03.今世の母との再会
“母”は儚げな美人であった。
前世の私が知り得る美人の凝縮体のような存在であり、前世の私が直視したら目が潰れるだろうなとも思った。
母は“マリアンヌ”という名前らしい。そして、“殿下”とも呼ばれていた。………殿下?
成る程。これが転生か。母が“殿下”という事は、彼女は王族に連なる者だという事だ。ただ、“殿下”という言葉だけだとよく分からない。とりあえず、私の身分は王子という事になるのだろうか。そう考えれば、世話役である女性の恭しい態度も頷ける。
王子であるならば、やけに値の張りそうな調度品の数々も世話役の女性の畏まった態度も相応のモノなのかもしれない。前世の私はそういったモノとは無縁であった故によく分からないが。
まぁ、そんな私の浅い考察は兎も角として、今は“母”マリアンヌの事だ。私が生まれてからどれだけ経ったかは分からないが、私の記憶の限りでは今世の母に会ったのはこれが初めてだ。これまで会わなかったのは何故なのか。果たして彼女は私に愛情を持っているのだろうか。それが心配だ。
幼い頃、両親の愛情が欠如した家庭で育った子供は歪む。私はそうではなかったが、前世ではそういった大人がゴロゴロ居た。王族等の身分の方々は特殊な育て方をされると聞く。この国もそうなのだろうか。私としては今世の両親と仲良くしたい所存ではあるが、教育方針として正されてしまうとどうにも出来ない気がする。
“母”マリアンヌは、恐る恐るといった様子で私を抱き上げる。その顔に嫌悪感は無いように見えるが、不安そうな顔だ。まるで、抱き上げるのが初めてのようなぎこちなさだ。いや、実際私の座りが悪い。もう少し上手い抱き方があるだろう。私でなければ、居心地の悪さに泣いていた所だ。
『こ、これでいいの、よね?』
『いえ、もう少し、ここをこうして』
母と世話役………乳母は抱き方についての相談をしているようだ。
彼女等が話しているのは日本語ではない。英語でもないようだが、何の言語なのか分からない。
私の知らない言語、現代から幾分か後退したような文化。そういえば、照明は蝋燭だった。現代にも王族を戴く国は結構な数あれど、流石に電灯を使わず蝋燭頼りの国は無いだろう。つまり、私は過去に転生したのかもしれない。ただし、輪廻転生に過去は含まれなかった筈だが。
母と乳母が色々と画策している間、私はその様子や周囲を観察していた。
母や乳母は私に対する嫌悪感は無いようだが、その周囲はどうだろうか。
これは私の勝手な想像なのだが、こういった場所は女の欲望がドロドロと渦巻いているという偏見がある。これは、生前の妻がよく観ていたドラマの影響だとは思うが、もしかしたらここもそうなのかもしれない。母付きの侍女の中にも人知れず嫉妬を拗らせ、私や母を排除しようと企む者も居るのかもしれない。
そういった私の懸念は無用なようで、部屋付きの侍女達は壁際で待機しながら、はらはらしたような態度でこちらを心配げに見ていた。若干、『そうじゃ………そうじゃない!』と誰かが何かを呟いている気がするが、私の正しい抱き方に夢中になっている母は気付いていない様子だ。
漸く、母は私の抱き方を体得したようで、私の居心地悪さも無くなった。これには、乳母もニッコリだ。因みに、私は最初から笑っている。どうやら、彼女は母親初心者のようだし、親として先達である私が困らせる訳にはいかないと思ったからだ。
『マリアンヌ様、ユーキスタス様は大変辛抱強く、割と赤ん坊らしくない方ですが、普通ならば既に泣いていますからね? 私の息子はギャン泣きでした』
『そうなの? あらー、ユー君は偉いんでちゅねー』
乳母が何事かを言い、母が笑顔で私をあやしてくる。その様子に周囲はほっとしたようだ。
『マリアンヌ様、そのような言葉使いはお止め下さい。ユーキスタス様の教育に悪いです』
『この位なら普通なのではなくて? お父様も幼い頃の妹相手にはこうだったのよ?』
『………左様ですか』
乳母は困り顔だ。母が何か変な事でも言ったのかもしれない。私は彼女に気にするなと声を掛けておいた。まぁ、私の口からは「あぅー」という意味を得ない音しか出てこなかったが。
『ね、ユー君もそう思うよね?』
笑顔の母の目に浮かぶのは紛れもない愛情であった。私は愛されていないのかもしれないと思ったのは杞憂だったようだ。周囲の侍女にも、それを疎ましげに見るような者は居ない様子だ。
何を言っているのかは分からないが、母が幸せならば私は何も言う事は無いだろう。