黒き魔王のロッドロボ
前書き
2018年10月中旬、甲斐の国大学の元休憩室。セイタンシステムズの新サービス「対夜泣き子育て支援決戦サービスYONAKI」の立ち上げに多忙を極める番長を尻目に、莉那は新設された女子更衣室兼実験室から飛び出し、誇らしげに自作の下着を披露する。それは、万桜が考案した『AIが制御するシンプルミシン』と、彼女の身体データを基に生成された究極のオーダーメイド下着だった。
莉那の無邪気な行動に男たちが悲鳴をあげるなか、万桜は、さらに画期的な発明『省力スマート冷蔵庫』のアイデアを語り始めた。ドライアイスの気化熱と植物成分を組み合わせ、電気代をかけずに食品を保存するその発想は、物流や農業に革命をもたらす可能性を秘めていた。また、その技術の応用として、地下に巨大な貯蔵庫と温泉施設を作るという壮大なビジョンを語り、番長を熱狂させる。
その頃、御井神神社の社務所では、万桜たちが「対夜泣き子育て支援決戦サービス」の事前講習会を行っていた。万桜は、オムツの中身が堆肥になるという話を通して、子供たちに命の循環と衛生の大切さを説く。そして、人生で初めてのオムツ替えに挑戦した番長は、赤ちゃんの無防備な命に触れ、やがて父親になることの喜びを噛みしめる。
帰りの車中、琴葉と山縣政義は、まるでふたりだけの世界にいるかのように会話を弾ませる。その様子は、自身の夏と秋を犠牲にした万桜の不満を、まるで存在しないかのように封殺する。琴葉と政義の間に流れる穏やかな空気は、新たな関係性の始まりを予感させるのだった。
ロボって棒でよくね?
2018年10月中旬、甲斐の国大学元休憩室にて。
莉那の声が、新設された女子更衣室兼実験室から高らかに響く。
「で、できたッ!」
元休憩室で、書類の山に埋もれていた番長は、げんなりと顔をしかめた。
「元気いいなぁ、福元……」
番長の仕事は、セイタンシステムズの新サービス「対夜泣き子育て支援決戦サービスYONAKI」の立ち上げで多忙を極めていた。農家兼的屋の元締めという家業に加え、大学内の若衆たちの管理、新規メニューの考案、衛生と適正価格の監督まで。いわゆる中小企業社長業というやつである。彼は、万桜の突飛な発想を、現実のビジネスとして形にするための、縁の下の力持ちだった。
そこへ莉那が無邪気な笑顔で、更衣室から飛び出してきた。手にした成果物を誇らしげに、バンと広げて見せる。それは、
「どうよ! 世界にひとつしかない、あたしのパンティだ!」
そう、下着だった。今さっきできたばかりのホヤホヤだ。
「「「恥じらって! 何度も言うけど、慎み持って!」」」
男たちの悲鳴があがる。番長は思わず書類に突っ伏しそうになった。
だが、莉那は男たちの反応など気にも留めない。
「見て、万桜! この縫い目の完璧さ! AIがカメラで布を認識し、ミシンの速度をミリ秒単位で調整してくれたの! 曲線の部分も、たるみひとつないわ!」
莉那が差し出した下着には、レースの縁取りから布地の縫い合わせまで、寸分の狂いもない精緻なステッチが施されていた。
これは、万桜が考案し、莉那と舞桜、そして琴葉たちが開発を進めていた『AIが制御するシンプルミシン』の成果だ。複雑なロボットアームの代わりに、ゴム製の滑り止めが付いた複数本の棒が、「押す」「引く」という単純な動作で布を正確に誘導し、カッターが布を正確に裁断する。
「それに、これってあたしの3Dデータから生成された、世界に一つしかない設計図から作られたんだよ!?」
莉那は目を輝かせて続けた。
この下着は、『完全3Dスキャン技術』と『自動描画システム』の融合によって、体の凹凸、そして歩くたびに変化するわずかな筋肉の動きやたるみまでを再現した、究極のオーダーメイド下着だった。
万桜は、目を皿のようにして下着を凝視する。
「いや、見せるなら服にしろよ乙女」
彼のもっともな感想に、莉那は照れたような、それでいて誇らしげな笑顔を浮かべた。
男たちがひそひそと囁き合う。
「おい、斧乃木、注意しろよ」
「無理ッス! 手遅れッス!」
男たちは、万桜の天才的な発想の奇抜さと、それを真面目に実現してしまう女性陣の行動力に、恐怖と畏敬の念を抱いていた。
万桜は、フフンと自慢の発明を披露する。
「ロッドロボってんだ。滑り止めのついた棒をタイヤで挟んで押し引きする。水平移動も同じ仕組み。制御はクラウド上の人工知能が行う。倉庫にあった昭和のミシンにオツムがついた逸品だぜ」
確かにこれは単純ながら画期的な発明だ。人工知能はタイヤを前進させるか、後退させるかするだけだ。その挙動が人間の指の動作を再現させていた。
「黒木…あたしらに慎みを求める前に、その思いつきを少し控えなさい…処理が追いつかないじゃないのッ!」
莉那から引っ手繰った下着を鷲掴みに握りしめ、舞桜が悲鳴をあげた。
「えぇ~、抑えてるぜ? ホントだったら、電気代のかからない冷蔵庫とかも作りて〜もん」
万桜は、口を尖らせ不満を言った。
舞桜の悲鳴に、莉那は眉をひそめ、
「舞桜、それは違うよ! 万桜の発想は、あたしたちの生活を豊かにするためのものだもの!」
と反論する。
それを聞いた万桜は、得意げに胸を張った。
「そう! そうだろ! 冷蔵庫なんか、一番無駄な電気食ってるんだぜ? 毎日毎日、24時間働きっぱなしだ。あんなもん、もっと賢くしてやんぜ!」
彼の言葉に、男たちが興味を示した。
「電気代がかからないって、どういうことなんだ、万桜?」
拓矢の問いかけに、万桜は目を輝かせながら説明を始めた。
「ドライアイスを使うんだよ! 少量のドライアイスを昇華させて、その気化熱で庫内を冷やすんだ。そうすりゃ、コンプレッサーとかいう、うるさくて電気を食うクソ重い機械もいらねぇ! 静かだし、軽いし、電気代はほぼゼロだぜ!」
「ドライアイスだと、ガスが溜まって危険じゃねえのか…?」
番長が眉間に皺を寄せ、現実的な懸念を口にする。
「ガス放出弁をつけた交換式のカートリッジにすればいいじゃねぇか! それに、冷蔵庫なんて一日に何回も開け閉めするんだぜ? ガスが溜まる前に全部逃げちまう! まあ、一応、内圧が高くなったら自動でガスを排出する弁もつけるけどよ」
万桜は、指先で未来の冷蔵庫の姿を描くように語る。
「それに、だぜ? そのドライアイスと一緒に、笹や竹とか、ゴールデンロッドみたいな殺菌成分を配合した蒟蒻繊維を冷気で冷やして、それを疑似冷媒として使うんだ」
万桜の突拍子もない発言に、一同は呆気に取られた。
「な、なにを言ってるの?」
舞桜が信じられないといった表情で尋ねる。
「そうすりゃ、食品の腐敗や食中毒のリスクを減らせるだろ? それだけじゃねぇ! 微量の植物成分に、身体が徐々に慣れていって、アレルギーとか、毒に対する耐性も上げられるかもしれないだろ?」
彼の「ひょっとしたら」という言葉に、舞桜は頭を抱えた。
「なんという、突飛な…」
それでも、万桜の「省力スマート冷蔵庫」のアイデアは、既存の概念を根本から覆す、まさに革命的な発想だった。彼の脳内では、すでに新たな「魔王案件」が始動していた。
「でもよぉ、あの佐々ってオッサン、あのオッサンが空気凍らせて活用するアイデア止めたじゃんか? あれがあれば、温泉建てられるんだぜ…なんなの? 俺に思うところでもあんの?」
万桜の若干の不機嫌を、敏感に感じ取った拓矢は、
「そんだけデリケートな案件なんだよ。だってエネルギーだぜ?」
常識を盾にして宥めた。
「俺はキャンパスで嫁探さねえとなんねえんだよ。じいちゃん心配しちゃうじゃねえか?」
ふんと万桜は苛立ちを鼻息に捨てる。
拓矢と莉那は、勇希に視線を向け、番長と幹部自衛官候補生たちは舞桜に視線を向け、
「「「「それはねえ!」」」」
ユニゾンで全否定。嫁候補ならば既にいる。
「ともかく、温泉だぜ。海がダメなら温泉だぜ! 1回生の秋、一度きりの秋、嫁探しの秋!」
万桜は、自分が既に将来の嫁候補を射止めていることに気づいていない。清々しいまでに鈍感で、今日も鋼鉄の好天思考を炸裂させる。
番長は腕組みをしてそう言った。
「黒幕のアイデアがあれば、うちも助かるな。ほら俺んち米農家だからよ、古米の備蓄が効くのはデカい」
万桜は、口を尖らせ不満を漏らす。
「備蓄はなぁー。電気代食うし、湿気でカビ生えるし、なにより管理が面倒なんだよなー」
そう言うと、彼はニヤリと笑った。
「でもよぉ、俺が考えたアイデアは、その全部を解決する夢のインフラになるかもしれねえぜ!」
「また始まったよ…」
拓矢が肩を落として呟いた。
しかし、万桜は気にしない。彼は、未来のビジョンを語り始めた。
「俺たちが今、凍らせようとしてる空気、あれをそのまま地下に貯蔵するんだ。地下に、とことんまで冷やした空気を貯めるための『人工洞窟』を作るんだよ!」
一同は、その突飛な発想に言葉を失った。
「な、なにそれ?」
莉那が目を丸くして尋ねる。
「冷房いらずの、究極の貯蔵庫だよ! 地下に作った『人工洞窟』は、それ自体が巨大な冷熱源になるんだ。その冷気を利用して、食料を保存するんだぜ! 米とか野菜とか、なんでもござれだ!」
万桜は、興奮して身振り手振りを交えて説明する。
「電気代はほぼゼロだぜ? だって、冷やすエネルギーは、風力発電でまかなうんだからな! それに、この『人工洞窟』は、ただの冷熱源じゃねぇ。俺のアイデアは、空気凍結で発生する熱を温泉に利用するって言ったろ? その熱で温水プールを作ったり、温泉施設を作ったりすることもできるんだぜ!」
彼の言葉に、番長がハッと息をのんだ。
「そ、それって…米の貯蔵庫だけじゃなくて、うちの的屋の食材、全部いけちゃうじゃねえか!」
「そうだろ! それに、その冷気を冷房として、キャンパス全体に供給することもできるんだぜ。冬場は逆に、温泉で温めた水を暖房として供給すりゃ、光熱費もゼロになるじゃねえか!」
万桜は、自分のアイデアが持つ無限の可能性を、次々と語っていく。
番長が唸るように提案する。
「黒幕、それうちの車に搭載できねえか? 思った以上に学生さんたちが、利用してくてよ…クーラーボックスだけじゃ食材が間に合わねえんだ…」
万桜が東京本郷大学でプレゼンをしてからと言うもの、共同学府に参加する学生が増大していた。もちろん、防衛大学校からもだ。カフェの方も連日、賑わっている。このカフェに、果樹園の果物や、黒木果樹園クラフト梅コーラの原液を納品しているが、そちらも順調に伸びている。
そんな番長の提案に、万桜は首を傾げた。
「だって、ドライアイスどうすんだよ?」
万桜は、心底不思議そうに問いかけた。
万桜は、番長の提案に首を傾げた。
「車は現実的じゃねえよ番長。だったら、ここに『省力スマート冷蔵庫』を作ってみるか? ドライアイス1キロあたり200円として、どれくらいもつか試算してみるぜ?」
万桜は、床に座り込み、指で簡単な図を描き始めた。
「普通のクーラーボックスに、ドライアイスを1キロ入れたとする。だいたい、24時間くらいで全部昇華しちまうだろうな。だって、クーラーボックスって、熱を外に逃がさないようにするだけで、ドライアイスが勝手に気化して、冷やしすぎちまうだろ? 頻繁に開け閉めしたら、もっと早くなくなる。食材も凍りすぎちまうから、使い物にならねぇ」
万桜は、ぴしゃりと言い切った。
番長は、がっくりと肩を落とし、
「だよなぁ……」
と呟いた。
「だが! 俺の『省力スマート冷蔵庫』なら、話は別だぜ!」
万桜は、立ち上がり、得意げに胸を張った。
「俺の冷蔵庫は、ドライアイスをカートリッジ式にして、それをAIが制御するんだ。庫内の温度をリアルタイムで監視して、必要になった時だけ、ほんのわずかのガスを出すんだよ。無駄な気化はさせねぇ! それに、冷気で菌を殺す植物成分も、AIが最適な量を放出する。これなら、食材が腐ることもねぇし、健康にもいいかもだぜ!」
万桜は、熱弁を振るう。
「それに、だぜ? 『人工洞窟冷蔵庫』で培った技術を使えば、液体空気を冷媒として使えるようになる。そうすりゃ、ドライアイスの仕入れだって必要なくなるんだ。この冷蔵庫を、ここ共同学府に設置して、学生さんたちに試してもらおうぜ! そうすりゃ、どれくらいもつか、正確なデータが取れるだろ? 200円で1週間とか、夢みたいな話じゃねぇんだぜ!」
彼の言葉に、舞桜は深いため息をついた。
「そんなに簡単にいくわけがないでしょう…」
しかし、彼女の視線の先には、すでに新たなプロジェクトの可能性が見えていた。ドライアイス1キロをわずか200円で1週間も持たせることができれば、ビジネスとして、とてつもない利益を生み出すことができる。
彼女は、万桜の突拍子もないアイデアを、どうやって現実のビジネスに落とし込むか、すでに思考を巡らせていた。
万桜の目がキラキラと輝き始めた。
「それに食材が足りねえってことは、俺たちの本業である農産物が勝ってるってことだろ? この冷蔵庫、野菜には二酸化炭素を浴びせて、肉類や魚は、蒟蒻繊維を用いた疑似冷媒で冷やせる、尚且つ鮮度を保って、より美味くなるってわけだ」
万桜の言葉に、番長の顔が紅潮した。
「そ、それ最高じゃねえか黒幕! 穫れたてが一番美味いんだ野菜ってやつは!」
こと料理に絡む事柄だと番長の頭脳は、劇的に活性化する。
「ホバークラフト台車に冷蔵庫を搭載すれば、穫れたての鮮度が保てるかもしれねえ!」
まるで万桜だ。その場の誰もがそう思った。もちろん、
「冴えてんじゃねえか! 番長! それやろうぜ!」
当の本人を除いてだが。
万桜の言葉に、舞桜は頭を抱え、
「もう、やめて! あなたたちは、どこまで突っ走るつもりなの!?」
と叫んだ。
しかし、万桜は舞桜の声も聞こえないかのように、番長と顔を見合わせ、二人でニヤニヤと笑い始めた。
「よぉし! まずは、ホバークラフト台車だ!」
「いやいや、冷蔵庫からだろ?」
「いやいや、ホバクラ台車だろ!」
二人の議論は、平行線をたどる。
★ ◆ ★ ◆ ★
「黒木、そろそろ行くよ」
元休憩室に、3回生の山縣政義が尋ねてきた。不意に万桜は思い出す。
「ああ、ごめん先輩。忘れてました」
今日は、午後から対夜泣き子育て支援決戦サービスの事前講習会を開催する予定だったのだ。
「政義くん。乗せて行きます。ちょっと待ってて」
琴葉は、そう言って車の鍵を取りに行った。
「早苗さんが、同世代の人たちに声を掛けといてくれたんだ。結。おまえも来い」
政義は、意味深な視線を番長こと祭谷結に送ってそう言った。
「お待たせ政義くん」
そこに琴葉が戻ってきて、4人は休憩室を後にした。
場所は変わって、御井神神社の社務所。何人かの子供たちが集まっていた。昼間のお手伝い志願者たちであり、小学校教諭である早苗の教え子たちだ。
諭すように政義は子供たちに、言って聞かせる。
「みんな、堆肥って知ってるかな? うん、そう。土を元気にする、栄養満点の肥料のことだよ」
子供たちは、頷いたり、首を傾げたり、様々な反応を見せた。
「じゃあ、この堆肥って、なにからできてると思う?」
政義は、優しく問いかける。
「枯れ葉!」「草!」
子供たちから、元気な声が上がった。
「そう! その通りだ。それとね、実は…赤ちゃんのオムツの中身も、立派な堆肥の材料になるんだよ」
子供たちは、一斉に「えぇー!?」と顔をしかめた。
「汚いって思うかもしれないけど、考えてみて? 赤ちゃんのうんちは、元はミルクや離乳食だろ? それって、植物からできてるんだ。つまり、うんちは、植物がまた育つための、大切な栄養なんだよ。命が巡るって、こういうことなんだ」
政義は、子供たちに分かりやすく語りかけた。
その言葉に、万桜は少し大袈裟に言って聞かせる。衛生の大切さを。
「でもよぉ! そのうんちは、ちゃんと『発酵』させないと、とんでもねぇことになんだぜ!」
万桜は、両手を広げ、怪談話でもするかのように身を乗り出した。
「発酵させないでそのまま土に混ぜちゃうと、うんちの中にいる悪い菌が、植物に移っちまう! その野菜を食べると、おなかが痛くなって、高熱が出て、とんでもない病気になっちまうんだぜ!? ひょっとしたら、一生病院から出られなくなるかもしれねぇ!?」
子供たちは、万桜の言葉に青ざめ、静まり返った。
「だから、うんちも、葉っぱも、草も、ちゃんと発酵させて、悪い菌をやっつけなきゃ、土の栄養にはならねぇんだ。お父さんやお母さんが、赤ちゃんのオムツをこまめに変えてくれるのは、赤ちゃんが病気にならないようにっていう、大切な『衛生』なんだぜ! だから、汚いなんて言ったら、ダメだぞ!」
万桜は、そう言って、ニカッと笑った。
子供たちは、少し震えながらも、真剣な表情で頷いた。
「祭谷結くん。君が替えさせてもらいなさい」
早苗は、夫である番長のことをまるで、自分の生徒を呼ぶように指名した。
「お返事は祭谷くん?」
そう言った早苗の視線は、どこか優しげだ。
「はい! 自分、ひとりっ子なんで、ご指導のほどよろしくお願いします!」
番長は、集まってくれた若い母親たちに頭をさげて、オシメの替え方の教えを乞うた。
初めてのオムツ替えは、番長にとって、まるで手榴弾のピンを抜くかのような、とてつもない緊張感だった。
赤ちゃんを抱きかかえる手は震え、オムツを外す指先は、小刻みに震えている。
そっと、そっと、オムツを外すと、赤ちゃんは気持ちよさそうに笑った。
しかし、その笑顔が、番長の心をさらに震わせる。
なんという無防備な存在だろう。こんなにも小さく、柔らかく、壊れてしまいそうな命を、自分の手で支えている。
番長は、赤ちゃんの小さな手を握り、そっとその指に触れた。
小さな指が、番長の大きな指をぎゅっと握り返す。
その瞬間、番長の全身に、じんわりと温かいものが広がった。
まるで、生まれて初めて、自分の存在が、誰かの役に立っていると実感したような、そんな感覚だった。
「結。しっかり覚えておけ。おまえ来年6月には父親だ」
ぐったりと疲弊して戻ってきた番長に早苗はサラっと告げてやった。
番長は、きょとんとして、なにを言われたか気づかない。
「マジか? マジか早苗ちゃん?」
思わずに素になる番長に、
「おめでとうございます」
万桜は祝福の言葉を伝えた。
★ ★ ★
やがて講習会が終わり、番長と早苗を残して、万桜たちは甲斐の国大学に戻る、その車中。
「可愛かったねえ、赤ちゃん」
琴葉が助手席の政義に投げかける。
「ああ、そうだね琴葉さん。琴葉さんも参加してみないか? 対夜泣き子育て支援決戦サービス」
「あたしもじつは、ひとりっ子でさあ」
後部座席に座る万桜は静かに外の景色を眺めている。
琴葉と政義は、まるで二人だけの世界にいるかのように、会話を弾ませていた。
そんな空気を読まない万桜のぶった斬りが、車内に響き渡る。
「寺でやってくれませんかねえ? そうゆうの…」
しかし、その言葉は、彼らの耳には届いていないようだった。
「政義くんは男の子と女の子、どっちがいい?」
「どっちでも可愛いさ。どっちでも全力で守るよ」
琴葉と政義は、まるで互いの心を読み取るかのように、言葉を交わす。
その光景は、万桜の不満を、まるで存在しないかのように弾き返した。
琴葉と政義は、鋼鉄の好天思考を炸裂させ、万桜の怨嗟を封殺した。
やがて、車は甲斐の国大学のキャンパスへと、滑るように入っていった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




