27.まともな人間
「ここは………?」
後ろから何者かの声が聞こえ、その方向へ振り返る。
後ろに居たのは女生徒だ。ネクタイの色は赤。つまり、私と同じ新入生だろう。
彼女の存在する事は、私の感知に引っ掛からなかったため些か驚いた。恐らくここは魔力の流れが淀んでいるために、彼女の感知が出来なかったのだろう。
「あの、貴方は、何方ですか?」
私に誰何するという事は、彼女は高位貴族ではなさそうだ。いや、そもそも、高位貴族は1人でこんな所には来ないか。
女生徒は可愛い系の美人であり、薄桃色の髪色をしている。
この世界は異世界でありながら、まともな髪色の人間ばかりだった。そんな中でこの髪色は珍しい。もしかして、染めてるのか? まぁ、染髪は服装規定違反ではない。個人の自由だし、私が何を言うものでもないか。
「他人の名前を尋ねるのならば、自分から名乗るのが礼儀ですよ。しかし、今はそんな時間は無い。貴女も私と同じく新入生のようですね。であれば、いつか何処かでまた会う機会があるでしょう。式が始まる前に講演会場へと向かった方が良いでしょうね」
「へぇ、1年生なんだね。でも、名乗るつもりはないって事? じゃあ、貴方はここで何をしているの?」
しつこい上に何だか気安いな。周りにこんな者は居なかったから、ある意味新鮮なのかもしれない。私の周りは道義を弁えた者ばかりだからね。
しかし、ここで何をしているか、か。1人でこんな辺鄙な所に居たから怪しまれているのか? それはそうだと私も思うが、それならばこの女生徒も何をしにここへ来たんだ? いや、時間が惜しい。さっさと用を済ませて会場へ行こう。でないと、エリオットが何をするか分からない。
私は魔力を一点に集め、数瞬の後に一気に外へと拡散させる。魔力の淀みを正常化させるには、滞留した場所に新たな流れを与えてやればいい。………うん。これで大丈夫だな。
「え? 今、何を」
「私の用は済んだから先に行くが、君も用が済んだら早めに向かった方がいい」
女生徒は私が何をしたのか分かっていないようだ。魔法………いや、魔力の扱いについて疎い? もしかして、平民? 貴族ならば、魔力の扱いは幼少の頃から教えている筈だ。
ともあれ、私の確認は済んだ。ここが淀んでいた原因は、恐らくこの枯れ木だろう。何となく魔力を微量に吸収しているように感じるが、調べるのは後日でもいいだろう。
私は女生徒に軽く別れの挨拶をし、講演会場へと急ぐ。
「ま、待って! 私も行く!!」
私が急いだ様子に、女生徒も危機感を覚えたようだ。いや、君はただ参加するだけだろう。それならば、まだ時間に余裕はある筈だ。まぁ、早めに着いていた方が良いのは変わらないが。
だが、私は新入生代表として色々準備があるのだ。本来ならば、さっさと確認して直ぐに戻ってという予定だったのに、想定外な奴が居たお陰で時間が危ない。
私はとても急いでいるという事を早足で歩きながら告げる。申し訳ないが、君の足に合わせているような時間が無いんだよ。
それに、彼女と一緒に会場へ行く事はとても不味い。もし、彼女と一緒に戻ったとして、その様子をアンティローゼ嬢に見られたら、その後どうなるか分かったものではない。あれだけ側近見習い達に注意喚起しておいて、お前がやるの?とか言われかねない気がする。
そんな私の焦りを知ってか知らずか、女生徒は急ぐ私の腕を絡め取ってくる。おい、触るな殺すぞ。
私から漏れ出た殺気を感じ取ったのか、女生徒はパッと手を離した。
「あっ、ごめんなさい………」
「………見ず知らずの異性の腕を取るのは感心しませんね。それに、私はこれでもかなり急いでいるんです。申し訳ないが、これで失礼する」
女生徒はしおらしい様子で謝ってくるが、私の許可なく抱き着いて来たのはマジで許さんからな。もし、カストルが傍に居たならば、相手が女性であるという事関係なく殴り飛ばしていただろう。………アイツなら本当にやりそうで困る。
私は女生徒を振り切って会場へと急ぐ。いや、割とマジでヤバいかも。
その後ろで女生徒が何かを呟いていた気がするが、何と言っていたのかは聞き取れなかった。
「やっと来やがりましたね、ユーキスタス様! やっぱり、ドナ辺りと一緒に行かせるべきでしたが………間に合ったので良しとしましょう。王子の代役として挨拶なんて、替え玉を使うくらい嫌ですからね!!」
どうにか間に合った。間に合ったが、ヤキモキしていたエリオットに怒られてしまった。いや、ホントすまない。でも、エリスティンを替え玉に使うのは止めろ。
こういう場での学長の話は、つまらない上に長いと相場は決まっているから、時間稼ぎが出来ているかもしれないと思っていたが、まだ入学式は始まっていないようだった。
私が来ない時に備えてエリオットは待機していたようだが、無事に私が間に合ったためお役御免となり、エリスティンと一緒に舞台下へと帰って行った。
新入生挨拶の文面は一応考えてきたが、ちゃんと出来るだろうか。それとなく挨拶文の内容を父に相談したら、私1人で考えろと言われてしまった。こういうのって、王家の面子とか色々鑑みて添削される物じゃないのだろうか。
まぁ、いいか。自由にやって良しというお墨付きを貰ったのだ。
特に変な事はなく、無難な内容で終わらせるつもりだ。面白いかどうかは兎も角、新入生挨拶としては良い感じで纏まっているのではないだろうか。………まぁ、これをミスなく読めたらの話なんですけどね。
不穏な場所で出会った印象的な髪色の少女。一体誰なんでしょうか。