35.私も困惑しています
「2人にそれぞれの言い分があるのは分かった。だが、今日は婚約者であるローズと一緒に居たいんだ。私に免じて、今日は2人きりにして貰えないかな?」
ここで必殺王子スマイル。はっきり言って、クラリス嬢には効果は無いんだが、私の顔面耐性が低い筈のモニカ嬢は身を引いてくれるかもしれない。
「ユーキスタス様が、そう仰るのでしたら。失礼致します。………ところで、その男を借りても宜しいですか?」
クラリス嬢はこれで引き下がるようだが、エリスティンを貸し出すのは宜しくないです。エリオットの事は自分で何とかして下さい。ほら、エリスティンも微妙な顔しているし。
クラリス嬢はエリオットの婚約者だ。経緯はよく分からないが、彼との婚約はクラリス嬢としては不本意なものだったらしい。とエリオットに聞いた。それについてエリスティンは苦い顔をしていたのみだが、男女間の問題は出来るだけ当事者同士で解決してくれ。
私が首を左右に振ると、クラリス嬢は溜息を吐きつつ踵を返して行った。これ見よがしな動作を取ってもダメです。チラチラこちらを見てもダメです。………とっとと行け。
モニカ嬢の方を見やると、顔を赤らめてこちらを見てくる。王子スマイルはきちんと効いたようだが、何だろう。こちらに関しては逆効果だったような気がするな。
「分かりました。でも、次は私に付き合って下さいね? あと、来たくなったらいつでも来ていいですから」
「………少し宜しいかしら、エラ・ミラース様。ユーキスタス様の手前、今迄見逃してきましたが、貴女の行動は王子に対して行うものではありません。それに、私はユーキスタス様の婚約者でしてよ? 貴女を推挙したミラー家のためにも、礼儀作法を今一度見直した方が宜しいかと」
アンティローゼ嬢を始めとした、学院に在籍する貴族子弟達には、平民の言葉遣いや態度に対しては多少目溢しするように事前に言っておいてある。彼等も私の言葉に賛同し、平民と貴族の衝突は多少なりとも回避出来ていた。
しかし、アンティローゼ嬢にとっては、流石にこの状況には目に余るようだ。………まぁ、確かに私もモニカ嬢の態度には思う所があるので、特に注意はしないのだが。
モニカ嬢以外の平民は、貴族に対する言葉遣いや態度………つまりは礼儀作法を弁えつつある。妙に畏まったり、不遜な態度を取る事が少なくなっているのは確かだ。
しかし、彼女についてはその限りではない。何だろうね、この娘。ミラー候爵の目に止まったのだから、多少なりにも出来が良い筈なのだが、何故他の平民達のように学院の空気に馴染もうとしないのだろうか。
以前にも述べたが、学院内はそれが誰であっても平等である………というのは建前だ。実際には身分というものは存在するし、その者に対しての扱いは相応でなければならない。
勿論、貴族達は権力を振り翳すような真似はしない。矜持があるからだ。
そんな訳で、良識ある貴族子弟の代表とも言えるアンティローゼ嬢は、平民の王子への態度が癇に障ったのだろう。いつまでも態度を改める気配の無い無礼者には強く言うしか無いのだと。
まぁ、アンティローゼ嬢は貴族らしく迂遠に言っているのだが。これはアレだ。前世的に言う京都語みたいな………いや、あちらの方がもっと迂遠だったな。
さて、そんな注意を受けたモニカ嬢はきょとんとしていた。何だ? もしかして、意味を理解出来ていないのだろうか。いや、流石にそれは無いと信じたい。
「は? 何故? 私はユーキスタス様から直接、畏まる必要は無いって言われたんですよ? それを貴女が咎めるんですか? 公爵令嬢だか何だか知らないですけど、ここでは皆平等なんです。私に上から目線で何様のつもり?」
アンティローゼ嬢が困惑したような目でこちらを見てくる。そんな目で見ないで下さい。私もモニカ嬢が発した暴言に困惑しています。
「一ついいかな? 私は、君達が私達との接し方に慣れない内は、無礼と思われるような行動にも、ある程度寛大な心で接すると言っただけだ。学友に対して敬語は要らないかもしれないが、丁寧な言葉遣いや態度は心掛けるべきだと思うよ。まぁ、気安い間柄ならば必要無いかもしれないが。………ところで、ローズとモニカ嬢は親しい間柄だったのかな? 寡聞にして気が付かなかったが」
「いえ、私は彼女に毛嫌いされているようですので、あり得ませんわ」
アンティローゼ嬢の見解は否という事らしい。つまり、これは仲良しな間柄から来る気安い行動ではなく、唯単に無礼なだけという事になる。まぁ、モニカ嬢はもしかしたら仲良しだと思っているのかもしれないので、一応聞いておくか。
「す、すみません。私、余り貴族の方々とは慣れていなくて。でも、私聞きました。ユーキスタスは、今の婚約者はつまらないから婚約解消したいと思ってるって」
は? なるほど。この子、馬鹿なのね。
それはそれとして、どうしようかなコイツ。そろそろ私の堪忍袋の尾が千切れそうです。
私の笑顔に罅が入っているのに気が付いたのか、アンティローゼ嬢が気遣わしげに話し掛けてくる。
「ユーキスタス様、そろそろ行きませんか? お昼のお時間が無くなってしまいますわ」
「………そうだね。申し訳ないが、モニカ嬢。今日のところはここまでにしよう。これ以上はお互いのためにならない。………これは私個人としての忠告だが………そろそろ身の振り方を弁えないと退学させられてしまうかもしれないよ?」
厳密に言うと、“王子”である私が退学させる。学院長の頭越しに一生徒を退学させる事は出来ないが、ミラー候爵に意義申し立てをすれば、モニカ嬢は候爵家に即刻回収されるだろう。
候爵家からの推薦で入学したのに、モニカ嬢の行いはミラー候爵家を貶めるようなものばかりとでも言っておけば直ぐだろう。
しかし、これは最後の手段だ。実質的には何の権力も持たない王子がする事ではない。………まぁ、モニカ嬢のあの様子だと違うルートでミラー候爵家に苦情が入るような気もするが。