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白き勇者の叫びと黒き魔王の立体凧

前書き

 新年の賑わいが遠のいた、静かな神社で再会した幼馴染たち。

酔いに任せた勇希の告白が、万桜の誤解を解き放ち、彼らの間にあった見えないわだかまりが、雪解けのように溶けていく。

 そして明くる朝。

 黒木家の離れで、勇希と舞桜は、過去の思い出と現在の感情を静かに分かち合っていた。

 しかし、そんな静寂を切り裂くように、庭からは万桜の元気な声が響いてくる。

 彼は、常識を覆す奇想天外な発想で、周囲の人々を巻き込み、時には呆れさせながらも、彼らの日常を豊かに彩っていく。

 これは、ありえたかもしれない未来ではなく、今、この場所で彼らが選んだ日常の物語。

 愛と友情、そして少しの理不尽さが織りなす、温かくて賑やかな青春の1ページ。

 2019年元旦。御井神(ミイノカミ)神社の境内。

 新年の賑わいが遠のき、静まり返った御井神(ミイノカミ)神社の境内で、御神酒の香りが夜の冷気を帯びていた。社の脇にある休憩所で、湯気を立てる御神酒を片手に、大人になったばかりの若者たちが肩を寄せ合っている。しかし、その一角で、先に御神酒を口にした勇希(ユウキ)は、既に限界を超えていた。

「ううっ……」

 普段は凛とした彼女の瞳から、大粒の涙がとめどなく溢れ出す。

「頑張ったんだ……万桜(マオ)なら、東京本郷大に行けるって……だから、頑張ったんだっ!」

 絞り出すような声でそう告げると、勇希(ユウキ)は隣に座る舞桜(マオ)の振袖の袖を掴み、嗚咽を漏らしながらその肩に顔を埋めた。深藍色の振袖に、桜の刺繍が雪のように舞う美しい生地が、勇希(ユウキ)の涙でじわりと濡れていく。舞桜(マオ)は、そんな友人を優しく抱き寄せ、その背をゆっくりと撫でていた。視線はちらりと、戸惑いの表情を浮かべる万桜(マオ)に向けられる。

 万桜(マオ)は、御神酒の入った紙コップを握りしめたまま、ポカンと口を開けていた。彼の脳裏には、一年前の教室での出来事が鮮明に蘇る。あの時、勇希(ユウキ)に叩かれた頬のヒリヒリとした感覚と、投げつけられた「バカ魔王ッ!」という罵倒。てっきり、自分の進路選択が勇希(ユウキ)を傷つけ、拒絶されたのだと思い込んでいた。しかし、今、目の前で泣き崩れる勇希(ユウキ)の言葉は、彼の解釈とはまったく異なるものだった。

「あれ? これ俺…フラれてなくない?」

 万桜(マオ)が、恐る恐る、いや、どこか期待に満ちたような声で呟いた瞬間、勇希(ユウキ)舞桜(マオ)の肩から顔を上げた。その濡れた瞳は、憎しみと愛情が入り混じった複雑な光を宿し、真っ直ぐに万桜(マオ)を射抜く。酔いのせいで紅潮した頬が、普段の彼女からは想像もできないほど、幼く、そして感情的だった。

「おまえなんか、嫌いだッ!」

 絞り出したかと思えば、次の瞬間には怒りにも似た感情を爆発させる。

「あたしが、あたしがどんだけ頑張ったと思ってるのッ!  おまえと…おまえと一緒に行くために…東京本郷大に行くために、どれだけっ…どれだけあたしがっ!」

 言葉にならない思いが、彼女の喉から搾り出されるような叫びとなる。

「おまえなんか嫌いだ、大嫌いだッ!」

 万桜(マオ)の胸ぐらにでも掴みかかりそうな勢いで当たり散らし、その感情を全て吐き出すかのように怒鳴り付けた勇希(ユウキ)は、再び舞桜(マオ)の胸元に顔を埋めると、深い寝息を立て始めた。まるで嵐が去った後のように、彼女は静かに眠りについてしまった。

 その光景を呆然と見つめていた万桜(マオ)は、数秒の後、ようやく事態を理解したように、はぁ、と大きなため息をついた。彼の顔には、安堵と、少しの照れくささ、そして、幼馴染の意外な一面を知ったことへの複雑な感情が入り混じっていた。

「…違うらしい…てっきり振られてねえかと…ボッチ、勇希(ユウキ)、俺がおぶるよ」

 「ボッチ」と呼んだ舞桜(マオ)に、どこか反省したような、それでいて少し嬉しそうな表情を浮かべ、万桜(マオ)はそっと勇希(ユウキ)の身体を抱き上げ、慣れた手つきで背中におんぶした。勇希(ユウキ)の華奢な体が、万桜(マオ)の背中にすっぽりと収まる。彼女の吐息が、万桜(マオ)の首筋にそっとかかった。

 夜空には、まだ細い月が浮かんでいる。御神酒と初詣の喧騒の中で、二人の幼馴染の間に張り詰めていた、見えない糸が、ようやく解け始めたようだった。そして、この小さな雪解けが、彼らの未来にどんな景色をもたらすのか、誰もまだ知る由もなかった。


 万桜(マオ)勇希(ユウキ)を背負い、その場を立ち去ろうとした瞬間、甲高く楽しそうな笑い声が境内に響いた。

「ニャハハハッ! フラれてやんのー」

 からかってくるのは莉那(リナ)だ。勇希(ユウキ)は泣き上戸で、莉那(リナ)は笑い上戸。彼女たちの感情の振れ幅は、いつだって万桜(マオ)たちを翻弄する。

「へーいへい。ああ、フラれましたよーっだ」

 万桜(マオ)は開き直って受け流し、軽口で返す。その姿は、先ほどまでの困惑と動揺が嘘のようだった。

 すると、拓矢(タクヤ)が口を開く。

「でも、よかったんじゃねえか? おまえが東京行ってたら、番長(バンチョー)は結婚…いや、結局、今と変わってねえな…」

 彼は冷静に、そして淡々と、もし万桜(マオ)が別の選択をしていた場合の未来を分析する。

「山に川を張って、俺が戻って、茅野さんが巻き込まれて、やっぱり共同学府が設立される…」

 その言葉に、舞桜(マオ)は怪訝な顔をした。

「巻き込まれるかしら?」

 その見解には懐疑的だ。すると拓矢(タクヤ)は、まるで赤い紳士服の男を憑依させたかのように、大げさなジェスチャーでその未来を再現してみせた。

舞桜(マオ)ッ! 面白い子らおるで? おまえも交ざりぃッ!」

 そして、その幻影の未来はさらに続く。

「そんで、ボッチに『名前を変えなさい。黒木万桜(マオ)』ってなって、『え、なに、プロポーズ?』ってなって、勇希(ユウキ)とボッチに『うるせえバカ魔王ッ!』ってなる…理不尽だーッ!」

 万桜(マオ)は、拓矢(タクヤ)が語る未来図を頭の中で描き、理不尽を嘆いた。彼の脳裏に浮かんだのは、拓矢(タクヤ)の言葉通り、自分の名前を口にする舞桜(マオ)の姿、そして再び「バカ魔王ッ!」と怒鳴りつける勇希(ユウキ)舞桜(マオ)の幻だった。

 しかし、それは万桜(マオ)が東京に行き、この町を離れた場合の、ありえたかもしれない別の未来だった。

 だが、万桜(マオ)は今、この場所にいる。

 そして、彼の背中には、眠りに落ちた勇希(ユウキ)の温かい重みがある。その重みは、彼の選択が正しかったことを、なによりも雄弁に物語っていた。

 凍えるような冬の夜に、微かに揺れる灯りの下。酔って眠る幼馴染と、軽口を叩き合う友人たち。この当たり前の日常こそが、万桜(マオ)が手に入れたかけがえのない宝物だった。

 理不尽を嘆いた万桜(マオ)の顔に、いつしか安堵と、温かい感情が広がっていく。

「おう。おまえら、ちょっとこいつを試してみろよ」

 番長(バンチョー)が差し出してきたのは、紙コップに盛られた熱々の餅だった。

 湯気と、どこかクリーミーな香りが漂う。

「まさかのプレーン? いいえ、番長(バンチョー)のことだから、そんなことはないわね…」

 訝しげに呟きながらも、舞桜(マオ)は熱々の餅に齧り付いた。

 その瞬間、彼女の瞳が見開かれる。

「ほ、ホワイトソースにチーズ? でも、お餅なのに、粘り気が弱い…でもチーズだから伸びる…番長(バンチョー)、これは一体、なに?」

 素直に美味しい。興奮を隠しきれない様子で、舞桜(マオ)は説明を求めた。

 すると、万桜(マオ)は得意げに口を開く。

「あぁー、詰まりにくい餅だよ」

 彼は言葉を続けた。

「この餅はな、餅米100%の美味しさを保ちながら、喉に詰まりにくいように考案した、番長(バンチョー)と俺の構想だ」

 万桜(マオ)は、熱い餅を紙コップから取り出し、皆にその食感を見せるようにゆっくりと引き伸ばす。

「餅の粘りの元はアミロペクチンっていうデンプンなんだが、通常の餅はそれが熱で鎖のように繋がって、大きな塊になる。それが喉に詰まる原因だ」

 彼の説明に、舞桜(マオ)は真剣な表情で耳を傾けていた。

「だから、この餅には秘密の技術を使っている。ホワイトソースに含まれる脂質と乳化剤、そしてチーズのタンパク質だ。こいつらが、アミロペクチンの鎖が絡み合うのを物理的に邪魔するんだ」

 莉那(リナ)は目を丸くして、万桜(マオ)の餅を見つめる。

「へー! 食べ物で喉に詰まるリスクを下げるっていう発想が、すごいや!」

「だろ?」

 得意げに笑い、万桜(マオ)は続ける。

「餅米を炊く時の水分量も厳密に調整し、餅をつく工程で、温度を一定に保つための工夫も凝らした。そうすることで、餅米100%の美味しさを残しつつ、喉に詰まりにくさという、両立が難しい性質を実現したんだ」

 拓矢(タクヤ)は、感心したように頷きながら、万桜(マオ)の言葉を聞いていた。

「なるほどな…これって、昔からある餅の常識を、根本から覆すってことか」

 拓矢(タクヤ)はそう呟くと、万桜(マオ)の肩を叩いた。

「すごいな、おまえらの発想には、いつも驚かされるぜ」

 仲間たちの賞賛の言葉に、万桜(マオ)は少し照れくさそうに、でも誇らしげに胸を張った。

万桜(マオ)、撤回はしないぞ…」

 目覚めた勇希(ユウキ)が、ポカンと口を開けている万桜(マオ)に、忽然と囁く。

「これ以上、あたしに嫌われたくないなら」

 普段の勇希(ユウキ)からは想像もつかない、恫喝にも似たその言葉に、万桜(マオ)は深く、深いため息をついた。

「へいへい」

 そう言って、万桜(マオ)勇希(ユウキ)を背中からそっと下ろし、隣の舞桜(マオ)の横に座らせた。

 そして、番長(バンチョー)から受け取った、熱々の餅を彼女の口元へ運んでやる。

 勇希(ユウキ)は、それを一口食べると、うっとりと目を閉じた。

 舞桜(マオ)たちが感心したように見つめる中、万桜(マオ)は再び溜息を吐き出す。

 勇希(ユウキ)は、そのまま半分ほど食べると、満足したようにまた眠りについた。

 その光景を、莉那(リナ)はクスクスと笑いながら眺めている。

「ニャハハハ! 勇希(ユウキ)、ずるーい!」

 拓矢(タクヤ)は、もう一度、万桜(マオ)の肩を叩いた。

「ほら、信源郷町(シンゲンキョウマチ)の姫姉さまが寝ちゃったぜ?」

 そう言われて、万桜(マオ)は少し照れくさそうに笑うと勇希(ユウキ)のことをおんぶした。

 彼の背中には、眠る勇希(ユウキ)の重みがある。手には、彼女が一口食べた餅の、温かい重みがある。

 そのすべてが、万桜(マオ)の心にじんわりと染み渡る。

 新年の夜は、まだ始まったばかり。

 凍えるような夜空の下、彼らの間には、確かに新しい何かが始まっていた。

番長(バンチョー)、あっちもあるか?」

 万桜(マオ)番長(バンチョー)に催促する。番長(バンチョー)はニヤリと笑うと七輪の上で香ばしく焼き上がる磯辺焼きを菜箸でつまんで、紙コップに入れた。

 番長(バンチョー)は、磯辺焼きの入った紙コップを万桜(マオ)に手渡すと、満足そうに腕を組み、口を開いた。

「おう、モチモチ構想は面白い。だがな、黒幕(フィクサー)。おまえが構想を立てるなら、俺は実践でそれを証明してやる」

 番長(バンチョー)は、七輪の脇に置かれた一升瓶から、秘伝の醤油だれを小さなハケで磯辺焼きに塗りながら、その製法を語り始めた。

「磯辺焼きの餅は、つくりが肝心だ。まず、うるち米の米粉(上新粉)と、餅米の米粉(もち粉または白玉粉)を3:7の比率で混ぜる。そうすることで、餅米100%の餅より粘りが少なくなる。その上で、餅を焼く火加減だ。強火で一気に焼くと、表面だけが固くなって、内部が柔らかくならない。だから、弱火でじっくり、両面を丁寧に炙る。そうすることで、餅の内部までしっかりと熱が入り、全体が均一に柔らかくなる。焼き上がった餅に醤油だれを塗るが、これも二度塗りだ。一度塗って乾かし、もう一度塗る。こうすることで、醤油の風味が餅にしっかりと染み込み、香ばしさが際立つ」

 番長(バンチョー)は、一つ一つ丁寧に、その製法を説明していく。それは、まるで長年培ってきた匠の技を、惜しみなく伝授しているかのようだった。

「そして、なにより大事なのは、食べる側の工夫だ。焼きたてを冷まさずに、熱々のうちに食べること。熱い餅は、口の中でほどけやすく、喉に詰まりにくいからな」

 番長(バンチョー)の言葉に、万桜(マオ)は静かに耳を傾けていた。彼の構想が、番長(バンチョー)の手によって現実のものとなり、目の前に差し出されている。

 その温かさは、餅の熱さだけではなかった。

「餅って言えばこっちだよな番長(バンチョー)

 万桜(マオ)は、そう呟くと、磯辺焼きの入った紙コップをそっと受け取った。

 御神酒の酔いと、餅の温かさが、彼の心を満たしていく。


★★★★★★


 凍えるような冬の朝の光が、障子越しに黒木家の離れへと差し込んでいた。吐く息は白く、部屋の隅には火鉢が置かれ、微かに熾火が赤く光を放っている。その静謐な空間で、勇希(ユウキ)はリビングの床に、額を擦りつける勢いで頭を下げていた。

「すまないッ! 舞桜(マオ)、本当にすまないッ! あたし、昨夜は抑えられなかったんだ…」

 普段の凛とした姿からは想像もつかない、痛々しいほどの土下座。彼女の震える肩は、昨夜の記憶がどれほど強烈なものだったかを物語っていた。

 しかし、土下座された側の舞桜(マオ)は、さして気にした様子もない。彼女は火鉢の縁に手をかざし、温かさを感じながら、ふわりと微笑んだ。

勇希(ユウキ)、そんなに気に病むことじゃないわ。あのくらい、よくあることよ」

 舞桜(マオ)の言葉に、勇希(ユウキ)は顔を上げる。その瞳は、まだ少し潤んでいた。

「でも…! 万桜(マオ)に酷いこと言ったし、拓矢(タクヤ)たちにも迷惑かけたし…」

「迷惑じゃないわよ」

 舞桜(マオ)は、きっぱりと言い放つ。

「むしろ、清々したんじゃないかしら? 黒木もずっと、勇希(ユウキ)の気持ちがわからずに、戸惑っていたみたいだから」

 万桜(マオ)は、勇希(ユウキ)が東京本郷大を目指して猛勉強していたことを知らなかった。それは、勇希(ユウキ)が彼のためだけに努力していたという事実を、勇希(ユウキ)自身が万桜(マオ)に隠していたからだ。

 舞桜(マオ)は、昨夜の勇希(ユウキ)の告白を聞いて、全てを理解していた。万桜(マオ)が東京本郷大という、自分と同じ目標を持つことへの喜びと、その目標に向かって努力している自分を認めてほしいという、無邪気で、そして健気な思いが、あの涙と叫びになったのだと。

勇希(ユウキ)があそこまで感情を露わにするなんて」

 舞桜(マオ)は、楽しそうに笑いながら言葉を続けた。

「それに、昨夜の勇希(ユウキ)は、可愛かったわよ」

 その言葉に、勇希(ユウキ)の頬がみるみるうちに赤くなる。

「そ、そんなことないッ! そ、それに…覚えてるんだ…」

 勇希(ユウキ)は、恥ずかしそうに顔を伏せる。舞桜(マオ)は、その様子を見て、再びクスクスと笑った。

「そうね。だって、覚えてなかったら、土下座なんてしないわよね」

 舞桜(マオ)の指摘に、勇希(ユウキ)は言葉を失った。顔は真っ赤になり、全身が熱い。

「ま、舞桜(マオ)…あまり、いじめるな…」

「いじめてないわよ」

 舞桜(マオ)は、そう言って微笑む。


 その時、庭から元気な声が響いてきた。

「うぉりゃあっ!」

 万桜(マオ)の声だ。

「兄ちゃん、次あたし、あたし!」

 桜の声がそれに続く。舞桜(マオ)が障子戸をそっと開けると、冬の冷たい空気が流れ込んできた。庭には、万桜(マオ)と桜の姿があった。

 万桜(マオ)が、立体的なスカイグライダーのようなものにぶら下がって、十数メートルほども滑空している。彼の足元には、なにやら見慣れないものが履かれていた。それは、スポーツ義足の原理と同じように、しなって跳躍力を跳ね上げるホッピングシューズだった。万桜(マオ)が着地するたびに、地面から弾むような音が響く。

「あれ…えっと、勇希(ユウキ)…あいつは、なにをやっているの?」

 万桜(マオ)が、なぜこんなことをしているのか、舞桜(マオ)には理解が及ばなかった。

 舞桜(マオ)の隣に座る勇希(ユウキ)は、不思議そうに首を傾げた。

「うん? ハンディスカイグライダーだろ? それがどうした?」

 勇希(ユウキ)にとって、それは当たり前の光景であるかのように、何でもないことだとでも言うように呟いた。

 万桜(マオ)は、桜の掛け声に応えるように、再び軽々と宙を舞う。彼は、そのグライダーとホッピングシューズを駆使して滑空を続けていた。

「一昨年くらいに、サブリナが立体凧の人工知能制御に成功してな、滑空距離が格段に伸びた」

 そう言って勇希(ユウキ)は上空に浮かぶ立体凧を指差した。

「いや、伸びたって…」

 舞桜(マオ)は呆れ、ハッとした表情を浮かべ勇希(ユウキ)舞桜(マオ)を見た。

「あ、そうか…舞桜(マオ)は知らなかったな」

 勇希(ユウキ)は、舞桜(マオ)に語りかける。

「ハンディグライダーのアイデアってのは、万桜(マオ)の発想が元になってるんだ」

 勇希(ユウキ)は、庭で宙を舞う万桜(マオ)に目を向けながら、ゆっくりと話し始めた。

「フロッピーディスクを開発したじいちゃんが作ったジャンピング・シューズを利用して、あれを、さらに進化させたのが、あいつの足元にあるホッピングシューズだ…アホだから、バネを単純に2倍にしてる」

 勇希(ユウキ)は、言葉を選びながら続けた。

「それに、空中に浮かんでいる立体凧も、あいつのアイデアだ。去年までは、LAN線を単純にワイヤーと一緒に伸ばしていたが、今年は違う自衛隊の高高度気球を利用できるから無線をフル活用だ」

 茫然とする舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は続ける。

「その立体凧を、さらに進化させたのが、上空の立体凧だ。あいつは、立体凧の形状を人工知能で制御して、風の力を効率的に受け流すことに成功したんだ。そのおかげで、強風の中でも安定して、上空に滞在できるようになった」

 勇希(ユウキ)は、庭で優雅に滑空する万桜(マオ)の姿に目を細めた。

「その立体凧とジャンピングシューズを組み合わせて、生まれたのが、ハンディグライダーだ」

 勇希(ユウキ)は、舞桜(マオ)にそう言って微笑んだ。

「あのグライダーは、風の力を推進力に変換する。ジャンピングシューズでジャンプした勢いと、風の力で、万桜(マオ)は空を飛んでるんだ」

 勇希(ユウキ)の言葉に、舞桜(マオ)は言葉を失った。

 万桜(マオ)が、なぜこんなことをしているのか、ようやく理解できたからだ。

「…バカなのあいつ?」

 舞桜(マオ)は、ただ一言、そう呟いた。

「どちらかと言えばアホだな…どうした舞桜(マオ)? 万桜(マオ)はあたしがもらっていいのか?」

 挑発的な勇希(ユウキ)に、

「2年は待ってくれるんでしょ? 待って待って? 理解が追いつかない…あいつに生涯預けて大丈夫?」

 彼女の目には、庭で楽しそうに宙を舞う万桜(マオ)と、懐疑的な疑問符が飛び交いまくりだ。

「おい、万桜(マオ)ッ! 桜の次はあたしだ!」

 勇希(ユウキ)は、舞桜(マオ)の打算を一蹴し、きょとんとする万桜(マオ)に投げかけた。

「ごめんて、黒木、勇希(ユウキ)の次はあたしッ!」

 舞桜(マオ)は、慌てて勇希(ユウキ)に続いていく。


「黒木にしては、珍しいわね?」

 舞桜(マオ)万桜(マオ)に投げかけると、万桜(マオ)は惚けた視線を向けた。

「あん? なにがよ? 正月は凧揚げて、はしゃぐもんだろうが?」

 万桜(マオ)は当たり前のように、上空の凧を見つめ、ハッと気づいたように目を輝かせた。

「なあ、ボッチあれって、簡易通信網を構築できねえかな?」

 立体凧の可能性を口にする万桜(マオ)に、舞桜(マオ)は深く、深いため息を吐いた。

「お正月くらい、魔王を封じてよ…それと黒木が家事をしてないなんて珍しいって話よ…」

 舞桜(マオ)の呆れた口調に、万桜(マオ)は空から降り立つと、なぜか胸を張った。

「なに言ってんだよ? 松の内は働いちゃダメなんだぜ? 働いていいのは、小遣い欲しい子供だけだ。墾田永年私財法に制定されてるらしいぜ?」

 万桜(マオ)は、得意げにそう言って、珍妙な歴史の知識を披露する。もちろん、そんな史実はない。舞桜(マオ)は、その言葉に、またもやため息を吐こうとした。

 その時だった。

 庭の門から、奇妙な荷車を引いた子供たちが、珍妙な掛け声をあげて、オセチの路上販売を展開し始めたのだ。

「オセチぃー、オセチは要らんかねえー」

「なによ、あれ?」

 舞桜(マオ)は、ジト目を貼り付け、万桜(マオ)に説明を求める。

「1IICO(イーコ)で、一人分のオセチを配布するサービスだな。オセチは近隣のばあちゃんたちの謹製だ。どれも間違いねえ。1食およそ800円前後だが、正月くれー金使いやがれってな」

 万桜(マオ)は、そう言って子供たちの方へ駆け寄っていく。

 IICO(イーコ)は、この町でのみ通用する電子食券。万桜(マオ)が最近、地域通貨として考案したものだ。

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の背中を、呆れたような、しかし少しだけ優しい眼差しで見つめていた。

 彼は、いつだって、自分の好奇心に忠実だ。そして、その好奇心は、いつも誰かを笑顔にする。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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