44.言い方は悪いが
それから数日後、今度はBクラスとの合同授業だ。Bクラスは主に財政状況の良くない貴族家の生徒が多いようだ。この中では、裕福な候爵家の出であるエリスティンは浮いているとも言えるな。
ここでも、(性格の)一番出来の悪い生徒が任される事になる筈だったのだが、皆王子相手は恐れ多いというので、エリスティン担当になった。まぁ、ある意味、コイツが一番性格が悪いのかもしれない。
「学院でもユーキスタス様の指導とか受けたくないんですけど?」
「担当する筈だった者に、涙目で懇願されたら断るしかないでしょう。それに、振り分けの時に手を抜いていたね? 理由は何となく察しが付くが、エスピナー候爵に一言『嫌だ』とでも伝えれば済む話では?」
この男、エスピナー候爵の跡を継ぎたくないせいか、双子の兄より劣っている存在であると見せかけるような動きを時々するのだ。
実際の所、双子の間には実力の差は殆ど無い。要所で手を抜いているようなエリスティンだが、その分努力を重ねている。
尚、エリオットもエリスティンの事情を分かっているようで、彼が手を抜く事に関しては何も言わないようにしているようだ。
「分かってないですね。こういうのは積み重ねが大事なんですよ。こういう小さい事を積み重ねて比較されて後継者選考から離脱するってのが、俺達にとってベターなんです。兄弟で後継者争いなんてゴメンですし、性格的にもエリオットの方が向いていますしね」
エスピナー候爵家は総じて真面目人間が多い。現エスピナー候爵はそれの最たる者で、言い方は悪いがクソ真面目な男である。しかも、高位貴族に有りがちな固定観念でガチガチに固まった思考を持っている訳でもない。
そんな者がエリスティンの行いを見て、どう評価するのか。はっきり言って、そんな小細工しなくても直談判すれば済むような話だと思うんだけど、気の所為かな?
まぁ、今はエスピナーのお家事情は脇に置いておこう。今は、魔力操作の授業な訳で。私には、エリスティンの魔力操作の面倒を見るという使命がある。
だが、特にこれといって言う事は無いな。元々、彼がBクラスに配属されたのは、わざと手を抜いていた事が原因だし、そもそもの実力はエリオットと余り変わらない。まぁ、それでもドナテロにも私にも遠く及ばないので教える事自体は無数にあるのだが。
「そうだ。アレ教えて下さいよ。あの造形魔法とかいうやつ」
「造形魔法? 今の所、アレは魔力操作の練習用だよ? それに、難易度は凄まじく高い。はっきり言うが、今の君達が扱えるとは思えない。下手をすれば魔力暴発で死者が出るだろう。………なので、その前提魔法からで良いのならば、教えてもいいけど」
魔力操作の練習用に開発した造形魔法なのだが、ブラフの意味も兼ねて無意味に付け足した余計な手順を全て削ぎ落とし、ブラッシュアップした魔法が既に存在していたりする。まぁ、変わらず扱うための難易度は高いままであるため、例えドナテロであっても、まだ使いこなせはしないだろう。………多分。いや、おいそれと使いこなせない方が私の精神的にも宜しい事は確かだ。
「じゃあ、それでいいんで」
私の造形魔法は、刺繍………いや、編みぐるみから着想を得た魔法だ。自身の魔力を糸状に整形し、それを撚り合わせ毛糸並みの太さにしていく。
言うのは簡単だが、大抵の者はここで躓く。魔力糸を何本撚り合わせるかで魔法の強度が変わるのだが、そのためには魔力糸を細くしなければならない。………まぁ、撚り合わせたのが綱サイズでもいいんだが、綱で編みぐるみはちょっと美しくないよね。
つまり、この魔法に求められるのは繊細な魔力制御力だ。“塔”の研究者でもある叔父が難儀していたので、一介の学生が扱えるとは考えてはいない。
「はぁ、なるほど? 魔力を糸状にして魔法陣を編む? 正気ですか?」
至って正気ですが、何か。
エリスティンにはより詳しく説明しておいた。私の魔力毛糸は、糸を撚り合わせる際に魔法陣を形成しながら編み込んでいる。さながら金太郎飴のように何処を切っても延々と魔法陣が続くようになっている。まぁ、撚り合わせているので、厳密に言うと同じ顔が出てくる訳ではないのだが。
これは、魔力糸をただ単に撚り合わせるよりも格段に強度が増すのだ。難易度は鬼のように高いが、出来るのならばやらない手は無いだろう。エリスティンには正気を疑われてしまったようだが。
「まぁ、普通に魔力糸を撚り合わせる程度で良いと思うよ。練習程度でそこまでの強度は要らないし」
「………ところで、アンティローゼ様に渡したのはさっき言ってた奴ですか?」
「そうだよ?」
彼女に渡したのは、あの時点で私が使える最上級の編みぐるみだ。
あの編みぐるみが守護者として発動してしまえば、爆速で魔力を消費して消えるだろうが、本来の機能である守護が発動しなければ、1年位は効果が保つんじゃないだろうか。




