32.オタク2号
「まぁ、そう酷い事にはならないと思いますよ。運が良かったのか調整されたのか、アイリーン嬢も同じクラスですし。彼女の存在が、カストルの良いストッパーになってくれるのでは?」
アイリーン・フォン・アジール子爵令嬢は、カストルの婚約者だ。アジール家も“塔”所属であり、お互いの顔見せの時に意気投合し、そのまま婚約と相成ったとか。
カストルとアイリーン嬢は趣味が合う“同志”だ。つまり、彼女は王子推しのオタク2号である。但し、カストルよりも理性が残っているため、まだマシであると言えよう。
果たして、彼女の存在はカストルにとってのブレーキ役となり得るのか? それについては少々疑問だが、側近見習いであるカストルと違って、アイリーン嬢は“王子の側近の婚約者”という微妙に遠い存在である。そのため、カストルよりも自身の行いを客観視出来る………筈だ。………彼女が理性を発揮してカストルの暴走を止めてくれるのを祈ろう。
「では、エリオットの方はどうかな? カストルの事は一先ず置いておくとして」
「折角の有力貴族の子弟が集まる場ですから、この機会を逃さず精進して行きたいと考えています。俺ら世代では、ユーキスタス様が頭一つ………いえ、五つ位抜きん出ていますが、俺に負けず劣らずの奴等も多くいます。そいつら等と切磋琢磨して行く事でより高みを目指せるかな、と」
うーん。何だこの優等生感溢れる答え。所々、言葉遣いを乱しているが、普段適当なエリスティンとはエラい違いだ。………と言いたいところだが、本当の所はエリスティンもエリオットと同程度は出来る筈だ。単に手を抜いているだけで。
彼等が何を考え、何故そうしているのかは分からないが、わざと双子間での優劣を演出しているように感じる。有り得そうなのは、それぞれの個性を明確にする事で、入れ替わりをし易くする事か。
個性を明確にしたら、普通は入れ替わりがし難くなると思いがちだが、この双子の場合は違う。エリオットは“こう”だから………という思い込みを利用して、器用に色々やらかすのだ。特にエリスティンが。
「成程。各貴族家も、相当に有能な者を学院に送り込んできているのだろう。彼等に負けないよう、私も努力していかなければいけないね」
何だかエリオットが曖昧な顔をしているが、何か言いたい事があるならさっさと言った方がいいと思うよ。
エリオットが浮かべる微妙な顔について尋ねようとすると、扉が控えめにノックされる。
このノックの仕方はドナテロかな。残りの側近見習いは、ドナテロとレイレアムスだ。レイレアムスの場合はもっと硬質な音がする。
「失礼します。………遅れてしまい、申し訳ありません。ドナテロ、レイレアムス只今着任致しました」
「あぁ、特に待ってはいないから気にしないでいい。2人共、適当な所に掛けてくれ。飲み物は、お茶でいいかな?」
私達が居る王族専用の応接室は元々少人数での運用が想定されていたようで、椅子の数が足りない。故に、カストルに他の部屋から適当に運んできて貰う事にした。
「今、皆にこれからの学院生活の展望を聞いていたんだ。ドナとレイはどうかな? 上手くやっていけそうかい?」
ドナテロとレイレアムスはお互いに目配せを交わし、ドナテロが先に口を開いた。
「私達のクラスはアンティローゼ様と一緒でした。配属されたクラスには彼女より高い爵位を持つ者は居ませんので、彼女が中心となって動いていくと思います」
うん。そういう話なんじゃないんだ。どうして、配属されたクラス内情の報告会みたいになっているんだ? 私が知りたいのは各々の所感だというのに。
「えぇと。家の爵位が高位の者は低位の者を見下す方が少なからず居るんですが、公爵令嬢であるアンティローゼ様がそういう風潮を良しとしない方ですので、身分を傘に着て勝手をするような貴族子弟は少なそうです。私の家も爵位が高い訳ではないので、実際助かっています」
あぁ。親の権威を自身の力だと勘違いしないように、それとなく側近見習いやアンティローゼ嬢に以前から助言していたのが、いつの間にか実っていたようだ。
実際、この手の話は多い。ある程度の年齢を重ねると道理を弁えるものだが、学院に通うのは、そういう事をよく分かっていないお子様だ。虎の威を借る狐というか………権威を持っているのは家の当主であり、その子供ではないのだ。
これは、私にも当てはまる。今の私の身分は、現王の子供。つまり、ただの王子だ。
次代の王候補となる王太子にでもなれば、そこそこ権力を持つのだろうが、今の私に権力なんて物はほぼ無い。権力が有るように見えるのは、王が王子を養育しているからだ。
つまり、皆父の命令で私の指示を受け入れているだけで、本質的に王子の命令で動いている訳ではない。………という事を、私は幼い日から心に刻んでいる。それを勘違いして虚構の権力に溺れた者は須く破滅する。これは、“乙女ゲーム”では常識なのである。………多分。
アンティローゼ嬢は公爵家だ。そんな彼女が所謂“乙女ゲーム”で、家の権威を振り翳すのは明確な死亡フラグだ。そんな事をしでかせば、卒業式での断罪ルート真っしぐらである。
まぁ、流石にクルシュタット公爵家は良識ある人々なので、アンティローゼ嬢が幼い頃からそういった教育は既にされていたらしいが。
しかし、学院という隔離空間ではどうなるか分からない。今後、主人公が台頭してきた場合、アンティローゼ嬢はその姿勢を崩さないでいられるだろうか。それが問題だ。
「今はまだ、アンティローゼ様に明確に敵対するような輩は出てきていませんね。クルシュタット家をライバル視しているフォーガル家は、エリオットの所ですし。このまま特に問題なければ、アンティローゼ様をクラス長に推薦しようかと思っているのですが、どうでしょうか?」
レイレアムスがドナテロに続いて報告と相談をしてくる。
レイレアムスが言う“クラス長”とは、謂わば“学級委員”の事だ。クラスの纏め役という事だな。慣例では、配属されたクラスで一番身分が高い者がなるらしい。
学院内は身分関係無いんじゃなかったのか?と言いたくなるが、これは仕方ない事なのである。何故ならば、入学当初は勘違いしているお子様が多い訳で………。故に身分に拘る馬鹿を抑えるために、爵位が高い者がクラス長となるという訳だ。
アンティローゼ嬢がクラスで一番高い爵位ならば、クラス長は彼女がなるのが筋。だが、それを許す訳にはいかない。何故ならば、そんな事に時間を取られてしまっては、私との時間が無くなってしまう。




