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黒き魔王の凍てつく波動

前書き

 2018年11月下旬、横須賀防衛大学校の講堂で、万桜と舞桜は、簡易海水淡水化技術、ホバークラフト台車、そして空気砲システムを組み合わせた三つの技術を発表した。万桜の風変わりな実演と、舞桜の理路整然とした解説は、聴衆の興味を引きつける。しかし、万桜は、プライベートの恨みを晴らすかのように、空気砲システムを拓矢に向けて発射し、会場を騒然とさせる。

 発表を終えた万桜と舞桜は、拓矢と共に横須賀の海辺を歩く。万桜は、拓矢に「恋人との親密(プライベート)な出来事」を尋ね、舞桜を呆れさせる。その後、万桜の我が儘を聞き入れない舞桜は、強引なスキンシップで彼を黙らせ、万桜と二人で東京へ向かう。

 東京・本郷の街では、万桜と勇希が、自分たちが尾行されていることに気づく。彼らは、これを西岡教授による「課外授業」だと解釈し、平然と振る舞う。舞桜は恐怖を感じるが、万桜と勇希は「キッズスカウト」で学んだ知識を披露し、尾行は日常的なことだと語る。

 その後、一行は舞桜の兄である淳二の社長室を訪れる。舞桜は恐怖に震えながら、西岡教授と万桜に詰め寄るが、教授はタクシーでの接触は自身の想定外の出来事であったと認める。万桜と勇希が、気ままな行動でその場を収めた後、淳二は舞桜に「守られるばかりではなく、自らも戦うべきだ」と諭す。その言葉に奮起した舞桜は、会社のロビーで待ち構えていた相手に、毅然とした態度で警告を発する。


リアルかめはめ波って撃ってみたい。

 2018年11月下旬、横須賀防衛大学校講堂にて。

「百聞は一見、ご覧ください!」

 大仰とした口調で、万桜(マオ)は簡易海水淡水化技術を説明し、持ち込んだ海水淡水化装置を実際に使って見せた。

 ドラム缶に満たされた海水の中央に、彼が2リットルのドライアイスを投入すると、白いガスが勢いよく噴き出し、まるで魔法のようにドラム缶の中を白く覆い隠した。

「…」

 聴衆の間に、驚きと期待が入り混じったざわめきが広がった。

 一度目、二度目、ドラム缶の塩分濃度は徐々に低下し、三度目には塩気をほぼ感じない淡水が抽出される。

「…以上で、黒木(クロキ)の説明は終わりです。ここからは、この技術の理屈を、わたくし、茅野(チノ)舞桜(マオ)が丁寧に解説させていただきます」

 舞桜(マオ)は、聴衆が静まり返るのを待ってから、ゆっくりと話し始めた。

「今の技術は、極めてシンプルな原理で構成されています。まず、ドラム缶に満たされた海水に、ドライアイスを投入することで、海水が急激に冷却されます」

 彼女は、聴衆の顔を一人ひとり見渡しながら、言葉を選んで続けた。

「ご存知の通り、塩水は真水よりも凝固点が低いため、ドライアイスの極低温によって、真水が先に凍り始めます。その際、塩分は氷から押し出され、分離されるのです」

 聴衆の間に、感嘆のため息が漏れた。

「そして、この技術の核となるのが、ドライアイスの昇華、すなわち固体から気体への変化によって生じる、約750倍もの『膨張圧』です」

 舞桜(マオ)は、手のひらを広げて、その原理を表現した。

「この強烈な膨張圧が、凍結によって分離された真水を、塩水から効率的に押し出し、回収を容易にしているのです。高価なフィルターや複雑な機械は一切不要。何度かこのプロセスを繰り返すことで、純度の高い真水を得ることができます」

 彼女は説明を終えるが、聴衆が興味を示しているのは、重たいドラム缶を軽々と運搬してきたホバークラフト台車に向けられていた。

「…どうして、そっちなのよ…」

 舞桜(マオ)は、頭を抱えた。

 彼女の完璧な論理は、聴衆の直感的な驚きには、全く敵わなかった。

「皆さまの関心がこちらに向けられているようですので、こちらもご説明いたします」

 いつになく真剣な眼差しで原理を説明する万桜(マオ)に、

(いつもそうして…たら、黒木(クロキ)じゃないわね…)

 舞桜(マオ)の胸中は複雑だ。

「この摩擦抵抗軽減台車は、エアコンプレッサーでエアバッグを膨らませ、台車全体を空気の層で持ち上げています。そのため、台車が浮上している状態では、車輪と地面が接触することはありません」

 彼は言葉を選びながら、丁寧に続けた。

「このシステムでは、車輪の転がり摩擦や、車軸の回転摩擦といった機械的な摩擦は一切発生しません。唯一の抵抗は、台車と地面の間に挟まれた空気の粘性抵抗のみ。ですが、それはごくわずか。これにより、摩擦抵抗はほぼゼロになるのです」

 聴衆は、万桜の真剣な説明に静かに耳を傾けていた。

「…台車の車輪は直径30センチほどで、全部で6輪です。車軸は、空気の層の高さに合わせて可変し、空気の層が15センチより厚くなれば、それよりも低い高さに自動で可変します。エアコンプレッサーは動力駆動です。少量の軽油で稼働可能です。将来的には、この原理をさらに応用することで…」

 ここで、

黒木(クロキ)さん」

 舞桜(マオ)は、冷たな声音で待ったをかけた。

「それでは、本日のメインテーマである、空気砲システムの詳細についてご説明いたします。皆さま、お手元の資料の17ページをご覧ください」

 万桜(マオ)は、簡易人力クレーンでドラム缶ほどの大きさの風洞を設置し、いつもと違う真剣な表情を浮かべた。

「このシステムは、通称『風力冷波ビーム』と呼ばれるもので、高圧の空気流を生成し、非殺傷的な手段として、暴徒の無力化や、大規模な森林火災の鎮圧に用いることを想定しています」

 聴衆がざわめき立つ中、彼は風洞のファンネルを展開させ、風洞の先端についたホースを、聴衆の一人、拓矢に向けた。

「このシステムは、ベルヌーイの定理を応用しています。流体の速度が増加すると、その流体内の圧力が低下するという原理です。具体的には、風洞後方の複数の大型扇風機によって生成された風が、ファンネルの狭い出口を通る際に急激に加速され、風速が大幅に増幅されます」

 万桜(マオ)は、言葉を選びながら丁寧に説明を続ける。

「この技術の最大の利点は、その非殺傷性です。従来の非殺傷兵器は、音や光、催涙ガスを用いるものが主流でしたが、これらは時に健康被害や、予期せぬ事故を引き起こすリスクがありました。しかし、この空気砲システムは、対象の足元を狙ってバランスを崩し、転倒させることで、負傷リスクを大幅に減らせます」

 彼は、聴衆の反応を注意深く観察しながら、続けた。

「また、この技術は、(ヒグマ)対策にも非常に有効です。興奮した羆の足元に強風を当てることで、その突進を止め、危険を回避することが可能です」

 聴衆の間に、感嘆と驚きの声が広がった。

「それでは、実際に実践してみましょう」

 万桜(マオ)は簡易人力クレーンで、ドラム缶ほどの大きさの風洞を設置し、いつもの不敵な笑みを浮かべた。

「あぁ、君。そうそこの君だ。このシステムはご説明した通り、主要用途は竜巻の消滅、森林火災の鎮圧にありますが、もうひとつの側面もあります…」

 心なしか、万桜(マオ)のこめかみに青筋が浮かんでいる。ご指名された拓矢が前に進み出ると、万桜(マオ)は風洞のファンネルを展開させ、風洞の先端についているホースの先を拓矢に向け、

「リア充爆ぜろッ!」

 叫ぶや否や、ファンネルの後方に設置していた無数の大型扇風機を起動させた。

「ぐあ! テメ万桜(マオ)ッ! なにしやがるッ!?」

 拓矢は苦悶の声をあげ、襲いかかる拳大の突風を躱そうとする。

 だが、相手はベルヌーイの定理で増幅された強風だ。

 万桜(マオ)の計算では風速90メートルになる計算だ。

「うるせえ! 拓矢(ジェイ)! おまえ海でチューしたんだってな! 俺があくせくトイレこさえてる時によッ!」

 万桜(マオ)の怒りの理由はそれだ。

 つまりヤッカミである。

 拓矢の足が風で払われ、盛大にずっこける。

 聴衆の間から、どよめきと爆笑が漏れた。

「と、このように、盛りのついた色魔ヤローもこの通りでございます。この技術は、胴体や頭部を狙うよりも、足元を狙ってバランスを崩し転倒させるため、負傷リスクを大幅に減らせるという非殺傷性を追求したものです。羆も熊も、盛りのついた色魔ヤローも撃退できます。倉田陸佐、今なら無償でお貸ししますよ。リア充ダメ絶対!」

 鬱憤を晴らした万桜(マオ)に、風から解放された拓矢(タクヤ)鋼鉄爪(アイアンクロー)が襲いかかり、

「えぇ~黒木(クロキ)が暴走したので、本日のご説明はここまでとさせていただきます」

 舞桜(マオ)はバッサリと講演を打ち切り、片手で吊るされる万桜(マオ)の脇腹に、鋭い螳螂拳(とうろうけん)を叩き込んだ。


 講堂を後にした3人は、横須賀の海を見つめていた。海なし県である山梨出身の万桜(マオ)拓矢(タクヤ)にすれば、いつまで経っても不思議な景色だった。

「オッパイさわった?」

 唐突に繰り広げられる猥談に、拓矢(タクヤ)は返答に詰まる。

「そ、そりゃあね…」

 拓矢(タクヤ)は応じ、

「いや、あたしも居るからね? 配慮してよ…」

 舞桜(マオ)は呆れたように眉をひそめる。

「社長、鮪が食いたい!」

 海を指さしながら、万桜(マオ)が駄々を捏ね始める。

「ダメよ。この後は本郷、もうすぐ車が来るわ」

 舞桜(マオ)はぴしゃりとノーを突き付ける。ちぇーっと唇を突き出す万桜(マオ)に、舞桜(マオ)は吐息をひとつ、右手の甲を万桜(マオ)の唇に軽くつけ、

「ほらチューしたでしょ? これでいいでしょ黒木(クロキ)

 強引に万桜(マオ)の我が儘を封殺した。

「俺の思ってるチューと違う…じゃ、またな拓矢(ジェイ)…」

 不満げな表情を浮かべた万桜(マオ)は、ヒラヒラと手を振ると、到着したタクシーに乗り込んだ。

「おう、またなふたりとも」

 拓矢(タクヤ)も講堂に戻っていく。


★ ◇ ◆ ◇ ★


「ま、万桜(マオ)ッ! こ、これ、リアルかめはめ波じゃないかッ!」

 勇希は興奮した面持ちで、風洞の先端についたホースを掴むと、万桜(マオ)に向けて噴射する。

「ぐあッ? な、なに興奮してんだよ乙女!?」

 勇希は、ホースを取り上げようとする万桜(マオ)から逃れるように、後ろに飛ぶ。

 そして、両の手を顔の横に寄せ、国民的な西遊記ベースのアクションアニメの必殺技を、

「かぁ~」

 ユックリと、

「めぇ~」

 タメを、

「はぁ~」

 作りながら、

「めぇ~波ぁ~ッ!」

 模倣する。まるで勇希の手のひらから風のビームが照射されたかのように、拳大の突風が、万桜(マオ)の腹部にクリーンヒット。

「ぐあッ! 波ぁ~! じゃ、ねえよ…小学生男子か、おまえは?」

 万桜(マオ)は呆れながら、勇希からホースを取り上げる。

 勇希は、あのアニメが大好きなのだ。道徳規範に重きを置く勇希にとって、勧善懲悪はツボなのだ。


 プレゼンを終えた万桜(マオ)たちは、本郷の街を散策しながら、名物の大学芋を口にしていた。蜜がたっぷりと絡んだ黄金色の芋を頬張り、万桜(マオ)は呆れたように口を開く。

「友だち選べよ勇希…」

「交遊を持った覚えはないぞ?」

 心外そうに勇希が言い返す。2人の会話の意味がわからず、舞桜(マオ)は首を傾げた。

「尾行されてんだよ」

 日常生活で使わない単語を万桜(マオ)が、なんでもないことのように口にすると、舞桜(マオ)はハッと振り返るが、それらしい人影は見当たらない。

「用があれば接触してくる。放っておきな…」

 万桜(マオ)はなんてことないように現実を受け流し、大学芋を一口食べた。

「安心しろ舞桜(マオ)、あたしはついにリアルかめはめ波を…」

 得意気に勇希が口を開くと、

「ボッチ、勇希が中二病発症させたら、全力疾駆(ダッシュ)な? えぇ、おまえなに婦人靴(パンプス)履いてんの? 危機感ゼロか? 俺だけエンガチョして逃げよう」

 万桜(マオ)は軽口を叩いて牽制する。最高学府近辺には、予期せぬ接触が多いらしい。ただし、一方的な機密の漏洩ではなく、三級機密の交換だ。

「な、なんであなたたち、そんな落ち着いてんのよ?」

 尾行されていることに気づく時点で、舞桜(マオ)の中では常軌を逸している。架空の物語の能力だ。

「短期間でおなじ自転車と3回すれ違ったじゃん?」

 万桜(マオ)は事も無げに宣い、

「おなじ話し声が文脈が繋がる形で聞こえたな」

 勇希がそれを補完する。

「キッズスカウトで習うじゃん?」

 万桜(マオ)はなんてことないように口にするが、舞桜(マオ)は首を傾げる。

「なによキッズスカウトって? ボーイとガールのスカウト?」

 知らない単語に舞桜(マオ)は聞き返す。

『大雅と佳代の同期です』

 先日の佐々陸将の言葉を思い出し、舞桜(マオ)万桜(マオ)の両親が元自衛官であるのだと推察する。

信源郷町(シンゲンキョウマチ)だけですからね? 子供に特殊部隊の常識仕込むのなんて」

 舞桜(マオ)は、確信する。万桜(マオ)の両親が、そのキッズスカウトの主催者だったのだと。

「いや、番長も知ってたぜ? 常識だよ」

 万桜(マオ)は弁明するが、

「番長こそ知ってそうなスキルよね」

 舞桜(マオ)はぶった斬り、不忍通りに出ると車を捕まえた。

「ボッチ、上野駅にあるハンバーガーとロックのカフェ行こうぜ? 腹一杯食えるって拓矢(ジェイ)が言ってた。横浜で行ったんだって」

 タクシーの中で、万桜(マオ)と勇希は、

「いいなそれ、あたしも行ったが、あそこはいい」

 どこまでも呑気だ。

「東京ソラマチまでお願いします」

 舞桜(マオ)だけが危機感を持っている。運転手さんがバックミラー越しに振り返り、なにかを口にしようとして、

「かしこまりました」

 前を向いて、車を走らせた。

「な、なに怖い顔してんのよ?」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)と勇希が険しい顔をしていることに気づき尋ねる。

「別に~、ボッチは」

「ケチだな~って思って」

 ふたりは理由を口にするが、険しい表情の理由は別にある。こうした時、移動手段をタクシーにするのは悪手である。それも流動性のあるバス通りでタクシーが掴まる時点でおかしいのだ。このタクシーは籠なのだ。だから、

――テメ()んのかコラ?

 と、ふたりは威嚇したのだ。


★ ◇ ◆ ◇ ★


「モンテスキュー先生が、なんか流したんだろうな~」

 エレベーターの中で、万桜(マオ)は臆測を口にする。

「そうだろな、澄夫さんなら、『アリストテーレス! 勇希、これで出せるカードと出さないカードを学ぶんだ! このカードゲームを身につけることで、君たちの研究が世界に繋がり、飛躍的に加速するソクラテス! プラトーン!』とか言いそうだ」

 勇希は西岡教授の口真似をして、首肯する。

「さっきの話? 非合法(ダーティー)な接触なんてごめんよ」

 舞桜(マオ)は、ウンザリと首を振る。怖かったようだ。

「まあ、今んとこ、なんか益があるとも思えねえが、モンテスキュー先生の課外授業を学ぶってのも悪くねえかもな~…」

 万桜(マオ)が不敵に笑ってそう言うと、

「忘れたのか? 万桜(マオ)は、男の子なんだぞ? ハニーな誘惑だって有り得る」

 勇希はピシャリと釘を打つ。深々と。

「え、嫁探しに繋がるじゃん?」

 万桜(マオ)の短絡的な発想に、

「目に見えるなぁ…黒木果樹園にソーラーパネル…」

 舞桜(マオ)も深々と釘を打つ。


「な、なんや? どうしたんや?」

 高層階の社長室に飛び込むなり、兄の淳二に抱きついた舞桜(マオ)に、淳二は困惑する。

 同席していた西岡教授が、怯える舞桜(マオ)を宥めるように、

「ああ、舞桜(マオ)くん。驚かせてしまったようだね。でも、安心してくれていい。彼らが君らに危害を加えることはない。グレンダイザー!」

 淳二は、血相を変えて噛みつく。

「なんや彼らってなんや! 澄夫! ウチの舞桜(マオ)になにしたんや!」

「落ち着いてください赤いお面。非合法(イリーガル)な接触があっただけです。恐らくは…」

「ラーメンマンに尾行されただけだよ。ボッチの兄ちゃん」

 万桜(マオ)は勇希の言葉を引き継ぎ、ことの顛末を簡潔に説明した。

「ふうむ。自転車と大声の会話は、課外授業の一環で私が手配したが、タクシーは想定外だな…」

 珍しく西岡教授が静かだ。

茅野(チノ)くんすまない。少し軽々な振る舞いだったかもしれない」

 西岡教授は、自身の非を即座に認めて、保護者である淳二に深々と頭を下げた。

「じゃあ、俺の勘違いだよ。ボッチ、脅かすようなこと言って悪かったな。今日は兄ちゃんとこに泊めてもらえよ」

 万桜(マオ)はそう言って、この場をおさめるが、勘違いは嘘である。

「勇希ぃ銭湯行こうぜ? 気に入っちまった」

「また待たせるぞ? 文句は言ってくれるなよ」

 万桜(マオ)と勇希が社長室を後にすると、西岡教授も、

「銭湯か…私も御相伴に預かろうヘクトパスカール…」

 ふたりを追うように、部屋を後にした。


☆ ★ ◇ ★ ☆


 ロビーに居たのは、先ほど、万桜(マオ)と勇希が威嚇したタクシードライバーだった。

「安心していい。勇希、黒木(クロキ)くん…彼が彼らの取りまとめだ。日本名は柳さんだ。柳さん、どうしたんだ籠に子供を詰め込むなんて、あなたらしくもないフレミーング!」

 西岡教授が、呆れたように詰ると、

「いやいや、詰め込むどころか、こっちは戦々恐々ですよ西岡さん。なんなのよ? この子たち」

 怯えた声音で柳は、西岡教授に取りなして貰うようにすがりついた。

「ああ、警鐘鳴らすつもりだったんか~?」

 万桜(マオ)は柳の説明を聞いて、眉間の皺を緩めた。もちろん鵜呑みにしていないが、

「それはすまなかった柳さん。無調法な田舎者なのでね…ただ、さるお嬢さまが、荒事は苦手らしい…必要があれば、こちらから伺うが、それで手打ちとできないか?」

 対話の窓口を閉ざしもしない。勇希は政治家の娘である。こうした取引はお手のものだ。


◆ ★ ◆


舞桜(マオ)、おまえ、これでええんか? 守られるばかりがおまえか?」

 震える舞桜(マオ)に、淳二は優しく問い掛ける。ビジネスの世界、利益が大きくなればなるほど、こうしたことはままある。

 舞桜(マオ)は諸手で自身の頬を張り、

「ありがとう兄さん。赤いアルテイシア出ます」

 気合いを入れ直すと、社長室を後にした。淳二は、

「おう! ぶちかましたれッ! って、誰がシャアやねんッ!」

 声援(エール)を送り、妹を『戦場』に送り込むと、渾身のノリ突っ込みを炸裂させた。


☆ ★ ◇ ★ ☆


 エレベーターから降り立ち、冷たな視線で周りを射貫き、確かな足取りに歩む姿は『叡知の魔王』と呼ぶに障りない。

 舞桜(マオ)は柳に向くや、

「用があるなら直接来なさい。益があれば耳を貸します」

 ハッキリと宣言する。

「私には、日本の法制度が後ろ楯として存在します。あなた方がどのような組織であろうと、日本国憲法と民法、刑法が定めた枠組みの外で、事を構えることは認められません」

 舞桜(マオ)の口調は、感情の起伏が全くない、静かで冷たいものだった。

「それに、あなた方は既に私個人だけでなく、日本の最高学府、防衛省、そして複数の大手企業を敵に回していることをお忘れなく。この場に居るのは、私が信頼を置く友人たち、そして彼らのバックボーンです。彼らに対して軽率な行動を取ることは、あなた方自身の存在を消し去ることと同義だと理解しなさい」

 圧倒された柳を尻目に、

「銭湯行くわよ」

 舞桜(マオ)はいつもの優しい笑みを浮かべて(いざな)った。


「おまえら長過ぎ! 風邪ひくじゃねえか?」

 万桜(マオ)は待っていた。洗い髪が芯から冷えていた。なんだこれ? デジャブか? やがて、勇希(ユウキ)舞桜(マオ)が銭湯から出てくる。

 万桜(マオ)の苦言を、勇希(ユウキ)はぞんざいな物言いで返す。

「待たせても知らんと言っておいたろ? こ、こら冷たい! 背中に手を入れるな!」

 万桜(マオ)は実力行為に出る。

 なにも言っていないが、巻き添えを食った舞桜(マオ)も悲鳴をあげる。

「く、黒木! よ、よしなさい! こ、こら冷たい! 背中に手を入れるな!」

 万桜(マオ)は、震えあがった舞桜(マオ)の背中を、悪戯っぽく、笑いながら触り続ける。

 舞桜(マオ)の悲鳴が、銭湯の軒下に響き渡った。






『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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