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黒き魔王と蕎麦モダン

前書き

 舞台は、甲斐の国大学。万桜と農業ヘルパーとして働く莉那の元に、舞桜が血相を変えて飛び込んできた。茅野淳二率いる茅野建設が、大学構内で何かを企んでいるらしい。

 その胸騒ぎの正体は、万桜の発明した「エコトイレ」が、世界を救う壮大なプロジェクトへと発展していることだった。舞桜は、面倒事を他人に任せる万桜に業を煮やし、彼に責任を取らせようと茅野淳二を召喚する。しかし、そこには、舞桜と勇希の万桜を巡る静かなる闘争も絡み合っていた。

 一方、万桜は、大学の屋台でエスペラント語の存在を知り、言語学の比嘉教授からその知識を得る。彼の頭の中では、エスペラントを人工知能の中間言語として利用するという、新たな「魔王案件」のアイデアが芽生え始めていた。そのアイデアは、万桜が仲間に語った瞬間、単なる技術的なひらめきではなく、周囲を巻き込む新たな混沌の始まりとなる。

 この物語は、万桜の天才的な発想が、友人や家族、そして社会にどのような影響を及ぼしていくのかを描く。


蕎麦って焼くといい匂いするよね?

 2018年9月中旬。甲斐の国大学、農業ヘルパー休憩室。

 黒木万桜(マオ)莉那(リナ)が、収穫したばかりのブドウを仕分ける作業に没頭していると、休憩室の扉が勢いよく開いた。血相を変えて飛び込んできたのは、息を切らした舞桜(マオ)だ。その顔は青ざめ、普段の冷静さは微塵も感じられない。

「黒木ッ! サブリナッ!」

 舞桜(マオ)の悲鳴のような声に、万桜(マオ)莉那(リナ)は驚いて顔を上げた。

「どうした、舞桜(マオ)?」

 勇希(ユウキ)が、心配そうに駆け寄る。その隣で、拓矢(タクヤ)はすでに状況を察していたかのように、腕を組み、静かに呟いた。

「あぁ~、善きに計らわれたんだろう…」

 拓矢(タクヤ)の言葉は、まるで予言のように、休憩室の空気に不穏な影を落とした。


★★★★★


 その日の朝、舞桜(マオ)は、大学の敷地内で茅野(チノ)建設のロゴが入った作業服を着た男たちを目撃した。彼らは、敷地内の特定の場所を測量し、何やら図面を広げて話し込んでいる。その光景に、舞桜(マオ)の胸には嫌な予感がよぎった。まさか、兄の淳二(ジュンジ)が、この大学にまで手を伸ばしているのではないか。

 舞桜(マオ)は、急いでスマートフォンを取り出し、淳二(ジュンジ)に電話をかけた。

「兄さん! 今、甲斐の国大学にいるの?」

 電話口の淳二(ジュンジ)は、いつものように陽気な声で応じた。

「おお、我がアルテイシア舞桜(マオ)! なんでバレてんねん? そやで。お兄ちゃん、今、大学におるで~」

 舞桜(マオ)の嫌な予感は、確信へと変わった。

「なにしに来たのよ!」

 舞桜(マオ)は、思わず声を荒げた。

「いやいや、お兄ちゃん、おまえの可愛い顔見に来たんやで~? それに、大学の先生とちょっと話があってな。新しいプロジェクトの打ち合わせや」

 淳二(ジュンジ)の言葉は、どこか歯切れが悪かった。その様子に、舞桜(マオ)の胸騒ぎはさらに募る。

「プロジェクトって、まさか…」

 舞桜(マオ)は、最悪の可能性を頭の中で巡らせた。

「まあ、それは、会ってからのお楽しみやな~」

 淳二(ジュンジ)は、そう言って電話を切った。舞桜(マオ)の顔から血の気が引いた。兄の行動は、常に予測不能でありながら、その裏には必ず「魔王」万桜(マオ)の影がちらつく。


★★★★★★


 舞桜(マオ)は、震える声で言葉を絞り出した。

「あなたたち、いつの間にか、セイタンシステムズの代表、あたしにしたでしょ?」

 学内ベンチャーの代表に選出され、面倒な折衝はすべて丸投げされるのだ。勇希(ユウキ)拓矢(タクヤ)が生温かい視線を舞桜(マオ)に送り、

茅野(チノ)さん。莉那(リナ)に折衝役できると思うか?」

 拓矢(タクヤ)が現実を突きつける。続いて、

万桜(マオ)に折衝役やらせるとなぁ、不思議と話が肥大化してスケールアップするんだぞ舞桜(マオ)

 勇希(ユウキ)が経験則を提示する。

「まあ、怒んなよボッチ。ほれ贈答用マスカットやるからさ」

 万桜(マオ)はそう言って舞桜(マオ)の口にマスカットを放り込む。

「いや、ボッチひとりに押しつけちゃ悪いじゃん? でさぁ、あのトイレのアイデア、ボッチの兄ちゃんに話したらさ」

 勇希(ユウキ)たちの視線が濁る。聞かずともわかる。汚水槽をコンポストに変えたエコトイレ。汚水槽で発生するガスを自動で土に還す仕組み。そうそれは、

「それ砂漠消せるヤツやで! って食いついちゃってさあ。大袈裟だよなーボッチの兄ちゃんってさー」

 万桜(マオ)は呑気に語るが、

「な、なんで世界に波及させてんだよ…」

 拓矢(タクヤ)が天を仰ぎ、

「な、不思議だろー? なー?」

 勇希(ユウキ)は達観し、

「黒木、おまえ…少し黙れ…お願いだから…」

 舞桜(マオ)は泣く。

「法務ってのが善きに計らってくれるらしいぜ?」

 万桜(マオ)の呑気な言葉に、舞桜(マオ)はたまらずスマートフォンを取り出し、兄を召喚する。

「イイから来い! すぐ来い。今来い。音速(マッハ)で来い!」

 舞桜(マオ)の悲鳴にも似た、凄まじい剣幕に、万桜(マオ)は思わず身を引いた。

「ないわー」

 万桜(マオ)は、そんな舞桜の尋常ではない様子に、引きつった笑みを浮かべる。

「そうね。あれはないわー」

 勇希(ユウキ)は、ここぞとばかりに万桜(マオ)に「自分は常識人である」という刷り込みに余念がない。

 その時、休憩室の扉が、再び勢いよく開いた。そこに立っていたのは、赤い紳士服(スーツ)を身に纏い、息を切らした茅野(チノ)淳二(ジュンジ)だった。彼の顔には、普段の豪快な笑みはなく、妹の切羽詰まった声に、一瞬で駆けつけたことが見て取れた。

舞桜(マオ)! どうしたんや! なにがあったんや!?」

 淳二(ジュンジ)は、妹の無事を確認するように、その体を抱き締めた。その背後には、彼に付き従う数名の部下たちが、慌ただしく息を整えている。彼らもまた、社長の突拍子もない行動に慣れているとはいえ、今回は尋常ではない速度での移動だったのだろう。

「兄さん…」

 その時、舞桜(マオ)の声の気温が、氷点下よりもさらに下がり始めた。周囲の空気が、一瞬にして凍り付くかのような冷気を帯びる。

「な、なんや?」

 淳二(ジュンジ)は、妹の異様な雰囲気に、思わずたじろいだ。

「法務ってなに?」

 舞桜(マオ)の声のトーンは、一気に絶対零度に到達する。その冷徹な響きに、淳二(ジュンジ)は怯えたようにしどろもどろに言い募った。

「い、いやちゃうで? ウチのグループ会社にして囲い…」

 淳二(ジュンジ)は、万桜のアイデアを自社の傘下に収め、管理しようとする魂胆を必死に誤魔化そうとする。だが、舞桜(マオ)はバッサリと切り捨てた。

「一度依存させたら、制御できると思ってるよね?」

 舞桜(マオ)は、兄の魂胆を完璧に見抜き、その核心を言い当てた。その言葉には、一切の感情の揺らぎがなく、ただ冷徹な論理だけが存在していた。

「社長さん万桜(マオ)のトリセツ間違ってるよ?」

 拓矢(タクヤ)が、呆れたように指摘する。彼の言葉は、淳二(ジュンジ)の浅はかな目論見を嘲笑うかのようだった。

「ウチの万桜(マオ)を御せるわけがないでしょう赤いお面?」

 勇希(ユウキ)が、さらに追い打ちをかけるようにバッサリと切り捨てる。その言葉には、万桜(マオ)への強い独占欲と、彼を誰にも渡さないという決意が滲んでいた。

「誰がシャアやねん」

 淳二(ジュンジ)は、妹と周囲からの猛攻に、思わず渾身のノリツッコミを炸裂させた。

「ウチのってなによ?」

 舞桜(マオ)は、兄のツッコミには耳も傾けず、勇希の「ウチの万桜」という言葉に、冷たい視線を向けた。その瞳には、万桜を巡る新たな戦いの火花が散っていた。休憩室の空気は、兄妹の攻防と、万桜を巡る女性陣の静かなる闘争によって、一層緊迫感を増していくのだった。

 その時、万桜(マオ)は、舞桜(マオ)勇希(ユウキ)の口に、それぞれ一粒ずつマスカットを放り込んだ。二人は、突然の甘い誘惑に、一瞬だけ動きを止める。

「いいじゃない。餅は餅屋に任せちゃえば?」

 莉那(リナ)は、そんな状況を面白がるように、お気楽に言い放った。その言葉は、まるで火に油を注ぐかのようだった。

「だよなー? 処理がメンドーだったら、善きに計らえでいいじゃない?」

 万桜(マオ)は、莉那(リナ)の言葉に乗り、まるで「魔王アントワネット」のように飄々と応じた。彼の脳内では、面倒なことは他人に任せるのが最も効率的だという結論が導き出されているのだろう。

 しかし、その言葉を聞いた拓矢(タクヤ)は、ポソリと、だが重い一言を投げかけた。

「なあ万桜(マオ)。赤い社長さんに頼まれたことが断われなくなるんじゃないかな?」

 その言葉は、万桜(マオ)の「鋼鉄(ハガネ)好天思考(ポジティブ)」を、わずかに揺るがせた。

 勇希(ユウキ)もまた、マスカットを咀嚼しながら、哲学的な問いを投げかける。

「シガラミってヤツだな? 雁字搦めだな。万桜(マオ)の嫌いな…墾田永年私財法は?」

 「墾田永年私財法」――その言葉が、万桜(マオ)の脳内で警鐘のように響き渡った。それは、彼が最も嫌う「自由の束縛」を意味する。

「「フリーダムッ! 社長さん。やっぱ自分でやる。主に」」

 万桜(マオ)莉那(リナ)の声が、完璧な唱和(ユニゾン)で休憩室に響き渡った。彼らの瞳には、自由を求める強い意志と、決意が宿っていた。

 しかし、その直後、二人は舞桜(マオ)を指差し、異口異音に叫んだ。

「ボッチが!」「舞桜が!」

 彼らは自由を求めるが、その面倒事は舞桜(マオ)に押し付けようとする、なんとも彼ららしい一面が露呈した。

「なんだろう。初めて人を殴りたくなった」

 舞桜(マオ)は、二人の無責任な態度に、拳を握りしめ、全身を震わせた。その瞳には、怒りとも呆れともつかない、複雑な感情が渦巻いていた。休憩室の空気は、万桜と莉那の自由奔放さ、そして舞桜の怒りによって、さらなる混沌へと突き進むのだった。

 そんな騒動の中、淳二(ジュンジ)は、舞桜(マオ)の様子をじっと見つめていた。その表情は、先ほどの焦りとは打って変わって、どこか満足げな笑みを浮かべている。

舞桜(マオ)。ええ仲間、見つけたな?」

 淳二(ジュンジ)が、沁み沁みとそう言うと、舞桜(マオ)は顔をしかめてツッコミを入れた。

「え、どのへん? どのへん見てそう思った?」

 舞桜(マオ)の言葉に、淳二(ジュンジ)は優しく微笑んだ。

「硬い笑顔やのうなった。黒木くんたちのおかげやで、大事にしいやぁ」

 そう言って淳二(ジュンジ)は、大学との交渉に戻って行った。彼の背中には、妹の成長を見守る兄としての温かい思いが宿っていた。

 淳二(ジュンジ)が去った後、勇希(ユウキ)は深々とため息をついた。

万桜(マオ)とサブリナは戦力外だ」

 拓矢(タクヤ)もまた、その言葉に深く頷いた。

「ホントそれな…」

 彼らは、万桜(マオ)莉那(リナ)の自由奔放さに、もはや諦めの境地へと達していた。しかし、そのアイデアが持つ可能性を理解しているからこそ、彼らがその後の面倒を引き受ける覚悟を決めたのだ。

「手分けしましょうか…てか、なんで2年も放置してたのよ?」

 舞桜(マオ)もそう言って諦めると、呆れかえる。それは、万桜(マオ)たちが考案した「サブリナの魔法の無線」についての利権関係だ。未だ高校で貸し出されていて、部活動レベルのままだったのだ。

「「ただの高校生に無茶言うな」」

 当時、高校生だった勇希(ユウキ)拓矢(タクヤ)の言い分は、真っ当だ。万桜(マオ)莉那(リナ)がおかしいのである。彼らは、自分たちが生み出した「魔王案件」が、どれほどの社会的な影響力を持つかを、その当時は全く理解していなかったのだ。そして、その「魔王案件」が、今、大学という新たな舞台で、再び動き出していた。

 舞桜(マオ)は、状況を整理するように、大きく息を吐いた。

斧乃木(オノノギ)くんと倉田さんは、エコトイレの処理をお願いします。被災地や野営、あなたたちにとって心強い武器になるわ」

 舞桜(マオ)の指示は、的確で適材適所をついていた。拓矢と琴葉の真面目さと、自衛官としての経験が、エコトイレの実用化には不可欠だと判断したのだろう。

「番長とサブリナは『サブリナの魔法の無線』の製品化に尽力してもらいます。番長の的屋ネットワークで部品メーカーと連携し、サブリナは必要な性能の提示と設計をお願い。サービスの再構築は、あたしがやります」

 舞桜(マオ)の采配は、それぞれの得意分野を最大限に活かすものだった。番長の持つ裏のネットワークと、莉那の技術的なセンス、そして舞桜自身のシステム構築能力が、このプロジェクトを加速させる。

 舞桜(マオ)は、最後に勇希(ユウキ)に視線を向けた。

「勇希は水嚢の川についてお願い。黒木に手伝わせていいから…」

 そう言って、万桜(マオ)に視線を向けるが、彼の姿はすでに休憩室から消えていた。面倒事の気配を敏感に感じ取り、音もなく逃げ出したのだ。

「まあいい。いつものことだ…」

 勇希(ユウキ)は、諦めたようにため息をついた。彼女は、万桜の天才性と、それに伴う自由奔放さに、もはや慣れきっていた。しかし、その諦めの中には、万桜のアイデアを何としても形にしようとする、強い決意が宿っていた。チーム勇者の面々は、それぞれの役割を胸に、新たな「魔王案件」へと動き出す準備を始めたのだった。


★★★★★★★


 2018年9月中旬。甲斐の国大学のキャンパスは、9月に入ってから、独特の活気に包まれていた。地元の兼業農家の若衆が、学内で屋台を出し、B級グルメを販売しながら、農学や人文学の講義を聴講するようになっていたのだ。彼らの存在は、大学という閉鎖的な空間に、新たな風を吹き込んでいた。

 小腹が空いた万桜(マオ)は、自然とモダン焼きの屋台へと足を向けた。近づくにつれ、濃厚な蕎麦の香りが鼻腔をくすぐる。ここのB級グルメはすべて番長(バンチョー)監修の逸品だ。適正価格でハズレがなく、味も保証されている。万桜(マオ)は五百円玉を取り出し、ひとつ頼むと、ふと気づいた。メニューに見慣れない記号と、見慣れない言語が日本語と併記されているのだ。

「なあ、日本語と併記してあるの、何語だよ?」

 万桜(マオ)は、焼きそばを焼いていた的屋の若衆に尋ねてみた。

「あぁ、エスペラントって言うらしいぜ魔王さま。なんでも、誰でも覚えやすいように作られた言語らしい。ほら、最近、留学生とかもいるだろ? めんどくせぇから、それで説明書いといたんだ。って、書いたの俺じゃねえぜ? モンテスキュー先生が連れてきた先生、あっ、あの先生だ」

 若衆が顎で指した先には、三十代くらいの髭面の男性教授がいた。その教授は、万桜(マオ)の存在に気づいたのか、ジーっとこちらを見つめている。その視線は、一心にモダン焼きをロックオンしていた。

「おい、もう一個、蕎麦モダン追加ッ! 割り箸ももう一膳くれ」

 万桜(マオ)は代金を払って、熱々の蕎麦モダンを二つ受け取ると、躊躇なく髭面教授に歩み寄った。万桜(マオ)もエスペラントの存在は知っている。だからこそ知りたかった。

「1回生の黒木ッス。よかったら、これどうぞ! 先生、そのエスペラントってのを詳しく教えて欲しいッス! お願いしゃッス!」

 そう言って万桜(マオ)は、蕎麦モダンを髭面教授に押し付け、目を輝かせて続きを待った。彼の脳内では、すでに新たな知識への探求心が、猛烈な勢いで加速し始めていた。

「西岡教授が気に掛けてたの君か。蕎麦モダン。ありがとうよ」

 そう言って髭面教授は、万桜(マオ)の差し出した蕎麦モダンを一心不乱に平らげた。その食べっぷりは、まるで数日ぶりの食事であるかのようだった。

「エスペラントはね、黒木くん」

 教授は、口元を拭いながら、穏やかな口調で話し始めた。

「国際補助語として作られた人工言語だよ。文法が非常に規則的で、例外が少ない。だから、習得が非常に容易なんだ。例えば、単語の語尾を見れば、それが名詞なのか、形容詞なのか、動詞なのかがすぐにわかる。語彙も、既存のヨーロッパ言語から共通性の高いものが選ばれているから、直感的に理解しやすい」

 万桜(マオ)の目が、さらに輝きを増した。彼の脳内では、すでに「魔改造エスペラント」の概念が、具体的な形を帯び始めている。

「へぇ~、じゃあ、人工知能とか、機械語とか、そういうのとも相性いいんすか?」

 万桜(マオ)の問いに、教授は目を見開いた。

「ほう、君は面白いことを言うね。まさにその通りだ。規則的で論理的な構造は、コンピュータが言語を処理する上で非常に有利に働く。曖昧さが少ないから、誤解釈のリスクも減らせるだろう。自然言語のような複雑なニュアンスや文脈依存性を排除できるから、学習効率も格段に上がるはずだ」

 教授は、万桜(マオ)の鋭い洞察力に感嘆の声を漏らした。

「髭の先生ッ! よかったら、これもどうぞッ! 先生、先生のコマいつッスか? 俺、聞きたいッス!」

 万桜(マオ)は、蕎麦モダンを髭面教授に差し出し、寸暇を惜しむように尋ねる。早く仲間たちと議論して、このアイデアを形にしたいのだ。

「比嘉だよ黒木くん。人文科学、特に言語学と認知科学を専門としている比嘉だよ」

 教授は、万桜(マオ)の熱意に押されながらも、自分の名前と専門を告げた。

 万桜はそれだけ聞くと、こくこく頷き仲間たちの元に駆け出した。彼の背中には、新たな「魔王案件」の予感が漂っていた。比嘉教授は、そんな万桜の姿を呆れたように見送った。


★★★★★★★


 農業ヘルパーの休憩室に戻ると、みんなは慌ただしく動いていた。舞桜(マオ)の指示のもと、それぞれが与えられた役割をこなし、部屋の中は資料の山と、キーボードを叩く音、そして話し声で満ちている。

「なあ勇希(ユウキ)、面白いこと思いついたんだけどよ…」

 万桜(マオ)は、勇希(ユウキ)の傍らに歩み寄り、声をかけた。しかし、勇希(ユウキ)は、万桜(マオ)の声が聞こえていないかのように、モニター越しの特許用のレポートに集中している。彼女の眉間には、深い皺が刻まれており、その集中力は尋常ではない。

「なあ、拓矢(ジェイ)。人工言語と人工知能ってさ」

 同じく、拓矢(タクヤ)に声を掛けるが、万桜(マオ)の言葉はスルーされる。拓矢(タクヤ)もまた、エコトイレの図面と睨めっこしており、その表情は真剣そのものだ。

 その様子を見ていた舞桜(マオ)が、深々とため息をついた後、一言、口を開いた。

斧乃木(オノノギ)くん。勇希(ユウキ)も。万桜(マオ)がなんか思いついたみたい。聞いてあげて。人類の損失かもしれないから…」

 舞桜(マオ)はそう言って、莉那(リナ)番長(バンチョー)を連れて部屋をあとにした。彼女の言葉には、万桜のアイデアが持つ可能性への期待と、その面倒事を押し付けるという、複雑な感情が入り混じっていた。

 残された拓矢(タクヤ)勇希(ユウキ)は、顔を見合わせ、大きく吐息をひとつ漏らした。

「「言え」」

 二人の声が完璧な唱和(ユニゾン)で響き渡る。そのゲンナリとした視線には、すでに諦めと、そして万桜(マオ)の新たな「魔王案件」への覚悟が滲んでいた。その目には、殺気すら宿っているかのようだった。

「え、えっとですね…人工知能の中間言語に人工言語を仲介させたら、処理が高速化される…」

 万桜(マオ)が、おずおずと説明を始めた。その言葉を聞いた瞬間、琴葉(コトハ)の表情が引き締まった。

「佐伯、藤枝ッ!」

 琴葉(コトハ)は、迅速に指示を飛ばした。佐伯と呼ばれた防衛大学校の学生は、即座に盗聴の可能性を検査し始めた。藤枝と呼ばれた防衛大学校の学生は、何食わぬ顔をして、室外に不審な気配がないか探索する。彼らの動きは、訓練された軍人のそれだった。

「えっと、大袈裟じゃないッスかねぇ?」

 万桜(マオ)は、周囲の異様な緊迫感に気づかず、呑気に首を傾げた。彼の脳内では、ただ純粋なアイデアが先行しているだけなのだ。

「「「うるせえバカ魔王ッ!」」」

 拓矢(タクヤ)勇希(ユウキ)、そして琴葉(コトハ)の盛大な唱和(ユニゾン)が、休憩室に炸裂した。その声には、万桜の天才性への呆れと、彼のアイデアが引き起こすであろう新たな騒動への絶望、そして、それでも彼の才能を信じざるを得ないという、複雑な感情が込められていた。休憩室の空気は、万桜の新たな閃きによって、再び混沌へと突き進むのだった。

新章突入です。


『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みの地球の皆様へ!

いつも拙作『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をお読みいただき、本当にありがとうございます!

物語の中で、「魔王」こと黒木万桜は、時には「水嚢の川」で災害に立ち向かい、時には中古スマホを活用したクローズドネットワークなんて突拍子もないアイデアまで生み出しています。

実は、この物語には、万桜のそんな「もしかしたら、これって本当に役立つかも?」と思えるような、たくさんのアイデアが散りばめられているんです。読者の皆さんも、「これ、面白い!」「こんな風に使えるんじゃないか?」なんて、閃いたことはありませんか?

地球のみんなぁ~! オラに「★」をわけてくれーっ!

もし、この物語を読んで、少しでも「面白い!」「次の展開が楽しみ!」「万桜のアイデア、イケるかも!」と感じていただけたなら、どうかページ下部の【★★★★★】ボタンをポチッ!と押して、星評価を分けていただけないでしょうか!

皆さんのその「★」一つ一つが、作者の大きな励みになり、万桜の次の「魔王案件」へと繋がるエネルギーになります!

引き続き、『鋼鉄のポジティブ ~未来の世界のネコ型ロボットを迎えに行こう~』をどうぞよろしくお願いいたします!

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