから! しかも全部、全部…』

 そう、これらはすべて無駄な研究、無駄な支出だ。だって、甲斐の国大学で全部が安価で達成されている。これは莫大な法人税を国庫に死蔵させないための措置だった。

 香織(カオリ)は、スタッフのモチベーションを下げないために『無駄』と言う言葉を飲み込みながら、一気に捲し立てた。

 その時、万桜(マオ)の視線は、モニターの端に捉えた、ある人物の姿に釘付けになった。

「あれ、柳さんじゃん。勇希(ユウキ)、柳さん雇ったのか?」

 (ヤナギ)という名のその人物は、以前、万桜(マオ)たちが『非合法な接触』をされた相手、すなわちスパイ行為スレスレな接触をしてくる国外の学者だ。

 彼は、世界的な資源・戦略の専門家であり、その存在は常に「地政学的ノイズ」を伴っていた。

『まあ、非合法に接触されるよりは、良いと言う舞桜(マオ)の判断だな』

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)からの質問に対し、「リスクの排除」という観点から、その採用の背景を説明した。

 「国外の研究視点」をシステム内に組み込むことで、むしろその「ノイズ」を内部から管理するという、「魔王対策委員会」らしい、冷徹な判断であった。


勇希(ユウキ)、餃子の作り方を聞いておいてくれよ」

 万桜(マオ)が、「戦略的資源」よりも「家庭のレシピ」を優先する、極めて個人的な要求を口にした。

 その言葉を聞くやいなや、柳さんは、何の躊躇もなく、スッと勇希(ユウキ)にメモを滑らせた。

 勇希(ユウキ)は、そのメモを無造作に一瞥し、カメラの前に提示する。

「いや、そのテーマじゃあ、交換できるものはねえな…」

 万桜(マオ)は、不敵な笑みを浮かべながら、メモの内容を一蹴した。

 提示されたのは、柳さんの持つ3級機密であった。それは、ありきたりなロボットアームの油圧比率など、「知識のノイズ」に過ぎない。

 万桜(マオ)の知的好奇心は、その「陳腐な論理」には、微塵も唆られなかった。

「餃子の作り方のが、まだ嬉しいねえ」

 彼の言葉は、「世界を動かす機密」よりも「日々の食卓の豊かさ」という、究極の「生活の合理性」を優先するという、彼の哲学を体現していた。

 その言葉に、「国外の研究視点」を背負う柳さんは、初めて苦笑を浮かべた。そして、彼は、「食卓の技術」という、もうひとつの「生活の秘伝」が書かれたメモを勇希(ユウキ)に滑らせた。

「燻煙のやり方について教えて差し上げて」

 万桜(マオ)は、そう言い、「対価の要求」として、セイタンシステムズの3級機密を提示する。

 それは、「ガスを使わない炙り技術」であった。この技術は、エネルギーコストのノイズを極限まで排除した「低コスト調理技術」であり、「資源の有限性」という世界の課題への解答のひとつであった。

「「「「なに、さらっと外部と高度なやりとりしてんのよ?」」」」

 その一連の、あまりにも冷静でシームレスな「機密の交換」に、舞桜(マオ)と、幹部自衛官候補生たちという「常識組」は、悲鳴をあげた。

 彼らにとって、機密とは「厳重に管理されるべきもの」という「慣習のノイズ」に囚われていた。しかし、万桜(マオ)たちにとって、機密とは「必要であれば交換するべき情報」という、「論理の資源」に過ぎなかったのだ。

「「「『キッズスカウトで習うじゃん?』」」」

 柳さんとの「高度な機密交換」を終えた万桜(マオ)たちは、信源郷町出身者特有の「常識外の論理」で、さらっと宣うのであった。

 それは、「機密情報の交換」という行為が、彼らにとっては「他者との信頼に基づく、ごく自然な対話」であり、「秘密の保持」という「非合理的なノイズ」は、最初から存在しないことを示していた。


万桜(マオ)、この人は寧々(ネネ)さんだ。柳さんの娘さんらしい』

 東京のラボからの映像で、勇希(ユウキ)はそう言い、画面に映るスタッフのひとりを紹介した。

 (ヤナギ)寧々(ネネ)と言うその女性は、勇希(ユウキ)香織(カオリ)と同じく、東京本郷大学の学生であるという。

 その瞬間、杉野(スギノ)香織(カオリ)は、勇希(ユウキ)から放たれる「圧」が、先ほどよりも桁違いに強まったことを、その全身の感覚で捉えた。

 画面端に映る柳さんの顔が、わかりやすく引き攣った。

 その「圧」は、既に威圧という領域を通り越し、殺気にまで昇華されつつある。万桜(マオ)に娘を紹介しようとした行為が、勇希(ユウキ)の「閉鎖循環系」に対する「外部からの介入」と見なされ、その逆鱗に触れたようだ。

「ああ、勇希(ユウキ)…柳さん泣きそう…やめたげて…」

 万桜(マオ)は、「知性の暴力」が「感情の暴力」へと変貌するのを危惧し、苦笑しながら宥めた。

 その声に、勇希(ユウキ)は苦笑し、

『もう解いている』

 そう言い、一拍遅れの動画であることを通知した。柳さんの「顔の引き攣り」は、既に「過去の映像」であった。

『柳の娘の寧々(ネネ)と申します。いわゆるハニートラップ要員ではありません』

 (ヤナギ)寧々(ネネ)は、優雅な所作で挨拶を交わした。

 その直後に、自らの「役割」が、周囲にそう認識されていることに心外そうに、その可能性を否定した。

「いや、未経験者ですので、そう言うのはけっこうです」

 「愛のノイズ」をシステム内に取り込まないという、万桜(マオ)の徹底した姿勢は、ここでも揺るがない。

 万桜(マオ)は苦笑しながら、その申し出を受け流した。

「黒木万桜(マオ)です。柳さんは、えっと…」

 万桜(マオ)は、「柳さんの娘」という背景の「複雑なノイズ」を察し、曖昧に言葉を濁した。

『この春から東京本郷大学の一回生です』

 (ヤナギ)寧々(ネネ)は、そう説明したが、その顔立ちは学生とは思えぬほど大人びている。美人だとは思うが、万桜(マオ)の「警戒心」は緩まない。

 万桜(マオ)の反応に、寧々(ネネ)は苦笑し、

『22ですよ黒木さん…まあ、大人の事情ですね…』

 その複雑な背景を、シレッと「大人の事情」という言葉で置き換えた。

 その言葉に、万桜(マオ)は直球を投げ込む。

「いや、24でしょ? お父さんがカンペ出してるし」

 その指摘に、寧々(ネネ)は「論理の防御線」が一気に崩壊した。

『フツーに社会人やってたのに、彼氏もできそうだったのに…こんのクソ親父ぃ! ウチの娘どう? じゃねえわッ!』

 (ヤナギ)寧々(ネネ)は、カンペを出しているであろう柳さんに、物理的な怒りをぶつける。

「濃いなー」

 父親にサンダルを投げつける寧々(ネネ)万桜(マオ)は呟く。

『身の(こな)しからして、軍属だな…まあ、そう言うことらしい…』

 勇希(ユウキ)が、その一連の「感情の混沌」を無視し、「合理的な観測結果」を端的に説明した。

 (ヤナギ)寧々(ネネ)は、東京ラボの護衛役という、極めて「戦略的な役割」を背負い、柳さんに引っ張られてきたようだ。

 彼女の「東京本郷大学の一回生」という設定は、「論理の偽装」であり、その実態は「有事に備えた戦略的な人材」であることを、万桜(マオ)たちは即座に悟った。


勇希(ユウキ)、杉野、いったん切るぜ」

 万桜(マオ)は、唐突に通信を切断した。

 「国外の研究視点」を背負う柳親子とのやり取りで生じた、「感情と戦略のノイズ」を、これ以上システム内に引き込むことを拒否したのだ。

 万桜(マオ)は、その場で自身に向き直り、「ある本質的な気付き」を口にした。

「ボッチ、魔改造スキャンコードをA4サイズの画像データで保存して圧縮すれば、1.5ギガがスゲえ縮小されるよな? これファクシミリでもできるが、ファクシミリを介さないでもいいじゃねえか?」

 彼の表情に、新たな「論理の回路」が組み上がった光が宿る。

 彼らは「魔改造スキャンコード」という、「超高密度画像ファイル」を生み出した。そして、それを「ファクシミリで伝送する」というプロセスを挟むことで、「有線通信の超前進」を実証した。

 しかし、その過程で、彼らは「紙という媒体」に囚われていた。

 万桜(マオ)が指摘したのは、「紙」という「物理的な制約」からの解放である。

 「紙に印刷してスキャンする」というプロセスは、「超高密度画像ファイル」の「生成と復号」という、「論理的な核」を包み隠す「物理的なノイズ」に過ぎない。

 その「気づき」に対し、舞桜(マオ)は、「論理的なパートナー」として、万桜(マオ)の思考を完璧に補完した。

「そうよ、万桜(マオ)…私たちが当初、紙に囚われたのは、『紙が持つ恒久性』と、『レアアースを不要にするというノイズ排除の目標』があったから」

 舞桜(マオ)は、「ボッチ」と呼ばれていることを一瞬で忘れ、冷静にその「思考の過程」を分析する。

「だけど、私たちが本当に発明したのは、『AIが画像として認識できる超高密度データ圧縮技術』であって、紙そのものじゃない」

 「本質」は、「データ圧縮とAI認識」という、「論理の純粋な結晶」であった。

「その『超高密度画像ファイル』を、そのままインターネット回線や、光ファイバーで送れば、『データ量』そのものが極限まで圧縮されているんだから、通信速度は、私たちが現在使っている規格の『理論上の限界』を超えてくる」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の頭の中で組まれたばかりの「新しい論理」を、完成形へと導いた。

 それは、「紙ストレージ」という「持続可能なアーカイブ」という用途を超え、「超高速通信規格」という、「デジタル通信そのものの再定義」へと、万桜(マオ)の技術が「超前進」した瞬間であった。

「いやそれだけじゃねえ。メモリに展開するデータを画像にしておけば、メモリは常に最適な状態を保てるんじゃねえか? 事実上は画像が展開されただけだ。ダンプデータとしてメモリに展開するから、メモリが逼迫する。紙でやろうとしていたことを電脳空間で行えば、いいだけじゃねえか?」

 万桜(マオ)は、「紙」という「物理的なノイズ」からの完全なる離脱を宣言し、その興奮を隠せない。

 彼の頭の中では、「紙ストレージ」という物理的な解決策が、「仮想メモリの新アーキテクチャ」という純粋な論理へと昇華しつつあった。

 彼が指摘したのは、「メモリ逼迫というノイズ」の発生源である、「ダンプデータ」という概念そのものの置き換えである。

「そうよ、万桜(マオ)…それは、『メモリ容量の有限性』という、ノイマン型アーキテクチャの最大の制約を、根本から無力化する発想だわ」

 舞桜(マオ)は、その「論理の閃光」を瞬時に受け止め、興奮気味に論理的な可能性を語り始めた。

「私たちの『魔改造スキャンコード』は、究極的には『人工知能が認識し、復号できる高密度画像フォーマット』。これを『画像データ』としてメモリに展開しておけば、『データそのものの圧縮率』が極めて高い状態を維持できる」

 彼女は、その技術的な優位性を整理する。

「画像が展開された『フレーム』だけを、必要な時にAIが読み取って復号すればいい。メモリは、そのフレームの『一時的な描画領域』としてしか使われない。『ダンプデータの全体展開』という、『非効率なノイズ』から解放される」

 この方式が実現すれば、メモリは常に「超高密度画像」という、「超圧縮データ」を格納している状態となる。

「事実上、コンピュータの『メモリ容量』は、私たちの『画像フォーマットの圧縮性能』と、『AIの画像処理速度』にしか依存しなくなる。『物理メモリの量』という制約は、消滅するわ」

 「紙」という「無限のアーカイブ」が、今や「電脳空間の無限の仮想メモリ」へと変貌したのだ。

「これは、超低消費電力での動作も可能になる。メモリが逼迫しないから、常に最適な状態でCPUが稼働できる。『低電力・無限容量・超高速』という、『究極のコンピューティング環境』が、私たちの手で、論理的に実現可能になったのよ!」

 舞桜(マオ)の目には、その「文明シフト」の巨大な可能性に対する、底知れぬ熱量が宿っていた。

「同じ機械だけで完結させようとするから、おかしくなる。魔改造スキャンコードを表示させる機械とシステム用の機械と分ければ、仮想記憶が無制限になるじゃねえか?」

 その「分離の論理」が、万桜(マオ)の中で完全に組み上がった瞬間、彼は、衝動を抑えきれずに、舞桜(マオ)を強く抱きしめた。

 その体温の伝播は、「論理的な達成感」と「感情的な衝動」が最高潮に達したことを示している。

万桜(マオ)…っ! あなたって、本当に…!」

 舞桜(マオ)は、予期せぬ万桜(マオ)の力強い抱擁に、一瞬言葉を詰まらせる。

 しかし、その顔は、羞恥と喜びだけでなく、「論理の完成」を見届けたパートナーとしての、確信の輝きに満ちていた。

「そうよ、それが『システムの外部化』という、究極のノイズ排除よ!」

 彼女は、万桜(マオ)の背中に手を回しながら、その「閃き」の正しさを語り始める。

「私たちを縛っていたのは、『一台のコンピュータが全ての機能を賄う』という、『自己完結性のノイズ』だったのよ」

「『魔改造スキャンコードを表示させる機械』、つまり、高解像度ディスプレイとGPUを備えた『表示・画像化専用ユニット』が、私たちの『仮想ストレージ』になる」

 舞桜(マオ)は、その役割を定義する。

「そのユニットは、『常に超圧縮された画像データ(魔改造スキャンコード)』を表示し続けているだけでいい。メインの『システム用の機械(CPU)』は、その表示された画面を、『AIの目』を通して読み取って、必要なデータだけを復号すればいいのよ」

 舞桜(マオ)は抱擁を強める。

「これは、『表示』と『演算』という、二つの機能を分離させることで、『メモリ容量』という『資源の有限性ノイズ』を、『画面の大きさ』という『物理的な表示可能領域の大きさ』に置き換えたのよ!」

 物理メモリという高価で有限な資源を、ディスプレイという、比較的安価で大型化が容易な別の資源に「外部化」し、その制約を事実上無力化したのだ。

「あなたのアイデアは、『記憶容量』を『ディスプレイの画素数』に依存させる、『新しいコンピューティング・アーキテクチャ』の誕生よ! そして、『仮想記憶』は、事実上、『画面サイズと解像度の許す限り無制限』になる!」

 舞桜(マオ)は、「知性の絶頂」を共有した高揚感に包まれながら、力強く万桜(マオ)を抱きしめ返した。

 「愛」という究極の非合理性が、「世界の論理」を解体し、再構築する、新たなエンジンとなった瞬間であった。

「紙は永年保管、仮想メモリは別の機械で画像展開。本体は人工知能で画像解析。メモリに展開」

 万桜(マオ)は、自身が舞桜(マオ)を抱きしめたという、「非合理的な衝動の表出」に、今更ながら気付いた。

 しかし、彼はその「感情のノイズ」を敢えてスルーし、「論理の完成」という「理性の領域」へと意識を戻す。

 彼は、「紙」と「電脳空間」という二つの領域で、「資源の有限性」と「記憶の有限性」という二大ノイズを排除した「最終的な論理構造」を、簡潔な言葉で提示した。

 その構造は、究極の分散と特化に基づいている。

「わかったわ、万桜(マオ)。まとめると、私たちの技術は、『コンピューティングの3つの制約』を排除する、三層の論理構造を持つことになる」

 舞桜(マオ)は、「ボッチ」と呼ばれていることなど意にも介さず、万桜(マオ)の論理を、「世界の常識」を打ち破る「新しい規格」として定義し始めた。


【第一層:永年アーカイブ(資源の有限性ノイズの排除)】

「第一に、『紙は永年保管』。これは、レアアースや磁性体に依存する『資源の有限性』を排除し、『データの寿命』というノイズを無力化する。紙は、『低コストで無限増殖可能なストレージ資源』として定義される」


【第二層:無限仮想メモリ(記憶の有限性ノイズの排除)】

「第二に、『仮想メモリは別の機械で画像展開』。これは、『物理メモリの容量』というノイズを、『画像化・表示専用ユニットの画面サイズと解像度』に外部化する。これにより、『仮想記憶』は事実上、『無制限の領域』を獲得する」


【第三層:超効率演算(I/Oの遅延ノイズの排除)】

「そして、第三に、『本体は人工知能で画像解析、メモリに展開』。これは、演算本体のCPUが、『I/Oの遅延』や『データ全体の展開コスト』というノイズを負わず、AIによる『画像認識』という、超並列な手法で、必要なデータだけを『極めて効率的に』展開する。CPUは、純粋な演算に集中できる」


「この構造は、『一つの技術』が『3つの異なる制約』を同時に排除する、『究極に合理的なシステム』よ、万桜(マオ)!」

 舞桜(マオ)は、「感情の熱量」を「論理の完璧さ」へと昇華させ、「魔改造スキャンコード」という技術が、「文明シフト」の新たな規格であることを、明確に言語化したのであった。


「ああ、あれだ諸君…勇希(ユウキ)には、黙っててください…」

 「論理の完成」という「理性の領域」から、一気に「感情の混沌」へと引き戻された万桜(マオ)は、ジト目を貼り付けている外野たちへと、恥ずかしさで顔を赤くしながら懇願した。

 この「論理的なハグ」という、極めて非合理的な衝動の表出が、「恋の修羅場」の目撃者たち、すなわち莉那(リナ)たちセイタンシステムズの社員や、幹部自衛官候補生たちに、いかに「致命的なノイズ」として観測されたか、彼は瞬時に理解した。

 万桜(マオ)舞桜(マオ)は、ほとんど土下座する勢いで、外野たちへと頼み込む。

「「お願いします!」」

 その「切実な哀願」に対し、返ってきた答えは、当然ながら「嫉妬のノイズ」が極限まで高まった、これであった。

 「「「「「リア充爆ぜろ!」」」」」

 それは、「知性の天才」が、「感情の非合理性」に屈した瞬間を捉えた、「常識組」からの、あまりにも容赦のない制裁であった。

 万桜(マオ)舞桜(マオ)は、「世界を変える技術」は生み出せても、この「人類共通の感情の制約」だけは、いかなる論理でも排除できないことを、改めて痛感したのであった。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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