50.特殊な事情
あれから季節は巡り、夏となった。現代日本の学生ならば、長期夏季休暇で一カ月程度が休みになるのだが、この世界ではそんな物は無い。
“乙女ゲーム”ならば有り得そうな物だと思うんだが、この学院にそんな制度は無かった。副生徒会長という立場を使って、過去の事も調べてみたが、開校以来夏季休暇らしき物は存在しなかったようだ。
………あれかな? 長期休暇という体を取る以上、主人公の置き場に困るのかな。主人公が王都生まれでもなければ、長期休暇の際に生まれ故郷に戻るだろう。つまり、その間は貴族子弟には基本的に会えない事となる。
まぁ、その分イベント事が詰まっているのかもしれないし、主人公の故郷へ何故か視察に行くとかがあるのかもしれないが。
さて、そんな“乙女ゲーム”疑いのある我が学院だが、主人公最有力候補だったモニカ・エラ・ミラース嬢は学院を去った。一応、休学扱いになっているらしいのだが、再度学院へ戻って来るのかは未定だ。
モニカ嬢が物理的に居なくなったのだから、“乙女ゲーム”はそこで終了という訳ではない。確かにモニカ嬢は主人公候補であったが、本当に主人公であると決まった訳ではないし、第二第三の主人公が出てくる可能性もある。
つまり、これからも油断せずに暮らしていくしかないのだ。………まぁ、それはそれとしてこの学院生活を楽しんでいこうとはしている。
私は王子という身分であり、近い内に王太子へと格上げされるだろう。そして、何事もなければ父の跡を継ぎエンドロフィア国王となる。この国の最高権力者になってしまえば自由なんて物は無くなってしまう。つまり、この学院での3年間が、自由に何でも出来る最後の時間という事だ。
一先ず、今日は生徒会か。先日休学したモニカ嬢の件で何かやる事があるようだし、顔を出さなければならないようだ。
「あぁ、例のエラ・ミラースの事ですが、ミラー侯爵の方から退学させる旨が学院に届きましたよ。一応、こちらとしては休学という扱いにはしていたけど、侯爵的には彼女を復学させるつもりは無いようですね」
なるほど。ここで戻ってこないという事は、“乙女ゲーム”の物語的に鑑みるに、モニカ嬢は主人公ではなかったという事だな。
もし、彼女が主人公ならば、不手際で休学したとしても最速で2年時には復学してくる筈だ。しかし、現実では彼女は学院に戻っては来ない。
主人公候補が一人減ったという事を喜ぶべきか、同級生が一人減ってしまったという事を悲しむべきか。王子的には悲しむ素振りを取った方がいいかな。
「そう………ですか。仕方のない事とはいえ、同級生が減ってしまうのは悲しい事ですね」
「不本意な事態で退学者が出たのは生徒会長として悲しいところですよ。ただ、退学………いえ、中退者は実は少なくはないのです。学院“入学”は貴族にとっては義務ですが、2年次生からの在学は自由ですからね。家の事情だったり、学院で身に着ける事は何も無いとして中退する者は案外居ますよ」
ジュリエッタ嬢によると、学院1年生までは義務だが、2・3年生は自由らしい。
この学院はエンドロフィア国の中で唯一の王立の教育機関だ。
それを名誉に感じて3年間みっちり学ぶ者も、最低でも一年時間を取られるだけの無駄と思う者も居る。大半の貴族は自前の教育で充分と考えている節があるので、1年終わると同時に辞める者も多いのだとか。
但し、この国の最高峰機関である“賢者の塔”に入るつもりならば、学院卒業は大前提となる。故に、平民や貴族の三男辺りは卒業を目指しているのだとか。
学院を中退せずに卒業まで行くのは、平民や、家が裕福ではない者、特殊な事情を持つ者等が大半らしい。
「因みに、私やユーキスタス様のような実家の身分が高い生徒も、特殊な事情という括りですね」
王家と公爵家という高過ぎる身分故に、学院中退が出来ないという事だ。
別に、中退が不名誉な事だとかではない。
我々が自己都合で学院を辞した場合、その他の家に対する影響が大きすぎるという事だ。わざわざ規範を示すために、王家の者が学院入学しているのに途中で中退してしまえば、その他の家がそれに倣ってしまう。そんな事をしてしまえば、学院の面子は丸潰れだ。
ストックが尽きたので、次話からは不定期更新(出来次第投下)になります。