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黒き魔王の紙ストレージと魔改造スキャンコード

前書き

 二〇一九年三月。甲斐の国大学、旧休憩室。

 この場所は、世界を変える技術が生まれる「論理のシェルター」であると同時に、若き天才たちが、最も観測不能な「感情の混沌」に直面する「愛の修羅場」となった。

 黒木万桜(マオ)にとって、「愛」とは、いかなるプログラムにも組み込めない「非合理性のノイズ」であった。

 幼馴染である勇希(ユウキ)と、天才的なパートナーである舞桜(マオ)からの同時的な好意。彼は、その「衝動」という名のバグを抑え込むため、「二年の猶予期間」という合理的な契約を結ぶ。

 この決意の裏には、政義(マサヨシ)との組討による物理的な感情の排出があった。それは、「恋は三年で醒める状態異常」という、大人の忠告を、自身の行動規範として受け入れた瞬間でもあった。

 しかし、その個人的な葛藤は、関係者全員に覗き見られるという形で公に晒される。

 激昂した万桜(マオ)が、自身の羞恥という名の熱量を燃料に変えて爆発させたのが、『魔改造スキャンコード・紙ストレージ構想』である。

 超精密技術を駆使し、紙をレアアース不要の永久ハードディスクへと変えるその構想は、当時の世界を覆っていた米中レアアース貿易戦争という、『資源の有限性』がもたらす最大の制約を、一瞬で無力化する劇薬であった。

 「愛」という究極の非合理性を、「時間」という論理でねじ伏せようとした天才と、その技術が世界の「戦略的パワーバランス」を強制的に書き換える未来への予告。

 これは、感情の混沌を乗り越え、知性の全てを賭けて、「世界」と「愛」という二つの巨大な難問へと同時に挑む、黒木万桜(マオ)の新たな物語の幕開けである。

 2019年3月中旬。御井神神社の本地仏である宝智院(ホウチイン)にて。

 対夜泣き決戦サービスYONAKIでの宿泊施設として、増設した宿坊の大広間の片隅。万桜は、自分が知る中で、もっとも歳の近い大人である甲斐の国大学総合教育学部3回生である山縣政義と、その恋人である防衛大学校2回生の倉田琴葉と向き合っていた。

 大広間は伽藍の古い木の匂いに、新しい畳の青々しい匂いが混ざり、どこかアンバランスな静寂に包まれている。表向きの内容は、大量に出るであろう洗濯物の乾燥機の使い方という、極めて実務的なものだったが、政義はすぐにそれを看破した。

「黒木。回りくどい。なにか話があるんだろ?」

 政義は、その口調に一切のノイズを含ませず、直球で質した。彼の視線は、既に万桜(マオ)の心臓の鼓動を捉えている。

 万桜が、救いを求めるように琴葉に視線を向けると、政義は長年連れ添う夫婦のように、その意図を察して口角を上げた。

「琴葉さん。君から言ってやってくれ」

 政義に目で促され、琴葉は吐息をひとつ、軍刀の切っ先のような鋭い直球を投げ返した。

「ふたりとキスして、困惑している――違いますか黒木くん?」

 それは、手が痺れるような、あまりにも正確な観測結果であった。舞桜(マオ)勇希(ユウキ)が仕掛けたキス。それは女性陣の間で共有されている。得てして女性陣のネットワークに秘密はない。もちろん、漏洩が許される範囲でだが。

 万桜は大きく目を見開き、自身の心臓が喉まで飛び出してきたかのように、慄いた。

「な、なぜそれを? え、な、なに言っちゃってんの?」

 必死に論理的な防御線を張ろうとするが、声は上ずり、狼狽を隠せない。

「聞いたからさ。嬉しそうに話してたよ。ふたりとも」

 琴葉はケロッと暴露する。その声色には、いささかの皮肉も感情的な揺れもない。ただ事実を伝えただけだ。

 政義は苦笑しながら、その動揺を楽しむように、からかいの言葉を投げ掛けた。

「ふうん。黒木…おまえ、惚気に来たのか?」

 その言葉は、万桜の「合理的な防衛線」を、一瞬で砂上の楼閣へと変える。

「ち、ちげえよ! ただ、わっかんねえんだよ…」

 万桜は、自らの知性が解決できない「感情というバグ」の存在を、情けない声で、自分より大人である政義たちに素直に吐露した。

 政義は、茶菓子として出した煎餅の袋をビリリと破りながら、静かに諭す。

「わからない? 好意を表明されたってことだよ。黒木。とっても簡単なことさ」

 政義の指摘は、図星であった。

「だ、だってよぉ先輩…ふたり同時にチューされたら、俺、どっちを選べばいいんだよ?」

 万桜(マオ)は、泣きそうな顔をして、住職見習いでもある政義に答えを求める。彼の頭の中には、常に『最適解』『二者択一』というロジックが渦巻いている。

「白井は、チームのリーダーとして、黒木の『逃げ道』を塞いだ」

 琴葉が、政義の言葉を補完する。

舞桜(マオ)さんは、黒木くんに好意を伝えた」

 それは、今さら補完するまでもない、誰の目にも明らかな内容だった。

「今すぐ答えを出す必要なんかないんだよ。黒木。そして、これは牽制だよ。おまえ、高校の時にモテてたんだぜ?」

 政義は、煎餅を噛み砕く音をさせながら、さらに核心に踏み込む。

「これ以上、恋敵を増やしてくれるな『黒き魔王』って牽制だよ」

 政義の言い含めるような言葉を、琴葉はさらに深く掘り下げていく。

「君が困惑しているのは、キスより先で応えようとしているからよ」

 その言葉に、万桜の体は硬直した。

 高所の恐怖に怯える万桜(マオ)舞桜(マオ)がキスをした時、彼の中に生まれたのは、舞桜(マオ)を独占したいという、計算不能な、動物的な感情だった。

「ちが、う…俺は…」

「黒木くん」

 琴葉は、初めて万桜の目を見た。その瞳は、防衛大学校の制服の紺色よりも深く、感情という闇を覗き込む。

「あたしは、それを推奨しない。その感情は、恋と言う『状態異常』が引き起こす衝動に過ぎないもの」

 琴葉の言葉は、男友達たちからの忠告である『恋は3年で醒める状態異常』と合致していた。彼女にとって、それは戦略上の誤謬であり、極めて危険な「非合理性のノイズ」である。

「俺、スケベなんかな先輩?」

 万桜は、膝に置いた自分の拳が、震えていることに気付いた。

「衝動を抑えるって…だって、両思いで、相手はふたりで…」

 それは、彼の天才的な知性が、最も苦手とする「自己認識」という、感情の未踏領域であった。彼の頭の中では、「論理」が「衝動」というバグを処理できず、無限ループを起こしている。

「黒木」

 政義は、煎餅を食べ終え、手を叩いて万桜を現実へと引き戻す。

「求める愛に、愛を返すのは間違いじゃないさ。ただ、衝動は愛じゃない。それを取り違えちゃダメだ」

 政義の目には、友人に対する真摯な思いと、人生の先輩としての静かな経験が宿っていた。

「愛に、『最適解』はねえんだよ。そして、『選択』する必要もねえ。彼女たちがおまえへの好意を認めたように、おまえも彼女たちへの好意を認めろ。今はそれだけでいい。その『ノイズ』を受け入れるんだ」

 万桜(マオ)は、静かに政義の言葉を受け止めた。大広間の窓の外には、伽藍の屋根越しに、甲斐の国市の山々の稜線が春の光に縁取られていた。彼の脳裏で、何かが崩壊し、新しい回路が組み上がり始める音がする。

「…先輩…稽古つけてもらっていいっスか…」

 万桜の目から、一筋の光が差し込む。それは、天才が直面した「恋愛」という、究極の非合理性を、初めて自身の「システム」として受け入れた瞬間であった。この衝動こそが、今、彼を動かす新たな『エネルギー源』なのだと。

「まあ、衝動の発散にゃ、実戦組手に限るわな…いいぜ黒木。琴葉さん、審判頼めるかな?」

 そう言って、政義は棚から、道着とヘッドギアとプロテクターを引っ張り出して、万桜に放った。

「黒木。おまえ思春期みたいだな」

 政義は、そう笑って琴葉と顔を見合わせる。

「なんとでも言って」

 万桜は、そう言いながらも、その顔には、先ほどまでの狼狽は微塵もなく、新しい感情を受け入れた者の、どこか晴れやかな笑みが浮かんでいた。


★★★★★★


 内庭に面した縁側での激しい組討を終え、琴葉(コトハ)は、増設された宿坊の一角に設置された「自然乾燥機」の様子を確認していた。

「これは、うちでも欲しいわね」

 琴葉(コトハ)は、あらためて唸った。

 万桜が考案し、地元の協力を得て試作されたこの乾燥装置は、電気を一切使わないというコンセプトが徹底されている。

 洗濯物を挟むように設置されたエマージェンシーブランケットのアルミ反射板が、室内の熱を逃がさず閉じ込め、太陽光を集めるファンネル(漏斗)が外気を取り込み、ホースで流速を増幅させて洗濯物に吹き付ける。

 

 温度、風、湿度の除去。乾燥の三要素を、自然の力を最大限に活かして制御するその効果は抜群だ。乾燥室の下部に置かれた竹炭が、湿気を吸着し調湿するため、部屋干し特有の生乾きの匂いもしない。

「黒木くん。このシステム、実用化のコスト見積もりは既に頭の中にあるんですよね?」

 防衛大学校生らしい、その視点は常に「資源」と「効率」に向いている。

 考案者である万桜(マオ)は、政義との戦国時代さながらな組討での組手で、すっかり伸びていた。大の字になって畳に倒れ込み、激しく息を吐いている。彼の道着は、汗で道着の表面の木綿繊維が水分を含み、重く体に張り付いていた。

「お茶にしようか」

 政義は、万桜をアッサリと打ちのめした後、道着の乱れを丁寧に直すと、お茶の支度をして戻ってきた。その動きには、一切の無駄がない。

 政義と万桜が今行った組討は、単なる柔術や柔道の組手ではない。それは、政義が僧侶の修行として、また武道の訓練として追求する「戦国武術の合理性」を体現したものだ。

 柔術の「捌き」と柔道の「投げ」、そして打撃の三要素を、実戦的な「組討くみうち」の概念で統合している。戦場で甲冑を身につけた相手を想定し、『相手の体勢を崩して、武器の届かない間合いに引きずり込む』ことを目的とした古流武術の要素が色濃く残る。

 政義は、その組討の技術を使い、万桜(マオ)の中に渦巻く「愛と独占欲という名の衝動」を、物理的な激突によって外へと強制的に排出させたのだ。

「いい汗かいたな、黒木」

 熱い番茶の入った湯呑みを、万桜の頭の横に置く。

「…熱いっス」

 万桜は、口を開くのがやっとだ。体中の筋肉が、久々の全力の組討で悲鳴を上げている。しかし、その顔は、先ほどまでの「論理的な困惑」から解き放たれ、どこかスッキリとしていた。

「黒木くん。モヤモヤは晴れましたか?」

 琴葉(コトハ)は、お茶をすすりながら、組討の成果を尋ねた。

「倉田さん。俺…逃げないっス。あのふたりの好意から。俺自身が、どうしたいのかを…ちゃんと向き合います」

 万桜は、顔を覆っていた腕を退け、まっすぐ二人を見た。彼の目には、組討の熱と、新しい決意の光が宿っていた。衝動を受け入れ、それを行動原理に変える。


★★★★★★


 2019年3月下旬。甲斐の国大学、旧休憩室脇にある女子部屋兼研究室。

 部屋には、開発中の機器が所狭しと並べられ、独特の熱気がこもっていた。その中にいたのは、万桜(マオ)勇希(ユウキ)舞桜(マオ)の三人だけ。

 この空間は、彼らにとって最も安全な、「論理のシェルター」であるはずだった。しかし、今は、三人の間に、かすかな緊張感が張り詰めている。

「勇希、それと舞桜…あと2年待っちゃくれねえかな…」

 万桜は、組手で発散しきれなかった「衝動」を、「時間」という「合理的な解決策」へと変換しようと試み、深々と頭を下げた。

 その2年とは、恋愛感情の状態異常が醒めるまでの「猶予期間」だ。

 勇希(ユウキ)舞桜(マオ)は、万桜の言葉に即座に理解を示した。

「「待つわよ。気持ちは変わらないけど」」

 ふたりは、ほとんど同時に、そして一寸の揺らぎもなく、自分たちの「方針」が、万桜(マオ)と同じであることを宣言する。そのシンクロぶりは、「競争」ではなく、「協調」の意志を示していた。

 万桜は、ふたりの言葉に安堵の吐息を吐き捨てて、安心したように、頭を上げた。

「ありがとよ。いや、おまえら美人ちゃんでモテるから、他のやつらに掻っ攫われねえかって、気が気じゃなかったんだ…デートしたりして俺の彼女アピールもできねえだろ?」

 それは、組討で政義に指摘された「独占欲」という、非合理的な感情の素直な吐露だった。彼は、自分の弱さを認め、初めてそれを口に出したのだ。

「デートだけか、万桜?」

 勇希は、万桜をからかうようにそう言って、挑発的な笑みを浮かべる。彼女の表情は、「猶予」を与えられたことへの余裕と、「勝者」としての自信に満ちていた。

「別にいいわよ万桜? 気持ちは変わらないんだから…」

 舞桜が、その勇希の言葉に、さらに大胆にも捕捉する。その言葉は、まるで「契約」を有利に進めるための、戦略的な一言であった。

 これには、万桜(マオ)、赤面して、顔を両手で覆い隠した。

「や、やめねえか! 俺だって男なんだから、そんなこと言われりゃ、不埒を働いちまう!」

 彼は、理性のタガが外れそうになるのを必死に堪えている。彼の頭の中の「論理回路」が、「衝動」によってオーバーヒートを起こしかけていた。

「だからよ。舞桜って言って意識しなくなるまで、さ。俺、舞桜のことをボッチって呼ぶよ」

 万桜は、意を決したように、ある種の「決別」を宣言した。「舞桜」という愛称を口にすれば、途端に「恋愛対象」として意識し、理性的な行動が取れなくなる。それを防ぐための、彼独自の「感情遮断コード」であった。

「…ボッチ」

 万桜は、その呼び名を口にした後、少し寂しそうに顔を歪ませた。

 その瞬間、舞桜(マオ)の表情が、一瞬だけ曇った。しかし、すぐに彼女は微笑み、万桜の新しい「ルール」を受け入れた。

「ええ。わかったわ。ボッチでいいわよ、万桜、いいえ、黒木…」

 それは、「二年の猶予期間」という「合理的な契約」が、ここに成立したことを示す合図だった。

「あたしにも、抑えは必要なのよ…」

 そう言って、舞桜(マオ)も寂しそうに笑った。


★★★★★★


 その時、ドアの陰から、潜んでいたギャラリーがひとり、思わず声を漏らした。

「ねえ、なんで勇希は勇希のままなの?」

 問い掛けは、セイタンシステムズの社員である莉那(リナ)のものだ。

「勇希は幼馴染だから、名前呼びがデフォなんだよ…」

 ここまで言いかけたところで、万桜と勇希は、凍りつく。

 バッと振り返ると、そこには、全員がいた。

 莉那(リナ)を筆頭に、セイタンシステムズの社員たち、そして、

「泰造、誠実やな。黒木くん…」

 呆れたような顔で立つのは、舞桜(マオ)の兄である淳二。

「言ったでしょ? 世界一優しい悪ガキだって。あれ、先輩に言ったっけ?」

 面白そうに笑うのは、勇希(ユウキ)の父親である泰造。

 そして、

「それ言われたの私です泰造。でも、ホント、そう思います。茅野(チノ)社長…」

 北野学長は苦笑する。その隣には、拓矢(タクヤ)番長(バンチョー)もいた。

 全員。この部屋の重要関係者が、恋の修羅場を盗み見ていたのだ。

「へっ、へっー」

 万桜は、一瞬の沈黙の後、肩を震わせ、獰猛に嗤う。その笑いには、恥ずかしさや狼狽ではなく、「どうせなら全部ぶちまけてやる」という、破滅的な興奮が混ざっていた。

「テメエら…俺を怒らせたんだ…覚悟はキメてんだよな…」

 万桜の目が、データ処理中のプロセッサのようにギラリと光った。彼は、恥をかくという感情を、一瞬で「議論のための燃料」へと変換したのだ。


 旧休憩室であるセイタンシステムズの拠点にて。

「いいか。おまえらの目の前で、この世界に革命起こしてやる。紙切れがハードディスクに変わる、『魔改造スキャンコード』の話を、今から全員にしてやるぜ!」

 万桜は、傍らに積まれたA4用紙の束を手に取ると、全員を巻き込むように宣言した。


紙ストレージ構想(魔改造スキャンコード)

 場の空気が、恋愛の緊張感から、一気に「研究と事業のヒリヒリした興奮」へと切り替わる。

「いいか、まず『紙ストレージ』の核はな、紙だ。このA4のコピー用紙。これが、永久不滅のハードディスクになるんだ」

 万桜は、A4用紙を、あたかも稀少なシリコンウェハのように掲げた。

「なんですって?」

 北野学長が、興味深そうに眉をひそめた。

「どういう仕組みですか、万桜?」

 舞桜(マオ)が、すぐに技術的な問いを投げかける。彼女は、「ボッチ」と呼ばれていることを、一瞬で忘れた。

「シンプルだ。デジタルファイルをダンプデータに圧縮して、この紙に印刷する。それを人工知能が画像認識で読み取って復号するだけじゃねえか。問題は、密度と信頼性だった」

 万桜が熱弁を振るう。

「待て万桜(マオ)! 普通の印刷だと、数メガバイトを保存するのに、紙が何十枚も必要になって効率が悪すぎる!」

 勇希(ユウキ)が、すかさず技術的課題を補完する。

「その『密度』を解決するのが、マトリョーシカ・アンドロイドの超精密技術だ!」

 万桜は、勢い込んで、畳に転がっていた拓矢(タクヤ)を指差した。

拓矢(ジェイ)。おまえら、リアルRIKAちゃんの実現させただろ? 22センチのアンドロイド。そいつを使えば、通常の5倍、6000DPIの精密印刷だって可能になるぜ。説明を補足してくれ」

「え、お、俺!?」

 突然、話題を振られた拓矢(タクヤ)は、慌てて立ち上がった。

「えーと、はい! 俺たちのリアルRIKAちゃんアンドロイドの駆動系は、極限まで小型化された『マカロニ・テンダー』っていう人工筋肉システムを使っていて…ミリ単位の超精密な動作が可能です。この技術で印刷ヘッドを制御すれば、従来のレーザープリンターじゃ不可能な、超高密度のデータコードを紙に書き込めます」

 拓矢(タクヤ)は、技術的な情熱で、先ほどの修羅場を吹き飛ばした。

「そして、その超高密度が、A4用紙1枚に、約1.5ギガバイトのデータを保存することを可能にする。従来のQRコードは、白黒だが、これを16色にまで増やす。魔改造スキャンコードだ」

 万桜が、その成果の驚異的な数字を叩きつける。通常のQRコードは最大で3キロバイトの文字列を表現可能だが、それを大幅に跳ね上げることが可能になる。

「コピー用紙が、ハードディスクに変わったぜ?」

 その一言に、周囲の空気が、さらに変わった。

「読み取りに時間が掛かると思われがちだが、違う! 紙をスキャンして、人工知能が画像分析するだけだ! QRコードをチマチマとカメラでスキャンするかよ? 人工知能の画像認識能力は、人間の目より速いんだぜ」

 万桜は、莉那(リナ)に向かって、興奮した口調で訴えかけた。

「…キレッキレやね。黒木くん…」

 舞桜(マオ)の兄である淳二は、ただ感嘆の息を漏らした。「恥ずかしい」という感情を、瞬時に「事業への情熱」へと昇華させた万桜(マオ)の天才性に、改めて唸ったのだ。

「ってことはよ、黒幕(フィクサー)

 番長(バンチョー)が、腕を組みながら口を開いた。

「俺らのレシピデータや、調理動画も、紙で永年保存できるってことか? レアアース不要で、劣化しねえなんて、マジでヤバいな!」

 番長(バンチョー)は、即座にその実用性に気が付いた。

「ああ。長期アーカイブ市場は、これで全部紙になる。ディスクは、30年で劣化するが、紙は100年経っても読める。これが、持続可能なデータ保存手段の答えだ」

 万桜は、皆を巻き込みながら、自分の「怒り」と「熱」を完全に放出しきったのだった。


 万桜が熱弁を終えた直後、北野爽大(ソウダイ)学長は、唐突に西を向いて合掌した。同じく、舞桜(マオ)の兄である淳二は、東を向いて合掌する。その姿は、伽藍の僧侶のようだった。

「なにやってんの、(ソウ)さん、先輩?」

 泰造(タイゾウ)が、きょとんとして尋ねた。

「「いや、レアアースの需給バランスが、崩れるなーって思って…」」

 ふたりは、ユニゾンでそう答えた。

 時は2019年。世界は、中国が支配的な供給源を持つレアアースを巡り、米中貿易戦争の真っ只中にある。レアアースは、電気自動車、高性能ミサイル、スマートフォン、そしてあらゆるデジタルデバイスの製造に不可欠な『戦略的資源』だ。

「黒木くんの紙ストレージは、磁気テープやHDDが担っていた『長期アーカイブ』の市場を、一気にレアアース不要の紙に置き換える。これは、資源の制約に縛られた米中のハイテク冷戦に、一服の清涼剤を通り越して、劇薬を打ち込む行為ですよ」

 北野学長は、合掌を解き、静かに説明した。

「つまり、万桜は、『資源の有限性』という、人類が長年抱えてきた最大の制約の一つを、アッサリと消し去ったってことか…」

 勇希(ユウキ)は、その技術の持つ「戦略的意義」の大きさに、息を飲んだ。彼女の視点は、常に『国家間のパワーバランス』にある。

「ああ。資源の奪い合いから、知恵の競争へと、世界の軸を強制的に動かす。だから、合掌するしかなかったんや…ふたつの大国の指導者たちに、憐れみを覚えたんやな」

 淳二は、自嘲気味に笑った。

 彼らが合掌したのは、米中の指導層たちだ。万桜(マオ)という、「世界一優しい悪ガキ」が放った、『レアアース不要のデジタル保存技術』という、あまりにも非情で、あまりにも合理的な未来への解答に対して。

「へへっ。大袈裟だぜ」

 万桜は、腕を組み、不敵に笑う。

「俺が欲しいのは、世界平和じゃねえ。優しい嫁さんと…あと、飯が食えりゃ、それでいいんだよ」

 彼の目には、世界情勢への興味よりも、「自分のシステム」に組み込んだばかりの「愛と独占欲」というバグを、どう制御していくかという、個人的で、極めて重要な問題への決意が宿っていた。

 世界を変える技術は、いつも、最もパーソナルな動機から生まれるのだ。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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