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黒き魔王の華佗の医術

前書き

 東京・押上にある茅野(チノ)建設の社長室。万桜と桜は、淳二に感謝の気持ちを伝えるため、黒木家に代々伝わる秘伝の施術法「華佗の医術」を施す。体臭から病の予兆を察知する桜の驚くべき能力と、ツボと経絡を精密に操作する万桜の技術に、淳二は驚きを隠せない。

 その施術は、万桜の新たな発想へと繋がる。VR技術と東洋医学の融合により、脳に直接働きかけて治癒を促す「究極の華佗の医術」を考案したのだ。

 偶然の来訪から始まった彼らのビジネスは、淳二(ジュンジ)の号令によって本格的に始動する。社長室になだれ込んできた専門家たちを前に、万桜は自身の研究成果を次々と羅列する。土をブロック化する技術、漆喰の壁を電磁石でプレスする技術、水を循環させるエコトイレ、そしてバッテリー不要の風力発電機とハンディクーラー。その突飛な発想の数々は、専門家たちの常識を打ち破り、舞桜の悲鳴を誘う。

 これは、天才的な発想力を持つ万桜が、周囲の思惑や常識を巻き込み、新たな「魔王案件」を次々と生み出していく物語である。


三国志の華佗ってチートだと思う。

 2018年9月中旬、押上スカイツリー近くの茅野(チノ)建設社長室。

「ボッチの兄ちゃん、勇希の父ちゃんの先輩だから、五十代だろう? 場所貸して貰ったから、お礼にマッサージしてやるよ。桜、華佗の医術やるぞ」

 万桜(マオ)は、突然の提案に、にこやかにそう言った。彼の顔には、純粋な感謝と、日頃の成果を発揮しようとする意欲が浮かんでいる。万桜(マオ)の両親は果樹園を営む傍ら、柔道整体の腕も持っており、その卓越した技術は、万桜(マオ)と桜にも幼少の頃から厳しく仕込まれている。彼らが実践する「華佗の医術」とは、古くから伝わる東洋医学の智慧と、黒木家独自の解釈が融合した秘伝の施術法だ。それは、単なるマッサージとは一線を画し、気功施術に近い感覚で行われる。

「なんや、え、別にどこも凝ってへんよぉ?」

 淳二(ジュンジ)は、困惑気味だが、彼の表情には、どこか期待の色が滲んでいた。

「いいから、いいから」

 桜は、淳二(ジュンジ)の周囲をぐるりと回り、その体臭をスンスンと嗅いだ。まるで探偵が手がかりを探るかのように、その小さな鼻は、彼の体から発せられる微細なサインを敏感に察知しているかのようだ。彼女の瞳には、すでに診断結果が見えているかのようだ。

「例えば、足の裏の角質、特に土踏まずのあたりが硬くなってない? それから、首筋や肩甲骨のあたりが、少し盛り上がっている感じがする…」

 桜は、嗅覚だけでなく、見た目からも淳二(ジュンジ)の体の状態を正確に言い当てていく。彼女の言葉に、淳二(ジュンジ)は驚きを隠せない。

「それに、お腹周りが少し…ね。これは、脂質異常症(高コレステロール血症や高トリグリセリド血症)の予兆かもしれないな。特に、食生活の乱れや運動不足が続くと、内臓脂肪が増えやすくなるんだ」

 桜は、ためらうことなく、淳二(ジュンジ)の腹部を指差した。

「兄ちゃん。太衝(たいしょう)穴、三陰交(さんいんこう)穴、足三里(あしさんり)穴、それに合谷(ごうこく)穴、曲池(きょくち)穴」

 桜が、指でツボの位置を示しながら、診断結果を万桜(マオ)に伝えた。彼女の声は、まるで医者が処方箋を読み上げるかのように、淀みなく響き渡る。

「うん、うん。まあ、多いよね、この年代に高血圧や糖尿病、そして脂質異常症などの生活習慣病の予兆は」

 万桜(マオ)は、桜の言葉に深く頷くと、淳二(ジュンジ)をソファに横たわらせた。彼の表情は、先ほどまでの能天気さから一転、真剣な整体師の顔になっていた。

「華佗の医術、開始だ!」

 万桜(マオ)が力強く宣言すると、桜もその隣で、小さな拳を握りしめ、準備を整えた。

 まず、万桜(マオ)が、淳二(ジュンジ)太衝(たいしょう)穴(足の親指と人差し指の間、骨の合流部)に、柔らかな圧をかけた。このツボは、肝臓の働きと密接に関わり、ストレス軽減や血流改善に効果があるとされる。万桜(マオ)の指先からは、微かな温かさが伝わってくるかのようだ。

 同時に、桜は、淳二(ジュンジ)の腕の曲池(きょくち)穴(肘を曲げた時にできるシワの先端)を、リズミカルに刺激し始めた。このツボは、大腸の働きを整え、血行促進や免疫力向上に繋がると言われている。桜の小さな指先からは、まるで微弱な電流が流れているかのような、不思議な感覚が伝わってきた。

 次に、万桜(マオ)は、三陰交(さんいんこう)穴(足の内くるぶしから指4本分上)に移行した。このツボは、脾臓、肝臓、腎臓の三つの陰経が交わる場所とされ、婦人科系の症状や消化器系の不調に効果があるとされているが、男性の場合でも血流改善や疲労回復に有効だ。彼の指先からは、滞っていた気の流れを解放するかのような、穏やかな波動が伝わってくる。

 その間、桜は、淳二(ジュンジ)の手の合谷(ごうこく)穴(親指と人差し指の付け根の間)を、親指でゆっくりと揉み解した。このツボは、万能のツボとも呼ばれ、頭痛や肩こり、ストレス解消に効果があるとされる。桜の小さな手からは、心地よい刺激が伝わり、淳二(ジュンジ)の全身の緊張が少しずつほぐれていくのを感じた。

 さらに、万桜(マオ)は、足三里(あしさんり)穴(膝のお皿の下から指4本分下、脛骨の外側)に集中した。このツボは「胃の腑の要」とも呼ばれ、消化器系の働きを強化し、全身の気力や体力を高める効果がある。万桜(マオ)の掌からは、まるで体の深部にまでエネルギーが送り込まれているかのような、力強い感覚が伝わってくる。

 桜は、淳二(ジュンジ)のもう一方の足の三陰交(さんいんこう)穴を、先ほどとは異なるリズムで刺激し、両足のバランスを整えていた。

 万桜(マオ)が特定の経絡を穏やかに「塞ぎ」、体液の滞りを一時的に促すことで、その周囲に微細な圧力を生み出す。そして、その瞬間を逃さず、桜が別の経絡を「刺激」し、その圧力を解放するように体液の流れを導く。これは、まるでダムの水門を開閉するように、体内の循環システムを精密にコントロールする作業だ。滞っていた血液やリンパ液が、新たな道筋を見つけ、淀みなく流れ始める。

 万桜(マオ)と桜の息の合った連携プレーは、まさに「阿吽の呼吸」だった。二人の指先が触れるたびに、淳二(ジュンジ)の体からは、微かな「気の流れ」が感じられるかのようだった。それは、これまで意識することのなかった、体液がスムーズに循環していく感覚だった。

 施術が進むにつれて、淳二(ジュンジ)の顔色は、先ほどの困惑から、深い安堵へと変わっていった。彼の全身を覆っていた疲労が、まるで霧が晴れるかのように消え去っていく。体の中から、じんわりと温かさが広がり、肩の凝りも、足の重さも、いつの間にか消え失せていた。

「なんや、えらい体が軽うなったわ…」

 淳二(ジュンジ)は、目を開けると、自分の掌をゆっくりと見つめた。そこには、赤ん坊のようにすべすべとした肌が広がっている。彼の顔には、驚きと、そして深い満足感が入り混じっていた。

「久々に見たね『華佗の医術』万桜(マオ)たちの父ちゃんと母ちゃん、名人だったよね」

 莉那(リナ)が呟くと、

「風邪をひいたら、黒木柔道整体ってな。てか、病気全般だな」

 勇希(ユウキ)が引き取るが、

「あれ、おかしい…おかしいこと言ってる」

「奇遇やな舞桜(マオ)。お兄ちゃんもそう思う」

 おかしな常識を、

「なにを言ってるんだ舞桜(マオ)? 体液の循環不良が不調の原因だろう?」

 勇希(ユウキ)は、突如としてオスカルのような気高き口調で、舞桜(マオ)淳二(ジュンジ)に語りかけた。

「『華佗の医術』ってのは、万桜(マオ)の両親が考案した気功施術だ」

 勇希(ユウキ)は、胸を張り、万桜(マオ)と桜が施術した淳二(ジュンジ)を指差した。

「この『華佗の医術』とは、単なるマッサージではない。万桜(マオ)が経絡の通り道を一時的に塞ぎ、血流や体液の流れを一時的に堰き止める。例えるなら、ダムの放水路を閉じるがごとき緻密な作業だな。エステとかに近いかもな」

 勇希(ユウキ)は、優雅な手振りで説明した。

「助手の桜が、別の経絡を刺激し、堰き止められた体液を一気に解放する」

 彼女の視線は、万桜(マオ)と桜の手元に注がれている。

「この一連の動作により、滞っていた血液やリンパ液が勢いよく流れ出し、全身の細胞の隅々まで、酸素と栄養が行き渡る。そして、疲労物質や老廃物が排出され、内臓機能が活性化し、身体が本来持つ自然治癒力が、最大限に引き出されるというわけだ」

 勇希(ユウキ)は淡々と語った。

「単なる血行促進ではない。自律神経系に働きかけ、心身を深いリラックス状態へと誘い、免疫力を向上させるんだ」

 勇希(ユウキ)は、淡々と語りながら勇希(ユウキ)は気づいた。

「桜は、体臭という微細な生体サインから、目に見えぬ病の予兆を察知する」

 彼女は、桜の小さな鼻を指差し、その能力を称賛した。

「この華佗の医術は、うん。おかしい。これ。匂いで診断ってなんだ?」

 勇希(ユウキ)は、最後の言葉を力を込めて言い放ち、

「「だって、それでわかるじゃん?」」

 指摘された万桜(マオ)と桜は、不服げに反論した。

 舞桜(マオ)淳二(ジュンジ)は、勇希(ユウキ)の熱弁に、ただただ圧倒されていた。彼らの脳裏には、万桜(マオ)と桜の施術が、これまでとは全く異なる、壮大な医療行為として再構築されていた。


「さっきのVRを応用すれば、俺たちじゃ届かない経絡を刺激できるんじゃねえか? 父ちゃんが言ってたけど、華佗の手術って切除じゃねえんじゃないかって」

 万桜(マオ)は、興奮冷めやらぬ様子で、大胆な仮説を語り始めた。彼の瞳は、未知の可能性を見据えているかのようだ。

「だって東洋医学の思想に反してるもん。膿を出したり、瘀血を瀉血するのはわかるけど、患部の切除はしていない」

 万桜(マオ)の仮説は、東洋医学の根本的な哲学に基づいていた。身体を切断する西洋医学的なアプローチとは一線を画す、調和と循環を重んじる思想だ。

「その通りだ、万桜(マオ)…あたしもそう思う…」

 勇希(ユウキ)は、一歩前へ踏み出し、力強く応じた。その眼差しには、確固たる信念が宿っている。

「華佗の医術は、決して破壊を伴うものではない。病巣を切除するのではなく、身体の内に秘められた治癒の力を引き出すもの。脳が内臓に触れたと錯覚し、血流や体液の循環を活性化させ、健常に戻すという、我々のVR理論こそが、その真髄を再現する鍵となる」

 勇希(ユウキ)の声には、一切の迷いがない。彼女の言葉は、場に確かな重みを与えた。

「そう! そうなんだよ、勇希(ユウキ)!」

 万桜(マオ)は、勇希(ユウキ)の言葉に、嬉しそうに頷いた。彼の顔には、自らの仮説が力強く肯定されたことへの、純粋な喜びが浮かんでいる。

「東洋医学が説く『気』の流れ、そして『経絡』の滞りこそが、病の根源。華佗は、この滞りを、まさしく『箸で患部の循環を直に促していた』のかもな」

 勇希(ユウキ)は、冷静に、しかし断言するかのように続けた。その手は、まるで精密な道具を扱うかのように、宙をなぞる。

「CTスキャンで得られた精密な3Dベクターデータを用いて、VR空間内に個人の身体を再現する。ユーザーは、エアバッグスーツによる触覚フィードバックと、ドーム状モニターに映し出される映像を通して、自らの手で内臓に触れるかのような感覚を体験するのだ」

 勇希(ユウキ)の解説は、その技術の具体的なイメージを、鮮明に描き出す。

「このシステムがあれば、これまで物理的に届かなかった深部の経絡や、直接触れることのできない内臓にまで、脳が『触れる』ことを錯覚させる。それにより、血流やリンパ液の流れを飛躍的に活性化させ、身体の本来の機能を健常な状態に戻すサポートが可能になる!」

 勇希(ユウキ)の言葉には、揺るぎない確信が込められていた。彼女の瞳には、この「華佗システム」がもたらす、医療の未来が鮮明に映し出されているかのようだ。

「つまり、俺たちが普段やっている『華佗の医術』を、VR空間で究極まで高めるってことだな!」

 万桜(マオ)は、勇希(ユウキ)の言葉をまとめ、力強く言い放った。

「そうだ! これこそが、東洋医学の根幹にある『心と身体の繋がり』に、最新の技術でアプローチする、画期的なシステムとなるだろう!」

 勇希(ユウキ)は、まっすぐに万桜を見つめ、力強く頷いた。


「黒木くんら、この後、時間あるか? おもろい話、聞かせてもろたから、ご飯ご馳走するわぁ~、ところで東京に来た理由ってなんやねん?」

 淳二(ジュンジ)が尋ねると、舞桜(マオ)が止める間もなく、

「ああ、研究成果の共有だよ。蒟蒻繊維土ブロックのプレゼン」

 万桜(マオ)が答えた。舞桜(マオ)だけでなく、これには勇希(ユウキ)も顔に手をあて天を仰いだ。

「誰ぞあるッ! 出合えいッ!」

 淳二(ジュンジ)は、社長室に響き渡る声で叫び、傍らのボタンに手を伸ばした。すると、瞬く間もなく、扉が開き、ビジネススーツに身を包んだ複数の男女が部屋になだれ込んできた。彼らは、茅野建設の各専門部署のエキスパートたちだ。経理、法務、広報、そして技術開発──それぞれの分野のプロフェッショナルが、社長の号令一つで集結したのだ。彼らの顔には、緊張と、そして新たな「案件」への覚悟が浮かんでいる。

「舞桜。お兄ちゃんに隠してることあるんやないか?」

 淳二(ジュンジ)は、鋭い眼光で舞桜(マオ)をまっすぐ見つめた。彼の声は、普段の豪快さとは打って変わり、冷徹な響きを帯びている。それは、妹のビジネスパートナーとして、また会社のトップとしての、有無を言わせぬ問いかけだった。舞桜(マオ)は、兄の視線に一瞬たじろいだが、すぐに涼やかな表情を取り戻した。彼女の完璧な知性は、すでにこの状況を予測していたかのようだ。

「な、なにやる気だしてるのよ赤いお面? 説明する暇がないのよ! 息吸って吐くみたいに思いつくんだから!」

 舞桜(マオ)は、そう言い放つと、万桜(マオ)の方に視線を向けた。彼女の脳裏には、万桜(マオ)の突飛な発想の数々と、それが茅野建設、ひいては社会にもたらすであろう影響が、鮮明に描かれているかのようだ。

「誰がシャアやねん? ならば、ここで全てを話してもらおか」

 淳二(ジュンジ)は、ソファに深く腰を下ろし、腕を組んだ。彼の表情には、万桜たちの話が持つ「尋常ではない重要性」を悟った、ビジネスマンとしての真剣な眼差しが宿っていた。

「き、君が自動描画システムとエコトイレの黒木くんか? 今度はなにを持ってきた?」

 経理担当の男性が、鋭い声で万桜(マオ)に詰め寄った。彼の視線は、既に万桜たちが東京に来るまでの経緯や、信源郷町で起こした「魔王案件」の数々を、ある程度把握しているかのようだ。

「いや、他にもあるぜ? 井戸を建てる話とか、泥をブロックにして運ぶ話とか、家を建てたり、風力発電作ったり、ハンディクーラーとか…」

 万桜(マオ)は、能天気な笑顔で、次から次へと自身の「研究成果」を羅列し始めた。彼の言葉は、まるで子供が自慢のおもちゃを見せびらかすかのようだ。

 それを聞いた専門職たちは、ざわめき出し、顔色を変えていく。彼らにとって、それは常識を遥かに超えた、理解不能な「技術の羅列」だった。

「「「ちょっと待ってください!」」」

 経理、法務、技術開発の各担当者が、一斉に叫んだ。彼らの声には、混乱と、そして万桜が口にした言葉の持つ「計り知れない影響」への恐怖が入り混じっていた。

舞桜(マオ)社長! これらについて、一切の報告を受けておりませんが!?」

 法務担当の女性が、鬼のような形相で舞桜(マオ)に詰め寄った。彼女の視線は、まるで裏切り者を見るかのようだ。

「…先ほども申し上げたでしょう? きちんと説明する機会がなかっただけです!」

 舞桜(マオ)は、涼やかな表情を崩さず、冷静に答えた。しかし、その瞳の奥には、新たな「魔王案件」が本格的に始動したことへの、複雑な感情が渦巻いているかのようだった。

「だ、だが、井戸を建てるなど…建築基準法に抵触する恐れが…!」

 技術開発の責任者が、震える声で呟いた。彼の脳裏には、万桜の言葉が具現化された際の、法的な問題や安全性の懸念が鮮明に浮かび上がっているかのようだ。

「いや、それがクラフトゲーム工法なんだって。人間が運べないような重い材料は使わない。薄い板を漆で接着して、電磁石と竹釘で固定するんだぜ? 職人の技に依存しないから、人件費も抑えられるし、重労働もねえ。誰でも家が建てられるってことだよ」

 万桜(マオ)は、専門家たちの困惑を意に介さず、得意げに説明を続けた。彼の脳内では、すでに「クラフトゲーム工法」が日本の建築業界に革命をもたらしているかのようだ。

「それに、漆喰の壁も、電磁石でプレスすりゃ、職人技じゃなくても均一に仕上がるんだぜ? 和紙を挟んで水で溶かせばいいんだから、簡単だろ?」

 万桜(マオ)は、さらに言葉を重ねた。彼の言葉は、専門家たちの常識を次々と打ち破っていく。

「そして、土は蒟蒻繊維でブロックにして運ぶ。現地で土をブロック化して、それを積んでいけば、重機もいらねえ。エコだし、災害にも強いんだぜ? 免震構造に革命が起きるんだ!」

 万桜(マオ)は、興奮冷めやらぬ様子で、身振り手振りを交えて力説した。彼の瞳には、自らのアイデアが、日本の未来を創造するビジョンが鮮明に映し出されているかのようだ。

「さらにだ! エコトイレは水を大量に使わねえ。排泄物を太陽熱でコンポスト化して、その蒸発した水は再利用する。水不足の地域でも使えるし、災害時にも強い。これで世界の砂漠を緑化できるんじゃねえか?」

 万桜(マオ)の言葉は、専門家たちをさらに圧倒した。彼の発想は、建築、環境、エネルギー、そして国際問題にまで波及している。

「風力発電は、どこでも使えるし、ハンディクーラーはバッテリーいらず。つまり、全てが自給自足の循環型社会を可能にするってことだ!」

 万桜(マオ)は、満面の笑顔で締めくくった。彼の言葉は、あまりにも壮大で、専門家たちはもはや、その意味を咀嚼することさえできなかった。

「「「…っ!」」」

 専門職たちは、言葉を失い、ただただ淳二の方を見た。彼らの顔には、万桜が口にした言葉の持つ計り知れない影響力に、絶望と、そして一抹の期待が入り混じっていた。

「舞桜。これは…」

 淳二(ジュンジ)は、静かに、しかし重々しく舞桜(マオ)に語りかけた。彼の瞳には、万桜の「魔王」としての才能が、いよいよ本格的に茅野建設を巻き込み始めたことへの、複雑な感情が宿っていた。

「兄さん。これは、株式会社セイタンシステムズの、今後の事業の柱となります。そして、茅野(チノ)建設にとっても、新たなビジネスチャンスとなるでしょう」

 舞桜(マオ)は、きっぱりと言い放った。彼女の完璧な知性は、すでにこの状況を、ビジネスの好機へと転換させるための戦略を練っているかのようだ。

「そうだな。おもろいやないか」

 淳二(ジュンジ)は、ニヤリと笑った。彼の顔には、困難な課題に直面した時の、茅野建設の社長としての好戦的な表情が浮かんでいた。彼の脳裏には、万桜のアイデアが、茅野建設の未来を大きく変える可能性が鮮明に描かれているかのようだった。

「全員、この件について、徹底的に調査し、実現可能なプランを練り直せ! 舞桜、おまえが指揮をとれ!」

 淳二(ジュンジ)の号令が、社長室に響き渡った。専門職たちは、一斉に「御意!」と応じ、緊張した面持ちで、しかしその瞳には、新たな「魔王案件」への挑戦心が宿っているかのようだった。

「は、はい…ま、また仕事量が…」

 舞桜(マオ)は、深々とため息をついた。彼女の顔には、万桜(マオ)が引き起こすであろう、新たな騒動への諦めと、それでも彼の天才性を認めざるを得ないという、複雑な感情が入り混じっていた。

 彼女は、天を仰ぎ、心の中で小さく呟いた。

「…また、とんでもないことになったわ」


★ ☆ ★ ☆ ★


 2018年9月シルバーウィーク直前の天空塔(スカイツリー)、東京ソラマチにあるカジュアルな生ハム専門店。

「すっげえ~!? いいのご馳走になって?」

 万桜(マオ)は、テーブルに並べられた色鮮やかな生ハムの盛り合わせと、焼きたてのフォカッチャに目を輝かせた。キラキラと輝く瞳は、まるで初めて宝物を見つけた子供のようだ。桜が高級店を断固拒否した結果、東京ソラマチのこのカジュアルなレストランになったのだが、それでもファミレスとは一線を画す雰囲気に、桜も万桜(マオ)も心なしかテンションが高い。

「ええよぉー。ええんか? ここで?」

 淳二(ジュンジ)は、若者たちの無邪気な喜びの表情を見て、どこか申し訳なさそうに聞き直した。彼の脳裏には、請求書に記載されるであろう金額がちらついていた。

「「それヴェブレンだぜ社長さん」」

 万桜(マオ)莉那(リナ)は、フォークを片手に、完璧なユニゾンで言い切った。彼らの言葉には、社会的な見栄やステータスを示すために消費を行う「ヴェブレン効果」を指し示すかのような、どこか達観した響きが込められている。彼らにとっては、高価であること自体が価値なのではなく、その本質的な価値と、それがもたらす喜びこそが重要だった。

「そうだな。あたしもそう思う。ここは旨い。勇希姉ちゃんのおすすめだぞ桜?」

 勇希(ユウキ)は、にこやかにそれに乗った。彼女の視線は、まだ疑念の表情を浮かべている桜に注がれている。

「勇希のおすすめかー。ちょっと不安…」

 桜は、正直なリアクションを示した。彼女の小さな胸には、過去の勇希の「おすすめ」がもたらした、いくつかの小さな災難が蘇っていた。

 その瞬間、勇希(ユウキ)は無言で桜の頬に手を伸ばし、キュッとつねり上げた。

「いひゃい!」

 桜の小さな悲鳴が響き渡るが、勇希(ユウキ)は一切の容赦がない。その瞳には、「わたくしの面目を潰すとは、許しませんわよ、桜!」とでも言いたげな、厳しい光が宿っていた。

「万桜、ホテルはどこだ?」

 勇希(ユウキ)は、頬を赤くした桜を制裁し終えると、何事もなかったかのように万桜(マオ)に尋ねた。

「ここよ勇希…ここの上…」

 サラダを大皿に盛ってきた舞桜(マオ)が、涼やかな声で答えた。彼女の指先が、天井の遥か上を指し示す。その言葉に、万桜は目を丸くし、天井を見上げた。東京ソラマチの、そのさらに上、スカイツリーの足元に建つ高層ホテル。彼らは、文字通り「天空の宿」に泊まることになっていたのだ。

「そうか…なあ、この後、一緒に銭湯に行かないか? 近くにあるんだ」

 勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の驚きをよそに、そっと誘った。その声には、彼女にしか分からない、秘めたる期待が込められている。

 舞桜(マオ)が、何事かを口を開きかけると、

「いいね。行っておいでよ万桜」

 莉那(リナ)が、阻むように素早く口を開いた。彼女の視線は、一瞬だけ舞桜を牽制し、その意図を正確に伝えた。

「ねえ、舞桜、せっかく東京来たんだから、ソラマチ案内してよ。あたし、このへん詳しくないからさ」

 莉那(リナ)は、続ける。その言葉の裏には、勇希の気持ちを察し、二人きりの時間を作ってあげようとする、彼女なりの優しさが隠されていた。舞桜は、莉那の言葉の意図を瞬時に悟り、深い吐息をついた。

「あたし、このへん詳しくないわよ」

 そう言いながらも、その声には、ワケアリの承諾が滲み出ていた。彼女の顔には、どこか諦めと、友人の恋路を応援しようとする複雑な感情が入り混じっていた。

「うん? なんか言ったか? 銭湯? いいね。行ったことないし」

 サラダに夢中な万桜(マオ)は、周囲の微妙な空気など全く察することなく、あっさりと了承した。彼の脳内は、目の前の生ハムとサラダで満たされているかのようだ。その無邪気な笑顔は、周囲の思惑などどこ吹く風とばかりに輝いていた。


★ ☆ ★ ☆ ★


 2018年9月シルバーウィーク直前の天空塔(スカイツリー)の前を流れる川の川辺を歩きながら、莉那(リナ)はワケを口にした。

「ホントだったら、勇希は万桜(マオ)と、この辺でキャンパスライフを送りながら暮らしてたんだよ舞桜(マオ)

 その一言で、舞桜(マオ)は察した。彼女の涼やかな表情の奥に、わずかな理解と、そして諦めが滲む。

「大昔のフォークソングみたいな夢ね」

 川面を眺めて舞桜(マオ)は呟く。彼女の声には、遠い過去を懐かしむような、しかし現実にはあり得ないことを知る、切なさが混じっていた。

「いいじゃん。舞桜(マオ)は毎日独占してんだからさ」

 莉那(リナ)の言葉に、舞桜(マオ)は苦笑し、

「そうね…」

 と呟いた。彼女の視線は、再び川面へと戻る。その瞳には、万桜という「特異点」を独占していることへの、複雑な感情が揺らめいていた。


☆ ★ ☆ ★ ☆


「ハクション」

 万桜(マオ)は待っていた。洗い髪が芯から冷えていた。秋口とはいえ、まだ暑さが残る東京の夜。湯上がりの熱気を帯びた体が、外気に触れて急速に冷えていくのを感じながら、彼は凍えるような感覚に身を震わせていた。やがて、番台の向こうから、湯上がりの勇希(ユウキ)が銭湯から出てくる。彼女の肌は、湯気を含んで桜色に輝き、長い髪からは、湯上がりの甘い香りが漂っていた。

「おまえ、長過ぎぃ~」

 不平を述べる万桜(マオ)に、勇希(ユウキ)は、悪びれることなく、涼やかな表情で答えた。

「女の風呂が長いのはあたりまえだろ?」

「うっわ熱い! 夏なんだからひっつくなよ勇希(ユウキ)

 万桜(マオ)にひっついた勇希(ユウキ)は、その体から熱気を放ち、万桜(マオ)の冷えた肌に、じんわりと温かさを伝えていく。

「芯から冷えてるだろうから、温めてやろうと思って」

 悪びれることなく勇希(ユウキ)は悪戯を仕掛ける。その瞳には、万桜(マオ)をからかうような、そしてどこか優しさを秘めた光が宿っていた。彼女の白い指先が、万桜(マオ)の冷えた首筋に触れ、背中をゆっくりと撫でる。その温かさに、万桜(マオ)の凍えていた体が、少しずつ解けていくのを感じた。彼の顔には、呆れと安堵が入り混じったような、複雑な表情が浮かんでいた。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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