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黒き魔王の常識

前書き

 甲斐の国大学のカフェの店長である田中の申し出により、万桜たちは農業ヘルパー用の休憩室を追い出されそうになる。このプレハブ小屋での「魔王案件」の議論が、すでにカフェの営業に支障をきたすレベルに達していたからだ。

 しかし、万桜たちは追い出されるどころか、「井戸を建てる」という突拍子もない発想で、自分たち専用のプレハブ小屋を建設することを決める。万桜が開発した「土塊生成器」や「クラフトゲーム工法」といった革新的な技術を駆使し、男たちはわずか3日間で、漆喰の壁と漆塗りの柱を持つ、まるでカフェのような立派な建物を完成させてしまう。

 さらに、この新築のプレハブには、排泄物とおがくずをコンポスト化し、蒸発した水分を再利用する「エコ下水」システムが導入されていた。しかし、この画期的なシステムの説明を終えた万桜は、何事もなかったかのように元いたカフェに戻り、昼食時には仲間たちと新築のプレハブを占拠し、冷蔵庫の食材を平らげようとする。

 これは、万桜の天才的な発想が、周囲の常識を次々と塗り替え、新たな騒動を巻き起こす物語である。


マイクラって楽しいよね。

 2018年9月中旬、甲斐の国大学、農業ヘルパー休憩室。

「えぇ、田中さん? 冷たくない?」

 万桜(マオ)は、突然の大学併設のカフェの店長、田中(タナカ)の申し出に異議を唱えた。彼の顔には、純粋な困惑が浮かんでいる。なぜ、こんなにも居心地の良い場所から追い出されなければならないのか、理解できないのだ。

 しかし、田中(タナカ)は、にこやかな笑顔の裏に、一切の妥協を許さない鋼の意志を宿していた。彼の背後には、北野爽大(キタノソウダイ)学長の姿が、まるで幻影のように見え隠れする。

「休憩室なのに休憩できないことの方が問題だ。爽大(ソウダイ)さんの提案は正しい」

 勇希(ユウキ)は、学長である北野(キタノ)爽大(ソウダイ)と店長田中(タナカ)の申し出に、迷いなく賛同した。彼女の顔には、万桜たちの「魔王案件」に巻き込まれ、疲弊しきった「常識人」の苦悩が滲み出ている。ここ、農業ヘルパー用の休憩室を、ほぼほぼ占拠してから二月。機密事項を含む話をする度に、田中(タナカ)さんは、それとなく離席してくれていた。空気が読めるのも程がある。もはや、彼らの会話内容が、カフェの営業に支障をきたすレベルに達していることは明白だった。

「そうよ、黒木(クロキ)! あなたたちの話は、もはやプレハブ小屋でできるレベルじゃないの! 国家機密レベルの議論を、こんな場所で繰り広げるなんて、どうかしてるわ!」

 舞桜(マオ)が、鋭い視線で万桜(マオ)を睨みつけた。彼女の言葉には、日頃の鬱憤と、自分たちが置かれている状況への危機感が込められている。

「それに、この休憩室は、本来、農業ヘルパーさんたちが休憩するための場所よ。わたしたちが占拠しているせいで、彼らがゆっくり休めないじゃない」

 琴葉(コトハ)も、腕を組み、冷静な声で続けた。彼女の言葉は、正論であり、誰も反論できない。

「じゃあ、井戸建てるかー? 佐伯(サエキ)くんと(フジ)っちもいるし、ヤローが5人もいれば3日ってとこだろ?」

 万桜(マオ)は、拓矢(タクヤ)に視線で尋ねる。その瞳には、すでに新たなプロジェクトへの期待が宿っていた。

「そうだなー。そんくらいだろうなー」

 拓矢(タクヤ)は慣れたものだと頷いた。彼の顔には、万桜の突飛な発想に付き合うことへの、どこか達観したような諦めが滲んでいる。一方で、

「今、井戸を建てるって言った?」

「奇遇だな茅野(チノ)くん。あたしもそう聞こえた…」

 舞桜(マオ)琴葉(コトハ)は、顔を見合わせ、キョトンと呟いた。彼女たちの脳内では、「井戸は掘るもの」という常識が、激しく警鐘を鳴らしているかのようだ。

「「えぇ、井戸って建てるものでしょ?」」

 勇希(ユウキ)莉那(リナ)は、驚いたように聞き返す。彼女たちにとっては、万桜の言葉こそが「常識」なのだ。その純粋な疑問の眼差しに、舞桜と琴葉は、再び顔を見合わせた。

「あれ、おかしい…おかしなこと言ってる…」

「奇遇だな…あたしもそう思うぞ茅野(チノ)くん」

 琴葉(コトハ)舞桜(マオ)は、再びキョトンとして、互いを見つめ合った。自分たちの常識が、目の前で崩れ去っていくような感覚に、戸惑いを隠せない。

 その時、休憩室の扉が勢いよく開き、琴葉(コトハ)の同期生である佐伯(サエキ)が、血相を変えて飛び込んできた。彼の顔は青ざめ、その瞳には、尋常ではない恐怖が宿っている。

「く、倉田ッ! あ、あいつらおかしいッ! 井戸を建てるだと!? 掘るものだろうがッ!?」

 佐伯(サエキ)の声は、休憩室に響き渡る。彼の背後には、同じく顔を青ざめさせた藤枝(フジエダ)の姿があった。彼ら防衛大学校の学生にとって、「井戸を建てる」という発想は、訓練された軍人の常識を遥かに超えた、理解不能なものだったのだ。休憩室の空気は、万桜の発想と、それに振り回される周囲の人間たちの混乱によって、一層混沌を増していくのだった。

 佐伯(サエキ)の悲鳴に、琴葉(コトハ)が窓の外に目を向けると、そこには信じられない光景が広がっていた。万桜(マオ)拓矢(タクヤ)たちの周りに、直径40センチほどの土色をした立方体が、まるで巨大な積み木のようにいくつも転がっている。その土ブロックは、どこか人工的な均一さを持っており、ただの土の塊とは明らかに異質だった。

「そ、それに、あの風洞はなんだ!? そ、そんな報告は受けてないぞ倉田(クラタ)!?」

 佐伯(サエキ)は、悲鳴に近い詰問を続ける。彼の視線が、ポールの先に設置された奇妙な構造物へと向けられた。それは、高さが箪笥ほどもある小型の風洞で、その集風口からはいくつもの黒いコードが延び、それが万桜(マオ)たちが持つスコップのような機材に接続されている。舞桜(マオ)もまた、窓の外に目を向け、その光景に眉をひそめた。そして、隣で何事もないかのように「ハンディクーラー」を使用していた勇希(ユウキ)に、ジト目を貼り付け、説明を求めた。

「うん? 風力発電機だろ? あのサイズなら、どこでも使えるじゃないか?」

 勇希(ユウキ)は、なにをあたりまえのことを、と言った風に答える。その声には、一切の悪気も戸惑いもない。彼女にとっては、万桜の発明は、すでに生活の一部なのだ。

「それに、あの土ブロックは、蒟蒻(コンニャク)繊維で固めてるんだよ舞桜(マオ)。あとで運びやすいじゃんか」

 莉那(リナ)が、まるで秘密を共有するかのように、舞桜に耳打ちした。彼女の言葉は、舞桜の混乱に拍車をかけた。

 舞桜(マオ)は、頭を抱えながら、窓の外の光景を改めて見つめた。万桜(マオ)の突飛な発想が、また新たな「形」となって目の前に現れている。

「ちょっと待って…あの土の塊は…まさか、『土塊生成器』?」

 舞桜(マオ)の呟きに、莉那(リナ)が元気よく頷いた。

「そうそう! 万桜(マオ)が作った『土塊生成器』だよ! 地面を掘った土を、あのスコップみたいな機械でキューブ状に掬い取って、水と蒟蒻(コンニャク)パウダーとか寒天パウダーを混ぜて固めてるんだ。で、そのまま置いとけば、勝手にクラフトゲームの土ブロックみたいにカチカチになるの!」

 莉那(リナ)は、まるで自分の手柄のように得意げに説明した。

「あれは、あくまで運搬を楽にするための『仮固化』が目的なんだ。土って、そのままじゃ運びにくいだろ? でもブロックにすれば、積み重ねて効率よく運べるし、必要な時に必要な場所に持っていけるんだよ!」

 舞桜(マオ)は、その言葉に、はっと息をのんだ。土を建材として現地で生成し、運搬を効率化する――その発想は、従来の建設の常識を根底から覆すものだった。

「じゃあ、あのポールに付いている箪笥みたいなのは…?」

 琴葉(コトハ)が、冷静な声で尋ねた。彼女の視線は、ポールの先に設置された小型の風洞型構造物に釘付けになっている。

「あれは、万桜(マオ)が作った『小型風洞型風力発電機』だ」

 今度は勇希(ユウキ)が、胸を張って答えた。

「ジェットエンジンの逆バージョンだな、ファンネルで風を集めて、風洞の中で風速を加速させる。その加速した風で、中に何枚もプロペラが回って発電している。風は風洞の中だから逃げられないし、次から次へと圧縮されて投入されるから、効率が衰えることもない」

 佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)は、その説明に、もはや言葉を失っていた。彼らの知る風力発電とは、あまりにもかけ離れた、未来の技術が目の前で語られているのだ。

佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)黒木(クロキ)くんが呼んでるぞ」

 琴葉(コトハ)が現実に諦観したように呟き、莉那(リナ)の肩をガシリと掴む。逃げようとしていたからだ。

「や、やだな~琴葉(コトハ)ちゃん、逃げないよぉ~」

「そうか~、福元莉那(サブリナ)は、いい()だなぁ~。書類仕事、頑張ろうな~」

 琴葉(コトハ)は、笑顔の裏に冷たい威嚇を滲ませた。その言葉に、莉那(リナ)は観念したように肩を落とす。

勇希(ユウキ)黒木(クロキ)は他になにを隠してる? あなたが知る信源郷町(シンゲンキョウマチ)の常識を教えてちょうだい」

 鬼気迫る形相で舞桜(マオ)勇希(ユウキ)に迫った。彼女の視線は、まるで尋問官のようだ。勇希(ユウキ)たちがプレハブと呼んでいる、この休憩室でさえ、舞桜の知るプレハブからは乖離している。壁は漆喰、柱は立派な漆塗りの木材だ。まるで、古民家を改装したカフェのような趣がある。

 勇希(ユウキ)は、舞桜の剣幕に怯えながらも、観念したように語り始めた。彼女の言葉は、信源郷町(シンゲンキョウマチ)で「常識」となっている、万桜の新たな「魔王案件」の全貌を明らかにするものだった。

「この休憩室の壁に使われている漆喰は、万桜(マオ)が考案した『インテリジェンス工具』によって作られたものだ。漆喰を壁に雑に塗った後、その上から和紙を挟み、さらに板を当てて、電磁石で均一にプレスする。電磁石は重いものではなく、人間が『支えるだけ』でよく、その精密な圧力制御はAIが行うのだ。漆喰が乾けば和紙を水で溶かして剥がすだけで、熟練の職人でなくとも、ムラのない美しい漆喰の壁が完成する。プレハブの壁は誰でも建てられる、そういうことだ」

 勇希(ユウキ)は、胸を張り、まるで当然の事実を述べるかのように語った。

「この休憩室の柱は、漆塗りの立派な木材だが、これも万桜(マオ)の『クラフトゲーム工法』の産物だ。厚さ2センチ程度の薄い板を複数枚束ね、漆を接着剤として塗布する。それを電磁石で仮固定し、その間に竹製の釘で固定するのだ。この軽量な部品を組み合わせることで、重労働なしで柱や横向きの耐震補強用の柱を組み立てる。加工は、飛ぶ必要のない小型ロボットが行い、その制御はクラウド上のAIに丸投げされる。普通の家は大工さんが建てるものだが、プレハブは誰でも建てられる、そういうことだ」

 勇希(ユウキ)は、毅然とした口調で説明を続けた。

「休憩室の外に転がっていた、直径40センチほどの土色の立方体は、万桜(マオ)が作った『土塊生成器』によって生み出されたものだ。スコップのような機材で土をキューブ状に掬い取り、水と蒟蒻パウダーや寒天パウダーを混ぜて固める。これはあくまで運搬のための『仮固化』が目的であり、自然乾燥で『クラフトゲーム』の土ブロックのように固まるのだ」

 勇希(ユウキ)は、淡々と、しかし自信に満ちた口調で語った。

「あのポールに設置された箪笥ほどの大きさの構造物は、万桜(マオ)が開発した『小型風洞型風力発電機』だ。ファンネル状の集風口で風を『圧縮』するように集め、風洞内で風速を加速させるのだ。その加速した風で、中に何枚もプロペラ(タービン)を直列に回して発電する。風は風洞内で適切に誘導されるため、効率が衰えることがない。発電した電力で、風向きに合わせて入り口を自動で動かすことができ、その制御はクラウド上のAIが行う。どこでも使える、そういうことだ」

 勇希(ユウキ)は、まるで将軍が戦略を説明するかのように、淀みなく語った。

「あたしが顔に向けていた、ドライヤーのような見た目の装置は、この小型風力発電技術を応用した『ハンディクーラー』だ。透明なファンネルで微風を捉え、発電した電力で内部の銅管内の水を循環させ、保冷剤の冷気を吸収して冷たい風を生成するのだ。電池切れの心配がなく、外気よりも涼しい風が出るため、夏の猛暑対策として信源郷町(シンゲンキョウマチ)ではすでに『常識』となっている。これは、当然のことだ」

 勇希(ユウキ)は、当然の事実を述べるかのように、凛とした口調で締めくくった。

 舞桜(マオ)は、勇希(ユウキ)の説明を聞き終え、頭を抱えた。信源郷町(シンゲンキョウマチ)の「常識」は、彼女の知る世界の常識をはるかに超えていた。このプレハブと呼んでいた建物でさえ、万桜(マオ)の技術の結晶だったのだ。

万桜(マオ)…あなた、一体どれだけのものを隠し持っているの…?」

 舞桜(マオ)の呟きは、誰にも届くことなく、休憩室の混沌とした空気に吸い込まれていった。


◇ ★ ☆ ★ ◇


 深さ10メートル、幅20メートル、長さ30メートル程の巨大な穴は、男たちの驚異的な作業効率により、昼には掘り終わっていた。万桜(マオ)たちは、休む間もなく、木材と竹材を組み合わせた骨組みを、まるで巨大なパズルのように組み上げていく。その手際の良さは、もはや熟練の職人の域を超えていた。

番長(バンチョー)、軟水と硬水の他に、炭酸もいる?」

 骨組みを組みながら、万桜(マオ)番長(バンチョー)に尋ねる。彼の脳内では、すでに完成した井戸から、様々な水が湧き出しているかのようだ。

「炭酸はなあ~脆くなるんじゃねえか黒幕(フィクサー)?」

 番長(バンチョー)が指摘すると、確かにと万桜(マオ)が頷いた。井戸の構造材である木竹筋コンクリートや、周囲を囲む蒟蒻繊維土ブロックが、炭酸によって劣化する可能性を瞬時に理解したのだ。

 その光景を目の当たりにした佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)は、瞬く間もなく組上がる骨組みについて、考えることを完全に放棄した。彼らの常識では、こんな短期間で、これほどの規模の構造物を、しかもこれほどの労力で組み上げるなど、あり得ないことだった。

「早く、それも労力が少なく組上がるのだ。いいじゃないか…」

 彼らは、自分たちに言い聞かせるように、無理やり割り切ろうとする。しかし、万桜(マオ)の言葉が、再び彼らの思考を停止させた。

「井戸の水質を設計するってなんだ? ほら? 考えることが嫌になる…」

 佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)の顔には、もはや恐怖と混乱、そして思考の放棄が入り混じった複雑な表情が浮かんでいた。彼らにとって、万桜の「水質を設計する」という発想は、あまりにも「再構築」にもほどがある、理解不能な領域だったのだ。

万桜(マオ)ぉ~、休憩入れようぜぇ~」

 その時、穴の上から莉那(リナ)が、朗らかな声で呼びかけた。言われてみれば、男たちは昼食も忘れて、泥んこ遊びに夢中になっていた。彼らにとって、この巨大な穴を掘り、骨組みを組み上げる作業は、まるで子供の頃の秘密基地作りにも似た、純粋な喜びだったのだ。

「男は泥んこ遊びが好きなのだ」

 莉那(リナ)は、呆れたように呟きながらも、その表情にはどこか微笑みが浮かんでいた。彼女は、この男たちの純粋な情熱を理解しているかのようだった。

 まるでクラフトゲームのように積み上げた土ブロックの階段で地上に上がると、莉那(リナ)たちが、汗だくになった男たちのために、塩むすびを握ってくれていた。ほかほかのご飯から立ち上る湯気と、ほんのりとした塩の香りが、疲れた体に優しく染み渡る。

 こう言う重労働のあとは、これが一番、体に染みるのだ。5人は外付けの水道で手を丹念に洗って、頭から水を浴びた。冷たい水が火照った体を冷やし、泥だらけの体から疲れを洗い流していく。

 ヤカンには、冷えた麦茶がたっぷり入っている。佐伯(サエキ)が麦茶を含むと、その瞳が大きく見開かれた。

「炭酸?」

 彼は驚きを隠せない。この敷地の井戸の産物だ。この井戸をデザインするアイデアは、なにも万桜(マオ)の発明ではない。万桜(マオ)の祖父と父が万桜(マオ)の思い付きを形にしたのが始まりなのだ。彼らの血筋には、常識を打ち破る「魔王」の才が脈々と受け継がれている。

「飴湯風にしたんだ~。美味しくなかった?」

 莉那(リナ)が不安げな眼差しで尋ねると、佐伯(サエキ)は、照れたように答えた。

「い、いえ、美味しいッス。固定観念ってダメッスよね~。うまいッス!」

 彼の顔は、麦茶の清涼感と、新たな味覚体験への驚きで、赤く染まっていた。

 それを見ていた琴葉(コトハ)が、やんわりと釘をさす。

佐伯(サエキ)福元莉那(サブリナ)くんは、斧乃木の彼女だからな」

 佐伯(サエキ)は、その言葉に、はっと我に返った。彼の視線が、莉那(リナ)から琴葉(コトハ)へと移り、そして再び麦茶へと戻った。新たな発見と、淡い恋心は、一瞬にして砕け散ったのだった。

 ほかほかの塩むすびを食べながら、藤枝(フジエダ)万桜(マオ)に、まるで直球を投げつけるかのように尋ねた。

「なあ魔王(マオウ)さま。どっちと付き合ってんだ?」

 その言葉に、万桜(マオ)は塩むすびを頬張りながら、しょんぼりと答えた。彼の瞳は、どこか遠い空を見つめているかのようだ。

「ボッチと勇希(ユウキ)のことか? どっちにもフラレてるよ(フジ)っちぃ。農家の長男は嫁見つけにくいんだって~」

 万桜(マオ)の言葉に、それを聞いていた勇希(ユウキ)舞桜(マオ)は、残念なような、どこか安心したような、複雑な表情を浮かべて安堵の溜め息をついた。彼女たちの乙女心は、万桜の鈍感さに振り回されながらも、どこか彼の純粋さに惹かれているかのようだ。

 それを見ていた藤枝(フジエダ)は、番長(バンチョー)拓矢(タクヤ)に視線を送り、真剣な顔で要請した。

番長(バンチョー)くん。斧乃木(オノノギ)。わかっているな? それが優しさだ…」

 藤枝(フジエダ)の言葉の真意を悟った番長(バンチョー)拓矢(タクヤ)は、無言でサムズアップを返した。彼らの間には、言葉にはできない男たちの友情と、万桜(マオ)の鈍感さを守ろうとする、暗黙の了解が築かれたかのようだ。

「いい性格してるな藤枝(フジエダ)

 琴葉(コトハ)は、呆れたように呟いた。その声には、藤枝の気遣いと、どこか茶目っ気のある性格への、複雑な感情が入り混じっていた。

倉田(クラタ)先輩、リア充は黙ってないと爆ぜますよ?」

 藤枝(フジエダ)は、琴葉(コトハ)に呪詛のような言葉を流し込んだ。その瞬間、ハッ! と気づく。この場で、特定の相手がいないのは、自分と佐伯(サエキ)だけであることを。

佐伯(サエキ)先輩!」

藤枝(フジエダ)!」

 ふたりは、まるで運命共同体であるかのように、固い絆で結託した。彼らの間には、同じ境遇の者だけが理解し合える、奇妙な連帯感が生まれたかのようだ。

「え、なに、目覚めたの?」

 万桜(マオ)は、そんな二人の様子を茶化すように尋ねた。彼の瞳には、純粋な好奇心が宿っている。

「「目覚めるかッ! 僕たちは女の子が大好きです!」」

 佐伯(サエキ)藤枝(フジエダ)は、完璧な唱和(ユニゾン)で否定した。彼らの声は、休憩室に響き渡り、男たちの友情と、淡い恋心、そして万桜の鈍感さが入り混じった、奇妙なハーモニーを奏でていた。


 斯くして3日後、甲斐の国大学の敷地内に、真新しい立派なプレハブ小屋が完成した。それは、従来のプレハブとは一線を画す、漆喰の壁と漆塗りの柱を持つ、まるでカフェのような趣のある建物だった。男たちの驚異的な作業効率と、万桜(マオ)の「クラフトゲーム工法」の賜物である。

 そして、この新築のプレハブ小屋には、万桜(マオ)が考案した「エコ下水」システムが導入されていた。


 このエコ下水は、単なる汚水処理施設ではない。それは、水と資源を循環させる、未来のシステムだ。

 まず、トイレから流された排泄物とおがくずの混合物は、地中に深く掘られた、傾斜のついたパイプを滑り落ちていく。このパイプは、詰まりを防ぐために非常に急な勾配がつけられており、排泄物は少量の水で「乗せられ」、その後大量の水で「押し出される」二段階排水システムによって、スムーズに汚水槽へと運ばれる。パイプのカーブやわずかな段差を利用して、おがくずが排泄物を吸着し、自然に撹拌される仕組みも組み込まれている。

 汚水槽は、地下に埋設されているため、悪臭や虫の発生、病原体の飛散といった心配は一切ない。地上からは完全に隔離され、衛生面も徹底されている。この地下の汚水槽には、地上に設置された集熱パネル(ソーラークッカーの応用)で太陽光を熱に変換し、その熱をパイプを通して効率的に送るシステムが備わっている。これにより、汚水槽内の水分は効率的に蒸発し、排泄物とおがくずの混合物は、微生物の活動によって徐々にコンポストへと変化していく。熱が加わることで、このコンポスト化はさらに効率的に、衛生的に進むのだ。

 そして、このシステムで最も革新的なのは、蒸発した水分の再利用だ。汚水槽から蒸発した水蒸気は、上部に設置された冷却システムで効率的に凝縮・回収される。凝縮して集まった水分は、まず貯水タンクに集められ、ここで一次的な活性炭フィルターによる消臭が行われる。さらに、貯水タンクに一定量の水分が溜まると、AIが制御するポンプが作動し、水分を吸い上げる。この吸い上げの際、パイプの途中に設置された二度目の活性炭フィルターを通ることで、水はさらにクリーンに、そして完全に無臭になるのだ。

 この回収された水は、手洗いや清掃、植物の水やりといった様々な用途に再利用できる。が、万桜は迷わず下水に流す設計にして川に返した。外部からの水をほとんど必要としない、自己完結型の水循環システムが構築されることで、水資源が乏しい地域や災害時において、計り知れない価値を生み出す。まさに、汚水槽でコンポスト化を進め、そこから蒸発した水分を再利用する、自然の摂理と科学技術を融合させた「天然(人工物だが)」の究極のシステムだった。


◇ ★ ☆ ★ ◇


「じゃあ、田中さん。コンポストの説明をするよ」

 万桜(マオ)は、新築したばかりのプレハブ小屋の前に立つ田中(タナカ)店長に、その建物の使い方を説明し始めた。田中(タナカ)さんは、キョトンとした顔で万桜(マオ)を見つめている。彼の頭の中では、まだ「休憩室が移転した」という事実しか理解できていないかのようだ。

「堆肥になるからねー。森で二月も寝かせれば使えると思うよ?」

 万桜(マオ)は、そう言って説明し、新築のプレハブに「農業ヘルパー休憩室」と書かれた手書きの看板を、躊躇なく取りつけた。そして、満足げに頷くと、元いたカフェ併設の休憩室へと、何事もなかったかのように戻って行った。

 そして、昼時になると、9人の若者たちが、新築されたばかりの「農業ヘルパー休憩室」を、まるで当然の権利であるかのように占拠した。彼らの目的は、冷蔵庫の食材だ。つまり、田中(タナカ)さん、もといカフェの食材だ。先日、彼らが平らげた秋刀魚も、カフェの食材だったのだ。

「誰かー、学長呼んできてー!」

 めし時になると、新築のプレハブ小屋で、田中(タナカ)さんの悲鳴が木霊した。その声は、信源郷町(シンゲンキョウマチ)の空に、高らかに響き渡るのだった。

『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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