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続編のない短編達。

思い出したので、愛しい婚約者に会いにいきます。

作者: 池中織奈

『今すぐにでもティシーエのことを連れ帰りたいな』

『私はまだお父様とお母様の元に居たいわ』




 私がそう言うと、あなたはしゅんっとした顔をしていた。




 私のことを、そのまま連れ帰りたかっただろうに私と両親の意思を尊重してくれた。

 あなたの言葉が嬉しかった。だけど、まだ子供だった私は家族と離れたくないと思っていた。




『本当に可愛い』



 何度も何度も、私にあなたはそう言った。



 離れるまでずっと、ただただ私の傍に居て甘やかしてくれた。

 優しい表情で、ずっとそんな風に言われたらすっかり大好きになっていた。




『手紙を書くから。君が十六歳になったら迎えに行くよ』



 そう言って、別れを惜しむように私のおでこに口づけを落としてくれた。



 その言葉通り、あなたは私にずっと手紙を書いてくれた。

 あれから会えていなくても、あなたは私への愛を……ずっと示していてくれていた。






 *








「……思い、出した」





 ズキズキと痛む身体。私は、目を覚ます。

 ここは何処だろう……。意識を失う前の出来事を思い返す。




 ――ああ、そうだ。私は崖から落ちて、川を流されることになったんだと思い出す。




 私はエリダーリ公爵令嬢ティシーエ様の影武者……と、これまで思い込んでいたけれど私が本人だというのをたった今、それこそおよそ五年半ぶりに思い出した。






 私は公爵令嬢として、両親に愛されて生きていた。

 大好きなお父様とお母様、それに優しいお兄様に囲まれていつも幸せだった。





 そんな私の人生における転機は、二回あったと言える。



 一つ目は、五歳の時に婚約者に出会ったこと。我が国よりも国力差のある帝国から彼はやってきた。一つ年上の彼と私は婚約を結ぶことになった。

 そのことで国内でも……それこそ王家の姫様達よりも私を大切にしなければならない状況になった。だってそれこそ、私に何かあったら私の婚約者も、帝国も怒り狂うだろうことが陛下たちだって簡単に想像が出来たからだ。




 とある事情で、私はそれから婚約者には会っていない。ただし、彼は離れていても私のことを大切に思っているというのを手紙や贈り物でずっと示してくれていた。……とはいってもこの五年半ほど、それを実際に受け取っていたのは私ではなかったけれど。





 そう二つ目の転機。




 それはおよそ五年半前――私が十歳の時の出来事だ。




 私は十六歳になったら、帝国に嫁ぐことが決まっていた。だからこそそれはもう大切に育てられることになる。影武者という存在は、六歳の時に出来た。

 私と同じ髪色と瞳の、同じ年頃で、同じ背丈の少女が影武者として育てられることになったのだ。それも何かあった時に私の代わりを務めるのに問題がないように魔法で私と同じ顔に整形されていた。




 私はシーエと名乗ったその影武者の少女に、大変な役割をしてもらうのだからなるべく大切にしようと思った。私は仲良く出来ていると思っていた。ただそれは私だけだったらしい。






 十歳の時に、私とシーエが乗った馬車が襲われるという事件が起きた。万全の体制のつもりでも、絶対的なことはない。私達は襲われてしまい、そしてそこで私は記憶喪失になった。

 それ以前の記憶を思い出せない私。

 そしてその一件から、私はシーエとして暮らすことになっていた。





 ……そう、思い出した今だからこそ分かるけれど私達はその時に入れ替わった。




 思い返せば私が目覚めた時に傍に居たのはシーエだった。その時にシーエも丁度目を覚ましたのだ。私がシーエを可愛がっていたことを両親やお兄様は知っていた。だから同じ部屋に寝かせていたのだろう。そして私が記憶を失っていることに気づいたシーエは……ティシーエを名乗った。

 今にして思えば、両親やお兄様も……眠る私とシーエを見て見分けがつかなくて一緒に寝かせていたのかもなんてことを思う。だって見た目は一緒だもの。それに私の影武者をするために教育されているからこそ仕草なども私に合わせてあった。




 ただ……この五年半、誰も私とシーエが入れ替わっていることに気づかなかったことには正直ショックだった。幾ら影武者とはいえ、別人だ。私とシーエは、当然違う部分が多々ある。



 それなのに誰一人としてシーエが私として生きていることに気づかなかった。



 まだ眠っている私達の区別がつかないのは分かる。でも目を覚まして、私を名乗って、私として振る舞うシーエに誰一人違和感を持たなかったのだろうか。



 両親やお兄様はもしかしたら、“帝国に嫁ぐ予定のティシーエ”を愛しているだけで、私自身のことなんてちゃんと見てなかったのかもなんて思って、呆れた笑みが零れる。





 さて、私がヘル様――婚約者であるヘルラード様の元へと向かわなければならないわ。

 ヘル様が私のことを種族的にも気づかないはずがない。……シーエがこのままヘル様の前に姿を現わして私が間に合わなかったら――最悪の場合、この国が亡びるようなことになりかねない。




 あくまでお父様達は……私とシーエが入れ替わっていたことを分かっていないと思うけれども……そんな言い訳ヘル様には伝わらないだろう。ヘル様とはずっと手紙のやりとりをしていた。




 ……シーエはヘル様に嫁ぐことが決まっている“ティシーエ”として生きているにも関わらず、一度も会ったことない彼に興味がなかったようだ。私にその返事を書かせていた。

 筆跡から別人だとばれないようにかもしれないけれど、シーエはよく私に代わりに手紙を書かせていた。……何か言われればこれまでは身代わりに書かせていたとでもいうつもりだったのだろう。

 尤も私の筆跡にシーエは似たものを書けはする。とはいえ、いちいちそれをするのは疲れるから私に書かせていたのかもしれない。



 というよりシーエは私によく代わりを務めさせた。それこそ面倒なことは私に押し付ければいいとそう思っていたみたい。




 それでいて今にして思えば、私のことを貶めるような言動はしていたと思う。私は記憶にないことで責められることも多かった。

 それまで、私の身代わりとして過ごすことがシーエにとっては嫌なことだったのかもしれない。





 私は仲良くやっていたつもりだったけれど……私とそっくりなシーエからしてみれば私のことが羨ましかったのかな? 幾ら見た目が同じでも……シーエはヘル様の最愛にはなれないのにね。

 私がこれだけ大切に育てられているのは、ヘル様の最愛だからに他ならない。




 それなのにこんなことをするなんて、ヘル様がお怒りになられるわ。……私が、自分がティシーエだと思い出したと言ったところでシーエがティシーエを名乗る限り信じてもらえないかもしれない。少なくともこの五年間、ティシーエとして生きたのは彼女なのだから。




 王城にいったり、社交界に行ったり――そんな華やかな場に出ていたのはシーエだった。




 面倒なことは私に押し付けることも多かったけれど、ちゃんと彼女は教育も受けている。……私はヘル様の婚約者になるために万全の教育を受けたかったのにな。一部受けられてない。ヘル様はどう思うだろうか。今の私だと、ヘル様の婚約者として足りないかもしれないと、そんな不安に苛まれる。

 ヘル様はどんな私でも、ヘル様に嫁ぐには不十分な私でも……きっと受け入れてくださるとは思うけれど、何だかこれからまた様々に学ばなければならないかと思うと大丈夫かなと少し不安になるわ。




「目が覚めたんだね!!」

「大丈夫かい?」



 考え込んでいる私の元へ、平民らしき二人の男女が心配そうに私の顔を覗き込む。



「えっと、私のことを助けてくださったのですよね? ありがとうございます」


 まずはお礼を口にしておく。



 こうして誰かに助けられることがなければ、私の命は失われていたかもしれない。

 私はヘル様のものなのだもの。勝手に命を落とすわけにはいかないわ。ヘル様が悲しまれるし、私も……ヘル様にもう会えないなんて嫌だもの。




「酷い傷だから、ゆっくり休むんだよ」




 そう言われて、私は鏡を見る。ショックを受けるかもしれないと言われたけれど、この痛みは事実だもの。

 頭には包帯が巻かれていて、もしかしたら大きな傷にでもなっているのかもしれない。傷が残るのならばいやだわ。そんなことをただ考える。

 一先ず私は身体が動くようになるまではこの場所に留まってすぐに王都に向かわないと。

 ……王都が火の海になったりしたら、悲しいわ。誰かが不幸になるのも嫌だし、ヘル様が恐れられるのも嫌だなってそう思う。




 そんなことを考えながらゆっくり休養していると、その村内で私をそのままとどめて奥さんにしてしまおうという動きがあることが分かった。

 私はシーエにはめられ、そして排除されることになった。ティシーエ・エリダーリに害を成そうとしている存在など要らないと、殺されることになった。その際に傷を負って、顔に大きな傷が出来た。

 魔法でなんとか治せればいいけれど。




 それにしてももし仮に私が村人たちに無理やり、此処に留まるようにされてしまったら――ヘル様がぶちぎれるわ。そしてこの村は終わるでしょう。それは流石に辞めたいわね。




 そういうわけで私は怪我が治るとなんとか村から出た。




 一応私は……ヘル様の婚約者として護身術を習っていたので、王都までは行けると信じたい。それにこの五年は少なくとも影武者として生きてきたので何かあった際にお嬢様の盾になれるようにと戦う術も学んでいた。……というか、記憶喪失になって以降、鈍っていると言われたのはそれが原因だったのね。入れ替わっていたからならとても納得だわ。



 さて王都へと向かうためにはまずこの場所が何処かも調べないといけない。あとはどうするべきかしらね。お金がないのも問題ね。今の私はシーエとして生きてきたのもあって、個人の私物などないわ。

 というか、ヘル様にもらったネックレスとかも気づいたらシーエが首に下げていたわ……。私に成り代わると決めて、いつの間にか奪っていたのね。あれはヘル様と初めて出会った時に私に送り物として受け取ったものなのに……!!



 私はそんなことを考えながら、とぼとぼと歩いていたら……心優しい人に出会うことが出来た。




「お嬢ちゃん、そんな怪我までして大変だね……」

「王都に向かうのかい? なら、連れていくよ」



 そう言ってくれた商人と出会えたことは本当に運が良かったと思う。



 私の十六歳の誕生日は、もうすぐ訪れる。その時をヘル様は楽しみにしてくれていて、そのお祝いのパーティーが王都で行われることになっているのだ。

 そこに行ければ問題はないはず……。ドレスの何も準備できないことは心苦しい。



 ヘル様の前には、綺麗な私で立ちたかったのに。

 私はそんなことをずっと考えている。

 命があって本当に良かったけれど、好きな人の前ではおめかししたかったのにな。




 馬車に揺られて王都に辿り着いて、顔に大きな傷があるし、良く見ればティシーエと同じだと気づく人は気づく。だから一旦、変なことにならないようにフードで顔を隠している。もうすぐティシーエ・エリダーリの誕生祭があるからと、王都内は賑わっている。




 ……国をあげての行事だもの。

 そんな中で主役の私がこんな状況になっているなんて、とてもじゃないけれど考えていないでしょうね。




 会場である城には忍び込むことは難しいけれど、どうしましょう。

 私は悶々としながら王都の宿にいる。この宿代は親切な商会夫婦が貸してくれた。私に何らかの事情があることは察してくれたのだろうとは思う。




 そのティシーエ・エリダーリの誕生祭では平民たちもお祝いのために着飾るらしい。そういうわけで商会の夫婦が私にちょっとしたワンピースを準備してくれた。

 私はヘル様の髪色である赤色のものにした。だって、私はヘル様の色を纏いたかった。



 さて、私はどうやってヘル様に会いに行こうかとそれだけを考えている。しかし結局城内に入る伝手もないまま……私は王都に存在するしか出来ない。

 その状態で、“ティシーエ・エリダーリの誕生祭”が始まった。





 ――当然のことだけど、ヘル様は入れ替わりにすぐに気づいたようだ。








 誕生祭が始まってすぐ、物凄く大きな咆哮が聞こえてきた。……ああ、ヘル様、怒っている。

 その咆哮に尻餅をついたり、怯えている者達の姿が映る。

 私はそんな彼らの姿を見ながら――私は懐かしい王宮へと向かう。その入り口も、ヘル様がお怒りになっているからか、警備が薄い。

 ……侵入は駄目かしら? いや、でも流石に騎士の目があるから厳しいわ。




「お嬢さん、此処は危険だ! 今すぐ……」

「あの……私のことを今すぐ会場に連れて行ってくれませんか?」

「いや、今は――」

「ヘル様がお怒りになられているのは理解しているの。私を連れて行って」



 私が有無も言わさぬように言い切れば――そのまま押し切れるなんてことは当然ない。どこからどう見ても平民にしか見えない私。普通に全うな騎士なら連れていけないことは仕方がない。



「お嬢さん、今すぐ――」



 私が変なことを言っていると、そんな風にただ思われたのかも。それでいて騎士だからこそ、危険なこの場から私を逃げさせようとしている。

 でもそれでは駄目。

 私は王城の外へと連れ出されようとする最中、一種の賭けに出る。




「――ヘル様!! ヘル様ぁ! 聞こえますか? ヘル様!!」



 ヘル様には私が大きな声を出したら聞こえるかもしれないと、そう期待する。




 私はただ騒ぐ。騎士からしたら頭がおかしいと思われるかもしれないけれど、私はヘル様の手が汚れるのは嫌だった。シーエが罰せられるのは当たり前のことだけれども、ヘル様は怒りが抑えきれなくて、処罰をもっと大きなところまで広げるかもしれない。

 だから、私は声を上げる。




 そうしたら、突然濃い魔力がその場を支配する。何かが、私を城の外へと出そうとする騎士を押しのける。

 あ、ヘル様。流石にそれは駄目!! なんて思っていたら、私は思いっきり抱きしめられていた。




「ティシーエ!!」



 ヘル様はやっぱり、私のことを間違えない。

 私はヘル様が抱きしめてくれたのが嬉しくて、抱きしめられただけでほっとする。





「ヘル様、お久しぶりです。お会い出来て嬉しいですわ。ただあの、先ほど押しのけた騎士の方は許してくださいませ。私がこんな格好なので、危険がないようにこの場から逃がそうとしていただけなので」

「そうか。分かった。……ところで、その傷は?」





 ヘル様は私から体を離して、顔を覗き込み、恐ろしい顔をする。私はヘル様の顔をまじまじと見る。

 美しい赤い髪に、茶色の瞳。それでいて頭には、狼のような耳がついている。……そう、ヘル様は人間ではなく、所謂獣人という種族である。帝国には人間以外の種族も沢山存在している。

 先ほどの咆哮も、ヘル様が怒って声を上げたものである。

 ヘル様は私の顔についた傷を触る。この傷を見ても、引いたりはしていない。本当にそれは良かったと思う。






「えっと、ヘル様は私に何が起こったかってどこまでご存じ?」

「詳しくは知らない。ただ、ティシーエが別人になっていたから話を聞こうとしたらティシーエの声が聞こえたから……」

「そうなのね。まず大前提として……私は五年半ほど前に記憶喪失になりました。それでヘル様のことも、自分のことも全て忘れてしまったの。そこで影武者の子……シーエが意図的に私と入れ替わったみたいで。私はこの五年半ほど、影武者のシーエとして生きてきたわ」




 あ、私が説明をしている段階で、ヘル様の顔が恐ろしくなっている。私が大変な目に遭ったのが嫌だったのだろうなと思う。

 思い返してみるとこれまで大変だったけれど、ちゃんとヘル様に再会出来たから良かったと思う。





「私に成り代わったシーエは、私が思い出すことを嫌がったのでしょうね。そしてヘル様が気づかれないように私を排除したかったみたい。だから私にあらぬ冤罪をかけて殺そうとしたの。なんとか逃げたのだけど、その時の傷が出来てしまって……。治るかしら……。ヘル様の奥さんになるのに、傷があるなんて悲しいわ」



 私は一先ず、これまで起こった出来事に関して淡々と説明をする。




「あのね、ヘル様。お父様やお母様たちは私達が入れ替わったことに気づいていないと思うの。シーエの顔は魔法で、私と同じものにされていたから。だからそこまで怒らないであげて。ただシーエのことは処罰するべきだとは思うけれど……」

「……娘に気づかなかったのか」

「それも仕方がないことだわ。ヘル様は獣人で、私がヘル様の番だからこそ気づいてくださったけれど……そうじゃなければ気づかなくてもしょうがないのよ。思い出してちょっとだけ悲しかったけれども……」




 恐ろしい顔をしたヘル様を落ち着かせるように私はそう告げる。

 だってそうしないと、大変なことになってしまうもの。

 そう、私はヘル様の番。




 獣人などの異種族には、番と呼ばれる唯一の相手が居たりする。生涯で会えないことも当然あるらしいの。だけどヘル様は、幼いころに私と出会った。

 獣人は番に対する独占欲が強く、攫ってしまう例もあるらしい。でもヘル様は幼い私が家族と離れたくないと言ったのを聞いて、自制してくれた。……初対面以降直接顔を合わせなかったのも……私に会ったら連れ帰ってしまいそうだったから。

 それで私とヘル様が会わなかったからこそ、これだけ長い期間、気づかれることもなかったのよね。

 私のことをヘル様は抱きかかえる。


 ちなみにヘル様は帝国の皇太子の立場なので、その番をこんな目に遭わせたシーエの末路は多分悲惨だ。





「ティシーエ、今すぐ休ませたいがあいつらと話はすべきだからいけるか?」

「もちろんですわ。シーエにヘル様からもらったネックレスや贈り物を全部取られてしまっているの。他のものはともかくとしてそれは取り戻したいわ」





 他の物はともかくとしてヘル様からもらったものだけは取り戻さないと。そんな風に思っている私は家族や友人達に対する期待とか、特別な感情とかすっかり失ってしまっているのだろう。




 それから私はヘル様に抱きかかえられたまま、久しぶりの王宮を見渡す。




 シーエとして五年半ほど生きていたから、此処に来るのも久しぶりだわ。周りからの視線が痛いけれど……ヘル様と一緒だから、何か言う人は居なくてほっとする。

 そうしているうちに、誕生祭の会場へとつく。その大きな広間に居る人々は、一同に顔を青くしている。ヘル様が連れてきた帝国から来た人々がこの国の王族やお父様達を責め立てているのが分かる。




 私のふりをしていたシーエは、拘束されている。もの凄く暴れて、騒いでいるけれど。

 ヘル様が戻ってきたからと、その会場に居た者達が一斉にこちらを向いている。抱きかかえられている私のことをじっと見つめている。






「ヘルラード様!! それは本物のティシーエ様でしょうか?」



 そう言って近寄ってくるヘル様の傍付き。




「ああ。ティシーエが見つかった」

「それは良かったです!!」



 満面の笑みで、彼らは頷く。そして私の顔の傷を見て、痛ましそうな顔をしている。




「それでティシーエから話を聞いたが、その偽者はティシーエが記憶喪失になったことをいい事に入れ替わったそうだ。それでティシーエのことを排除しようとしたようで、そこで思い出したらしい」



 ヘル様がそう口にすると彼らは顔を険しくする。




「ティ、ティシーエ……」

「本当にすまない!! まさか、影武者が入れ替わりなんて真似をするだなんて……」





 必死に私に向かって頭を下げるのは、私の血の繋がった家族達だ。青ざめてそんなことを口にする。

 だけど私はそれに正直言って、何も感じていない。




「謝罪はいりませんわ。私はこのままヘル様の元へと嫁ぐので、シーエが奪ったヘル様からの贈り物などを回収したいですの。誕生祭に関しては……もう私は参加するつもりはありません」




 私がそう口にすると、家族達は絶望したような顔をする。そんな顔をする必要はないのにな。だって特に家族達を罰することは考えていないのだから、喜べばいいのに。




「皆様、シーエの処罰はお任せしますわ。他の方たちには処罰はそんなに要らないです。シーエが勝手にやってしまったわけですから」



 私は帝国から来た人たちにそう言って、次にヘル様に向かって告げる。



「ヘル様、私、屋敷に戻って色々回収したらそのまま帝国に連れ帰って欲しいです」



 私がそう口にすると、ヘル様は笑みを浮かべて頷いた。




 その後、シーエが身に着けていたヘル様からもらったネックレスなどを回収し、屋敷へと向かった。屋敷の使用人達は私が本物のティシーエだと知って、驚いた顔をしていた。何人かが青ざめていたのは、影武者だと思っていた私に対して冷たくしたりしていたものね。たまに私のふりをしたシーエの望みだからって私への嫌がらせに協力していたものとかいたわ。





 些細な事に関しては報告をする気はないけれど、私の顔に傷をつけたり、殺そうとした相手に関してはちゃんと報告をしたわ。

 それから必要なものを回収して、そのままヘル様と一緒に帝国へと行った。

 私の傷は帝国お抱えの治癒師が治してくれた。綺麗に治って本当に良かったわ。












「ティシーエ……」



 ヘル様は帝国に来てからずっと、私のことを抱きしめている。



 離さないとでもいうようなのは……きっと、私がいつの間にか別人と入れ替わっている事例があったからだろう。

 私はヘル様に抱きしめられているのが嬉しい。

 頭を撫でると尻尾がぶんぶん振られて、可愛い。



 私の教育は中途半端になってしまっていたけれど、ヘル様にとってはそれでも構わないらしい。ただ帝国に来てからちゃんと足りない分の教育も受けている。




 私が影武者との入れ替えが発生していたことは、帝国中で広まっているらしい。私が大変な目に遭っていたからと気を遣ってくれている。私は記憶がなかったし、シーエとして生きてきた五年間をそこまで悲観してみてはないのだけど……辛い思いをしたからってそんなことを言って皆優しい。




 元々の家族や友人達からの手紙は来るけれど当たり障りのないように返答している。だって私は彼らと関わる気がそこまでない。

 ずっと関わり続けるともやもやした感情も抱きそうだもん。

 だから……私はこの帝国で新しい人間関係を築ければいいとそう思っている。




「ヘル様、大好き」



 私がそう口にすると、ヘル様は満面の笑みを浮かべて私に口づけを落としてくれる。






 ――それから私はヘル様の元で幸せに生きていくことになる。

 記憶喪失になって、死にかけはしたけれど……今は幸せだからいいかなと思った。




 ちなみに私の入れ替わりに気づかなかったということで、私の実家は大変みたい。王族たちからも「なんで気づかなかったんだ」って責められているらしいけれど、彼らも気づかなかったのにね? とそんな気持ちでいっぱいにはなった。



 まぁ、私には関係がないことだけどね。

 


勢いで書いた短編です。こういう入れ代わりものも好きです。

楽しんでもらえたら嬉しいです。



ティシーエ・エリダーリ

公爵令嬢。帝国の皇太子の番。五年半前にとある事情で記憶喪失になり、影武者に入れ替わりにされた。

桃色の髪の愛らしい少女。五歳の時にヘルラードに見初められてから、環境が変わった。帝国に嫁ぐ少女だからととても大切に育てられていた。

入れ替わり後は、シーエの策略で、大変な目には何度もあっている。

ヘルラードとは一度しか会ってなくても大好き。連れ帰られてからは幸せに生きてる。


ヘルラード

帝国の皇太子。狼の獣人。赤髪、茶色の瞳の美形。

番であるティシーエのことを溺愛している。いざ、迎えに来たら別人でぶちぎれてた。

連れ帰ってからはティシーエのことを甘やかしている。


シーエ

影武者として育てられた少女。獣人や番のことなど正しく知らず、会ったこともないヘルラードにそこまで関心もなく、ティシーエが記憶喪失なのをいい事に入れ替わった。

見た目はティシーエと同じに、魔法で整形されている。入れ替わりがバレてからは罰を受けている。




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― 新着の感想 ―
シーエは名前も似たものにされているということは、本名ではないのだろうし、元の名前がもうないのだろうな… 魔法でそっくりにされた顔は戻せないのかな…というより、元の顔の情報ももうないのかもしれない。 そ…
分からなくなっていた時点でいったん同じ顔に見える魔法を解けば万事解決だったのにと思うがそんな考えに至らなかったのか。できなかったのかどちらなんだろう
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