07.王の価値
「ユー君はいつも頑張っているようだな。少々酷ではないかと思っていたが、カリキュラムを組んだ儂としても嬉しい。ハーバリアスは賢者塔の若き俊英と呼ばれる男。………まぁ、もし、彼に不満があったら侍女に言うんだぞ?」
現王である祖父、ジークヴァルト・フォン・エンドロフィア2世は御年51歳のナイスミドルだ。
王様を演っている時は、今のこれよりももっと威厳があるのだが、孫の前だからと気を使って、怖がられないよう気さくに振る舞っているらしい。祖母から聞いた。
現代の感覚でいうと50代はまだまだ若い部類なのだが、この時代の成人男性の寿命は60,70代らしく、祖父の年齢だと一般的にはそろそろ危うい感じだ。祖父は私が後を継ぐまでは死ねない等と言っていたが、その前に王位を継ぐのは父だろう。私が王位を継ぐとしたら何年後になるのやら。
因みにハーバリアス講師を私に就けたのも祖父である。父ではないのかとも思ったが、提案したのは父であるが、講師の選定や何を学ばせるかを決定したのは祖父の仕事のようだ。
祖父の言う“賢者塔”というのは、特別優れている人物を貴賤問わず集めたという機関であり、ハーバリアス氏のような貴族の講師役や研究者等を多く輩出しているらしい。
優秀でさえあれば、出世の道が拓けるとかで平民からも人気なところのようだ。………まぁ、元々の教育格差のせいで平民は余程優秀な者でない限り入れないらしいが。
私の家庭教師であるハーバリアス講師は貴族出身だ。子爵家の三男坊とか聞いた覚えがある。三男という事で万が一にも家を継ぐ可能性は無いため、“塔”に入る事で箔をつけ貴族の家庭教師を目指していたとか。まさか、祖父に見出されて王族の家庭教師に抜擢されるとは夢にも思ってもいなかったらしい。
ついでに、叔父も“賢者塔”所属らしい。王宮に寄り付かず、向こうに入り浸っているとか。
この叔父であるが、余り王族らしくない人物である。“塔”所属の研究者面が強いのもあるが、偉ぶった態度を取らない。まぁ、この場には現王と王太子が居るし、自身の立場も微妙だからそんな態度を取る気が無いだけかもしれないが。
叔父は内心どう思っているのだろうか。傍目から見ている限りでは、現政権に対して余り波風を立てないようにしているっぽいが、裏では何を考えているのかは分からない。
まぁ、こう疑ってしまうのは前世の影響だ。私が摂取してきた作品では、兄弟間でのドロドロとした権力争いが多かった。そこまでして王位なる物が欲しいのかと幾度も思うくらいだ。
この兄弟もそうだとは思わないが、王族のイメージ的に考えると、次代の王を巡って陰謀が渦巻いているイメージが頭を離れない。
「叔父上は、その“賢者の塔”でどういう事を研究しているのでしょうか?」
「おや? 私の研究内容について興味があるのかな? うん、そうだね。今は新しい照明………灯りについての研究をしているよ。今は、こうして蝋燭に火を灯して使っているだろう? しかし、蝋燭だけでは明るさに問題がある。一定以上の明るさを確保するためには数を確保しなければならないだろう? 私達は数を揃える事が出来るが、下級貴族や民達はそういう訳にはいかない。施策により比較的安く抑えているとはいえ、蝋燭は高価な物だ。故に私は蝋燭に代わる新たな灯りを作ろうとしているんだ。………うーん? ユーキ君にはまだ早かったかな?」
叔父は私の顔を見ながらやった説明の後、父の顔を見る。子供に対する説明ではないと思ったのだろう。まぁ、3歳児にする説明ではない事は確かだ。私でなければ、飽きて途中から聞いていなかっただろう。
しかし、成程。叔父の研究対象は照明か。蝋燭に代わる照明というと、やはり白熱電球………いや、その前にガス灯か。流石に一足飛びに次世代へ行くのは無理があるだろう。
これは私の前世知識でどうにかなる問題ではないな。講師から神童と呼ばれ、家族からの信用度も高いが、私はただの3歳児だ。そんな子供の言う事を本職の研究者が真面目に取り合うとは考えられない。それに、そもそもそちらの知識も無いしな。
「お前の研究内容は結構な事だが、もしそれが出来上がった場合、お前が嫌いな権力闘争に担ぎ上げられるんじゃないか?」
祖父から叔父へのお言葉。新たな照明具の手柄で王候補に名乗りを上げるつもりかとの事だ。もし、本当にそれが出来た場合に限るが。
「その時は、権利関係を兄上に押し付けて逃げますよ。私は王位なんてご免ですからね。私は人の上になんて就かず、研究に没頭している方が性に合っている。それに、王位になんて就いたら研究している時間が無くなる」
叔父曰く、王位なんて物は自身の研究よりも価値が低いらしい。まぁ、自分の好きな事に邁進していた方が楽しいと私も思う。
変な役職が付くと研究とか好きな事が出来なくなるのは何処の世界も大体同じ。