表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

38/83

智の魔王のオーダーメイド

前書き

 2018年11月上旬、万桜は妹の桜が初潮を迎えたことを家族の事故以来、初めての「慶事」として祝い、赤飯を炊くことを決意する。莉那は時代錯誤だと反発するが、勇希や舞桜の助言によって、その行動の真意を理解する。万桜は、舞桜の指示に従い、桜の健康状態をチェックするためにMRI検査を実施し、その際にMRIの仕組みを熱心に語る。

 その後、元休憩室では番長を中心に、皆が協力して桜の初めての生理を祝うための会が催される。桜は、万桜や友人、祖父の善次郎、そして担任の早苗たちに温かく見守られ、ひとりではないことを実感する。その夜、女子部屋で舞桜は桜の3Dデータから、オーダーメイドの生理用品を自動で製作するシステムの概要を説明し、技術と愛情が融合した新たな事業の可能性を示す。

 翌日、桜が離れを避けている理由を知った万桜は、勇希と莉那の提案で、皆で離れに泊まり込み、思い出を上書きする作戦を実行する。桜の家庭教師として、琴葉、勇希、拓矢がそれぞれの専門分野で彼女に勉強を教えるが、その授業内容は(サクラ)の期待とはかけ離れており、彼女の「お嬢さま」への幻想は打ち砕かれる。

 そして、万桜の部屋で遊んでいた桜は、舞桜に結婚観を問いかけ、取引を持ち掛ける。彼女が求めたのは、高級和菓子ではなく「コンビニの水羊羹」だった。その理由は、多くの人が認める「統計的な信頼性」であり、舞桜は桜の瞳の奥に、兄である万桜と同じ無機質な美学と論理回路を垣間見て戦慄する。


コンビニのスイーツ美味いよね?

 2018年11月上旬、行きつけのカフェにて。

「おまえら、赤飯炊いたことある?」

 万桜(マオ)は、唐突に切り出した。女子3人は、この一言にすべてを察した。

「ああ、皆まで言うな万桜(マオ)…桜のことだな…」

 勇希(ユウキ)が代表して口を開いた。

「兄貴が炊くってのもな」

 窓から見える山の稜線に視線を向けて、万桜(マオ)は呟いた。

 万桜(マオ)の両親は四年前に、事故で他界している。妹の桜は12歳。初潮がきたのだ。

「…はあ? なにそれ? そんなんで赤飯炊くとか、昭和か!」

 莉那(リナ)はドン引きしたように言い、カフェのソファに深く凭れかかった。十代のリアルを代弁するように、彼女は続けた。

「いまどき、生理で赤飯なんてありえないっしょ? 時代錯誤も甚だしい! 桜も迷惑なんじゃない?」

 彼女の言葉に、勇希(ユウキ)は穏やかな口調で反論した。

「それは違うぞサブリナ。女子にとって、初めての生理は、特別な出来事とするべきだ。そもそも、これはお祝いであり通知だ。家族への配慮を求めるためのな。浅い理由で、伝統を切り捨てる考えは、あたしは賛同できない」

 勇希(ユウキ)の保守的な考察は、自身の幼少期の体験からくるものだった。

「佳代さんがいれば同じことを言う。おまえ、佳代さんに同じ言葉を言えるのか?」

 勇希(ユウキ)の言葉と真剣な眼差しに、莉那(リナ)は項垂れ、

「い、言えません。ごめんなさい…」

 家族構成まで頭が回っていなかった。この時点で無条件降伏だ。

 そんな二人を宥めるように、舞桜(マオ)が落としどころを提示する。

「…黒木、御赤飯は専門店で購入する。福利厚生を利用して医学部で桜ちゃんのMRIを取る。お爺さまに、許可をもらいなさい」

 提示された指示内容を万桜(マオ)は、極めて迅速に履行する。

「ああ、じいちゃん? 例の件で桜のMRIが要るんだ」

 そう言って、万桜(マオ)はスマホを耳に当てた。

「え? 小学生がMRIなんて、大丈夫なのかって? じいちゃん、MRIは核磁気共鳴画像法って言うんだぜ。電磁波を利用して、体内の水素原子から放出される微弱な電波を画像化する技術だ。放射線は一切使わねえ! エックス線とかとごっちゃになってるんじゃねえか?」

 万桜(マオ)は、得意げに説明した。彼の声は、まるで物理の教科書を音読しているかのようだった。

「小学生でも、大人でも、安全性は変わらねえ。むしろ、体の小さな桜の方が、大きなコイルに体が収まりやすいし、楽なんじゃねえか? え? それならいい。おう、大丈夫だって、どうせ税金で持ってかれる分だし、ああ、じゃあね」

 舞桜(マオ)の助言を忠実に実行する万桜(マオ)は、MRIについて、まるで宇宙の法則を語るかのように熱心に説明した。


★ ◆ ★ ◆ ★


 甲斐の国大学、元休憩室にて。

 調理台の前に立つ万桜(マオ)番長(バンチョー)の動きには、一切の無駄がなかった。

 二人は、まるで長年連れ添った夫婦(バッテリー)のように、言葉を交わさずとも互いの意図を理解している。

黒幕(フィクサー)、海苔を細切りにしてくれるか」

 番長(バンチョー)は、隣で野菜を洗っている万桜(マオ)に指示を出す。

 彼の表情は研ぎ澄まされており、料理に集中していることが伝わってきた。

黒幕(フィクサー)の妹、おまえはそこに座ってて」

 番長(バンチョー)は、料理を手伝おうと身を乗り出した(サクラ)に、優しく声をかけた。

 その手には、丁寧な下処理を終えたエビや魚介類が握られている。

 彼らは、(サクラ)の体調を第一に考え、胃に負担をかけない、美しく、繊細な料理を準備していた。

 舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の指示に従い、色とりどりの具材を、小さな手まり寿司へと丁寧に握っていく。

 拓矢(タクヤ)は、温かい吸い物(すいもの)をそれぞれの椀に注ぐ。

 透き通った出汁の香りが、部屋中にふわりと広がり、緊張していた(サクラ)の心を解きほぐしていく。

 食事は、御赤飯と、色とりどりの手まり寿司、そして温かい吸い物という、美しくも胃に優しいものだった。

 食卓を囲む皆の顔には、心からの祝福と、安堵の表情が浮かんでいた。

 (サクラ)は、皆が自分を思い、この場を用意してくれたことに、感謝の気持ちで胸がいっぱいになった。

「え、なにこの空気? まあ、ありがとね」

 彼女の小さな声に、皆は優しく微笑んだ。

 食事を終え、心も体も満たされた(サクラ)は、もう一人ではないと感じていた。

 そして、万桜(マオ)番長(バンチョー)は、満足そうに顔を見合わせ、その微笑みは、料理の成功を喜ぶだけでなく、大切な家族の成長を祝う、温かい親愛の情に満ちていた。


 部屋には、温かい料理の香りが満ちている。

「ねえ、じいちゃん。辛かったら、ここにいるみんなを頼っていいってこと?」

 少し困惑した様子の(サクラ)は、祖父に尋ねた。

 その言葉に、祖父の善次郎(ぜんじろう)は、ふわりと笑みを浮かべ、

「まあ、あれだよ。わし男だからわかんねえけど、辛かったら、ここにいるみんなを頼っていいってことだよ」

 と、(サクラ)の言葉を繰り返す。

 その場にいた、勇希(ユウキ)の両親である白井(シライ)泰造(タイゾウ)玲子(レイコ)、そして(サクラ)の担任教師でもある祭谷(マツリヤ)早苗(サナエ)の姿もある。

「先生の旦那さんって、番長(バンチョー)みたいな髪型だね? 30年前の不良少年(ヤンキー)?」

 (サクラ)が無邪気な感想を述べると、周りはどっと吹き出した。

 老け顔の番長(バンチョー)は、万桜(マオ)たちと同い年の19歳だ。

「だってよ(ユイ)…」

 早苗(さなえ)は、腹を抱えて笑っていた。妻の彼女は24歳。姉さん女房だ。

「これは的屋の元締めだから、しょうがないの!」

 番長(バンチョー)の反論に、

「あ、知ってる! 反社だ反社!」

 (サクラ)無邪気(イノセント)好天思考(ポジティブ)を炸裂させる。

 的屋と言っても、いわゆる反社会勢力ばかりじゃない。番長(バンチョー)の場合は、米農家兼祭イベントの取り纏め、軽食の移動販売、零細企業の支援(現金と過剰在庫の交換等)を取り仕切る立ち位置だ。

黒幕(フィクサー)~、この子、心折りにくる〜」

 番長(バンチョー)の苦情に、

「概ねあってる。俺たちは、良貨を駆逐する悪貨だからな…秩序を乱す側だ…」

 万桜(マオ)は不敵に笑って肯定した。

「ふぅ~ん」

 (サクラ)は難しい単語が出ると黙り込む。


★ ◆ ★ ◆ ★


 食事を終えると、(サクラ)勇希(ユウキ)たちに連れられて、女子更衣室と言う名の女子部屋に向かった。

「いいなぁ、勇希も莉那(リナ)ちゃんも自分の部屋があって」

 (サクラ)は素直に羨ましがった。もちろん、(サクラ)の部屋は黒木家にちゃんとにある。ただ、それは、両親が健在だった時に寝起きしていた離れにあった。だから、使っていない。両親を思い出すから。

「うん? (サクラ)…勇希って聞こえたんだが?」

 勇希(ユウキ)(サクラ)の頬に手を伸ばし掛けると、(サクラ)は素早く舞桜(マオ)の背中に隠れ、

「勇希姉ちゃんの聞き間違いだよぉ? 東京マジックだよぉ」

 そう言って、(サクラ)は赤目を剥いた。

「黒木に伝えておくわ(サクラ)ちゃん」

 舞桜(マオ)は、そう言って微笑み掛けると、MRIのデータにブロックチェーンを掛け、(サクラ)の完全3Dを作成し、そのデータを魔王(セイタン)システムに引き渡した。

「下着は、まだ少し早いかな」

 システムの診断結果を確認し、舞桜(マオ)は次の工程を魔王(セイタン)システムに依頼する。(サクラ)に完全フィットする(サクラ)用のナプキンの縫製だ。舞桜(マオ)たちが万桜(マオ)を拉致拘束し、強制的に参加させた開発会議の結果、生理用品の材料を大量に仕入れ、ロッドロボ制御の自動縫製システムで作ることで、コストを抑えたオーダーメイドナプキンの作成を可能にする方法が見つかった。材料の仕入れは番長(バンチョー)の的屋ネットワークをフル活用、その扱いからなにからなにまでノウハウごと買い上げている。

 万桜(マオ)の突拍子もない発明と、舞桜(マオ)の経営手腕のおかげで、株式会社セイタンシステムズの資金は、とんでもなく潤沢だ。開業2か月で30億の純利益。マンガか?


 女子更衣室、と言う名の女子部屋で、舞桜(マオ)はタブレットを操作し、表示された3Dデータを見ながら、淡々とした口調で説明を続けた。

「次は下着(パンティ)裏地(ライナー)ね。生理用ナプキンは1回の生理で平均15枚から20枚の使用が妥当。下着(パンティ)裏地(ライナー)は、出血量が少ない日や、普段のおりもの対策として、1日あたり2枚から3枚」

 (サクラ)は、難しい顔をしてタブレットの画面を覗き込んだ。

「…1か月分だと、ナプキンは1箱で十分だろう。下着(パンティ)裏地(ライナー)は、毎日使うことを想定し、3箱程度用意するわ」

 舞桜(マオ)は、そう言ってタブレットの画面を(サクラ)に向けた。

「おお、(ユイ)から聞いてたけど、凄いなこれは…」

 そう言って入ってきたのは、早苗(サナエ)玲子(レイコ)だ。

御神輿(オミコシ)先生も、下着(パンティ)裏地(ライナー)っているんですか?」

 (サクラ)が無邪気に尋ねた。御神輿(オミコシ)は、早苗の旧姓だ。9月に入籍したので、生徒が混乱しないように、旧姓を使っている。

「あら、いるわよ。妊婦さんって、おりものが増えるから、いつもつけてるのよ」

 早苗(サナエ)は、お腹をさすりながら微笑んだ。

「へぇ~、そうなんだ…」

 (サクラ)は、新たな知識を得て感心した。

舞桜(マオ)さん、妊娠中の下着(パンティ)裏地(ライナー)もオーダーできるの?」

 玲子(レイコ)が尋ねた。

「ええ、もちろん。妊娠週数に合わせて、最適な厚みやサイズを自動で調整します。早苗(サナエ)さんの体型をスキャンは取得済みだから、魔王(セイタン)システムで超音波のデータから最適解を算出できます」

 舞桜(マオ)は、淡々と答えた。

 その言葉に、早苗(サナエ)玲子(レイコ)は顔を見合わせ、その技術の高さに驚嘆した。

「白井の奥さま、これはすごいことになってきたな」

 早苗(サナエ)は、そう言って声を震わせた。

「そうね。いままでで、一番うれしい魔王案件かも」

 玲子(レイコ)は、感嘆のため息をついた。

 (サクラ)は、大人たちの会話を不思議そうに聞いていた。

 彼女は、自分がどれほど特別な贈物(お祝い)を受けているのか、まだよく理解できていなかった。

 ただ、皆が自分のために、一生懸命になっていることだけは感じていた。

 女子更衣室の中は、テクノロジーと愛情が混ざり合った、温かい空気に満たされていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 2018年11月上旬の元休憩室。

 翌日、万桜(マオ)は、舞桜マオから桜の望みを聞いて驚きの声をあげた。

「え、部屋ならあるぜ? まあ使わない理由は察しがつくが…」

 万桜(マオ)の部屋も離れにある。ガシガシと髪を掻きむしり、溜め息をつくと、

「わかった。なんとかするわ…ありがとなボッチ」

 そう言って舞桜(マオ)に礼を言った。

「家って、使ってねえと傷むからなあ」

 ここで勇希(ユウキ)が、

「上書きしよう万桜(マオ)。こっちにいる間、あたしもあの家に泊めてくれ」

 突拍子もない提案をぶちかます。

「いいね! あたしも泊まる! 久々に万桜(マオ)の部屋のガサ入れしたいし!」

 幼馴染のふたりは思い出の上書きを提案する。万桜(マオ)(サクラ)が自分たちの部屋のある離れを使わなくなった理由は、両親の事故死と言う喪失からの逃避だった。

 万桜(マオ)は最初、自分の母屋での部屋を(サクラ)に明け渡すつもりでいた。が、この頼もしい仲間たちからの提案に、気が変わった。

「いいね。それ! おまえら地方舐めんなよ? ルームシェアってだけで嫁認定だからな? ふたりだったら…」

 ここで舞桜(マオ)

「3人ねハーレムじゃない? 嬉しいか黒木(クロキ)?」

 参入する。

「俺らが交じれば、ハーレムじゃなくなるぜ万桜(マオ)?」

 拓矢(タクヤ)を始めとする幹部自衛官候補生たちも、乗ってくる。


★ ◆ ★ ◆ ★


 2018年11月黒木家。上旬の間は、勇希(ユウキ)たち外部の学生たちが、交代制でふたりずつ黒木家の離れに寝泊まりする。

 いずれも優秀な学生たちだ。黒木家の(サクラ)の家庭教師としては、この上なく最適だった。祖父である善次郎(ぜんじろう)は、勇希(ユウキ)莉那(リナ)の押しには弱い。特に勇希(ユウキ)には甘かった。

「わかったわかった。ただし、月の下旬は舞桜(マオ)ちゃんとサブリナが泊まるんだろ? その時に万桜(マオ)は、母屋で寝泊まりだ。間違いあっちゃ、親御さんに、申し訳がたたねえ」

 善次郎(ぜんじろう)のひどくもっともな条件に、

「いや、思春期じゃねえからね? そんで(サクラ)、おまえはどうよ? 拓矢(ジェイ)以外は知らねえ兄ちゃんと姉ちゃんだぜ」

 万桜(マオ)は呆れたように、過ちの可能性を否定し、その思春期を迎えつつある(サクラ)に尋ねた。

「すっげぇ! 住込み家庭教師ゲットじゃん! 兄ちゃん、あたしお嬢さま? お嬢さまみてーじゃん!」

 無邪気(イノセント)好天思考(ポジティブ)を炸裂させた。

 万桜(マオ)は、生粋のお嬢さまである勇希(ユウキ)舞桜(マオ)を交互に見比べ、

「お嬢さまって、そんな大したもんか?」

 懐疑的な見解を提示して、

「……」

 舞桜(マオ)からの脇腹への螳螂拳(トウローケン)と、勇希(ユウキ)からの鋼鉄爪(アイアンクロー)と言う制裁を受けて、声無き悲鳴をあげた。

「まあ、うちは女子率低いからよ、(サクラ)の相談に乗ってやってくれよ、お嬢さん方」

 善次郎(ぜんじろう)は、そう言って苦笑した。

 (サクラ)は、少なからず、家庭教師と言うものに、幻想を抱いていた。

 しかし、現実は過酷だった。

 まず、琴葉(コトハ)だ。彼女は、算数の家庭教師として、(サクラ)の前に立ちはだかった。

「方程式は、未知数を求めるためのパズルよ。頭を使って、法則(ルール)を導き出すの!」

 琴葉(コトハ)は、そう言って次々と問題を解いていく。その動きは、まるで機械(コンピュータ)のように正確だった。

「ねぇ琴葉(コトハ)お姉さん…ちょっと待ってよ! 早すぎだよぉ…」

 (サクラ)の悲鳴は、琴葉(コトハ)には届かなかった。彼女の授業は、(サクラ)の理解度を置き去りにして、遥か彼方へと進んでいく。

 次に勇希(ユウキ)だ。彼女は、国語の家庭教師として、古典文学の美しさを説いた。

「この和歌(うた)に込められた、平安貴族(へいあんきぞく)の切ない想いを理解しなさい。言葉の裏に隠された、繊細(デリケート)な感情を読み取るのよ」

 勇希(ユウキ)は、そう言って万葉集(まんようしゅう)(うた)を諳んじる。(サクラ)は、言葉の意味を理解しようと、必死に辞書を引いた。しかし、その奥深さに、頭が混乱していく。

 最後に拓矢(タクヤ)だ。彼は、歴史の家庭教師として、日本の戦国時代の歴史を教えた。

「この戦いにおける、地元の英雄、武田信玄(たけだしんげん)の兵站輸送の革新性を理解しろ! 地形を読み解き、敵を欺く、その戦術(ストラテジー)を学ぶんだ!」

 拓矢(タクヤ)は、そう言って白板に複雑な陣形図を描き、熱弁を振るう。

 彼の熱気に、(サクラ)は圧倒された。彼女が望んでいたのは、もっと楽しい、お姫様のような時間だった。

 しかし、現実は、まるで軍事訓練のようだった。

 授業を終え、ぐったりとソファに凭れかかった(サクラ)は、遠い目で空を眺め、

(家庭教師って、もっとキラキラしたもんだと思ってたんだけどな…)

 と、無邪気(イノセント)な呟きと共に、小さな溜め息をついた。

 彼女のお嬢さま(幻想)は、あっけなく打ち砕かれた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 2018年11月中旬。

 黒木家の離れにある万桜(マオ)の部屋は、中学生の頃から時間が止まったかのようだった。

「ガサ入れしたって、エロ本なんざねえよ! ベッドの下になんか隠すか! そもそも、俺の部屋にベッドはねえ! だぁ~、サブリナ、俺のガンプラ触んじゃねえ!」

 万桜(マオ)は、無遠慮に部屋をガサ入れしてくる莉那(リナ)に悲鳴を上げた。

「貴様の拳は見切ってる! ここだ! ホワたぁ~!」

 莉那(リナ)は、そう奇声をあげてガンプラの箱のひとつを抜き取り、そっと蓋を開けた。

「ぬ、抜かったぁ~!」

 万桜(マオ)は自身の処分が、甘かったことを呪った。中3の頃に受けたガサ入れでは、莉那(リナ)にエロ本を発掘されている。

「なんか、この()勇希(ユウキ)に似てるね?」

 莉那(リナ)は、あられも無い姿のモデルのエロ本(ソレ)をパラパラめくって、感想を述べた。

「似てねえよ」

 万桜(マオ)は頑なに否定する。

「兄ちゃんポニーテール好きだもんねー」

 (サクラ)がからかうように、そう言って、

「いひゃい!」

 万桜(マオ)に制裁を受けて部屋から追われる。

 その後、(サクラ)は、舞桜(マオ)と並んで座り、社会科の宿題をみて貰っていた。

 彼女の教え方は、勇希(ユウキ)の文学的なアプローチや、拓矢(タクヤ)の軍事的な視点とは、全く異なっていた。

織田信長(おだのぶなが)がなんで天下統一できたか、知ってる?」

 舞桜(マオ)は、そう言ってタブレットの画面に、当時の日本の勢力図を映し出した。

「…わかんない」

 (サクラ)は正直に答えた。

「簡単よ。物資と資金ね。鉄砲を大量に購入し、兵を雇うには莫大な資金が必要でしょ? 彼は経済(エコノミー)の力を利用して、敵を圧倒したのよ。だから、歴史を学ぶときは、その時代の資金(カネ)の流れを追うことが大切よ」

 舞桜(マオ)は、淀みなく説明した。その言葉は、まるで企業の経営戦略を語るかのようだった。

 彼女の教え方は、無駄がなく、理解しやすい。(サクラ)は、歴史という科目を、初めて面白いと感じた。

 宿題を片付けた(サクラ)は、意を決したように、舞桜(マオ)の心に踏み込んだ。

舞桜(マオ)お姉さんは、兄ちゃんのこと好きなの?」

 その無邪気な一言に、完璧な論理の鎧を纏った舞桜(マオ)は、初めて動揺を露わにした。

「え、い、いや、そ、その…」

 顔を赤らめ、言葉に詰まる彼女に、(サクラ)無邪気(イノセント)な笑みを浮かべ、取り引きを持ち掛ける。

「水羊羹で手を打とうじゃねえか。舞桜(マオ)お姉さん」

 そう言って、スッとテーブルに滑らせたのは、1枚の婚姻届だった。

 証人欄には、黒木(クロキ)善次郎(ぜんじろう)黒木(クロキ)(サクラ)、そして当事者の欄には、黒木(クロキ)万桜(マオ)と記されている。

 もちろん、成人(おとな)に達していない(サクラ)が署名したところで、これは有効(つうよう)することはない。

 しかし、これは舞桜(マオ)にとって、喉から手が出るほど欲しい強力な後押し(エンゲージメント)であった。

勇希(ユウキ)はすぐにつねるからねー。じいちゃんは、勇希(ユウキ)押しだけどねー」

 言外に(サクラ)は、舞桜(マオ)の味方になると宣言したも同義である。

「最高級のものを…」

 喉から手が出るほど、それが欲しい舞桜(マオ)が高級品と交換で応じようとするのを、婚姻届を遠ざけることで、(サクラ)が遮った。

「コンビニのが一番美味いに決まってんじゃん。一番食べられてんだから」

 (サクラ)は断言した。

「職人さんの作る和菓子ってさ、その日の気分とか体調で味が少し変わったりするじゃん?」

 (サクラ)は、子供らしい口調で、しかし確信に満ちた目で舞桜(マオ)を見つめる。

「でも、工場で作られる水羊羹は違うんだよ。何十万、何百万個って作られる中で、常に同じ味、同じ食感を完璧(パーフェクト)に再現してるんだもん。それはもう、美味しいを超えて、信頼っていう味なんだよ」

 彼女の言葉は、まるで万桜(マオ)の哲学を写したかのようだった。

「多くの人が美味しいって認めてるって、統計的にも証明されてる味ってことだよね? そりゃあ、一番美味しいに決まってるじゃん」

 舞桜(マオ)は、その言葉に、背筋を凍らせた。

 それは、単なる子供の意見ではなかった。

 そこには、万桜(マオ)と同じ、論理と数字に裏打ちされた無機質な美学があった。

(…こいつも魔王だ…!)

 舞桜(マオ)は、(サクラ)の無邪気な瞳の奥に、見覚えのある論理回路(アルゴリズム)を垣間見て戦慄した。

「今すぐ大人買いしてきます! 大手コンビニ全部制覇してきます!」

 彼女は、まるで憑き物を追い払うかのように叫び、ちょっとした御守りを得るために駆け出した。



『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ