23.お茶会
さて、今回のお茶会の主催はいつも通りであるが私である。
遥か以前は、側近の持ち回りでお茶会を開くという試みをしてみたが、私が主催した方が最も被害が少なくて済むという事になった。何しろ、他の側近見習い達がお茶会を開くと、王子を呼び付ける事になるからだ。子爵子息であるドナテロは死んだ顔をしていた。
今回のお茶会も王宮の庭園で行っている。個室でやると、何事かの密談をしているのではという貴族からのやっかみが激しいからだ。
そんな庭園には、カストルとエリエリ兄弟以外の面子が揃っている。
カストルは“塔”での仕事が忙しいらしい。余りにも忙しく、趣味に時間が取れないと嘆いていた。
カストルがどういう仕事をしているのかは知らないが、“塔”には叔父もハーバリアス講師も在籍している。彼等のためにも頑張って欲しい所存ではあるが、偶には両親とかに仕事を押し付けてもいいかもしれないぞ。
エリエリ達が遅いのはいつもの事だ。エスピナー家には数年前に妹が産まれ、その妹に構いすぎるあまり王子である私を蔑ろにしているという訳だ。
家族を大事にする気持ちは分かるし、幼い妹を構いたくなる気持ちも分かるため、特に何かを言うつもりも無いが。
今日のお茶は、何故かアンティローゼ嬢が淹れている。そして、それを給仕するのはジュリエッタ嬢とレイレアムスだ。
アンティローゼ嬢曰く、学院では1人での生活となるため、お茶の淹れ方を家の侍女に習ったようだ。今回、その成果を見せると言っていたため任せてみる事にした。私の侍女も心得たようで、準備をするとの事でアンティローゼ嬢達を伴い、さっさと下がって行った。
アンティローゼ嬢は手先が不器用な訳ではないし、地頭も良い。それに、公爵家の侍女から及第点を貰ったと言っていたから、淹れたお茶は恐らく問題なく飲める筈だ。多分。
彼女が淹れるお茶を待つ間、残りの側近見習いであるドナテロと会話していたが、彼はガチガチに緊張していた。私の相手を1人でしているからではない。アンティローゼ嬢が淹れるお茶が理由だ。
私は彼女(と公爵家の侍女)を信用しているため、リラックスして待つ事が出来るが、ドナテロにとっては公爵家令嬢が出すお茶だ。しかも、それを給仕するのは公爵家令嬢と候爵家令息である。どちらも気安い間柄であり友人同士ではあるが、身分が上の者に給仕される経験が無いため、どうしても緊張してしまうようだ。………普段、給仕している侍女は伯爵家の出なんだが………今後のためにも黙っていよう。
「ドナ、難しいかもしれないけど、楽にしなよ。そんなに緊張するような事でもないさ。私達は楽しくお茶を飲むだけ。それに、忌憚のない評価が欲しいとも言っているんだ。どんな事を言ったって、彼女が怒る事は無いだろう」
「そんな事仰られても。確かにアンティローゼ様は優しい方ですが、そんな方にお茶を淹れて頂くというのは、僕にはとても」
ドナテロの顔は赤く、眉をハの字型に歪め、若干涙目だ。うーむ。困らせるつもりはなかったんだが。
まぁ、彼の事は暫くそっとしておくか。その内、自分で答えを導き出すか、諦めて達観するだろう。
「お待たせ致しました」
準備を終えたのか、アンティローゼ嬢達が戻ってきた。ただ、彼女達は王宮で勤める侍女や侍従の服装を纏っていた。………何してんの?
「今日の私共は、ユーキスタス様とドナテロ様を歓待する身でございます。であれば、相応しい格好になっただけでございます」
アンティローゼ嬢の言葉に、少し離れた位置に居る侍女をチラ見する。件の侍女は遠い目をしていた。………あぁ、令嬢達に無理強いされたんだな。
しかし、私に無断で彼女等に衣装を貸すのはいただけないな。身分の高い令嬢達に強請られたのだろうが、彼女達はプロである筈だ。
能力の高さを買われて、王宮に雇われ、王子就きになっているのだから、例えそれが王子の婚約者であっても毅然とした態度を取って欲しいものだ。
侍女達に指摘するのは後でいいだろう。寧ろ、この場でそれをやってはいけない。しかし、令嬢達については別だ。
私は薄く笑みを浮かべ、彼女達に問い掛ける。
「成程。つまり、君達は私達の召使いであるという事かな?」
私の言葉の雰囲気に、隣のドナテロが肩をビクリと震わせた。はて? 優しく問いかけた筈だが、何処に怖がる要素が?
こんな言い方であるが、そもそも侍女は召使いではない。だが、私がこんな言い方にしたのは相応に理由がある。
つまり、お前等私に黙って何してやがんだコラという事だ。
「その服は誰から借りたのですか? それは王宮の侍女や侍従の証である物。冗談でも貴女達が着る物ではない。あぁ、責めている訳ではありませんよ? ただ不思議なだけです。貴女達は、私の侍女なり侍従に私ごなしに命令を聞かせられる立場であったかな、と思っただけです」
アンティローゼ嬢達はカタカタと震えている。おや、怖がらせるつもりはなかったんだが。私はただ確認しただけだ。お前等は王子よりも偉いのか?と。
ただ、フォローはしておいた方がいいだろう。こちらはただ注意しただけでも、勘違いによる遺恨があってはならないからね。
「勿論、貴女達は私を驚かせたかっただけでしょう。それに、もしかしたらお茶で服が汚れてしまう可能性もあった。その点では、お仕着せを着用するのは良い着眼点であると思います。寧ろ、ローズに淹れて貰う事になった時に、私が用意させなかったのが良くなかったですね。申し訳ない。直ちに代わりの物………エプロンでも用意させましょう」
言外にさっさと着替えて来いと言い含める。
アンティローゼ嬢達は、ただの貴族子弟であり、王宮の侍女ではない。
恐らく軽い気持ちでやったのだろうが、その格好はこの場では不適切。どうしてもやりたいのであれば、学院でやれ。
という事をオブラートに包んで言っておいた。もしかしたら、学院生活の何処かでリベンジしてくるかもしれない。
その後、彼女等は元の服装に着替え、侍女から渡されたエプロンを付けて給仕していた。レイレアムスが若干ビクついていたが、特に何も言わなかった。
尚、そんな微妙な空気が流れる中でカストルとエリエリが合流し、双子持ち前の明るさで場が和んだ。
そのため、良い時に来てくれたとレイレアムスとドナテロから感謝されていた。エリエリ達の頭上には?マークが浮かんでいたが、何があったかは聞いては来なかった。まぁ、あの場で説明しなかっただけで、後で事情を聞いたかもしれないが。
人の侍従に他人が命令して通る道理は無い。