黒き魔王とモンテスキュー
前書き
2018年10月中旬、万桜は完璧な計算に基づいて臨んだ松茸狩りで、予期せぬ不作に直面し、敗北を喫する。彼の科学的な予測が自然の気まぐれに敗れた瞬間だった。しかし、そんな彼の科学至上主義を打ち砕くかのように、莉那や舞桜、そして番長の妻である早苗は、松茸の「香り」こそが最も大切なご馳走だと説く。
その日の夜、番長と早苗の懐妊を祝うささやかな席で、万桜は仲間たちとの温かい交流を通して、松茸不作の悔しさよりも、もっと大切な「未来」への責任を感じる。彼は、対夜泣き子育て支援サービスの実現を強く願うが、その漠然とした不安は、舞桜と山縣政義の具体的な行動によって、希望へと変わっていく。
物語の後半、大学の講義室で、万桜は西岡教授と鬼越山茶助教授の「経済は無駄によって動く生き物」という独特な理論に触れる。そして、軍事転用を懸念する佐々陸将から、高高度気球の利用法を問われた万桜は、偵察や通信といった軍事的な回答ではなく、乾燥した高空の環境を活かした『農産乾燥機』という平和でユニークなアイデアを提示する。その発想は、佐々陸将の疑念を払拭し、万桜の才能が「魔王」ではなく、人類を豊かにする「道標」であると確信させるのだった。
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2018年10月中旬。
万桜は御井神神社山麓の赤松林で絶句した。
秋晴れの空の下、赤く色づいた松の葉がそよ風に揺れ、あたりには爽やかな赤松の香りが漂っている。しかし、彼の目の前には、期待していた豊作とはかけ離れた、ほんの数本の松茸しか見当たらなかった。
「こ、これは…」
万桜の言葉にならない悲鳴が、静かな森に吸い込まれていく。
「「例年通りだね」」
勇希と莉那は、まるで示し合わせたかのように、異口同音にそう言った。二人は顔を見合わせ、やれやれといった表情で肩をすくめる。今年の赤松松茸大作戦も、万桜の意図に反して不発だった。
「く、クソ。な、なぜだ?」
万桜は両手を地について、地面を睨みつけた。その目には、科学的な予測が外れたことへの、純粋な悔しさがにじみ出ている。
「へ~。意外。黒木でも不発な時があるのねぇ~」
舞桜は、松茸が少しだけ顔を出している場所を指さしながら、唸るように感心した。万桜の天才ぶりを間近で見てきた彼女にとって、彼の予測が外れるのは珍しいことだった。
「うっせぇボッチ。俺にだって敗北はあらぁ…」
負け惜しみを言う万桜に、舞桜は苦笑を浮かべた。
「でも、まったく生えてないわけじゃないのね。これくらいなら、すぐに終わるわ」
舞桜は、そう言って、慎重に松茸を採取し始めた。彼女は慣れた手つきで、土を傷つけないように、そっと松茸の根本を掘り起こしていく。
「なんでだよ…なんで、俺の計算と違うんだ…」
万桜は、いまだ地面に突っ伏したまま、ぶつぶつと独り言を言っている。
彼は、赤松林の土壌成分、湿度、気温、日照時間、さらには過去の気象データまで、あらゆる因子を考慮して、今日の松茸狩りを計画していた。彼の脳内では、最高のタイミングで大量の松茸が生えているはずだった。
「おかしい…今年は湿度も気温も、すべてが完璧なはずなのに…」
万桜の悔しがる声など、耳にも入っていないかのように、女性陣は淡々と松茸狩りを進めていく。
「わあ、あたしのもあった!」
莉那が歓喜の声を上げ、
「さすがサブリナ、勘がいいわね」
舞桜が静かに褒めた。
女性陣の楽しそうな声が響く中、万桜だけが、孤独な敗北の淵に沈んでいた。彼の完璧な科学が、自然という名の予期せぬノイズに敗れた瞬間だった。
★ ◆ ★ ◆ ★
御井神神社の社務所で、ささやかであるが、番長こと祭谷結と、その妻である早苗へのお祝いの席が設けられた。お懐妊である。
「早苗さん、ダメな匂いとかあったら言ってくれよ? 今日は早苗さんにあわせるからよ」
万桜は、収穫してきた松茸を差し出して尋ねた。個人差はあるが、つわりの時は、匂いや味に異常が出ることがある。
「あぁ~、いいよ黒木。気を遣わないで…適当に加減するから大丈夫だ…」
そう早苗は遠慮するが、周りがそれを許さない。
「「「「いいから言って!」」」」
舞桜、莉那、勇希、そして拓矢が、声を揃えて早苗を促した。幸か不幸か、早苗のつわりは重くない。
「わかったわかった。辛かったら甘えるよ」
早苗は苦笑し妥協する。この場の最年長は早苗である。次に年齢が近いのは、従兄弟の山縣政義で、21歳。その恋人である琴葉は20歳。他は夫である番長も含めて、19歳の未成年たちだ。
舞桜は、すかさず万桜を小突く。
「黒木。野菜をたくさん入れるんだから、香りがきつすぎるのはダメよ」
「へいへい…わかってらぁ」
万桜は、不貞腐れたように返事をする。
「でもよぉ、松茸は醤油と出汁とで煮込んで、味を染み込ませてから土瓶蒸しにしたほうが美味いんだよな…」
彼がブツブツと呟くと、莉那がにこやかに口を挟んだ。
「万桜。松茸ってさ、あの香りが一番のご馳走なんだよ? 煮込んじゃったら、もったいないよ!」
莉那の言葉に、万桜はハッとした顔をした。彼の脳内では、常に「効率」と「合理性」が優先されている。松茸の香りも、より美味しい料理にするための「データ」としてしか認識していなかったのだ。
早苗が、ふっと微笑んだ。
「福元の言う通りだよ黒木。香りは、一番大切なご馳走なんだ」
その言葉に、万桜は少し照れたように頭を掻いた。
すき焼きを、みんなで囲みながら、社務所の中は温かい空気に包まれていた。
「ボッチ、対夜泣き子育て支援決戦サービスの法手続きを急いでくれよ~…気になっちまって仕方がねえ…」
万桜は、肉と野菜を口に運びながら、舞桜に投げかけた。彼の表情には、先ほどの松茸不作の悔しさよりも、ずっと深い真剣さが宿っている。
「わかってるわよ、黒木。児童福祉法や関連法規に基づく許認可申請…スケジュールを立てて、順序よく進めていく必要があるから、早急に弁護士と行政書士に相談するわ。急いでも半年、間に合わせるから安心しなさい」
舞桜は、落ち着いた声で、冷静に説明した。彼女の言葉は、万桜の漠然とした不安を具体的な手続きへと置き換え、計画の輪郭を明確にさせていく。
「俺からも教育学部の連中に、協力を頼んでみるよ。両親参加型とは言え、託児所として必要なのは、保育士、幼稚園教諭、それに看護師の資格を持つ人材だ。とくに乳幼児を見るなら、看護師は必須。幸い、俺の知り合いに、子どもと関わる仕事がしたいって言ってる、優秀な奴らがいるから、彼らに声をかけてみるよ」
政義は、すき焼き鍋の具材を取り皿によそいながら、柔らかな声で語った。
政義の説明を聞き、万桜と番長は安堵する。普段は豪胆な人間ほど、こうした時に臆病になる。代わってやれないからだ。
「…ああ、さすがボッチと先輩だぜ…」
万桜が、目尻を下げてそう呟いた。
番長もまた、固い拳を胸の前でぎゅっと握りしめていたが、政義の言葉を聞いて、そっとその力を緩める。
この日の夜、御井神神社の社務所には、すき焼きの湯気と共に、新たな命を迎える二人の男たちの、密やかなる安堵の溜息が溶けていった。彼らの不安は、頼れる仲間たちによって、少しずつ、未来への希望へと変わっていく。
舞桜は、すき焼きを咀嚼しながら、ぼんやりと半年後の半期決算について考えていた。完全3Dに、それの元になったベクターデータを人工知能に分析させた自動描画システム。既に茅野建設に納品済みだが、兄である淳二からは、施工ミスが劇的に減少し、特に外国人労働者と日本人労働者との間で認識齟齬が激減したようだ。
『あん? 言葉の壁? んなもんは、人工知能に通訳させんだよ…付けといてやるよ…』
万桜の何気ないひと言に付け加えられた翻訳機能が、殊の外、活躍しているらしい。
「2か月でこれって…」
舞桜は、口の中の牛肉を飲み込むと、眉間に深い皺を寄せた。
茅野建設に納品した「建築支援システム」は、たったの2か月で、約5億円の施工ミス関連コストを削減したと、淳二が興奮気味に電話で言っていた。
そのうち約3億円は、翻訳機能によるコミュニケーションロスの削減だという。これは、日本国内の他の建設会社からだけでなく、海外からも引き合いが殺到している。
さらに、完全3Dと自動描画システムをコアとした、ゲーム制作会社向けのライセンス契約は、既に10社を超え、契約金だけで合計20億円に達していた。
これら個別の数字が、舞桜の脳内で複雑に絡み合い、最終的な利益の数字が導き出されていく。
「まさか…純利益、30億円は超えるってこと? たった半年で…?」
計算機を叩いているわけではない。
しかし、舞桜の頭の中には、すでに恐るべき数字が浮かび上がっていた。
万桜の思考が、まるで暴走列車のように、次々と巨額の収益を生み出していく。このペースでいけば、1年後には、いったいどうなってしまうのか?
彼女がかつて夢見た「魔王」という存在の、あまりにも圧倒的なスケールに、舞桜は、ただ呆然とするしかなかった。
舞桜は、腹いせに、万桜が育てていた鍋エリアを蹂躙していく。
「あぁ~、それ俺が育てたゾーン!」
万桜の悲鳴が上がる。
「や、やめて! お豆腐は許して!」
悲鳴の滲む懇願も、
「ふん!」
舞桜は、無慈悲なまでに棄却する。
「じゃあ、まず〆のオードブルだ」
そう言って万桜は蕎麦をそっと汁にくぐらせ、みんなの器によそってゆく。
「蕎麦すきって美味いよねぇ~」
莉那はそう言って、残った生卵に蕎麦を絡めてスルリと啜った。
「蕎麦すき?」
舞桜も莉那にならって蕎麦を啜る。甘辛い香りが、湯気とともに鼻腔をくすぐった。喉を通り過ぎる蕎麦は、香りを凝縮したつゆを纏い、まるで蕎麦そのものが濃密な出汁になったかのようだった。
「まあ万桜と番長のオリジナルだ。〆のオードブルは」
勇希もそう言って蕎麦を啜る。
「次はウドンだな。ちょっと煮詰めるぜ?」
万桜はウドンを人数分入れて、カセットコンロの火を強火にし、汁が少し煮詰まったところで火を落とす。
そして、同じようにみんなの器にサーブする。
「すき煮込みウドンだぁ~」
莉那は目を輝かせて、半分だけ啜る。
「すき煮込みウドン?」
舞桜は聞き慣れない造語に困惑気味だが、啜ってみると甘辛なウドンが絶妙なハーモニーを奏でている。
「全部いくと悔やむぞ舞桜」
莉那と同じように、半分だけウドンを残していた勇希が警告する。
警告に従って、舞桜は箸を止めた。
「最後にデザートの雑炊だ」
万桜が鍋に残った僅かなつゆに出汁を足す。
くぐもっていた煮汁の香りが一変し、清冽な昆布の匂いが立ち上る。
その出汁に、ご飯をそっと投入した。ご飯粒が、さながら生き物のように、残った旨みを吸い上げていく。
米が十分に汁を吸ったのを見計らい、万桜は溶いた卵を回しかけた。
黄金色の筋が、白いご飯の上をゆらゆらと揺れながら落ちていく。
すかさず火を止め、鍋蓋を被せる。
一拍置いた後、蓋を取る。
そこには、半熟のままふわりと固まった卵が、ご飯の熱でじんわりと蒸され、湯気を立てていた。
それは、ご馳走の賑やかさとはまた異なる、静かで、しかし確かな、満ち足りた風景だった。
器に盛られたそれは、さっきまで牛肉や野菜の香りに満ちていた鍋の、すべての記憶を封じ込めたかのような、滋味深いものに見えた。
舞桜は箸を手に、その黄金色の雑炊を口に運んだ。
熱い。しかし、それ以上に、旨みが口いっぱいに広がった。
甘辛い牛肉の香りに、野菜の甘み。そして、それをすべて包み込む、まろやかな卵の味わい。
これまでのすべての味わいが、この一口に集約されている。
★ ◆ ★ ◆ ★
2018年10月下旬、甲斐の国大学の講義室。
黒木万桜をはじめとする特別研究員たちを前に、西岡教授はいつものように独特の講義を始めた。助手として隣に立つ鬼越山茶が、適宜、補足説明を加えていく。
「ふっ、諸君! 本日は『経済という名の無邪気な生き物』の生態について学んでいこうではないか! モンテスキュー!」
西岡教授は高らかに宣言し、黒板に大きく『経済』と書いた。
「いいかね、経済の本質はシステムではない! 無邪気で幼稚な意思を持った生き物なのだよ! そして、その生き物を動かすのは、効率や合理性ではない! むしろ、無駄だ! そう、無駄こそが、この経済という生き物の毛細血管にまで資本を循環させる、最も重要な要素なのだ!」
教室は一瞬静まり返る。これまでの経済学の常識とは全く異なる教授の言葉に、万桜は目を輝かせ、琴葉は困惑した表情を浮かべる。
助教授の山茶が捕捉する。
「はい、教授の仰る通りです。従来の経済学が重視する生産性や効率性だけでは、経済のダイナミズムを完全に説明することはできません。例えば、個人の趣味や嗜好、非合理的な消費行動、あるいは企業の『放漫経営』と揶揄されるような無駄な投資が、結果として新たな需要や産業を生み出すことは多々あります。これは、経済が恒常性維持機能を持つ生物のようなものであると捉えることで、より深く理解できます。ヘクトパスカールッ!」
三十半ばくらいの、残念美人は教授にあわせるように叫ぶ。
「その通り! 鬼越助教授、見事な解説だ! ファンドという名の寄生虫たちは、しばしば経営に口を挟み、効率化と合理化を推進する。放漫経営を戒める! だがね、諸君! 放漫経営で浪費した損失は、経済のホメオスタシスで必ず回復する! 効率化も緊縮財政も合理化も無意味だ! 無邪気な生き物を冷え込ませるだけだ!」
西岡教授は熱弁を振るい、教壇を叩く。その力強い言葉は、万桜の心に響く。
助教授の山茶が捕捉する。
「教授の理論は、経済資本をエネルギーとして捉える視点にも繋がります。エネルギー保存の法則に基づけば、中央に強引に集約された資本は、必ずどこかに出口を求めて放出されます。健全な消費や投資という出口が見つからない場合、そのエネルギーは、最も破壊的な出口である『軍事』へと流れ込む危険性があるのです。グレンダイザーッ!」
山茶の捕捉に西岡教授は、満足そうに頷いた。
「さようでございます! 軍事こそが、鬱屈した資本の最終的な出口なのだ! 米国が紛争を抜けられない理由がこれなのだよ! だからこそ、私の講義では、無駄の重要性、そして経済という生き物の本質を、諸君に叩き込む! ソークラテースッ!」
教授は再び高らかに叫び、万桜は面白そうに頷く。その隣では、琴葉が複雑な表情で万桜に耳打ちする。
「本当に、この教授、大丈夫なんですか?」
万桜は、ケラケラ笑って頷いた。
助教授の山茶が捕捉する。
「はい、ご安心ください。彼の理論は、常識的な経済学とは一線を画しますが、現代経済が抱える矛盾を鋭く突いていることは確かです。そして、彼の仰る『無駄』の重要性を理解することは、万桜さんのような天才の才能を社会に還元する上で、極めて重要な視点となります。アンジェリーナ、チッチョリーナ、トッポジージョぉ!」
万桜は、西岡教授の言葉に完全に引き込まれていた。
「濃いなぁー。想像以上に…」
その言葉を聞いた西岡教授は、満足げに頷いた。
「だがね、諸君。経済には双子の兄弟がいる。こちらも無邪気で幼稚な意思を持った生き物だ。そして、こちらの生き物も、システムじゃない。だから制御は不能だ。集団ヒステリーの要因になるのだよ! トッポジージョ、チッチョリーナ、アンジェリーナぁッ!」
西岡教授は、興奮気味に講義を続ける。
助教授の山茶が捕捉する。
「教授の仰る『双子の兄弟』とは、社会そのものを指していると解釈できます。社会もまた、経済と同様に、理屈や論理だけでは動かせない、感情や文化、習慣といった非合理的な要素で構成されています。この二つの無邪気な生き物を同時に動かすには、理詰めの政策や制御ではなく、彼らが『遊びたい』『楽しみたい』と思えるような、魅力的な『玩具やおやつ』を与えることが最も効果的です。そして、それが技術的イノベーションなのです。ザブングル、グランブル、グレンダイザー!」
三十半ばの残念美人は捕捉する。
「その通り! 鬼越助教授! 君は私の言葉をよく理解している! 諸君! 技術は、経済や社会という二つの無邪気な生き物を、健全な方向へと誘導するための、最も強力な『餌』なのだ! 我々の研究は、その『餌』をどう作るか、そしてどう提供するか、ということに他ならない! ライディーン、ペードイーン、YMOって、いいよね?」
教授からの静かな問い掛けに、講義室に熱気が満ちた。万桜は、西岡教授と鬼越助教授の言葉に、これからの研究の道筋が見えたような気がした。
「濃いなぁー。く、倉田さん、あ、あれ…どうしたの?」
万桜は、隣の琴葉がシクシクと泣いていることに動揺する。
「純愛の形を見ました…黒木くん…」
絞り出すように琴葉は紡ぎ、鬼越助教授を指さした。鬼越山茶助教授は、今さらに羞恥に身悶え、赤面して蹲っている。西岡教授に合わせていたのだ。
「え、どのへん? どのへん見てそう思った?」
万桜は、理解不能に呟いた。
甲斐の国大学の講義室に、張り詰めた空気が満ちていた。
共同学府の設立が決まり、その次のプロジェクトとなる『エネルギー革命』の実現に向けて、すべての準備が整った瞬間だった。
その場に同席していた陸将、佐々が静かに万桜に視線を向けた。
「黒木くん… こちらの準備は整いました。止めていたプロジェクトを始めてくれてかまわない」
その言葉は、まるで国家の未来を託すかのような重みを持っていた。
しかし、佐々陸将はすぐに顔をしかめ、隣にいる倉田琴葉に声をかけた。
「あと倉田、俺も意味がわからねえ、どのへん? どのへんが純愛?」
佐々陸将の視線の先には、両目に涙を浮かべた琴葉がいた。
佐々陸将の言葉に、琴葉は感情を爆発させた。
「あ、あなたたちには、人の心が足りてないのよッ!」
琴葉の声は、講義室の重い空気を切り裂くように響き渡る。
しかし、その訴えは、二人には全く届かない。
「「いやいいです。それで」」
万桜と佐々陸将のユニゾンが、琴葉の言葉を食い気味に遮った。
二人の声は、まるで同じ思考回路を持つかのように、完璧に重なり合う。
万桜と西岡教授の白熱した議論が一段落し、講義室にわずかな静寂が訪れた。
その空気を破るように、佐々陸将が真剣な眼差しで万桜に問いかけた。
「黒木くん…高高度気球、君ならどう利用する?」
佐々の言葉には、偵察、監視、通信といった、軍事的な意図が色濃く滲み出ていた。
高高度気球は、静止衛星よりも安価で、ドローンよりも長期間の滞空が可能だ。
もし、この場で万桜がその軍事的な可能性について語り始めれば、佐々陸将の心の中にある『魔王』のイメージは、より強固なものとなるだろう。
しかし、万桜の答えは、佐々陸将の予想を遥かに超えていた。
「通信中継、気象観測、GPS、あとはそうだなぁ… あっ、寒いだろうから、農産乾物イケねえかな?」
そのあまりに突拍子もない言葉に、先ほどまで「純愛」の尊さに涙していた琴葉は、ついに感極まり、吹き出した。
佐々陸将は、初めはきょとんとしていたが、すぐに万桜の言葉の裏にある論理に気づき、満面の笑みを浮かべた。
佐々は、この瞬間、確信した。
この少年は、国家を滅ぼすような魔王なんかじゃない。
彼の頭の中にあるのは、軍事的な覇権でも、効率を追い求める合理性でもない。
人々がより豊かに、そして面白く生きるための、純粋な『遊び』や『無駄』なのだと。
高高度気球の成層圏に近い高空は、極めて乾燥しており、殺菌効果のある紫外線も強い。
通常は電気や燃料を消費して行う農産物の乾燥を、まるで太陽光干しのように自然の力で行う。
これは、西岡教授のいう「無駄」の活用であり、万桜のいう「思いつき」が生み出した、究極のコストパフォーマンスに優れた技術的イノベーションだった。
「さっすが、大雅と佳代の息子だぜ…」
佐々陸将は、心の底から感銘を受けたように呟くと、ニカっと笑って言った。
「今度、ウチで導入する。共同学府での利用を許可します」
佐々陸将の言葉に、万桜は嬉しそうに頷く。
琴葉は、未だ涙を拭きながら、万桜の奇抜な発想と、それに理解を示す佐々陸将の姿を交互に見つめていた。
こうして、高高度気球は、偵察や通信といった軍事的な役割に加えて、共同学府の新たな研究テーマとして、『空飛ぶ乾燥機』という、平和でユニークな側面を担うことになった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




