36.黄色い声
とりあえず、モニカ嬢の事はもうどうでもいい。今はアンティローゼ嬢との逢瀬を楽しみたいところだ。………と言っても、食堂で一緒に食事するだけなのだが。
さて、今日の王子係はカストルだ。エリスティンは私用があるとかで何処かへと行った。
カストルと合流した際、当たり前のようにアイリーン嬢も居た。まぁ、婚約者だからね。仕方ないね。でも、2人揃って暴走しないようにと言い含めておいた。………うーん、この2人だと何か不安だ。
アンティローゼ嬢と同じ席に着き、共に食事を始める。ここへ来た当初は、余りにも前世でよく見た食堂過ぎて警戒していたが、こうして彼女と居られる事を考えると、そう悪くないとも思える。
アンティローゼ嬢は、実に上品に具材を小さく切り取りチマチマと食べている。幼い頃より叩き込まれた、食事の際に口を大きく開かないという躾を律儀に守っているのだ。………エリエリ兄弟は知った事かとばかりに大口を開けて食べていたというのに。いや、これは貴族令嬢とガサツな双子の性格の違いか。
「あの、そんなに見つめられると困りますわ」
知らず知らずの内に彼女を凝視していたらしい。
「すまない。ローズが可愛すぎる故に、無意識の内に見つめてしまっていたようだ。不躾だったかな?」
「いえ、あちらの2人のように盗み見られるよりかは大分マシですわ。………先程、エラ・ミラース様が仰っていた事なのですが、私はユーキスタス様にとって、つまらない者なのでしょうか」
あちらの2人こと、カストルとアイリーン嬢は少し離れた位置で仲良く座っている。
私達を邪魔しては悪いと言いつつ、盗み見しているのは何なのか。警護と言えば聞こえが良いかもしれないが、あれは絶対に目的が違うぞ。カストルに至っては、私達を題材にして絵まで描いている様子だ。おい、警護はどうした。警護は。
どうやらアンティローゼ嬢は、先程モニカ嬢に言われた事を気に病んでいるらしい。
いつもは公爵令嬢として自信に満ち溢れたように気を張っているが、こういった事で落ち込むのは時々ある事だった。
彼女が特別打たれ弱いという訳ではない。何だったら王子以上に貴族をしているのだ。前世では、“心臓に毛が生えた”等と言っていたが、彼女のものには剛毛が生えているに違いない。女性に言うのは失礼かな?
そんな彼女だが、私の婚約者としては自信が揺らぐようだった。クラリス嬢からの話を聞いたエリオット曰く、“完璧以上に完璧な王子”の婚約者が、“ただの貴族令嬢”である自分で良いのだろうか?という疑問が常々内に渦巻いているらしい。
私は彼女が思うような完璧な訳ではないのだが、王子の婚約者には身分的にも人物的にも彼女以上の適任が居ないのだ。
「私は、ローズをつまらない人間だなんて思った事は一度たりとも無いよ。………私がこれを言うのは色々と支障があるのだけれど、彼女と私達では見ている世界が違うんだ。彼女が言う“つまらないもの”は、私の世界では重要な意味を持つ。価値観は人それぞれだ。他人が推し量れるものではない。と、私は思うよ」
私の慰めに、アンティローゼ嬢は微笑み………若干苦笑に見えるが………を浮かべた。
「ユーキスタス様は、いつも公正で公平でいらっしゃいますね」
公平? そうかな? いや、周りから見るとそうなのかもしれない。
私は王子として、周囲に余り波風を立てないように日々を過ごしてきた。それが、公平性に見えているのだろう。私が取っていた行動の本当の理由は自己保身なんだが。
物思いに耽っていると、周囲から黄色い声が上がる。
何処かの人気者が食堂へとやってきたようだ。勿論、私の事ではない。周囲の生徒は私の存在に気付いていたし、そもそも私は黄色い声を上げられるような人気者でもない。
はて、一体誰が………と考えていると、件の者が近くまで来ていた。どうやら、私が目的だったようだな。
「ごきげんよう。ユーキスタス様、アンティローゼ嬢。食事の邪魔をしてしまってすまないが、私の話を聞いてくれないだろうか」