白き勇者へのガサ入れ
前書き
シルバーウィーク。万桜たちは、勇希の部屋に「ガサ入れ」を敢行する。扉の向こうに広がっていたのは、生活臭とゴミと洗濯物の山が支配する「汚部屋」だった。勇希の悲鳴も虚しく、万桜はシンクを、莉那は洗濯物を、桜は部屋全体を、淀みなく清掃していく。その過程で、万桜は勇希の孤独感と、それに起因する生活の乱れを見抜く。
コインランドリーでの莉那の完璧すぎる洗濯講座、そして自宅での手洗い指導は、勇希に新たな生活の知恵をもたらす。しかし、完璧な洗濯物と、万桜の合理的な独り暮らし講座は、勇希と莉那、そして桜に、「万桜は魔王であると同時に、完璧すぎる『オカン』だ」という、新たな認識を植え付ける。
この物語は、万桜の合理的で、どこかお節介焼きな人間的側面と、それによって築かれる勇希や莉那たちとの温かい絆を描く、日常の一コマである。
コンビニ惣菜万歳。
2018年9月シルバーウィーク、東京墨田区業平橋のマンション。
「サブリナ、桜」
万桜は、勇希の部屋を前にして、ガサ入れ部隊斬り込み隊士たちに突入を指示した。彼の顔には、微かな決意が浮かんでいる。扉の隙間から漏れ出る、言い知れない生活臭と、わずかに見える散らかり具合が、既に彼の嗅覚を刺激していた。
「待て待て待て!」
マンションの通路に勇希の悲鳴が響く。彼女は、万桜の指示に青ざめ、慌てて扉の前に立ちはだかろうとするが、時すでに遅し。
「「待つか!」」
莉那と桜は、迷わず突入した。その瞳には、まるで長年の宿敵に立ち向かうかのような、容赦ない光が宿っている。扉が開いた瞬間、彼女らの視界に飛び込んできたのは、まさに「混沌」だった。
部屋の中央には、色とりどりの洗濯物が山のよう散乱している。着るものなのか、脱ぎ捨てられたものなのか、判別もつかないほどに絡み合い、フローリングの一部を覆い尽くしていた。その山からは、洗濯されたはずなのに、どこか生乾きのような、独特の匂いが漂う。
シンクには、食べ残しのラーメンの丼や、乾いたカレーが付着した皿、コップが所狭しと積み重なり、小さな要塞と化している。水は澱み、その表面には薄らと油膜が張っていた。皿の隙間からは、腐敗した生ゴミのような、鼻を衝く異臭が立ち上っている。
テーブルの上には、読みかけの漫画や雑誌が幾重にも積み重なり、床には、脱ぎ捨てられたパジャマや、使い終わった化粧品が散乱していた。窓際には、鉢植えの観葉植物が力なく項垂れ、埃を被っている。部屋全体を覆うのは、長期間換気がされていないであろう、澱んだ空気と、混ざり合った生活臭だ。
「下着類をどけたら、声をかけてくれ」
万桜は、その光景に一切の動揺を見せることなく、むしろ清々しい顔でそう言い放つと、迷うことなくシンクの清掃に入った。彼の表情には、「これは俺の仕事だ」とでも言いたげな、職人のような覚悟が滲み出ている。蛇口をひねり、まずは水圧で大まかな汚れを流し始めた。
「サブリナ! ここは貴様に任せた! 汚部屋を殲滅せよ!」
桜は、絶望的な顔で莉那に叫んだ。勇希の顔は、恥ずかしさと諦めで真っ赤になっている。
「御意!」
莉那は、躊躇なく汚れた洗濯物の山へと突進した。彼女の手には、使い捨てのゴム手袋がはめられ、その顔には、まるで戦場に赴く兵士のような、厳粛な表情が浮かんでいる。
「汚物は消毒だぁ~!」
莉那は、そう呟くと、ゴミ袋を広げ、まずはゴミの分別から始めた。彼女の動きは淀みなく、まるで汚れた空間を浄化する儀式を執り行っているかのようだ。
一方、桜は、部屋の隅々まで目を凝らし、見落としがないかを確認する。その小さな身体からは、どこか神聖なオーラが漂っているかのようだ。
「兄ちゃん、これ、勇希の…」
桜は、床に落ちていた、可愛らしいフリルの付いた下着を指差した。その小さな声に、勇希は悲鳴のような声を上げた。
「見るな! 触るな! そして、捨てるなー!」
勇希は、顔を真っ赤にして叫んだ。彼女は、自分のプライベートな部分が、あっけなく暴かれていく現実に、ただただ呆然とするしかなかった。
「おっ、そっちも進んでるな!」
万桜は、シンクの汚れを黙々と落としながら、満面の笑顔で莉那と桜の奮闘を称えた。彼の顔には、この「大掃除」が、最高のエンターテイメントであるかのような、純粋な喜びが浮かんでいる。
部屋の空気は、洗剤の匂いと、勇希の悲鳴、そして万桜たちの笑い声が混じり合い、奇妙な活気に満ちていた。
それは、まさに「魔王案件」の日常風景だった。
「てか、こっち戻る前に片しなさいよ? Gも裸足で逃げ出すわ」
万桜は、流し台のヌメりを勇希に見せつけるように指差し、忌々しげに吐き捨てた。彼の顔には、微かな嫌悪感が浮かんでいる。
万桜は、続いて冷蔵庫の中を確認すると、やっぱり予想通りに缶チューハイがビッシリと入っていた。色とりどりの缶が、まるで要塞のように積み重なっている。8月生まれの勇希は19歳。もちろん、年齢的には足りてない。その大量の缶チューハイの存在は、勇希の抱える孤独感を、雄弁に物語っていた。万桜は、ため息をひとつ吐いた。予想はつく。
「だって寂しかったんだもん…」
勇希は、肩を震わせ、小さな声で呟いた。その声には、深い寂しさと、そして万桜に見抜かれたことへの恥ずかしさが入り混じっていた。彼女は、シュンと項垂れ、まるで叱られた子犬のようだ。
「じゃあ、グループチャットでもなんでも声かけてくりゃいいだろ? フラレたって拒絶するかよ。幼馴染みじゃねえか」
万桜は、呆れたように叱りつけた。彼の脳裏には、7月に帰省するまで、勇希が一度も連絡をよこさなかったことへの、素朴な疑問と、微かな寂しさが浮かんでいた。万桜は、勇希が自分をふったと思い込んでいる。だから気まずいのだろう、くらいに思っていた。その鈍感さが、万桜らしい。
一方で、莉那は勇希が連絡をよこさなかった理由に気づいていた。声を聞いたら里心が出て、余計に寂しくなるからだ。莉那も勇希の幼馴染みだ。勇希のことは、手にとるようにわかる。
「まあまあ」
莉那は、万桜を宥めた。彼女の瞳には、勇希の乙女心を理解する、温かい光が宿っている。莉那は、万桜の腕をそっと掴み、優しく引き寄せた。
「サブリナ、下着の洗濯の仕方を教えて差し上げて」
いわゆる45リットルの、ゴミ捨て用のポリ袋にぎゅうぎゅうに詰め込んだ洗濯物を抱えて、万桜は近所のコインランドリーに向かった。学生の独り暮らしには、小さな冷蔵庫とレンジがあればいい。彼の脳内では、勇希の部屋の現状を、彼の合理的な哲学に照らし合わせて、賢い選択だと結論付けていた。無駄を省き、最小限の労力で生活を維持する。それが、彼の「常識」なのだ。
「へいへい」
莉那は、肩をすくめながら応えた。彼女の視線は、まだ項垂れている勇希に向けられている。
「いいかい、勇希。デリケートな女物の下着はね、まずは仕分けが肝心なのさ」
莉那は、コインランドリーの洗濯機の前で、手にした勇希の下着を軽く揺らしながら、まるで講師のように語り始めた。彼女の声には、どこか専門家のような響きが混じっていた。
「白いものと色物は、絶対に分けて洗うんだ。特に、レースやシルクのような繊細な素材のものは、専用の洗濯ネットに一枚ずつ入れる。これは、型崩れを防ぎ、生地を傷めないためだ」
莉那は、手際よく勇希の下着を分類していく。その指先は、まるで熟練の職人のようだ。
「そしてね、水温はぬるま湯が基本。熱すぎるお湯は、生地を傷めたり、色落ちの原因になったりするからね。洗剤は、中性洗剤を、これっぽっちも入れすぎないこと。泡立ちが良すぎるものは、すすぎ残しの原因になるから、控えめにするんだ」
莉那は、洗濯機のパネルを指差し、具体的な設定方法を指示した。彼女の解説は、非常に具体的でわかりやすい。
「洗うコースも重要だよ。『手洗いコース』とか『おしゃれ着コース』を選びなさい。優しく、ゆっくりと洗うんだ。ゴシゴシ洗うのは厳禁だよ、特にパッドの部分は、形が崩れやすいからね」
莉那は、洗い方を実演するかのように、手で優しく揉む仕草をした。その指先には、女性ならではの繊細な感覚が宿っている。
「すすぎはね、念入りに、だ。洗剤が残ると、肌荒れの原因にもなるし、生地も黄ばみやすくなるからね。二回くらいしっかりすすいで、柔軟剤は適量ね」
莉那は、再び洗濯機の設定を確認し、勇希に細かく指示を出した。
「そして、一番大切なのが干し方だよ、勇希」
莉那は、洗濯槽から出したばかりの下着を広げ、優雅な手つきで形を整えた。
「デリケートな下着は、直射日光を避けて陰干し。乾燥機は絶対に使うんじゃないよ! 熱で生地が縮んだり、傷んだりするからね」
莉那の声には、強い警告の響きが混じっていた。
「ブラジャーはね、カップの形を整えて、ストラップをハンガーにかけて干すか、逆さにしてワイヤーの部分を洗濯ばさみで挟むんだ。こうすると、水の重みで型崩れしないし、早く乾くんだよ」
莉那は、ブラジャーを手に取り、その構造を説明するように、丁寧に干し方を実演してみせた。
「ショーツは、両端を洗濯ばさみで挟んで、風通しの良い場所で干す。こうすると、早く乾くし、跡もつきにくいんだ」
莉那は、まるで洗濯のプロフェッショナルのように、淀みなく説明を続けた。
「どうだい、勇希? これで明日からは、あなたの下着も、きちんと清潔に保てるだろう?」
莉那は、自信に満ちた笑顔で勇希に問いかけた。その表情には、「わたくしにかかれば、どんな汚部屋も、どんな洗濯物も、完璧に処理できますわ!」とでも言いたげな、誇らしげな光が宿っていた。
勇希は、莉那の完璧な洗濯講座に、ただただ圧倒されていた。彼女の顔は、恥ずかしさから、今度は感銘の色へと変わっていた。
「サブリナ…コインランドリーでぬるま湯って使えるか?」
勇希は、莉那の完璧な洗濯講座に、もっともな問い掛けを挟んだ。彼女の視線は、コインランドリーの無機質な洗濯機に向けられている。その言葉に、莉那はハッと気づいた。それは自宅での洗濯機の使い方であり、コインランドリーの機能とは合致しない。
「うーむ…」
莉那は唸り、思考を巡らせる。そして、次の瞬間、ピシャリと勇希を叱りつけた。
「いや、コインランドリーで下着洗うな乙女!」
莉那の声は、部屋に響き渡った。彼女の顔には、「ありえない!」とでも言いたげな、呆れた表情が浮かんでいる。
「勇希、桜、来なさい!」
莉那は、そう言い放つと、勇希と桜を連れて風呂場へと向かった。彼女の脳内では、すでに新たな洗濯計画が立てられているかのようだ。
風呂場に着くと、莉那は、洗面器にぬるま湯を張り、少量の中性洗剤を溶かした。ふわりと立ち上る泡は、どこか優しげだ。
「いいかい、手洗いが一番デリケートな下着には優しいんだよ」
莉那は、一枚の白いブラジャーを手に取り、優雅な手つきで水に浸した。
「まずはね、優しく押し洗い。ゴシゴシ擦っちゃダメだよ。特にワイヤーの部分や、レースの繊細な部分は、指の腹で軽く押すように洗うんだ」
莉那は、ブラジャーのカップ部分を掌で包み込むように、ゆっくりと押したり離したりする動きを繰り返した。その指先は、まるで宝石を扱うかのように丁寧だ。
「汚れがひどい部分は、少しだけ時間をかけて押し洗い。でも、強く揉んだり、絞ったりするのは絶対にやめなさい。型崩れの原因になるからね」
莉那は、そう言いながら、ショーツを手に取り、全体を優しく揉み洗いした。
「すすぎも、丁寧に。泡がなくなるまで、何度も水を取り替えてすすぐんだ。洗剤が残ると、肌に刺激になるし、生地も傷むからね」
莉那は、洗面器の水を流し、新しいぬるま湯を張って、泡が完全に消えるまですすぎを繰り返した。その手際の良さは、まさに熟練の主婦のようだ。
「最後に、タオルドライだよ」
莉那は、清潔な乾いたバスタオルを広げた。
「洗った下着をタオルに挟んで、優しく押さえるように水気を取るんだ。絞っちゃダメだよ! 型崩れしちゃうからね」
莉那は、ブラジャーとショーツをタオルで丁寧に包み込み、ゆっくりと押さえて水気を吸い取った。
「干し方は、さっき言った通り、陰干しね。直射日光は厳禁だよ」
莉那は、そう言い放つと、洗面台に置かれた下着を、満足げな表情で見つめた。
「どうだい、勇希、桜? これなら、どんなデリケートな下着も、完璧に洗えるだろう?」
莉那は、自信に満ちた笑顔で二人に問いかけた。その表情には、「わたくしにかかれば、洗濯など朝飯前よ!」とでも言いたげな、誇らしげな光が宿っていた。
勇希と桜は、莉那の完璧な手洗い講座に、ただただ圧倒されていた。彼らの顔は、感銘と、そして新たな知識を得たことへの満足感で輝いているかのようだった。
万桜は、45リットルのポリ袋を抱え、コインランドリーから戻ってきた。扉を開けた瞬間、彼の切れ長の瞳が大きく見開かれる。部屋中に広がるのは、さきほどまで散乱していた洗濯物ではない。清掃を終えたはずの勇希の部屋は、いまや色とりどりの布の海と化していた。
リビングのロープには、形を整えられたレースのブラジャーや、フリル付きの可愛らしいショーツが、風もない室内でひらひらと揺れている。ダイニングには、丈の長いキャミソールやスリップが、まるで幽霊のようにぶら下がっていた。窓際にも、大小様々なデザインの下着が、これ見よがしに干されている。それは、清潔であるにもかかわらず、万桜の羞恥心をこれ以上ないほど刺激した。
「俺が帰ってから干せ! 恥じらい! 恥じらい置き忘れちゃダメ絶対!」
万桜は、顔を真っ赤にして叫び、反射的にドアを閉めた。その声は、マンションの通路に木霊し、隣人への配慮など微塵もなかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」
部屋の中から、勇希の悲鳴が響き渡る。彼女は、慌てて45リットルのポリ袋を広げ、部屋中に干された自身の下着を、手当たり次第に鷲掴みにして回収し始めた。その動きは、まるで戦場から撤退する兵士のようだ。
「いいぞ。万桜。あと、忘れてくれ」
羞恥に顔を朱に染めた勇希は、ポリ袋から顔だけを覗かせ、蚊の鳴くような声で言った。その瞳には、「この恥辱は忘却の彼方へ葬り去ってくれ!」とでも言いたげな、切実な願いが宿っていた。
「お、おう」
万桜もまた、顔を赤くしたまま、どもりながら応じた。彼の脳裏には、部屋中に広がる勇希の下着の光景が、鮮明に焼き付いているかのようだった。
「兄ちゃんて、草食っていうか草だよね」
桜が、そんな二人の様子を冷静に見つめ、ポツリと呟いた。その言葉は、唐突ながらも、場の空気を和ませるような、不思議な響きを持っていた。
「いひゃい、いひゃい」
次の瞬間、桜は、勇希と万桜に、両頬をキュッとつねられた。彼らの制裁は、あまりにも的確な桜の指摘への、照れ隠しとでも言いたげだった。
万桜は、冷え切った体が温まるのを感じながら、洗濯物を床に広げた。先ほどコインランドリーで乾燥機にかけなかった分だ。彼の合理的思考は、いかに効率よく洗濯物を干すか、という課題に移行していた。
「ほら、これ一緒に干しとけ」
万桜は、コンビニで買ってきたばかりの、まだ袋に入った三種類の男性用下着をテーブルに広げた。
「基本は、洗濯バサミで挟むだけだが、乾きやすさを重視するなら、風が通るように形を整えるのが肝心だ」
万桜は、テキパキと自分の洗濯物を干し始めた。彼の動きは淀みなく、一切の無駄がない。
「それに、勇希」
万桜は、ふと手を止め、勇希の方に視線を向けた。
「単身女性の洗濯物と、男の洗濯物を一緒に干すのは、防犯上、非常に有効なんだぜ?」
万桜の言葉に、勇希は目を丸くした。
「それ都市伝説じゃないのか?」
勇希は、思わず身を乗り出した。
「ちげえよ。男の洗濯物が干してあるってことは、この部屋には男が住んでるか、少なくとも出入りしてるってことだろ? 空き巣とか不審者からしたら、一人暮らしの女性の部屋よりも、防犯意識が高い部屋だって思うわけだ。だから、襲われにくい」
万桜は、淡々と、しかし真剣な顔で説明した。彼の表情には、自身の合理的な思考に基づく、確固たる自信が宿っている。
「料理はまとめて作らないなら惣菜で済ませること」
万桜は、洗い終わったフライパンをシンクに置きながら、勇希に淡々と言い放った。彼の顔には、自らの経験から導き出された、生活の知恵が滲み出ている。彼の信条は、いかに効率よく、無駄なく生活を回すか、という点にある。
「食費の無駄遣いと、時間の無駄遣い。それが、自炊の落とし穴だ」
万桜は、テーブルに広げたコンビニのレシートを指差しながら続けた。そこには、わずか数百円で済む惣菜の品目がずらりと並んでいる。
「毎日少しずつ作るってのは、結局、毎日包丁を握って、毎日火を使って、毎日洗い物が増えるってことだろ? 調味料だって、あれこれ揃えてたら、賞味期限切れで捨てる羽目になる」
彼の言葉には、単身生活における自炊の非効率性を、容赦なく指摘する響きがあった。
「それに、一人分だけ作っても、結局余るんだ。余った分を無理して食うと、飽きるし、美味しくもねえ。最悪、捨てて、フードロスになる」
万桜は、首を横に振った。彼の思考は、常に「無駄」を徹底的に排除することに向けられている。
「だからな、料理はまとめて作って冷凍するか、潔く惣菜で済ませるか。この二択だ」
万桜は、指を二本立て、力強く言い切った。彼の言葉には、揺るぎない確信が宿っている。
「まとめて作れば、一度の労力で数日分の食事が確保できる。洗い物も一回で済むし、調味料も使い切れる。そして、何より時間に余裕が生まれる。その時間を、他のことに使えるだろ?」
万桜は、自身の経験に基づいて、効率的な自炊のメリットを語った。
「あとは、野菜はカット野菜、肉は小分けパック。米は炊飯器で多めに炊いて、一食分ずつ冷凍する。これで、いざって時に困らねえ。自炊するなら、この程度で十分だ」
彼の言葉は、まさに「ミニマリスト料理術」の極意だった。
「どうしても自炊したいなら、週末に作り置きだな。俺もまとめて作るし。カレーとか、煮物とか、日持ちするやつを大量に作って、小分けにして冷凍庫にぶち込んでおく」
万桜は、自身の生活スタイルを例に出し、実践的なアドバイスを続けた。
「そして、惣菜を侮るな」
万桜は、テーブルの上の惣菜のパッケージを指差しながら、真剣な顔で言った。
「コンビニの惣菜だって、最近は栄養バランスも考えて作られてるし、種類も豊富だ。疲れてる時や、時間がない時に無理して自炊するよりも、美味い惣菜を食って、ゆっくり休む方が、心身ともに健康的だ」
彼の言葉には、惣菜への深い理解と、現代の単身生活における現実的な解決策を提示する、彼なりの優しさが滲み出ていた。
「料理は、あくまで生活を円滑にするためのツールの一つだ。こだわり過ぎて、生活を圧迫するようじゃ本末転倒だろ? おまえも、これを機に生活を見直せ」
万桜は、そう言い放ち、冷蔵庫の缶チューハイを指差した。彼の瞳には、「寂しさを埋めるための無駄な消費は、生活の効率を低下させる」とでも言いたげな、厳しい光が宿っていた。
「兄ちゃんて草っていうかオカンだよね」
桜が、万桜の独り暮らし講座を聞き終え、ポツリと呟いた。その言葉は、彼の合理的すぎる生活哲学と、どこかお節介焼きな一面を的確に表していた。
「「ホントそれな」」
勇希と莉那も、深く頷いた。彼女たちの視線は、完璧な「オカン」と化した万桜に注がれている。万桜の「魔王」としての側面とは異なる、あまりにも人間的で、現実的な姿に、三人は呆れと親しみの入り混じった表情を浮かべた。
「うっさい。ほら、これは没収だ。じいちゃんにいい土産ができたわ」
万桜は、三人の言葉を意に介することなく、冷蔵庫から缶チューハイを次々と取り出し、大きなポリ袋に詰め込み始めた。
「寂しかったら、連絡してこい。講義の共有でもしようぜ」
万桜は、缶チューハイを詰め終えると、ポリ袋を抱え直し、勇希に屈託なく笑いかけた。
部屋の中には、綺麗になった空間と、洗濯物のほのかな洗剤の匂いが漂っていた。そして、万桜が持ち去った缶チューハイの代わりに、彼と勇希の間に、確かな絆が築かれたかのようだった。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




