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黒き魔王と正負の可能性

前書き

 2018年10月上旬。甲斐の国大学の農業ヘルパー用休憩室にて、万桜は、新婚旅行から帰ってきた番長の姿に、夏の思い出をひとつも作れなかった自分の境遇を嘆く。そして、「キャンパスライフ」を取り戻すため、新たな「魔王案件」の開始を宣言する。その突拍子もないアイデアとは、空飛ぶ車の開発だった。

 万桜は、熱力学の原理を応用し、風力発電で空気を液化・固化させ、それを動力源とする、環境に優しい自己完結型エネルギーシステムを考案する。その天才的な発想に、舞桜や勇希、そして番長たちは驚きと感嘆を隠せない。しかし、万桜の思考は、そのアイデアがもたらす地球規模の気候変動や、熱問題といった「影」の部分まで見抜いていた。

 万桜の「魔王」としての才能は、ただ創造するだけでなく、その影響のすべてを見通す、畏怖すべきものでもあった。そこに、琴葉に呼ばれて現れた二等陸将の佐々蔵之介が、エネルギー安全保障と武力という視点から、万桜に問いを投げかける。万桜は、その問いに「無秩序な破壊」という答えを提示し、佐々を驚愕させる。

 この物語は、万桜の創造的な才能が、技術や科学といった枠を超え、社会、そして国際的な秩序にまで影響を及ぼし始める様子を描く。万桜は、自らの力を理解し、「魔王」として、不条理な現実に立ち向かう覚悟を語る。そして、その覚悟は、彼を取り巻く人々に、深い感銘と、新たな使命を与えるのだった。


万博の空飛ぶ車って、あれヘリじゃん。

 2018年10月上旬。甲斐の国大学農業ヘルパー用元休憩室。

「ぬ、ぬぁあああぁッ!」

 万桜(マオ)は唐突に奇声をあげた。

「なに、急に?」

 魔王案件の事務処理を消化することに苛立つ拓矢(タクヤ)は、うざったそうに尋ねる。

「こ、今年、う、海行ってねえぇ! キャンパスライフと言えば海! 一回生の夏、一度きりの夏! お、俺の夏、嫁探しの夏!」

 万桜(マオ)の嘆きに、拓矢(タクヤ)莉那(リナ)は顔を見合わせた。彼らは、こっそりと横須賀の海を堪能していた。祭りの準備の合間に、だ。

「あたし、万桜(マオ)も誘ったよ? でも、祭りの準備のがおもしろいって言ったの自分じゃん?」

 莉那(リナ)は呆れたように言う。おもしろいと言うより、統括役である万桜(マオ)舞桜(マオ)が現場を離れられるわけがない。そんな折、

「よう。ほれチンスコウにパイナップル」

 こんがりと日焼けした番長(バンチョー)が、顔を出す。新婚旅行から帰ってきたのだ。

「くっ、リア充めッ! 貴様、貴様、貴様!」

 万桜(マオ)は、番長(バンチョー)と彼の妻となった早苗の為に、夏を捧げたことに怨嗟の声を張り上げた。

「どーしたー黒木・ビダン。嫁探す前に落ち着いて彼女から探せ?」

 そんな万桜(マオ)をからかうように、番長(バンチョー)は妻帯者の余裕を見せつけた。

「いいのか番長(バンチョー)? 俺にそんなこと言っていいのか? 新婚早々、うちに帰れない事態を発生させてやるぜ! 勇希(ユウキ)、ボッチ! おもしろいこと思いついたんだけどよ」

 万桜(マオ)がそう口にした瞬間、休憩室にいた全員の顔から血の気が引いた。それは、新たな「魔王案件」の始まりを告げる合図に他ならなかった。


★ ◆ ★ ◆ ★


「空飛ぶ車、作ろうぜ?」

 万桜(マオ)は、その一言で文明の扉に手を掛けた。

 さーっと青褪める番長(バンチョー)、慌てて踵を返すが、ガシリと拓矢(タクヤ)が肩を掴んで放さない。ドアの前には、佐伯と藤枝。3人の幹部自衛官候補生を前に、番長(バンチョー)が祭谷・ビダンと化している。

「…貴様! 貴様! 貴様ぁ! もう! 俺の新婚はどこに行ったんだよ! どこでも! 誰でも! 好きな時に! 『空飛ぶ車』か? ふざけやがって、冗談じゃねえぞ! 黒幕(フィクサー)! おまえ…」

 番長(バンチョー)の絶叫を、女性陣が一斉に遮った。

「「「「うっさい、オッサン!」」」」

 番長(バンチョー)は絶句し、肩を掴む拓矢(タクヤ)の手に力がこもった。ドアの前には、佐伯と藤枝。3人の幹部自衛官候補生を前に、番長(バンチョー)は、無言で顔面を蒼白にしていた。

「いや、ホバー台車の応用なんだけどよ。ほら、この前、休憩室新築する時に使っただろ? 大気の構成要素を凍らせて、少しずつ解凍すれば、このエアバッグを膨らませる動力になり得ねえか?」

 黒木万桜(マオ)は、ホバー台車について説明し始めた。

「うん? それって、動力の効率が悪いんじゃないか? 冷却に必要なエネルギーと、膨張によって得られるエネルギーを比較すると、効率がいいとはいえないだろ?」

 勇希(ユウキ)が、まるで当然のことを、といった風に口火を切った。

 ホワイトボードの前で、万桜(マオ)は興奮した様子でペンを握りしめ、皆に向かって高らかに宣言する。

「いや、いっそこうしようぜ?」

 万桜(マオ)の突拍子もない一言に、その場にいた全員が、静かに耳を傾けた。

「なあ、空気を凍らせて、溶かすことでタービン回せねえか? ファンネルで逃さねえようにさ? すっげぇ膨張すんじゃん?」

 その言葉を聞いた瞬間、舞桜(マオ)は、すかさず口を開いた。

「黒木。それは熱力学の基本原理に反するわ。空気を液化させるには、非常に大きなエネルギーが必要よ。そのエネルギーを、気化した空気でタービンを回すことで回収できるとは思えないわ。エネルギー効率がマイナスになる可能性が高い」

 彼女の冷静で論理的な指摘は、万桜(マオ)の熱意に冷水を浴びせるかのようだった。しかし、万桜(マオ)は意に介さない。

「その通りだ! だが、その冷却に必要なエネルギーを、風力発電で自給自足すればいい。風で電力を生み出して、その電力で空気を凍らせる。このシステム自体が、エネルギーを自給自足するんだぜ?」

 万桜(マオ)の言葉に、番長(バンチョー)は唸る。

「…なるほどな。風力発電で得たエネルギーで、空気を液化して、その液化空気を動力源にするってことか。それなら、ガソリンもいらなくなるし、環境にも優しい。だが、装置が複雑になりすぎるんじゃねえか? コストもかさむし、メンテナンスも大変になるぞ」

 番長(バンチョー)の指摘に、万桜(マオ)はニヤリと笑った。

「貯蔵施設は、貯蔵に適した地形を俺たちの技術を応用して作ればいい」

 万桜(マオ)は、ホワイトボードに、次々とアイデアを書き加えていく。

 そんな彼の姿を、舞桜(マオ)は静かに見つめていた。彼女の脳内には、すでに万桜(マオ)のアイデアがシステム化され、未来へとつながっていくビジョンが描かれている。

「ええ、その通りよ。ただ、そのシステムを大規模に普及させるには、二酸化炭素の排出という環境課題をどう解決するかが鍵になるわね。それから、人工的に地形を作り、エネルギーを貯蔵するというアイデアも、建設コストが高いという課題が残っている。黒木、この課題も解消できるの?」

 万桜(マオ)は、舞桜(マオ)の言葉を待っていたかのように、高らかに言い放った。

「これで解消するじゃねえか? 『蒟蒻繊維土ブロック生成器』で掘削と再利用を同時に行い、『摩擦抵抗軽減台車』で運搬を効率化し、『風洞型ファンネル発電機』で全てのエネルギーをまかなう。この自己完結型のシステムなら、既存の技術では考えられなかった柔軟性と効率性でインフラを建設できるじゃねえか?」

 舞桜(マオ)は、その言葉を聞き、静かに微笑んだ。

「ええ、その通りね。あなたのアイデアは、SFのように聞こえるかもしれないけれど、その根底にあるのは現実的な科学技術の応用であり、非常に論理的で体系的なものよ。これは、未来の技術を先取りし、現実の課題を解決しようとする、創造的で実用的なビジョンだと、私も思うわ」

 舞桜(マオ)は、ふうと吐息をすると、

「黒木、海水から真水を取るなら、あなたならどうする?」

 万桜(マオ)は、舞桜(マオ)の問い掛けに、なんの躊躇もなく答えた。

「ドラム缶に海水で満たして、2リットルくらいのドライアイスをドラム缶の中ほどに吊るす」

 その突拍子もないアイデアに、拓矢(タクヤ)は思わず吹き出し、莉那(リナ)は呆れた顔で首を振った。だが、舞桜(マオ)は違った。彼女は、万桜(マオ)の言葉の裏にある、深遠な科学的思考を見抜こうと、静かに目を閉じていた。

「…なるほどね。あなたの発想は、意外なほど理にかなっているわ」

 舞桜(マオ)の言葉に、拓矢(タクヤ)莉那(リナ)は驚いて顔を見合わせる。

「まず、原理は『凍結濃縮』。塩水は真水よりも凝固点が低いため、徐々に冷却していくと真水が先に凍り始める。このとき、塩分は氷から押し出され、凍っていない周囲の海水に濃縮されていくわ」

 舞桜(マオ)は、ホワイトボードに図を描きながら説明を続けた。

「そして、ドライアイスの昇華。固体から直接気体になることで、体積が約750倍にも膨張する。この膨張圧は、ドラム缶の内部で強力な『攪拌力』となり、凍結によって分離された真水を、効率的に塩水から押し出す役割を果たす。高価なフィルターも複雑な機械も必要としない、シンプルで効率的なシステムね」

 舞桜(マオ)の解説に、拓矢(タクヤ)は感心したように頷いた。

「へぇ~、万桜(マオ)の突拍子もないアイデアにも、ちゃんと理屈があったんだな」

「ドライアイスをドラム缶の中央に吊るすことで、冷却の中心がそこになり、膨張圧も中心から外側へと働く。これにより、真水は中心に集まり、塩分濃度の高い海水は外側に押し出されていく。だから、ドラム缶の真ん中にパイプを差し込めば、高純度の真水を効率よく汲み上げられる、というわけ。この方法は、高価なフィルターや複雑な機械を必要としない。シンプルで、どこでも応用できる。彼のアイデアは、環境や状況を選ばない、非常に『堅牢なシステム』なのよ」

 舞桜(マオ)は、万桜(マオ)の発想が持つ可能性を、冷静かつ論理的に語った。彼女の言葉は、単なるアイデアの分析を超え、その技術が社会にもたらす未来のビジョンを描き出していた。

「そして、この真水を、あなたの『水嚢の川』に流用すれば、どんな場所でも、どんな重さの荷物でも、少ないエネルギーで運搬できるようになるわ。これは、物流だけでなく、農業や建設、そして防災といった、あらゆる分野に革命を起こす可能性を秘めている。あなたのアイデアは、一つひとつは突拍子もなくても、それらが結びつくことで、より大きな『文明のシフト』を引き起こすのよ」

 舞桜(マオ)は、そこまで言うと、万桜(マオ)をまっすぐ見つめた。その瞳には、彼への呆れと同時に、彼の天才的な発想力への、深い敬意が宿っていた。

「…あなたは本当に、厄介な『特異点』ね。すべての秩序を破壊する『魔王』でありながら、すべてを創り出す『創造主』でもある。あなたは、あたしの『秩序』をかき乱し、そして、新しい『秩序』を強制的に作らせようとしている」

 万桜(マオ)は、そんな舞桜(マオ)の言葉に、満面の笑みを浮かべた。

「そうか? ただ、新しい面白いこと考えて、みんなが『それ、面白い!』って言ってくれたら、それでいいんじゃねえの?」

 舞桜(マオ)は、その無邪気な一言に、呆れてため息をついた。

「…そういうところが、本当に、あなたは…」

 彼女は、それ以上は言わず、再びペンを手に取った。ホワイトボードには、万桜(マオ)の描いたシンプルな図形の下に、複雑な物理方程式や、技術的課題を解決するためのアイデアが、次々と書き込まれていった。


 万桜(マオ)は、口を開きながら、ホワイトボードに勢いよくペンを走らせる。

「貯蔵施設に適した地形を建設すればいい。あとはファンネル風洞風力発電機で発電した電力でひたすら強風を送り込む。これもファンネルで圧縮する」

 その言葉に、番長(バンチョー)は現実から逃れるように、切ったパイナップルをフライパンで炒め始めた。甘い香りが休憩室に漂い、非日常の現実逃避を促している。

「…万桜(マオ)は、いつもながら突飛な発想だな」

 そう呟いたのは、諦めたようにホワイトボードの横に立った勇希(ユウキ)だった。

「でも、圧縮空気によるエネルギー貯蔵の研究は、大手企業や国家レベルで細々と進められている。例えば、地下の巨大な空洞、昔の炭鉱跡や天然の洞窟をそのまま利用する『地下空洞式圧縮空気エネルギー貯蔵(CAES)』なんかは、既に実用化されている。山間部の地下に巨大な空洞を作って、余剰電力を使い、その空洞に空気を圧縮して貯める。必要な時にその圧縮空気を放出してタービンを回す。万桜(マオ)の発想は、この延長線上にある」

 勇希(ユウキ)がそう言うと、隣にいた舞桜(マオ)も諦めたように口を開いた。

「そうね。空気そのものを圧縮するより、液体や固体にすることで、より高密度にエネルギーを貯蔵できる。例えば、『極低温空気貯蔵(LAES)』という技術。風力発電などで得た余剰電力で空気を冷却し、約マイナス196度で液化させて貯蔵する。必要なときに液化した空気を気化させて体積を700倍以上に膨張させ、その力でタービンを回すの。もちろん、この冷却や気化にもエネルギーは必要だけど、排熱などを利用すれば効率は上がるわ」

 舞桜(マオ)の言葉に、万桜(マオ)は目を輝かせた。

「そうか! なら、風洞発電機で発電した電力で、空気を液化してやればいいんだ! それを地中の空洞に流し込んで、必要な時に温めて噴出させて、タービン回せば、エネルギーは無尽蔵じゃねぇか!」

 彼の言葉に、舞桜(マオ)は深いため息をついた。

「…そうね。理屈の上では、そうなるわ。問題は、それを実現するための、圧倒的な技術と、途方もないコスト。でも、あなたのアイデアは、既存の技術が抱える問題を解決する糸口になるかもしれない。それが、あなたの…『魔王』の力なのね」

 舞桜(マオ)はそう言うと、再びペンを手に取り、ホワイトボードに新たな図と数式を書き込んでいった。彼女の知性が、万桜(マオ)の突拍子もない発想に現実の輪郭を与え、新たな技術として昇華させようとしていた。

 万桜(マオ)は、そんな舞桜(マオ)たちの言葉を聞きながら、再び閃いた。

「圧縮しながら冷やせばいいじゃねえか? 自然と科学のコラボだ」

 その瞬間、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)は顔を見合わせ、まるで示し合わせたかのように、ユニゾンで叫んだ。

「「『断熱圧縮』と『ジュール=トムソン効果』の合わせ技だ!」」

 舞桜(マオ)は、興奮した声で続けた。

「空気を急速に圧縮すると、熱が発生する『断熱圧縮』の原理を利用して、その熱を外部に逃がせば、効率よく冷やせるわ! そして、その冷えた高圧空気を、小さな穴から急激に噴出させれば、『ジュール=トムソン効果』によってさらに温度が下がる! このふたつの原理を組み合わせれば、外部の熱源を使わずに、空気の液化や固化に必要な極低温を作り出せるかもしれない!」

「おまえは本当に、あらゆる事象を統合して、ありえない答えを導き出すな!」

 そう叫んだのは、パイナップルを焦がしてしまった番長(バンチョー)だった。彼の目は、フライパンの焦げ付きではなく、万桜(マオ)の天才的な思考に釘付けになっていた。


★ ◆ ★ ◆ ★


 しかし、万桜(マオ)の目は、まだ先を見据えていた。

「でもよ、これってよ、空気を固めて地下にしまうわけだろ? 地球規模の計画じゃなくてもさ、局所的にでも、風が、気候変動が起きねえかな?」

 万桜(マオ)の言葉に、勇希(ユウキ)拓矢(タクヤ)莉那(リナ)は顔を見合わせる。万桜(マオ)の「天才性」が、アイデアの光の部分だけでなく、影の部分まで見抜いていることに、驚きを隠せない。

「あとさ、空気を圧縮して凍らせる時に生じる熱は? それが、地熱の上昇に繋がらねえかな?」

 万桜(マオ)は、自身の問いかけに、答えを待つように勇希(ユウキ)を見た。

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の言葉を反芻するように静かに頷くと、ゆっくりと口を開いた。

「それは、あり得るな。いや、むしろ、懸念すべき点だろう」

 勇希(ユウキ)の言葉は、いつもながら冷静で、科学的な根拠に満ちていた。

「まず、空気を圧縮する際に発生する熱についてだが、熱力学の基本原理だ。気体を圧縮すると熱が発生する。これは避けられない。そして、その熱をどこかに放出しないといけない。万桜(マオ)の言う通り、それを地中に放出すれば、局所的に地熱が上昇する可能性は十分にある。ただ、どのくらいの規模で影響が出るかは、計算が必要になる」

 勇希(ユウキ)は、ホワイトボードの空いたスペースに、簡単な熱力学の式を書き始めた。

「次に、大気の構成要素を大量に利用することによる、気候への影響だが、これも無視できない。空気は、気圧や温度、そして成分のバランスによって、常に循環している。その一部を固定して、地下に貯蔵するということは、自然な流れを人為的に操作することになる。例えば、二酸化炭素を液化して貯蔵すれば、その地域の炭素循環に影響を与えるかもしれない。風の通り道が変わったり、局地的な豪雨を引き起こしたり、なにが起きるかわからない。自然を制御しようとする行為は、必ず代償を伴う」

 勇希(ユウキ)の言葉は、万桜(マオ)のアイデアに、冷たい水を浴びせるようだった。しかし、万桜(マオ)は、それを悲観することなく、真剣な表情で勇希(ユウキ)の言葉を聞いていた。


 勇希(ユウキ)の冷静な指摘に、万桜(マオ)はどこか楽しそうな表情を浮かべた。

「なあ、勇希(ユウキ)。地熱が上昇しないように、冷やせばいいじゃねえか?」

 万桜(マオ)は、まるで子供に簡単な問いを投げかけるように言った。勇希(ユウキ)は、一瞬、返す言葉が見つからない。万桜(マオ)の思考回路は、常に斜め上を行く。

「あるいはさ、その熱を有効利用すりゃいいんだよ! 温泉とかに利用できんじゃねえか? 温泉成分も井戸と一緒だ。いけるぜ、これ! 番長(バンチョー)、温泉建てようぜ!」

 拓矢(タクヤ)は、あまりの飛躍した発想に、苦笑いを浮かべた。しかし、万桜(マオ)の熱意は、とどまることを知らない。

「風が変わる? けっこうじゃねえか? 風向きが同じってことは、風力発電が安定するぜ? ゲリラ豪雨? ボーナスタイムだぜ! 井戸と溜池増設しようぜ!」

 万桜(マオ)は、にんまりと笑う。彼の頭の中では、すべての懸念が、とっくのとうに「解決策」へと変換されていた。まるで、嵐をただの風と雨だとしか思っていない、無邪気な子供のようだった。だが、そこに宿るのは、ただの無邪気さではない。

 万桜(マオ)は、すうっと息を吸い込むと、今までとは打って変わって、どこか荘厳な空気を纏った。

「古代エジプトのピラミッドや、メソポタミアのジッグラト、バベルの塔にも、似たような機能があったのかもしれねえ」

 万桜(マオ)は、虚空を見つめながら、遠い過去に思いを馳せるように呟く。勇希(ユウキ)拓矢(タクヤ)莉那(リナ)は、固唾をのんで万桜(マオ)の言葉に耳を傾ける。

「あいつらは、自然を制御しようとして失敗し、神に祈って赦しを乞うた。だが、俺は魔王さまだぜ?」

 万桜(マオ)の目が、鋭い光を放つ。その瞳は、もはや純粋な好奇心だけではなかった。

「赦しを乞わずに、Shall we dance?してやんぜ、神さまとよ」

 万桜(マオ)は、不敵に、そしてどこまでも獰猛に嗤った。その声には、人間が持つ傲慢さと、それすら超越した、一種の畏怖を感じさせる響きがあった。


★ ◆ ★ ◆ ★


 万桜(マオ)が獰猛に嗤う、その瞬間。

「黒木くん。それは少し待って貰えないだろうか?」

 唐突に話しに割って入ってきたのは、琴葉(コトハ)が呼んできていた、佐々(サッサ)二等陸将だった。

 佐々(サッサ)は、凛とした立ち姿で、万桜(マオ)たちを見据える。その威圧的な雰囲気に、部屋の空気が一変した。

 万桜(マオ)は、佐々(サッサ)を不審そうに睨みつける。

拓矢(ジェイ)。誰だよ、このオジさん? つか、なんで知らねえオジさんが俺の名前知ってんだよ? 個人情報って知ってるかおまえら?」

 万桜(マオ)は、幹部自衛官候補生たちを鋭く睨めつけた。

 拓矢(タクヤ)は、肩をすくめる。

「いや、共同学府設立時の契約書に書いてあったからな?」

 拓矢(タクヤ)は、事務的に答える。万桜(マオ)は、拓矢(タクヤ)の挙動にきょとんと目を丸くすると、莉那(リナ)に視線を向けた。

「サブリナ、通訳」

 万桜(マオ)は、こいつなに言ってんだとばかりに投げかける。万桜(マオ)は契約書を読まない。もちろん莉那(リナ)もだ。

「ごめん、あたしも意味わかんない」

 莉那(リナ)は、悪びれる様子もなく答えた。そんな二人の雑なやり取りに、常識派の四人は呆れ顔で声を揃える。

「「「「いや、読めよ」」」」

 勇希(ユウキ)舞桜(マオ)琴葉(コトハ)拓矢(タクヤ)は、見事なユニゾン。番長(バンチョー)は、無言で佐々(サッサ)を値踏みしていた。彼は契約書ではなく、相手の目を見て嗅ぎ分けるのだ。

 佐々(サッサ)は、そんな万桜(マオ)たちを一瞥すると、冷静に言葉を続けた。

「エネルギー安全保障にかかわる事柄だ。ああ、私は佐々(サッサ)蔵之介と言います。大雅や佳代の同期だ」

 佐々(サッサ)は、理由を述べて素性を明かした。不意に出てきた両親の名前に、万桜(マオ)は態度を軟化させた。

「いや、エネルギー安全保障って…」

 万桜(マオ)は、不満そうにつぶやきながらも、佐々(サッサ)の言葉に耳を傾ける。

「それに風の流れを変えると言うことは、他から雨を奪うことにも繋がる。そうは思わないか?」

 佐々(サッサ)は、理詰めで万桜(マオ)に迫った。万桜(マオ)は、その指摘に、わずかに眉根を寄せる。

「学長と相談、影響調査後に着工、これでイイッスか?」

 万桜(マオ)は、歩み寄る姿勢を見せた。だが、佐々(サッサ)は首を横に振る。それでは足りていない。

「武威を示してみないか、黒木くん」

 佐々(サッサ)は、挑発するように言った。その声には、万桜(マオ)の天才性を試すような響きが込められている。

「防衛するなら、どんな武器を君は作り出す?」

 佐々(サッサ)が直球を投げかけると、

「俺ならこうして黙らせる」

 万桜(マオ)は間髪入れずに即答した。

「高高度気球に矢を百万本積んで、圧縮空気の溶解による無秩序な射出を行う。これは高高度から降り注ぐ破壊の雨だ。念の為の備えだ。俺は気に入らねえ現状をぶっ飛ばす為なら、魔王になることも厭わねえ」

 万桜(マオ)は、言い放つと冷たい目で佐々(サッサ)を見た。

 その視線に、拓矢(タクヤ)はゾッとする。そして、

「おい、万桜(マオ)

 拓矢(タクヤ)は、万桜(マオ)の肩に手を置く。まるで、彼を現実に引き戻すかのように、だ。

 しかし、万桜(マオ)は、その手を払い、佐々(サッサ)へと向き直る。

 佐々(サッサ)は、万桜(マオ)の言葉に、一瞬、目を見開いた。そして、驚きと感嘆、そして警戒の入り混じった表情で万桜(マオ)を見つめている。

「これは、単なる武威ではないな。それは、絶対的な『不確実性』という武器だ」

 舞桜(マオ)は、すかさず冷静に分析する。

「高高度から無秩序に矢を射出すれば、どこに、なにが落ちるかわからない。敵は、その予測不能な恐怖に晒される。それこそが、相手の使用を躊躇させる、最強の『抑止』となるでしょう」

 莉那(リナ)は、万桜(マオ)の言葉を聞いて、ただただ感心するばかりだ。

「へ~、なにそれ、すごい! あたし、そういうの好きだよ!」

 しかし、勇希(ユウキ)は違った。彼女は、万桜(マオ)の「気に入らねえ現状をぶっ飛ばす為なら、魔王になることも厭わねえ」という言葉に、深い悲しみと共感を覚える。

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の「魔王」としての側面を、誰よりも理解している。それは、彼が誰よりも純粋で、誰よりも優しい心を持っているからこそ、現状の不条理を許せないのだと。

万桜(マオ)は、いつもそうだ。一番大切なものを守るためなら、世界を敵に回すことも厭わない」

 勇希(ユウキ)は、静かに呟く。その言葉は、万桜(マオ)の心に深く響く。

「ああ? 例えばの話だろ? 俺なら戦いになる前に流れを変えるさ。めんどくせえもん」

 万桜(マオ)は、勇希(ユウキ)の言葉に、少しだけ表情を和らげた。

 佐々(サッサ)は、そんな彼らを静かに見つめていた。そして、ゆっくりと口を開く。

「…君の才能は、まさに『魔王』に相応しい。しかし、その力は、使い方を誤れば、世界を破滅させる刃となる。君のような才能ある若者を、我々がどのように導くべきか、深く考えさせられたよ」

 佐々(サッサ)は、そう言うと、静かに一礼し、琴葉(コトハ)と共に部屋を後にした。

パイナップルって、美味しいよね。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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