30.聖属性
一通り、生徒による自己紹介が終わった。幾人か気になる人物が居たが、主人公が誰なのかは分からなかった。
自己紹介を聞いている中で、ふと思ったのだが、“乙女ゲーム”の主人公は平民ばかりではなく、もしかしたら貴族の可能性もあるのかもしれない。
今日は生徒達の顔合わせと、今後の授業についての説明以外は特にやる事は無いらしく、各々解散となった。流石に初日から勉学に励む訳ではないらしい。後の時間は、それぞれの寮に行き自身の生活空間を整えたり、学院内部の確認をしたりと、ある程度自由らしい。
さて、他のクラスもオリエンテーションが終わった頃だろう。アンティローゼ嬢を誘って、学院内探索にでも繰り出すか?
「あの、ユーキスタス、君?」
声を掛けられ振り向くと、薄桃色の髪。モニカ嬢が立っていた。はて?名前呼びを許した覚えは無いが………。まぁ、いいか。
「あぁ、エラ・ミラースさん。私に何用なのかな?」
「さっきは、あの、ありがとう」
ありがとう? 感謝の言葉を言われる筋合いは無いが、何の事について言っているんだ?
私の困惑顔に気が付いたのか、モニカ嬢は慌てたようにまくし立てる。
「あ、あの! 魔力溜まりを正常に戻したの、ユーキスタス君でしょ? 本来なら、聖属性の浄化が使える私の役目だったんだけど………。あと、あの時は無理に引き留めてごめんなさい」
うん。エラ・ミラースの名を借りているとは思えない言葉遣いだな。この場にカストルが居なくて良かった。アレが居たら、モニカ嬢の顔面は陥没し髪色は赤く染まっていただろう。
それにしても、また聖属性か。“浄化”も立派な無属性魔法なんだが………何だろう。
「成程。まず、聖属性というのは何かな? もしかして、ミラー候爵が新たに発見した属性なのかい? それならば、ミラー候爵が論文を発表する前に、キミが話題に出すのは少々拙いのではないだろうか?」
「え? 聖属性は回復魔法とか浄化魔法とか、神様が司っている聖なる魔法の事で………。えーと、失礼かもしれないけど、もしかして、ユーキスタス君は余り魔法に詳しくない?」
神? この国でそれを言うという事は、モニカ嬢は外国から来たのだろうか。成程。外国では回復魔法やらは聖属性なる物に分類されるのだな。………問題は、それが何処の国なのか、だ。
この近辺で言うと、数十年前にエンドロフィア国に、宗教観の違いで戦争を吹っ掛けてきた神聖アーリマン皇国だろうか。確か、あそこは一神教だった筈だ。ただ、件の戦争でエンドロフィアに大敗北を喫したので、国としてかなり縮小している。
成程。見えて来たぞ。モニカ嬢は皇国から、この国のミラー候爵領に逃げてきた元難民だったに違いない。そして、回復魔法や浄化魔法の扱いがミラー候爵の目に止まり、学院への切符を手にしたという事だろう。
生まれが外国ならば、王子に対する態度が雑なように見えてしまっても無理からぬ話だ。恐らく、かの国とここではそういった文化が違うのだ。ならば、文化の違い程度で目くじらを立てる必要は無いだろう。
後ろで待機しているエリスティンが、徐々に不機嫌になっていっているのを雰囲気で感じ取る。しかし、未だに口を出してこないのは、私の『待て』の合図に従い大人しくしているからだ。
「そうなのですか。神が司る魔法………成程。所変われば、という奴ですね。いや、不勉強で申し訳ない。ところで、何という神ですか?」
「え? 神様の名前? えーと、えー、何だったかな」
しまった。モニカ嬢は祖国から逃げ延びて来たのだった。恐らくだが、祖国での生活は良くないものだったのだろう。信仰していた神の名前を忘れる程の事だ。………うぅむ。無神経にもモニカ嬢のトラウマを刺激してしまったようだ。
「無理して思い出さなくても良いのですよ。まぁ、件の事に対する感謝は受け取っておきましょう。では、また明日」
モニカ嬢含むクラスメイトに軽く会釈して、教室から出て行く。な時に、再度モニカ嬢が引き止めてくる。
「待って! えーと、これからお茶しない? 私、いい場所知ってるんだよね。一人で戻っても気まずいでしょ?」
「申し訳ないが、友人達を待たせているのでね」
モニカ嬢は健気にも私の事を気遣ってくれている。しかし、私は、モニカ嬢がここに来るまでに相当な苦労を重ねてきただろうという事を失念していた。
彼女は気丈に振る舞ってはいるが、心の中では泣いているに違いない。私が愚かにも彼女を傷付けてしまったのだ。ならば、原因である私は傍に居ない方がいいだろう。彼女には一人で居る時間が必要だ………。
まぁ、実際、側近見習い達と今後の打ち合わせもしなければならない。それが終われば、アンティローゼ嬢との学院探検だ。
さて、打ち合わせの場所は………私の部屋でいいか。
王家専用の部屋には、私の私室以外に応接室や執務室がある。入った当初は何に使うんだと思っていたが、こういった時に使うのだろうな。勿論、私の部屋は男子寮にあるので、女子は入る事は出来ない。
後ろから「友人?」というモニカ嬢の呟きが聞こえたが、王子である私でも友人くらい居るぞ。それが、例え側近見習いだとしてもだ。
主人公は一体誰なんだ…