智の魔王のオーダーメイド
前書き
2018年11月上旬、万桜は妹の桜が初潮を迎えたことを家族の事故以来、初めての「慶事」として祝い、赤飯を炊くことを決意する。莉那は時代錯誤だと反発するが、勇希や舞桜の助言によって、その行動の真意を理解する。万桜は、舞桜の指示に従い、桜の健康状態をチェックするためにMRI検査を実施し、その際にMRIの仕組みを熱心に語る。
その後、元休憩室では番長を中心に、皆が協力して桜の初めての生理を祝うための会が催される。桜は、万桜や友人、祖父の善次郎、そして担任の早苗たちに温かく見守られ、ひとりではないことを実感する。その夜、女子部屋で舞桜は桜の3Dデータから、オーダーメイドの生理用品を自動で製作するシステムの概要を説明し、技術と愛情が融合した新たな事業の可能性を示す。
翌日、桜が離れを避けている理由を知った万桜は、勇希と莉那の提案で、皆で離れに泊まり込み、思い出を上書きする作戦を実行する。桜の家庭教師として、琴葉、勇希、拓矢がそれぞれの専門分野で彼女に勉強を教えるが、その授業内容は桜の期待とはかけ離れており、彼女の「お嬢さま」への幻想は打ち砕かれる。
そして、万桜の部屋で遊んでいた桜は、舞桜に結婚観を問いかけ、取引を持ち掛ける。彼女が求めたのは、高級和菓子ではなく「コンビニの水羊羹」だった。その理由は、多くの人が認める「統計的な信頼性」であり、舞桜は桜の瞳の奥に、兄である万桜と同じ無機質な美学と論理回路を垣間見て戦慄する。
コンビニのスイーツ美味いよね?
2018年11月上旬、行きつけのカフェにて。
「おまえら、赤飯炊いたことある?」
万桜は、唐突に切り出した。女子3人は、この一言にすべてを察した。
「ああ、皆まで言うな万桜…桜のことだな…」
勇希が代表して口を開いた。
「兄貴が炊くってのもな」
窓から見える山の稜線に視線を向けて、万桜は呟いた。
万桜の両親は四年前に、事故で他界している。妹の桜は12歳。初潮がきたのだ。
「…はあ? なにそれ? そんなんで赤飯炊くとか、昭和か!」
莉那はドン引きしたように言い、カフェのソファに深く凭れかかった。十代のリアルを代弁するように、彼女は続けた。
「いまどき、生理で赤飯なんてありえないっしょ? 時代錯誤も甚だしい! 桜も迷惑なんじゃない?」
彼女の言葉に、勇希は穏やかな口調で反論した。
「それは違うぞサブリナ。女子にとって、初めての生理は、特別な出来事とするべきだ。そもそも、これはお祝いであり通知だ。家族への配慮を求めるためのな。浅い理由で、伝統を切り捨てる考えは、あたしは賛同できない」
勇希の保守的な考察は、自身の幼少期の体験からくるものだった。
「佳代さんがいれば同じことを言う。おまえ、佳代さんに同じ言葉を言えるのか?」
勇希の言葉と真剣な眼差しに、莉那は項垂れ、
「い、言えません。ごめんなさい…」
家族構成まで頭が回っていなかった。この時点で無条件降伏だ。
そんな二人を宥めるように、舞桜が落としどころを提示する。
「…黒木、御赤飯は専門店で購入する。福利厚生を利用して医学部で桜ちゃんのMRIを取る。お爺さまに、許可をもらいなさい」
提示された指示内容を万桜は、極めて迅速に履行する。
「ああ、じいちゃん? 例の件で桜のMRIが要るんだ」
そう言って、万桜はスマホを耳に当てた。
「え? 小学生がMRIなんて、大丈夫なのかって? じいちゃん、MRIは核磁気共鳴画像法って言うんだぜ。電磁波を利用して、体内の水素原子から放出される微弱な電波を画像化する技術だ。放射線は一切使わねえ! エックス線とかとごっちゃになってるんじゃねえか?」
万桜は、得意げに説明した。彼の声は、まるで物理の教科書を音読しているかのようだった。
「小学生でも、大人でも、安全性は変わらねえ。むしろ、体の小さな桜の方が、大きなコイルに体が収まりやすいし、楽なんじゃねえか? え? それならいい。おう、大丈夫だって、どうせ税金で持ってかれる分だし、ああ、じゃあね」
舞桜の助言を忠実に実行する万桜は、MRIについて、まるで宇宙の法則を語るかのように熱心に説明した。
★ ◆ ★ ◆ ★
甲斐の国大学、元休憩室にて。
調理台の前に立つ万桜と番長の動きには、一切の無駄がなかった。
二人は、まるで長年連れ添った夫婦のように、言葉を交わさずとも互いの意図を理解している。
「黒幕、海苔を細切りにしてくれるか」
番長は、隣で野菜を洗っている万桜に指示を出す。
彼の表情は研ぎ澄まされており、料理に集中していることが伝わってきた。
「黒幕の妹、おまえはそこに座ってて」
番長は、料理を手伝おうと身を乗り出した桜に、優しく声をかけた。
その手には、丁寧な下処理を終えたエビや魚介類が握られている。
彼らは、桜の体調を第一に考え、胃に負担をかけない、美しく、繊細な料理を準備していた。
舞桜と勇希は、万桜の指示に従い、色とりどりの具材を、小さな手まり寿司へと丁寧に握っていく。
拓矢は、温かい吸い物をそれぞれの椀に注ぐ。
透き通った出汁の香りが、部屋中にふわりと広がり、緊張していた桜の心を解きほぐしていく。
食事は、御赤飯と、色とりどりの手まり寿司、そして温かい吸い物という、美しくも胃に優しいものだった。
食卓を囲む皆の顔には、心からの祝福と、安堵の表情が浮かんでいた。
桜は、皆が自分を思い、この場を用意してくれたことに、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。
「え、なにこの空気? まあ、ありがとね」
彼女の小さな声に、皆は優しく微笑んだ。
食事を終え、心も体も満たされた桜は、もう一人ではないと感じていた。
そして、万桜と番長は、満足そうに顔を見合わせ、その微笑みは、料理の成功を喜ぶだけでなく、大切な家族の成長を祝う、温かい親愛の情に満ちていた。
部屋には、温かい料理の香りが満ちている。
「ねえ、じいちゃん。辛かったら、ここにいるみんなを頼っていいってこと?」
少し困惑した様子の桜は、祖父に尋ねた。
その言葉に、祖父の善次郎は、ふわりと笑みを浮かべ、
「まあ、あれだよ。わし男だからわかんねえけど、辛かったら、ここにいるみんなを頼っていいってことだよ」
と、桜の言葉を繰り返す。
その場にいた、勇希の両親である白井泰造と玲子、そして桜の担任教師でもある祭谷早苗の姿もある。
「先生の旦那さんって、番長みたいな髪型だね? 30年前の不良少年?」
桜が無邪気な感想を述べると、周りはどっと吹き出した。
老け顔の番長は、万桜たちと同い年の19歳だ。
「だってよ結…」
早苗は、腹を抱えて笑っていた。妻の彼女は24歳。姉さん女房だ。
「これは的屋の元締めだから、しょうがないの!」
番長の反論に、
「あ、知ってる! 反社だ反社!」
桜は無邪気好天思考を炸裂させる。
的屋と言っても、いわゆる反社会勢力ばかりじゃない。番長の場合は、米農家兼祭イベントの取り纏め、軽食の移動販売、零細企業の支援(現金と過剰在庫の交換等)を取り仕切る立ち位置だ。
「黒幕~、この子、心折りにくる〜」
番長の苦情に、
「概ねあってる。俺たちは、良貨を駆逐する悪貨だからな…秩序を乱す側だ…」
万桜は不敵に笑って肯定した。
「ふぅ~ん」
桜は難しい単語が出ると黙り込む。
★ ◆ ★ ◆ ★
食事を終えると、桜は勇希たちに連れられて、女子更衣室と言う名の女子部屋に向かった。
「いいなぁ、勇希も莉那ちゃんも自分の部屋があって」
桜は素直に羨ましがった。もちろん、桜の部屋は黒木家にちゃんとにある。ただ、それは、両親が健在だった時に寝起きしていた離れにあった。だから、使っていない。両親を思い出すから。
「うん? 桜…勇希って聞こえたんだが?」
勇希が桜の頬に手を伸ばし掛けると、桜は素早く舞桜の背中に隠れ、
「勇希姉ちゃんの聞き間違いだよぉ? 東京マジックだよぉ」
そう言って、桜は赤目を剥いた。
「黒木に伝えておくわ桜ちゃん」
舞桜は、そう言って微笑み掛けると、MRIのデータにブロックチェーンを掛け、桜の完全3Dを作成し、そのデータを魔王システムに引き渡した。
「下着は、まだ少し早いかな」
システムの診断結果を確認し、舞桜は次の工程を魔王システムに依頼する。桜に完全フィットする桜用のナプキンの縫製だ。舞桜たちが万桜を拉致拘束し、強制的に参加させた開発会議の結果、生理用品の材料を大量に仕入れ、ロッドロボ制御の自動縫製システムで作ることで、コストを抑えたオーダーメイドナプキンの作成を可能にする方法が見つかった。材料の仕入れは番長の的屋ネットワークをフル活用、その扱いからなにからなにまでノウハウごと買い上げている。
万桜の突拍子もない発明と、舞桜の経営手腕のおかげで、株式会社セイタンシステムズの資金は、とんでもなく潤沢だ。開業2か月で30億の純利益。マンガか?
女子更衣室、と言う名の女子部屋で、舞桜はタブレットを操作し、表示された3Dデータを見ながら、淡々とした口調で説明を続けた。
「次は下着裏地ね。生理用ナプキンは1回の生理で平均15枚から20枚の使用が妥当。下着裏地は、出血量が少ない日や、普段のおりもの対策として、1日あたり2枚から3枚」
桜は、難しい顔をしてタブレットの画面を覗き込んだ。
「…1か月分だと、ナプキンは1箱で十分だろう。下着裏地は、毎日使うことを想定し、3箱程度用意するわ」
舞桜は、そう言ってタブレットの画面を桜に向けた。
「おお、結から聞いてたけど、凄いなこれは…」
そう言って入ってきたのは、早苗と玲子だ。
「御神輿先生も、下着裏地っているんですか?」
桜が無邪気に尋ねた。御神輿は、早苗の旧姓だ。9月に入籍したので、生徒が混乱しないように、旧姓を使っている。
「あら、いるわよ。妊婦さんって、おりものが増えるから、いつもつけてるのよ」
早苗は、お腹をさすりながら微笑んだ。
「へぇ~、そうなんだ…」
桜は、新たな知識を得て感心した。
「舞桜さん、妊娠中の下着裏地もオーダーできるの?」
玲子が尋ねた。
「ええ、もちろん。妊娠週数に合わせて、最適な厚みやサイズを自動で調整します。早苗さんの体型をスキャンは取得済みだから、魔王システムで超音波のデータから最適解を算出できます」
舞桜は、淡々と答えた。
その言葉に、早苗と玲子は顔を見合わせ、その技術の高さに驚嘆した。
「白井の奥さま、これはすごいことになってきたな」
早苗は、そう言って声を震わせた。
「そうね。いままでで、一番うれしい魔王案件かも」
玲子は、感嘆のため息をついた。
桜は、大人たちの会話を不思議そうに聞いていた。
彼女は、自分がどれほど特別な贈物を受けているのか、まだよく理解できていなかった。
ただ、皆が自分のために、一生懸命になっていることだけは感じていた。
女子更衣室の中は、テクノロジーと愛情が混ざり合った、温かい空気に満たされていた。
★ ◆ ★ ◆ ★
2018年11月上旬の元休憩室。
翌日、万桜は、舞桜から桜の望みを聞いて驚きの声をあげた。
「え、部屋ならあるぜ? まあ使わない理由は察しがつくが…」
万桜の部屋も離れにある。ガシガシと髪を掻きむしり、溜め息をつくと、
「わかった。なんとかするわ…ありがとなボッチ」
そう言って舞桜に礼を言った。
「家って、使ってねえと傷むからなあ」
ここで勇希が、
「上書きしよう万桜。こっちにいる間、あたしもあの家に泊めてくれ」
突拍子もない提案をぶちかます。
「いいね! あたしも泊まる! 久々に万桜の部屋のガサ入れしたいし!」
幼馴染のふたりは思い出の上書きを提案する。万桜と桜が自分たちの部屋のある離れを使わなくなった理由は、両親の事故死と言う喪失からの逃避だった。
万桜は最初、自分の母屋での部屋を桜に明け渡すつもりでいた。が、この頼もしい仲間たちからの提案に、気が変わった。
「いいね。それ! おまえら地方舐めんなよ? ルームシェアってだけで嫁認定だからな? ふたりだったら…」
ここで舞桜、
「3人ねハーレムじゃない? 嬉しいか黒木?」
参入する。
「俺らが交じれば、ハーレムじゃなくなるぜ万桜?」
拓矢を始めとする幹部自衛官候補生たちも、乗ってくる。
★ ◆ ★ ◆ ★
2018年11月黒木家。上旬の間は、勇希たち外部の学生たちが、交代制でふたりずつ黒木家の離れに寝泊まりする。
いずれも優秀な学生たちだ。黒木家の桜の家庭教師としては、この上なく最適だった。祖父である善次郎は、勇希と莉那の押しには弱い。特に勇希には甘かった。
「わかったわかった。ただし、月の下旬は舞桜ちゃんとサブリナが泊まるんだろ? その時に万桜は、母屋で寝泊まりだ。間違いあっちゃ、親御さんに、申し訳がたたねえ」
善次郎のひどくもっともな条件に、
「いや、思春期じゃねえからね? そんで桜、おまえはどうよ? 拓矢以外は知らねえ兄ちゃんと姉ちゃんだぜ」
万桜は呆れたように、過ちの可能性を否定し、その思春期を迎えつつある桜に尋ねた。
「すっげぇ! 住込み家庭教師ゲットじゃん! 兄ちゃん、あたしお嬢さま? お嬢さまみてーじゃん!」
無邪気好天思考を炸裂させた。
万桜は、生粋のお嬢さまである勇希と舞桜を交互に見比べ、
「お嬢さまって、そんな大したもんか?」
懐疑的な見解を提示して、
「……」
舞桜からの脇腹への螳螂拳と、勇希からの鋼鉄爪と言う制裁を受けて、声無き悲鳴をあげた。
「まあ、うちは女子率低いからよ、桜の相談に乗ってやってくれよ、お嬢さん方」
善次郎は、そう言って苦笑した。
桜は、少なからず、家庭教師と言うものに、幻想を抱いていた。
しかし、現実は過酷だった。
まず、琴葉だ。彼女は、算数の家庭教師として、桜の前に立ちはだかった。
「方程式は、未知数を求めるためのパズルよ。頭を使って、法則を導き出すの!」
琴葉は、そう言って次々と問題を解いていく。その動きは、まるで機械のように正確だった。
「ねぇ琴葉お姉さん…ちょっと待ってよ! 早すぎだよぉ…」
桜の悲鳴は、琴葉には届かなかった。彼女の授業は、桜の理解度を置き去りにして、遥か彼方へと進んでいく。
次に勇希だ。彼女は、国語の家庭教師として、古典文学の美しさを説いた。
「この和歌に込められた、平安貴族の切ない想いを理解しなさい。言葉の裏に隠された、繊細な感情を読み取るのよ」
勇希は、そう言って万葉集の歌を諳んじる。桜は、言葉の意味を理解しようと、必死に辞書を引いた。しかし、その奥深さに、頭が混乱していく。
最後に拓矢だ。彼は、歴史の家庭教師として、日本の戦国時代の歴史を教えた。
「この戦いにおける、地元の英雄、武田信玄の兵站輸送の革新性を理解しろ! 地形を読み解き、敵を欺く、その戦術を学ぶんだ!」
拓矢は、そう言って白板に複雑な陣形図を描き、熱弁を振るう。
彼の熱気に、桜は圧倒された。彼女が望んでいたのは、もっと楽しい、お姫様のような時間だった。
しかし、現実は、まるで軍事訓練のようだった。
授業を終え、ぐったりとソファに凭れかかった桜は、遠い目で空を眺め、
(家庭教師って、もっとキラキラしたもんだと思ってたんだけどな…)
と、無邪気な呟きと共に、小さな溜め息をついた。
彼女のお嬢さまは、あっけなく打ち砕かれた。
★ ◆ ★ ◆ ★
2018年11月中旬。
黒木家の離れにある万桜の部屋は、中学生の頃から時間が止まったかのようだった。
「ガサ入れしたって、エロ本なんざねえよ! ベッドの下になんか隠すか! そもそも、俺の部屋にベッドはねえ! だぁ~、サブリナ、俺のガンプラ触んじゃねえ!」
万桜は、無遠慮に部屋をガサ入れしてくる莉那に悲鳴を上げた。
「貴様の拳は見切ってる! ここだ! ホワたぁ~!」
莉那は、そう奇声をあげてガンプラの箱のひとつを抜き取り、そっと蓋を開けた。
「ぬ、抜かったぁ~!」
万桜は自身の処分が、甘かったことを呪った。中3の頃に受けたガサ入れでは、莉那にエロ本を発掘されている。
「なんか、この娘、勇希に似てるね?」
莉那は、あられも無い姿のモデルのエロ本をパラパラめくって、感想を述べた。
「似てねえよ」
万桜は頑なに否定する。
「兄ちゃんポニーテール好きだもんねー」
桜がからかうように、そう言って、
「いひゃい!」
万桜に制裁を受けて部屋から追われる。
その後、桜は、舞桜と並んで座り、社会科の宿題をみて貰っていた。
彼女の教え方は、勇希の文学的なアプローチや、拓矢の軍事的な視点とは、全く異なっていた。
「織田信長がなんで天下統一できたか、知ってる?」
舞桜は、そう言ってタブレットの画面に、当時の日本の勢力図を映し出した。
「…わかんない」
桜は正直に答えた。
「簡単よ。物資と資金ね。鉄砲を大量に購入し、兵を雇うには莫大な資金が必要でしょ? 彼は経済の力を利用して、敵を圧倒したのよ。だから、歴史を学ぶときは、その時代の資金の流れを追うことが大切よ」
舞桜は、淀みなく説明した。その言葉は、まるで企業の経営戦略を語るかのようだった。
彼女の教え方は、無駄がなく、理解しやすい。桜は、歴史という科目を、初めて面白いと感じた。
宿題を片付けた桜は、意を決したように、舞桜の心に踏み込んだ。
「舞桜お姉さんは、兄ちゃんのこと好きなの?」
その無邪気な一言に、完璧な論理の鎧を纏った舞桜は、初めて動揺を露わにした。
「え、い、いや、そ、その…」
顔を赤らめ、言葉に詰まる彼女に、桜は無邪気な笑みを浮かべ、取り引きを持ち掛ける。
「水羊羹で手を打とうじゃねえか。舞桜お姉さん」
そう言って、スッとテーブルに滑らせたのは、1枚の婚姻届だった。
証人欄には、黒木善次郎と黒木桜、そして当事者の欄には、黒木万桜と記されている。
もちろん、成人に達していない桜が署名したところで、これは有効することはない。
しかし、これは舞桜にとって、喉から手が出るほど欲しい強力な後押しであった。
「勇希はすぐにつねるからねー。じいちゃんは、勇希押しだけどねー」
言外に桜は、舞桜の味方になると宣言したも同義である。
「最高級のものを…」
喉から手が出るほど、それが欲しい舞桜が高級品と交換で応じようとするのを、婚姻届を遠ざけることで、桜が遮った。
「コンビニのが一番美味いに決まってんじゃん。一番食べられてんだから」
桜は断言した。
「職人さんの作る和菓子ってさ、その日の気分とか体調で味が少し変わったりするじゃん?」
桜は、子供らしい口調で、しかし確信に満ちた目で舞桜を見つめる。
「でも、工場で作られる水羊羹は違うんだよ。何十万、何百万個って作られる中で、常に同じ味、同じ食感を完璧に再現してるんだもん。それはもう、美味しいを超えて、信頼っていう味なんだよ」
彼女の言葉は、まるで万桜の哲学を写したかのようだった。
「多くの人が美味しいって認めてるって、統計的にも証明されてる味ってことだよね? そりゃあ、一番美味しいに決まってるじゃん」
舞桜は、その言葉に、背筋を凍らせた。
それは、単なる子供の意見ではなかった。
そこには、万桜と同じ、論理と数字に裏打ちされた無機質な美学があった。
(…こいつも魔王だ…!)
舞桜は、桜の無邪気な瞳の奥に、見覚えのある論理回路を垣間見て戦慄した。
「今すぐ大人買いしてきます! 大手コンビニ全部制覇してきます!」
彼女は、まるで憑き物を追い払うかのように叫び、ちょっとした御守りを得るために駆け出した。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




