09.掛かって来いクソガキ共
という訳で、遂にお茶会の日が来た。
今日は大事な日である。いつもよりもめかしこみ、髪型もバッチリ決め、母とリリネット前侯爵夫人のチェックを受けている。
「ユーキスタス様、今日は比較的気安い場とはいえ、王家の一員としての矜持は忘れずに。余り遜った態度を取ると、勘違いして不遜な態度を取るお子様も出てくるかもしれません。………まぁ、そういった態度を取る者はこちらでマークしますが。………コホン。しかし、余り偉ぶるのも品位が疑われます。あくまでも自然体で、他の子供と上手くやる程度で良いでしょう」
「ユーキスタス。余り酷い事にはならないと思いますが、子供達の事柄に大人は基本干渉しません。何か問題が起きたとしても、貴方が問題解決の一端を示さなければなりません。いいですね?」
珍しく母が外行きモードだ。いつもは“ユー君”と呼んでくるが、公的な場なので私の名前は呼び捨てにするつもりらしい。
しかし、子供間で問題が起きても大人は干渉しない、か。私が解決出来る問題を超えてしまえば、大人が出張ってくるのだろうが、基本的には子供だけで解決しろという事らしい。まぁ、このお茶会はお互いの顔見せも兼ねている。仮にも王族との初対面で、何かをやらかす奴なんて呼ばれた貴族子弟には居ないとは思うが、相手はお子様。何をやらかすか分からない。少し警戒しておいた方が良いのだろうか。
それと、遜った態度で話すな、か。こちらが王子とはいえ、言葉遣い一つ取って、こちらが格下だと勘違いして何かをやらかすお子様が居ないとは限らない。と言うか、リリネット前侯爵夫人の言い方だと、そういうお子様が参加しているような感じなんだよなぁ。
対親相手の挨拶は恙無く終了した。皆、私のお子様らしからぬ礼儀作法に感服した様子でほぅと溜息を付いていた。尚、その他のお子様の一部からはガンを飛ばされている。
挨拶が終了すると、我々子供は早々に放流される。
今回のお茶会は気安い場として、王宮の庭園で開催されている。母含む母親達のお茶会はその一角で行われているのだ。
私の目の前には、ガン飛ばしてきたお子様2人と、2人に無理矢理連れて来られたような雰囲気の気弱そうなお子様の3人が立っている。
ガンを飛ばして来る2人はエスピナー侯爵家の双子で、エリオットとエリスティンという。何故私にガン飛ばしているのかは分からないが、この2人は私が王子だという事を分かっているのだろうか。
その2人を交互に見つつおろおろしているのは、ドナテロ・フォン・ハーバリアス。子爵家の次男であり、私の家庭教師であるハーバリアス講師の甥っ子である。
「お前、ドナのおじさんの生徒?らしいな? なら、お前は俺達の子分だ。王子とか威張ってんじゃねぇぞ?」
エスピナー兄弟の言い分では、私がハーバリアス講師の生徒であるのならば、ハーバリアス家より下の存在である。ハーバリアス家のドナテロはエスピナー兄弟の子分である。つまり、ユーキスタスはエスピナー兄弟の子分である。という図式が成立しているらしい。つまり、舐められているのである。
どうしてそうなった。お子様の理論は常識を飛び越える。見た目は子供、中身は爺である私が理解出来ないのは至極当然の事であった。
トンデモ理論を展開する兄弟に対して感情的に抗議してはならない。私は王子であるのだ。それに、母から子供達の事情に大人は干渉しないと言われている。この場は、私がエスピナー兄弟の勘違いを正し、逆にエスピナー兄弟が私の子分であると示さなければならないのだ。
「まずは、初めまして、だね。私はユーキスタス・フォン・エンドロフィア。知っての通り、この国の王子だ。と言っても、余り畏まらず仲良くしてほしい。ジョナサン・フォン・ハーバリアス講師には良くして貰っていて、とても感謝しているよ」
私の家庭教師であるハーバリアス講師の名前はジョナサンという。ハーバリアス講師への感謝の気持ちをドナテロに述べると共にパチリとウィンク。前世の私がやっても微妙な所だが、今世の私は非常に顔が良い。
現にドナテロは顔を赤く染めている。効果は抜群だ。
「それと、君達の勘違いを正しておこうか。ジョナサン・フォン・ハーバリアスは現王である祖父が雇った家庭教師で、王家は雇用主となる。ハーバリアス講師と私は師と生徒という関係だが、対等な関係だ。お互いに尊重していなければ良好な関係は築けないからね」
「えーと? んー………ごちゃごちゃうるせぇ黙れ! いい子ちゃんのフリしてんじゃねぇぞ!!」
双子の内の片方………多分エリスティンは引き止めるドナテロを振り払い、掴み掛かってくる。それに追従するエリオット。双子ならではの息の合った突撃である。同時に掛かって来ないのはタイミングをズラす事で攻撃優位の状況を作りたいのだろう。
しかし、高位の貴族子息にも関わらず、この口の悪さと喧嘩っ早さ。普通のお子様はこんなモンかと思ったが、ドナテロは私に対しての礼は失していないので、この双子が特別ダメなのかもしれない。
突撃してくるエリスティンを躱し、続くエリオットからも逃れる。毎日の“軽い運動”のお陰もあり、私の身はそこそこ軽い。ヤンチャ盛りのお子様の相手をする事なぞ造作もないのだ。………まぁ、同年代の子と触れ合うのはこれが初めてだが。
「避けんな腰抜け!!」
腰抜けとは酷い言い草だ。態々受け止めろとでも言うのか。打ちどころが悪く、私が怪我でもしたらコイツ等はどう責任を取るつもりなのだろうか。
チラリと母の方を見る。正確には、母の周りに居るエスピナー夫人の様子だ。エスピナー夫人は母とその他の夫人と共に、こちらをそれとなく注視していた。扇を口元に当て、何かを話し合っているようにも見える。
成程。大人は不干渉。この場は私の裁量でどうにかしろという事か。宜しい。そう望まれているのならば、その役柄を果たすまで。
私はニッコリと笑顔を浮かべ、双子を睥睨しつつ声を掛ける。
「掛かって来い、クソガキ共。君達が暴力に訴えるというならば、私も同じ手段にてそれに応えるとしよう」