黒き魔王と天空塔
前書き
2018年9月、甲斐の国大学の休憩室にて、舞桜は、株式会社セイタンシステムズの社員食堂運営を、カフェ店長の田中さんに委託する。その契約は、ただの食材調達ではなく、経費という名の「税金の投資」を通じて地域経済を活性化させる、舞桜の緻密な計算が光るものだった。
その完璧なロジックに感嘆する田中さんをよそに、舞桜は、万桜に東京出張を命じる。能天気な万桜は、出張を頑なに拒否するが、舞桜の周到な準備と完璧なロジックの前にはなすすべがない。舞桜は、万桜たちが中学時代に作った、通称「蒟蒻繊維土ブロック」の免震性が、東京本郷大学から注目されていることを告げる。
万桜の「泥んこ遊び」が、日本の建築業界の常識を覆すほどの可能性を秘めていると知った舞桜は、その無自覚な天才性に頭を抱える。そして、出張当日、万桜と勇希は、舞桜と莉那、そして妹の桜がサプライズで同行していることに気づき、勇希は、万桜との二人旅が叶わなかったことに落胆する。
東京本郷大学の西岡ゼミにて、万桜は、自らの発明品である「蒟蒻繊維土ブロック」の免震性と、誰でも簡単に建築ができる「クラフトゲーム工法」について発表する。彼のプレゼンテーションは、専門用語を使わず、その本質を的確に捉え、ゼミの学生や教授たちの知的好奇心を強く刺激した。万桜の天才的な発想と、その無自覚なカリスマ性は、学術界をも巻き込む、新たな「魔王案件」の始まりを予感させる。
高い所は苦手です。
2018年9月シルバーウィーク直前の新築休憩室にて。
「じゃあ、田中さん。株式会社セイタンシステムズ社員食堂の食材の仕入れをお願いします。こちらが契約書になります」
舞桜は、新築の農業ヘルパー用休憩室で、カフェの店長の田中さんと、社員食堂の運営について契約を交わしていた。
「え? こんなに?」
提示された金額に、田中さんは驚きを隠せない。
けっこうな金額なだった。
舞桜は、田中さんの驚愕を意に介さず、涼やかな声で言い放つ。
「経費です。国庫に死蔵させるくらいなら、食べて消費した方がいいわ」
舞桜の言葉の裏には、税金という大きなテーマが隠されていた。
企業の利益には法人税が課される。しかし、社員の福利厚生費として計上すれば、それは経費として認められる。
つまり、この契約は、ただ社員に食事を提供するだけではない。社員の健康維持という目的を掲げ、田中さんのカフェから大量の食材を仕入れることで、消費活動を促し、地域経済を活性化させるという、壮大な仕組みだった。
「…と、いうわけで、これは投資です。社員の健康という、未来への投資。そして、それは巡り巡って、税金という形で国に還元される」
舞桜が不敵な笑みを湛えて説明する。
その完璧なロジックに、田中さんは言葉を失う。
舞桜の視線の先には、経費、福利厚生、そして税金という複雑な歯車が、淀みなく回る未来が見えていた。
「月の後半は、外部の5人は自分たちの学校に戻るから、そこは仕入れを減らすか、保存が効くものにしてください」
細部まで計算し尽くされたかのような、完璧主義な舞桜は、田中さんに契約の補足事項を告げた。ストレートのボブヘアが、肩で揺れる。
そこに、アロハシャツにジーンズ姿の番長こと祭谷結が、強面の顔をわずかに緩めて口を挟んだ。
「いや、変えないでいい。たぶん、減った分、別からくる」
眼光は鋭いまま、彼の口調は乱暴ながらも、その中には経験からくる確信が滲み出ている。
「…あぁ~、そうね」
舞桜は、合点がいったように頷いた。
彼女の脳裏には、泰造の温厚な顔立ちと、北野学長の少年のような茶目っ気を併せ持った顔が浮かんでいた。
彼らは、なにかにつけてこの場所を訪れ、若者たちの活動を嬉しそうに見守っている。
そして、その際には必ず、食材を消費していく。
舞桜は、少しだけ顔をしかめたが、すぐに思考を切り替えた。
「可能な限り消費しますから、たっぷり仕込んで田中さん」
舞桜が再び不敵な笑みを湛える。
田中さんは、彼女の言葉の裏に隠された、もう一つの「経費」の存在を悟り、ただただ圧倒されていた。
使い慣れた休憩室に戻ると、万桜と勇希が、なにやら揉めていた。
「いや、行かねえよ。東京なんか。桜とじいちゃんの飯作らねえとならねえし、出荷もあるし」
能天気な笑顔を浮かべる万桜の言葉には、強い拒絶の意志がにじみ出ていた。彼の切れ長の瞳は、出荷を控えた果樹園の方を向いている。
対して、勇希はポニーテールを揺らしながら食い下がった。
「い、1日くらい、いいじゃないか?」
彼女は柔道で鍛えられたしなやかな体つきで、万桜に詰め寄る。
「いや、リモートで学べるわ。農繁期の為のシステムだわ」
万桜は頑なだ。
そこに、涼やかな吐息が一つ。
舞桜は、まるで全てを予見していたかのように、静かに口を開いた。上質な白いシャツを纏った彼女の佇まいは、非の打ち所がない。
「黒木。必要な手続きがある。出張を命じます。サブリナ。善きに計らえ」
社長命令が発動された。
莉那は快活に応じて、
「御意! 万桜ぉ、お土産ヨロ」
と言い、つば広帽子に手を当てて敬礼をする。
「勇希に斧乃木くんたちも。交通費はうちに申請しなさい。経費に計上します」
舞桜の言葉に、万桜は眉をひそめた。斧乃木拓矢たち、防衛大学校の学生をどう扱うのか、という疑問が湧いたのだろう。
その万桜の視線を受け、舞桜は淡々と言葉を続けた。
「皆さんの今回の出張は、セイタンシステムズの事業に関連する『研修』を兼ねています。同時に、彼らには専門知識を活かした『アルバイト』として、報酬を支払う予定です」
彼女の口から出る言葉は、一切の淀みがなかった。
事前に交わされた「研修兼アルバイト」という契約が、防衛大学校チームの交通費や食事代を、法的な問題なく経費として計上できる根拠となっている。
舞桜の知性は、単に経理の数字を操作するだけでなく、人間関係や社会のルールまでも完全に掌握していることを示していた。
「手続きって、なんなんだよボッチ?」
万桜は、諦めたように尋ねた。舞桜は、ため息をつき、先日建設されたプレハブ(実際には家だが)の建設工程を記録した動画を、自身のタブレットで再生した。
そこには、万桜たちの「泥んこ遊び」にも似た、楽しげな作業風景が映し出されている。
「あらやだ、俺じゃない? てか、これがなんなんだよ?」
動画に映る自分自身を指差し、万桜は純粋な困惑の表情を浮かべた。彼には、この動画が持つ意味が全くわからない。舞桜は、その鈍感さに、もはや怒りを通り越して虚脱感を覚えた。
彼女は、額に手を当て、深い吐息を漏らす。
「いい、黒木? これは家よ。プレハブじゃない! そして、井戸は建てない! あと、一番おかしいのはこれよ、これ!」
舞桜は、そう言って、サンプルとして箱に詰めた、蒟蒻繊維土ブロックをテーブルに乗せ、悲鳴のように吠えた。その声は、彼女の普段の冷静沈着な姿からは想像もつかないほど、切迫したものだった。
「これ、免震建築に革命が起きるじゃない! 北野学長から、東京本郷大学とただちに情報共有しなさいって言われてるのよ!」
その言葉は、万桜の天才的な発想が、いよいよ学術界や社会全体を揺るがす、本格的な「魔王案件」へと発展したことを示唆していた。彼の無邪気な「泥んこ遊び」が、日本の建築業界の常識を根底から覆す可能性を秘めていると、舞桜はすでに確信している。
「へぇ~、そうなんだ~」
万桜は、まるで他人のことであるかのように、能天気な笑顔で頷いた。その反応に、舞桜は再び、頭痛を覚え、額を押さえる。
「まあ、なんとなく、地震の揺れを吸収するんじゃねえかって、思ってたけどよ」
万桜は、自身の思いつきに効果があったことに、満面の笑みを浮かべていた。彼の無邪気な笑顔が、舞桜の目には無性に小憎らしく映る。彼女は、万桜の天才的な発想と、その無自覚さに、怒りにも似た感情を覚えていた。
「あ、あにすんだよ?」
不意に、万桜の頬を両手で掴んだ舞桜は、まるで子供に遊ぶように、左右に引っ張った。
その感触は、柔らかく、温かい。万桜は、驚きながらも、その行為を拒むこともなく、ただ彼女の行動を見つめていた。
「勇希。あなたの東京の住所は?」
舞桜は、万桜の頬を引っ張ったまま、平静を装いながら尋ねた。彼女の頬は、微かに赤く染まっている。その問いかけに、勇希は、舞桜と万桜の奇妙なやりとりに目を奪われながらも、素直に答えた。
「スカイツリーのそばだな」
勇希の言葉に、万桜は目を丸くした。
「マジで? スカイツリー? そう言えば、行ったことねえや。勇希、泊めて!」
万桜が、無邪気な笑顔で食いつく。その言葉に、勇希は顔を真っ赤にして、取り乱した。
「ば、ば、バカモノっ! と、泊まる!?」
彼女は、危うく「いいよ」と了承しかけるが、舞桜の鋭い視線に気付き、なんとか正気を保った。
「落ち着きなさい、バカ共。出張なんだから、ホテルはおさえます。あの辺、ビジネスホテルあったかしら?」
舞桜は、万桜の頬から手を離し、冷静を装いながら、タブレットを操作し始めた。彼女は、万桜の突飛な発言に振り回されまいと、必死に自分を保っていた。
「そうだ、スカイツリーだ! スカイツリーに行こうぜ、勇希!」
万桜は、舞桜の冷静な対応も意に介さず、勇希に満面の笑顔で話しかけた。勇希は、万桜の屈託のない笑顔と、彼の不器用な優しさに、胸を締め付けられるような切なさを感じていた。
「…うん」
勇希は、小さく頷くことしかできなかった。
舞桜は、そんな二人の様子を、複雑な表情で見つめていた。彼女の完璧なロジックは、万桜という「特異点」の前では、いつも無力だった。
「おい勇希、桜に口滑らすんじゃねえぞ? あいつ学校休んで、ついてきちまうからな」
万桜は、真剣な眼差しで勇希に釘を刺した。彼の脳裏には、過去に一度、桜が学校をサボってまでついてこようとした、懐かしくも恐ろしい記憶が蘇っていた。
「もちろんだ万桜! うん、ズル休みは、よくないよな? うん」
勇希は、万桜に頼りにされたことが嬉しくてたまらない様子で、お口にチャックをするジェスチャーを見せた。彼女の頬は、先ほどからずっと桜色に染まったままだ。
その時、舞桜が、何かを思いついたかのように、ふいに立ち上がった。彼女の顔には、いつもの冷静沈着な表情とは違う、わずかな微笑みが浮かんでいる。
「黒木、ホテルが決まったら、連絡する~」
舞桜は、そう言い残して、休憩室を出ていった。
彼女の言葉は、まるで万桜の心を読み取ったかのような、絶妙なタイミングだった。
「ん? なんだよ。なんだか機嫌よさそうじゃねえか?」
万桜は、舞桜の態度に首を傾げた。彼の鈍感さでは、彼女の真意を理解することはできない。
★ ◆ ★ ◆ ★ ◆ ★
「おまえ、学校どうしたんだよ?」
万桜は、不機嫌そうに桜に尋ねた。彼の視線の先には、中央本線のホームに立つ、見慣れた顔ぶれがいる。舞桜がいるのはわかる。彼女は株式会社セイタンシステムズの社長なのだから、出張は当然だ。だが、なんで9月の平日に、莉那と、妹の桜がいるのだろう? 小学校は休みじゃないはずだ。万桜の問いかけは、その素朴で、そしてもっともな疑問から発せられていた。
「いいじゃん? もうすぐシルバーウィークだし」
莉那は、万桜の不機嫌を意に介さず、軽い感じで桜を擁護した。彼女の言葉は、まるで万桜の心配をからかうかのようだ。
「舞桜お姉さんが、福利厚生で連れてってくれるってー」
桜は、万桜から視線をそらし、莉那の影に隠れて、赤ん目を剥いた。彼女の表情には、兄への後ろめたさと、小気味よい反抗心が入り混じっている。
「兄ちゃんは、大学の授業の一環で行くの! あ~、もういいけどよ」
万桜は、不機嫌なまま妥協した。彼は、桜の狡猾さと、それを助長する莉那の悪意に、なすすべがなかった。
彼の周りでは、いつも万桜の「魔王」としての才能が、周囲の人々を巻き込み、予測不能な出来事を引き起こしていた。
めかし込んできた勇希は、並居る面子に絶句した。
彼女は、この「出張」が、万桜との初めての二人旅になると、密かに心を躍らせていた。
だからこそ、朝早くから起きて、クローゼットの中をひっくり返し、女性らしいラインを強調できる、とっておきのワンピースを選んだのだ。
ほんの少しだけメイクを施し、髪も丁寧に巻いて、いつもより高いヒールのサンダルを履いてきた。
しかし、彼女の目の前に広がっていたのは、舞桜と莉那、そして妹の桜という、見慣れた顔ぶれだった。
特に、莉那の挑発的な視線が、彼女の胸に深く突き刺さる。
「わかってた。うん。わかってた…」
勇希は、肩を落とし、まるで小さな子供のようにシュンとした。その姿は、まるで尻尾を垂らした子犬のようだ。
「出張って言ったよね?」
舞桜は、勇希の落ち込みを無視し、冷たな声音でチクリと刺した。彼女の視線は、勇希の華やかな服装に、一瞬だけ止まったが、すぐに元に戻った。
「3年待つんでしょ?」
そこに、莉那も釘を打つ。深々と。今日の勇希の服装は、露出が多い。莉那の言葉は、勇希が万桜に抱く、秘めたる感情を正確に射抜いていた。
「なぁ~に、ピキッてんだよ、おまえら?」
万桜は、そんな三人の張り詰めた空気を察することもできず、溜息をついた。彼の無自覚な一言が、さらに三人の心を掻き乱す。
その時、ホームに滑り込んできたのは、武田菱の赤が美しい、特急電車だった。万桜は、その電車を指さし、三人に乗車を促した。
「ほら、さっさと乗るぞ。時間がないだろ」
万桜の言葉に、三人は顔を見合わせ、それぞれの想いを胸に、無言で電車へと向かった。
この旅が、彼らにとって、どんな「魔王案件」の始まりとなるのか。その答えは、まだ誰も知らない。
◆ ★ ◆ ★ ◆ ★ ◆
「なんか、変わった人しかいねえな?」
万桜が指差した先には、黒いマントを羽織り、真夏にも関わらず、分厚い本を読みながら歩いている学生がいる。
さらに別の学生は、何やら複雑な数式を呟きながら、空中を指でなぞっていた。
また別の学生は、木に登って、鳥の鳴き声を真似ている。
万桜の目には、東京本郷大学の学生たちが、まるで魔術師か何かのように見えていた。
「ここ、魔術学校かよ?」
万桜の言葉に、舞桜は、いつもの頭痛を覚えて、額を押さえる。
「ここは日本を、いや、世界を動かす人間を育てる場所よ。変人ばかりに見えるかもしれないけど、彼らの才能は本物なの」
舞桜は、そう説明するが、万桜は納得していない様子だ。
★ ◆ ★ ◆ ★ ◆ ★
西岡ゼミに揃った面々に、万桜は、礼儀正しく一礼した。
彼の顔には、いつもの能天気な笑顔ではなく、真剣な学徒としての表情が浮かんでいる。
「皆様、本日はお忙しい中、お時間をいただき、誠にありがとうございます。私、黒木万桜と申します。本日は、私たちが開発いたしました『蒟蒻繊維土ブロック』の免震性について、ご説明させていただきます」
万桜は、壇上に設置された大型モニターに、先日撮影したばかりの動画を映し出した。そこには、小さな揺れから、阪神・淡路大震災を模した巨大な揺れまで、様々な振動を与えられた蒟蒻繊維土ブロックの模型が、しなやかに揺れを吸収する様子が映し出されている。
模型は、揺れに逆らうことなく、まるで水に浮かぶ小舟のように、優雅に、そして確実に振動をいなしていく。その映像は、ゼミの学生たちだけでなく、西岡教授の目をも釘付けにした。
「ご覧の通り、このブロックは、地震の揺れを直接受け止めるのではなく、そのエネルギーを吸収・分散させることで、建物へのダメージを最小限に抑えることが可能です。従来の硬質な建材とは異なり、このブロックは、蒟蒻繊維の持つ柔軟性により、地震のエネルギーを効果的に『いなす』ことができます」
万桜の言葉は、専門用語を多用することなく、しかしその本質を的確に捉えていた。ゼミの学生たちは、そのシンプルな説明と、目の前の圧倒的な映像に、息をのむ。
「この技術は、特に地震の多い日本において、耐震建築に革命をもたらすものと確信しております。また、製造過程においても、土と蒟蒻繊維という身近な素材を使用するため、環境負荷も低く、持続可能な建築材料としても、大きな可能性を秘めていると自負しております」
万桜は、自信に満ちた声で語った。彼の言葉は、ゼミの空気を一変させ、学生たちの間に、ざわめきが広がっていく。
「次に、このブロックの製造と建築における、もう一つの画期的な点についてご説明させていただきます。私たちは、この技術を『クラフトゲーム工法』と呼んでおります」
万桜は、モニターの映像を切り替え、土塊生成器が土をキューブ状に掬い取り、それを積み上げていく様子を映し出した。その映像は、まるで人気ゲームのワンシーンのようだ。
「この工法は、まるでゲームのように、誰でも簡単にブロックを製造し、組み立てることが可能です。従来の建築現場では、熟練の職人の技術が必要とされ、人員不足が深刻な問題となっておりました。しかし、この『クラフトゲーム工法』を用いれば、経験の浅い者でも、マニュアルに従うだけで、高品質なブロックを製造し、建物を組み立てることができます」
万桜の言葉に、ゼミの学生たちは、驚きと興奮が入り混じった表情で互いを見合わせた。彼らの脳裏には、建設現場の未来が、鮮やかに描かれているかのようだ。
「これにより、建設現場の人員不足を解消し、より多くの人々が、安全で丈夫な住まいを手に入れることが可能となります。また、現地でブロックを製造できるため、運搬コストやCO2排出量も大幅に削減でき、環境にも優しい工法であると確信しております」
万桜は、さらに畳みかけた。彼の言葉は、単なる技術的な説明に留まらず、社会的な課題解決への強い意志が込められていた。ゼミの空気は、万桜の熱意によって、ますます高まっていく。
「そして、この『クラフトゲーム工法』を支えるのが、私たちが開発した『自動蒟蒻繊維土ブロック製造機』です」
万桜は、モニターに、電磁石を搭載したスコップのような機械が、自動で土を掬い取り、蒟蒻繊維を混ぜてブロックを形成していく様子を映し出した。その映像は、まるで未来の工場を見ているかのようだ。
「この製造機は、電磁石の精密な圧力制御により、均一な品質のブロックを自動で製造することが可能です。人間は、機械を『支えるだけ』でよく、重労働は一切ありません。これにより、製造効率を飛躍的に向上させ、大量のブロックを安定して供給することが可能となります」
万桜の言葉は、ゼミの学生たちを完全に魅了した。彼らは、万桜が提示する未来のビジョンに、ただただ圧倒されるばかりだった。
「この製造機は、クラウド上のAIと連携しており、土の質や水分量に応じて、蒟蒻繊維の配合量やプレス圧を自動で調整します。これにより、常に最適な品質のブロックを製造できるだけでなく、熟練の職人でなくとも、誰でも簡単に操作することが可能です」
万桜は、その圧倒的なカリスマ性でゼミを呑み込んだ。彼の言葉は、単なる技術的な説明を超え、未来の社会を創造する、壮大なビジョンを提示していた。西岡教授は、腕を組み、静かに万桜の言葉に耳を傾けていたが、その表情には、万桜の才能に対する深い感銘と、どこか満足げな笑みが浮かんでいた。
舞桜と勇希は、万桜の「魔王」としての才能が、最高学府の教授や学生たちをも魅了する様子を、誇らしげに見つめていた。この出会いが、彼らの「魔王案件」を、さらに大きな舞台へと押し上げていくことを、二人は確信していた。
万桜が戻ってくると、勇希が、やや不満げな表情で彼に詰め寄った。
「おい万桜、その場で建材生成は、盛り過ぎじゃないのか? 軽い建材を組み合わせていくのが、クラフトゲーム工法だろう?」
勇希は、至極真っ当な指摘をした。彼女の知る「クラフトゲーム工法」は、あくまで軽量な建材を組み合わせていく、効率的な建築方法だったはずだ。その場で土を固めて建材を生成するという発想は、彼女の理解を超えていた。
「いいんだよ。あれで」
万桜は、不敵に微笑み、会場を指し示した。彼の瞳には、深い満足感が宿っている。
そこでは、先ほどまで「クイズ王」と呼ばれ、知識をひけらかし合っていた学生も学者も、もはやその姿はなかった。彼らは、夢中になって議論をぶつけ、知恵を研鑽する、真の求道者へと変貌していたのだ。
ゼミ室の空気は、知的な熱気に満ち溢れ、活発な議論の声が響き渡っている。
「クイズ王から、求道者に変わったぜ。きっかけが欲しいんだよ。みんなさ」
万桜は、その光景を、まるで当然のことであるかのように見つめていた。
この景色を、万桜と勇希は見慣れていた。
雪祭り、水嚢の川、建てる井戸。全部がそうだ。
それは万桜だけの知恵ではない。彼の突飛なアイデアは、常に周囲の人々の知的好奇心を刺激し、彼らの隠れた才能を引き出してきたのだ。
万桜は、ただの「魔王」ではない。彼は、人々の中に眠る可能性を呼び覚ます、「触媒」なのだ。
「ボッチ。これで学長からの課題は、終了だろ? 俺、疲れた。タクシーで天空塔がいいっ!」
万桜は、先ほどまで壇上で見せていた知的な顔つきから一変、まるで駄々をこねる子供のように、舞桜に甘えた。彼の能天気な笑顔には、もうこれ以上、頭を使いたくないという本音が滲み出ている。
「はいはい」
舞桜は、呆れたようにため息をつきながらも、スマートフォンの画面を操作し、タクシーを呼んだ。彼女の顔には、万桜の予測不能な行動に慣れきった、どこか達観したような表情が浮かんでいる。
「てか、黒木って普通に喋れるのね。ちょっと新鮮」
舞桜は、からかうように万桜に言った。彼女の言葉には、万桜が公の場で丁寧な言葉遣いをしていたことへの、わずかな驚きと、彼の素顔を垣間見たことへの喜びが入り混じっていた。
「おい勇希、デートしようぜ。ボッチは置いてこうぜ」
万桜は、舞桜の言葉を意に介さず、勇希の手を掴み、歩き出した。彼の瞳には、東京の街並みへの純粋な好奇心と、勇希との二人きりの時間を楽しみたいという、無邪気な期待が輝いている。
「う、ウソです。ごめんなさい!」
舞桜は、万桜の突然の行動に、慌てて手のひらを大回転させて、二人の後を追った。彼女の顔は、焦りと、そして万桜の無邪気な誘いに、ほんの少しだけ胸をときめかせたことへの照れ隠しで、赤く染まっている。
東京の街に、万桜たち3人の賑やかな声が響き渡った。
『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!
いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!
物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。
実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?
地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!
もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!
皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!
引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!




